魔女の瞳はにゃんこの目・2 −13−
びょり 様
「…後10分で夜明けだ…!そろそろ起きて準備しといた方がいいぜ…!」
朝とも昼とも夜とも知れぬランプの薄明りの下、懐中時計を見詰るウソップが囁きます。
「「Z〜〜〜〜!」」
左右に寝転がるルフィとゾロは、それに鼾でもって返事しました。
「……だから…起きろってんだよ!!おめェら!!」
囚われの身で在りながら余裕綽々に構える2人の頭上に、ウソップは怒りのパンチをかましました。
「…お、もう朝か?」
「…いってェなァ〜!殴んなよ、ナミじゃあるめーし!」
「るせェ!!!今日で命潰えるかもしれないって瀬戸際に、ぐーすか寝入ってんじゃねェよ!!」
「しょーがねーだろォ?やれる事他にねーんだもん。」
「準備ったって特に必要有る訳で無し…精々いざという時の為、体力温存しとくに限るさ。」
頭に瘤載せ、寝惚け顔した2人が起上がります。
そこへガチャガチャと扉の錠が開けられる音が響きました。
「……お迎えが来たようだぜ。」
見詰る3人の顔に緊張が漲ります。
「…よォし――作戦開始だ!!」
扉が開く寸前、ウソップはゴクリと唾を呑込み、ポケットの中で時計と鎖の繋ぎ目を強く押しました。
「博士からの信号だ!!」
「よし!!すぐに発進ジュンビにとりかかるぞ!!」
「ラジャー!!」
轟音轟く滝の裏側、薄暗い洞窟内に、チビ野菜トリオの声が木霊します。
各々の手には、博士の持っている懐中時計に似た、小さく丸く平たい物体が握られていました。
銀色の表面には方向を指して赤く点滅する矢印信号。
じっと確認し終えると、3人は滝飛沫をバックに、威風堂々聳え立つ巨大合体ロボット『OYABIN28号』搭乗用の梯子を駆け上りました。
此処で説明せねばならないでしょう。
『OYABIN28号』――その驚きの性能を!
全長7mの巨大人型ロボット。
スクラップ部品を集めて造られたとはとても思えない、クールな輝きを放つメタリックシルバーボディ。
右腕の先はボクサーグローブの様に堅く握られた拳で、出力は脅威の1千馬力。
左腕の先にはドリルが搭載され、土木工事に於いても優れた能力を発揮するでしょう。
一見ずる賢くも取れる狐面フェイスは、見慣れると愛さずには居られない、微笑ましいデザインです。
頭頂部は2つに割れ、その先からは高圧電流ビームを発射出来るよう設計されていました。(但し使用すると即バッテリー切れを起して機体停止)
改良に次ぐ改良を重ね、一切の無駄を無くした、夢のスーパーロボット。
3体が合体して1体となる仕組ですが、勿論その際の無駄も省いて、最初から合体してあります。
先ず頭部を担当するピーマンが、後頭部に在るハッチを開けて(手動)、『ピメント号』のコクピットに着きました。
続いて胸部を担当するニンジンが、背面部に在るハッチを開けて(同上)、『キャロット号』のコクピットに着きました。
最後に脚部を担当するタマネギが、臀部に在るハッチを開けて(同々上)、『オニオン号』のコクピットに着きました。
「「「『OYABIN28号』、発進!!スクランブルゴー!!!」」」
チャララ〜〜〜ララララ〜〜〜♪ ラ〜ラ〜〜〜ララララ〜〜〜♪(←BGM)
全員の搭乗を確認後、約1ヶ月練りに練ったカッチョ良い掛け声を叫びます。
スイッチレバーをガチャリと引下げると同時に、機体は激しい振動音を発しました。
ロボットの両目がビコーンと赤く輝きます。
カパッと耳まで大きく開いた口からは、滝飛沫すらも掻き消す甲高い咆哮。
『フェ〜〜〜フェッフェッフェッ!!!!』
正義のロボットにしては悪役っぽい笑いを上げて、機体に繋がっていた充電池コードをパワフルに引き千切るOYABIN28号。
ズシンと大地を力強く踏締めんと出した1歩は――しかしバランスを脆くも崩させ――巨体は滝壺へと真っ逆様にダイブしてったのでした。
『フェ〜〜〜フェッフェッ…!!!』
――ズドボォォォ〜〜〜〜ン…!!!!
浅い滝壺に、流水音を劈く轟音が響きました。
「…バ…バカ〜〜!!!タマネギ!!!足は頭部コクピットにすわるオレの合図通りに出せって決めてたろォ〜!!?」
「…ゴ…ゴメン…忘れてた…!」
「…やっぱりまだカイリョウのヨチが有るんじゃ…」
「だからむねとこしにも窓をセッチしようってテイアンしたのに…!」
『ブェ〜〜〜ブェッブェッブェッ!!!』
諸事情により、外部を見る窓は、頭部コクピットにしか設置されてませんでした。
割れ頭を水底に突刺し逆立ちする羽目に陥ったロボは、それでも健気に笑い続けています。
天地逆転したコクピット内に響く笑い声に、3人はこの先の不安を覚えずには居られませんでした。
「しょーがないじゃんか!博士が『むねはともかく、コカンがシースルーなのはカッコ悪ィ』なんて言うからさァ〜〜!」
『ブェ〜〜〜ブェッブェッブェッ!!!』
「それを言うならハンドルそうじゅうってのも、いまいち決らずカッコ悪いよなァ〜。」
「いまさら言ってもしょーがないだろ!?早く助けに行かなきゃ博士達の命が危ないんだからな!!」
『ブェ〜〜〜ブェッブェッブェッ!!!』
夜明け間近の森の中で、巨大ロボが気の抜ける笑い声を轟かせていた丁度その頃――
ルフィ・ゾロ・ウソップの3人は、縄で後ろ手に縛られ、信者達よりナミの居る鏡の間へと連れ出されたのでした。
扉が開き、足を踏み入れると同時に、壁に床に天井に映ったナミの姿が、目に飛込みます。
しかし3人の少年は手筈通り直ぐに正面向直り、弓や槍を携え左右に居並ぶ信者達の間を、立止る事無く歩いて行きました。
足下でナミが自分達の影に隠れて、こっそりついて来る気配を感じます。
正面奥の鏡の前に立つスリムッドが、金色に光る右目を細め、3人を出迎えます。
老婆が鏡の前から退くと――そこには逢いたかった魔女の姿が在りました。
「……ナミ!」
重なり映る自分達の像、隙無く見張るスリムッドと信者達の像、壁端に並んだ燭台の灯火。
薄明りに照らされたナミが、両手を鏡に押し当て、呼掛けるルフィに向い、小さくコクリと頷きます。
頷き返そうとして、隣に立つゾロから、肩で軽く小突かれました。
目配せで「気取られるな」と伝えられ、慌てて側に立つスリムッドの顔を窺います。
幸いにもその時スリムッドは、首に提げてる金の懐中時計を取外そうと、頭を垂れていました。
鏡の前に並んだ自分達の眼前に、ぶらんとその時計が突き出されます。
「御覧。今丁度、朝陽の昇る時刻さ。…約束通り今から30分だけ、面会を許したげるよ。…最後の逢瀬になるだろうから、存分に別れを惜しむんだね。」
スリムッドはそう告げると、下卑た笑い声を上げました。
しかし鏡を隔てて相向う3人と1人は、無言のままじっと見詰合ってるだけ。
てっきり悲劇の中の恋人達の如く、永遠の別離を嘆き合う光景を想像していたスリムッドは、不審を感じるよりも拍子抜けしてしまいました。
「……どうしたんだい、お前達?折角会わせてあげたっていうのに……悔いを残さないよう、話したらいいじゃないか。」
声色優しく勧めるも、魔女と少年達はやはり黙ったままでした。
居心地の悪い静寂が、広間中に漂います。
「……おい…あいつら、確かに来るんだろうな…?」
待てども来ない援軍に痺れを切らして、3人の中央に立つゾロが、左側のウソップに向い、蚊の鳴く声で囁きました。
「…何やってんだよ…?…ちゃんと間に合うんだろうな…?」
「来る…!大丈夫…!…た、多分…きっと……。」
「…多分きっと!?おい、ふざけてんじゃねェぞ…!」
「だだ大丈夫だって…!今出たトコなんだよ…!……きっと。」
「出前じゃあるまいし…!『頑張ったけど間に合いませんでした』じゃ済まされねェんだからな!おい…!」
「そこの2人は何ボソボソと話合ってんだい!?…相手が違ってるじゃないか。」
ボソボソと話す小声を聞き付けたスリムッドが、ギロリと片目を剥きます。
睨まれた2人はピキーンと背中を緊張させ、慌てて口を閉じたのでした。
「…残り後10分!……ちょっとでもおかしな様子を見せたら、魔女は勿論、お前達の命も無くなると覚えておいで!」
ニヤニヤと笑いながら脅す老婆の視線の先には、左右を固める数十人の武装した信者達の姿が在りました。
目にしたウソップの震えが一段と強まります。
ルフィとゾロも息を呑んで、表情を険しくさせます。
鏡の中のナミの顔が、まるで死人の様に蒼褪めました。
3人の少年と1人の魔女が絶体絶命のピンチを迎えていた丁度その頃――
正義のロボット『OYABIN28号』は、ウソップ幼年発明団のリーダー『ピーマン』の掛け声に合せて、鏡のピラミッドが建つ小高い丘を目指してひた走っていました。
「1!!2!!1!!2!!1!!2!!1!!2!!……」
『フェ〜〜〜フェッフェッフェッ!!!』
緊急事態とはいえ、正義のロボットとして村の平和な朝を乱してはならぬと、避けて選んだ獣道に轟く咆哮。
ズシンズシンと森を掻き分け震わす音に、怯えた鳥達が喧しく鳴いて空へと飛び立ちます。
敵のアジトを隠すかの如く、行く手を遮る乳色の靄。
しかしOYABINは怯む事無く、鉄のボディで切裂き邁進するのでした。
頑張れOYABIN!!
負けるなOYABIN!!
正義の力を見せてやれ!!
『フェ〜〜〜フェッフェッフェッ!!!』
「………誰がこんな笑い声出すようセッケイしたんだろう?」
「………博士だよ。」
「………カッコ悪いよなァ、はっきり言って。」
「………全然、『正義の味方』っぽくないよね。」
「だから今は不満言ってる場合じゃないって!!!…そんな事より、見えて来たぞ!!ピラミッドが!!」
白く煙る靄の中、荒涼とした丘の上に建つ、異形の建物。
巨大なロボットよりも尚、高く聳える鏡の山。
昇ったばかりの朝陽に照らされたそれは、悪の巣窟に似つかわしくない輝きを放っていました。
「ようし…タマネギはそのまま一気にかけろ!!!ニンジンはオレがさけぶと同時に、右うででパンチだ!!!」
「「ラジャー!!!」」
『フェ〜〜〜フェッフェッフェッ!!!』
ピーマンの指令通りに脚部を担当するタマネギが速度を上げ、胸腕部を担当するニンジンがロボの右腕を振上げ構えます。
「行くぞォォォ!!!『OYABIN・ジャスティス・ライト・マグナァァァム…!!!!』」
ピーマンがヒーローになり切って叫ぶと同時に、OYABINは渾身のパンチをピラミッドにお見舞いしたのでした。
――ズドガッシャーーーーーン…!!!!!
不気味に近付く振動音に次いで、雷鳴の様な激しい衝撃が、広間に伝わりました。
周りを固めていた信者達が、不安を隠さずざわめきます。
「一体何が起ったってんだいっっ…!!?」
動揺する信者達に押されて、スリムッドも堪らず角に設置された連絡管へと走って行きました。
老婆が自分達に背を向け離れた瞬間――「チャンス到来!」とばかりに、3人の少年の目がキラリと光ります。
「ルフィ!今だ…!」
「――おう!!」
返事をすると同時に、ルフィは縛ってた縄を、蜘蛛の糸の如く易々と引き千切りました。
ゾロも同じく引き千切ると、背中から抜いた刀で、ウソップの縄をも斬り落します。
自由を取戻したルフィの左掌が、松明の様に明々と燃立ちました。
浮んだ破魔の図象を握り締め、床に映るナミの姿を見据えます。
『ルフィ…!!』
透き通る壁の向うで、ナミがコクンと頷きます。
それに大きく頷きを返すと――ルフィは破魔の拳を――床に思い切り叩き付けたのでした。
「うおおおおおお…!!!!」
湖面に張る氷が砕けるかの如く、鏡の床にピシピシと亀裂が走ります。
真っ赤な拳が鏡を溶かして貫くと、ルフィは言われた通り、破魔の力を封じました。
握り締めた炎が消えると同時に、凄まじい力で中へと引張られます。
ルフィは歯を食い縛って掛かる力に抵抗し、空いた右手は床に掴らせ、己の左腕を限界まで伸ばしました。
「ナミィィ!!!掴れェェェ…!!!!」
『――ルフィ!!!!』
必死で伸ばした手に、ナミの両手が掴ります。
その手をぎゅうと握り締めると、死んでも離さぬとばかりに、渾身の力で引上げ始めました。
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