魔女の瞳はにゃんこの目・2 −14−
びょり 様
「――しまった!!…ジャリと思って甘い顔してれば…小癪な真似をしてくれるじゃないか…!!」
角の連絡管を通して見張り役の信者に状況を訊いていたスリムッドは、突然上った声に振返って3人の少年の様子を見て取るや、脳天から蒸気を噴出しそうな程悔しがりました。
止まぬ地響きに恐怖を募らせ、広間から出ようと扉に突進してった信者達に向い、八つ当り気味に怒鳴ります。
「うろたえてんじゃないよ、お前達!!!この騒ぎはそこのジャリ共が脱出を謀って起した罠さ!!!」
「ええ!??罠ァァ!??」
「この恐ろしい地鳴りは、こいつらが起したものですって!?」
「俺はまた遂に世界を滅ぼす大地震が襲って来たのかと…!」
扉の前まで退いた信者達が、一斉に3人の少年の方を振返ります。
見れば何時の間にか少年達は、縛っていた縄を解いていました。
緑髪の少年が、右手に黒い柄の刀を、左手に赤い柄の刀を握り、自分達に向けて構えています。
その後ろには長鼻の少年が、蒼褪めた顔で背後霊の如く取り縋っていました。
更にその後ろでは…麦藁帽を被った少年が、床に屈んで何かをしてるようでした。
…ふと壁や、天井の鏡に目をやります。
映っていたのは魔女と、魔女と手を繋ぐ、1本の腕――
「あいつら…魔女を鏡から解放しようと…!!」
…此処に来て漸く少年達の策略が読めた信者達は、表情を一気に険しいものへと変えました。
「…もう容赦するもんか!!――お前達!!!すぐさまあのジャリ共に矢を放って締上げとくれ…!!」
「し、しかし先生…!!相手は子供ですよ!!」
「流石にそれはあまりに無体…!!」
「早くおし!!!!――あいつらは人間じゃない、子供の姿を借りた悪魔だよ!
!!邪悪な魔女を解放しようとしてるのが証拠さ!!!」
片方だけの金目を爛々と光らせて、スリムッドが捲し立てます。
鬼かと見紛う異様な形相に、信者達は躊躇いながらも、弓と槍を構えました。
臨戦態勢整え近付いて来る集団を目にしたウソップは、爪先まで血の気の引き切った体をゾロの背中に押込みガードすると、後方で踏ん張ってるルフィに涙目で訴えました。
「見ろォォ!!!おめェが大声出すから気付かれちまったじゃねェかァ〜〜!!!まったく何でおめェは何時も何時も何時も何時も何時も!!ちったァその場の状況読んで行動してくれよほォォ〜〜!!!」
「…ったって…!!…しょうがねェだろ…!!…大声出さなきゃ…気合…入んね…!」
文句を言うウソップに、ルフィが切れ切れ返事をします。
ナミを引上げるルフィは、鏡の中から生じる凄まじい吸引力と戦っていました。
ちょっとでも力を緩めたら、自分まで吸込まれそうです。
繋いだ手を耐えるだけで精一杯でした。
吹き零れる汗で、床に突っ張った右手が滑ります。
左掌にも汗が溜り、ヌルヌル滑ってしまいそうでした。
滑らないよう、離さないよう、ルフィは何度も握り直しました。
『……ルフィ!』
鏡の向うでナミが、心配そうに顔を曇らせます。
――大丈夫だ…安心しろ!!
答える代りにルフィは、普段より余計に歯を剥き出し、にいっと笑って見せました。
「ブルッて文句タレてる場合じゃねェだろ、ウソップ!てめェは自分の役目を果たせ!…護りは俺が全て引受ける!!」
「ひひひ引受けるったって…!!見た所30人以上は居るぜ!!そそそんな多勢相手に1人で応戦するなんて無茶もいいトコ…!!」
「30人居ようが、300人居ようが、全く問題無ェよ…!!」
突飛ばされ、離れてく背中から迸る赤い闘気に、ウソップは息を呑みました。
並んで立てば少しばかり高いだけの筈なのに、自分のよりもずっと広く大きく頼もしく感じる背中。
「ぼーっとしてないで早くルフィを手伝え!!!」
「え!?あ…ああ、す、済まねェ、解った…!!」
振返る事無く怒鳴られ、慌てて後ろで脂汗流してるルフィの背中から腕を回し、両足踏ん張って引上げます。
しかし最早床に苦悶の表情で貼り付いてるルフィの体は、ピクリとも持上げる事が出来ませんでした。
「…な…なんだァァ!?この重量はァァ!?人間2人分の重量として尋常じゃねェだろ、おい!!こ〜んなもん…持上げられっかァァ〜〜〜!!!」
「…い…から…とに…かく…持上げ……ろ…!!ちょっ…とでも気…抜け…たら…吸い…こまれそ…だ…!!」
「そりゃ…此処まで来たら覚悟据えてやっけどよ…!!…にしたって…カナヅチより重いもん…!!…ぜへっ…!持った事無ェ…ハヒッ…!…頭脳派なんだから…フヘッ…!なァァ俺はァァァ…!!!」
うんうん唸りながら魔女を引っこ抜かんと蹲ってる2人。
その前で2本の刀を手に構え、修羅の顔して見据える緑髪の少年。
「――いいね!!!あたしが合図すると同時に、矢を一斉に放つんだよ!!!」
スリムッドの号令の下、2手に分れた内前列に立った信者達が、弓を構えてジリジリと近付いて行きました。
『スリムッド先生!!!それでこちらの騒ぎは如何に収めれば宜しいのでしょうか!!?』
連絡管から、先程交信していた信者が、どうにも困り果てた声色で指示を仰いで来ました。
「煩いねェ!!!それどころじゃないんだ、放っときゃいいだろ、そんなの!!どうせ首謀者は纏めてこっちに居るんだから!!!」
面倒臭そうにスリムッドが管に向って吐き捨てます。
『し、しかし…!!ロボットは建物を破壊しながら、先生の居る広間を目指して――』
気付けば地鳴りは、前よりずっと近くに感じられました。
弓の弦を引き絞ってた信者達が、怯えて手を離し、騒ぎ出します。
「こら!!!勝手に陣を崩してんじゃないよ!!!いいかい!!あいつら消せば全てお終いなんだ!!!怖気ずに、あたしの合図で即討てるよう――」
振返って喚いた瞬間――ビシッ!!!!と壁が大きな音を立てました。
恐る恐る向直ると…鏡には目ん玉飛出させて慄く白髪の老婆が、ひび割れて映っています。
「ひっ…!?」と短く甲高い悲鳴を発して、スリムッドは壁から離れました。
ズシィン…!!!ズシィン…!!!と音が響く度、広間が大きく揺れます。
床を這う振動音に、自分達の体が跳ね上りました。
「な…何かが、この壁の向うに居るぞ…!!」
「ほ、本当に全部、こいつらの仕業なのか…!?」
「悪魔の使いか…まさか巨人…!?」
「はたまた魔獣バジリスク…!?」
「何でもいいからお前達!!!さっさと弓引く用意して、あたしを護るんだよ!!!」
最もガタイが立派で力自慢な信者の背後に逃込み、スリムッドががなり立てます
。
命令通り弓をキリキリと引絞った信者達の前で、鏡の壁は轟音轟かせて砕け散り、中から悪魔とも怪物ともつかぬ巨体が、唸りを上げ侵入して来ました。
『フェ〜〜〜フェッフェッフェッ!!!』
「な…何だい、これはァ〜〜〜〜!!!?」
「ば…化物っっ…!!!」
「巨大な動く人形――ゴーレムか!!?」
「いや、泥じゃなく、鉄で出来てるようだぞ!!!」
蝋燭仄めく薄暗い広間に突如現れた、高い天井スレスレまで聳え立つ鉄製の巨大人形。
…それは正に『怪物(モンスター)』としか形容し様の無い、恐ろしい姿をしていました。
獣の如く2つに割れた、黒光りする頭。
ズル賢い古狐の様な面構え。
右手にはボクサーグローブを嵌め、左手には鋭く尖ったドリルを装着しています。
突出た腹の下に続く、安定悪そうな細く短い足は、餓鬼を想起する気味悪さ。
舞い降りた恐怖の大王を目にして、信者達はすっかりパニックに陥ってしまい、今度こそ一目散に出入口扉まで退きました。
「あたしを置いて何処逃げようってんだい、お前達!!!!――よく見な!!!あれは化物じゃない!!!恐らく、あいつらの造ったロボットさ!!!」
自身も出入口扉まで走って退きながら、スリムッドが憤慨して叫びます。
「ロボットォォ!!?」
「あんな巨大ロボットを子供達の手で!!?」
「…だとしたら先生の言われる通り、尋常な子供とは思えない…!!」
「悪魔だ!!!正しく人間の子供の皮を被った悪魔だったんだ…!!!」
恐怖から憎悪へ、信者達の眼差しが、みるみる変化して行きます。
「…そうさ!!早くあいつらを殺さなきゃ、地上はあの悪魔達に乗っ取られちまう!!…理解したら早く矢を射掛けるんだ!!そして弱った所を捕まえて、槍で串刺しにしてしまうんだよ!!!」
残虐な命令を下されるも、完全に少年達を悪魔と見なした信者達に、躊躇いの心は残されていませんでした。
一斉に弦から放たれ、ヒュンヒュン音立てて降る矢の雨。
しかし矢は的である少年達に一切刺さる事無く、瞬時に反応して立塞がったロボットに、全て薙ぎ払われてしまいました。
『フェ〜〜〜フェッフェッフェッ!!!』
ロボットの勝ち誇った笑い声が、広間に木霊します。
『はーっはっはっは!!!鉄のボディを持ったOYABINに矢がツウヨウするか!!!』
『おそれ入ったか悪党ども!!!』
『博士ェーー!!!おくれてゴメン!!!でもボクらが来たからには、もう安心ですよォーー!!!』
スピーカーを通して、ピーマン・ニンジン・タマネギの声が、明るく響き渡りました。
安心感を醸そうとしてか、ロボにガッツポーズを決めさせます。
「おーーう!!!待ちかねたぞ!!!お前達ィーー!!!!」
「…………これがお前のとっておき合体ロボなのか?ウソップ…」
「そーさ!!!俺のライフワークにして最高最大の発明品、正義の心を宿した無敵合体ロボ『OYABIN28号』だァァ!!!」
何故かハニワ顔で問うて来るゾロに、ウソップは得意満面、ルフィを引張り上げながら答えました。
「…………悪役面だろ、どう見ても。」
「なんだとグリーンジャイアントォォ!!!――ピーマン!!ニンジン!!タマネギ!!いっちょお前ら、OYABINの凄ェパワー見せてやれ!!!」
『ラジャー!!!――やいやい悪党どもォォ!!!よくもオレ達の博士をカンキンしてくれたなァ!!!』
『あまつさえ命をとろうなんて、アクギャクヒドウ許すまじ!!!かんにん袋ももはやこれまで大ゲキド!!!』
『この無敵合体ロボOYABIN28号が、正義のパンチでコーセイしてやるっっ!!!』
――ジャキーン!!!!と左腕を脇で締め、右腕を70度上の角度に振上げます。
スポットライトを当ててやりたい程決ったポーズを前にして、悪者達は暫し絶句してしまいました。
「…………如何なさいますか、スリムッド先生?」
「………相手したくなくとも、先に倒すしかないじゃないか。」
「倒せと言われましても…矢も効かぬ鉄製のロボットを、どうやって倒せば良いのやら…」
「矢が駄目なら槍使って突き通しちまえばいいだろ!!!」
「…しかし素材が鉄では、槍も恐らく効かぬのではないかと……」
「何言ってんだい!!!こんな鉄屑掻き集めて造った様なスクラップ『割れ頭』なんて…槍で1ヶ所集中的に狙えば、案外脆いもんさ!!!」
――グサッ!!!
『まずい!!!OYABINのウィークポイントを突かれた…!!!』
突然、ロボットが――ギッチョン!!!と動作を停止しました。
それには気付かないまま、スリムッドは更に暴言を続けます。
「見れば見る程なんて人を馬鹿にした面だろう!!!…それになんだい、あの下品な『割れ頭』は!!設計した人間の品性が知れるってもんさ!!」
――グサグサッッ!!!
「笑い方も癇に障る事この上ないね!!…まったくあの『割れ頭』ときたら…後ろから見たら、あたしの大嫌いな豚の足にそっくりじゃないか!!見てるだけで胸がムカムカして来るよ!!!」
――グサグサグサッッッ!!!
『…フェ…フェ…フェ〜〜〜ンフェンフェンフェン!!!フェ〜〜〜ンフェンフェンフェン!!!…!!!』
『ああっっ!!!心ない言葉のボウリョクを受け続けたせいで、OYABINのタイキュウゲージがふり切れてしまった…!!!』
『泣かないでOYABIN!!!ボクらは君のそのコセイテキな頭が大好きだよ!!!』
『頭がわれてたって良いじゃないか!!!ロボットだもの!!!』
『フェ〜〜〜ンフェンフェンフェン!!!フェ〜〜〜ンフェンフェンフェン!!!』
ロボットで在りながら、OYABINの目からは、涙が次から次へと溢れ出ました。
「正義のロボット」として欠けてはならぬものとは何だろう?それは「優しさ」だ…「痛みを知る心」だ…!
そう考え、ウソップは人間同様の傷付き易い心を、ロボットの脳回路に植付けたのです。
身体的特徴をあげつらうという、最も残酷な言葉の暴力は、OYABINの純情クリスタルハートを木端微塵子に打砕いてしまいました。
泣きながらOYABINが左腕のドリルをチュイイインと作動させます。
『ヤバイ!!!OYABINがついにドリルをサドウさせてしまった…!!!』
『負けないでOYABIN!!自分のコセイをコンプレックスに感じちゃダメだ!!!』
『立上って戦ってよOYABI〜〜〜N…!!!』
操縦者全員で声援送るも、OYABINは床を削る事を止めませんでした。
バリバリメキメキギュルルルルと派手な音を響かせ掘り進んでくドリル。
あっと言う間も無くOYABINの体は地中深くへと沈んで行きました。
『フェ〜〜〜ンフェンフェンフェン!!フェ〜〜〜ンフェンフェンフェン………!』
床にぽっかり開いた穴から漏れるOYABINの泣き声…それが遠ざかり完全に聞えなくなるまで、広場に居る者は誰1人として、口を利く者は在りませんでした。
「…………で、あいつら此処に何しに来たんだ?」
長い空白の後、ポツリとゾロが呟きました。
「…いやあ…なんつうか……その内立直って戻ってくんじゃねェかと…。」
「……何時戻ってくんだよ?」
「さ〜〜〜あ?」
気まずい空気を散らそうと、おどけて笑って見せた顔をグイッと掴まれ、大入道も裸足で逃出しそうな形相で凄まれました。
「……命懸けてる瀬戸際なんだぞ…!!ちったあ真面目にやれっっ…!!!」
「…ままま!!まひ!まひ!まひめひやっへふっへ…!!ひやほんほー!!」
『……無能!』
「…カッコ悪ィ!!」
「うっせェ!!!てめェらまで何だよ!!!計画通り隙は作ってやったんだから感謝しろ!!!文句言うなら引張ってやんねェぞコラァァ!!!」
仲間から散々コケにされ、ウソップは涙目でブチ切れてしまいました。
「…………で、結局あれは何だったんでしょう、先生…?」
「…………よく解んないけど、有耶無耶の内に撃退しちまったようだねェ…。」
深く掘られた床穴を挟んだ向うでは、スリムッドと信者が放心した様子で会話していました。
「…まったく、時間を無駄にしておくれだよ…!――さァお前達!!!得体の知れない化物は退散した!!!さっさとあいつら始末しちまっとくれ!!!」
再び号令が下され、弓を構えた列が前に出ます。
自分達に向けられる幾本もの矢を目にしたウソップは、一際甲高い悲鳴を発して縮こまりました。
「駄目だ…!!もうお終いだ…!!…殺されちまう…!死にだぐねェ〜〜〜〜!!!!」
「情けねェ顔で喚いてんじゃねェよ!護りは俺に任せて、てめェはルフィと一緒にナミ引張り上げろっつったろ!」
「そそそそんな事言ったって…!!こんな…絶体絶命の大ピンチにお前…!!」
「――討てェェ!!!!」
「き、来たァァ〜〜〜〜〜!!!!」
――矢が放たれた瞬間、ウソップは目を瞑りルフィの背中にしがみ付いていたので、何が起きたのか皆目解りませんでした。
ただ、ゾロが叫ぶと同時に爆風が起り、空気がビリビリと震え――
――次には大勢の人間の悲鳴が聞えて来たのです。
不思議に思い、恐る恐る瞼を開きます。
先刻まで広間を照らしていた蝋燭は全て消え、ゾロが左手に握る刀身だけが、暗闇の中仄赤く光って見えました。
「……ど、どうしたんだ!?矢は…矢は飛んで来なかったのか…!?」
「…ウソップ…!!いーから…!!ゾロなら大丈夫だから…!!」
おどおどと落着き無く様子を探るウソップを、ルフィが下から呼止めます。
「…もう心配無ェ…!!…ハッ…!…だから力抜くな…!!こっち集中しろ…!!」
「心配無ェって…何で…!?」
「…ゴチャゴチャ言って…な…!!!…早く…ナミ助けて…皆、一緒に帰るんだっっ…!!!」
息を荒げてルフィが吠えます。
ブルブルと震えるその背中は、海にでも浸かった様に、汗でビショビショに濡れていました。
「……おめェ…!」
気懸りは色々有れど、ウソップは一先ずナミ引上げに専念する事を決意しました。
回した腕をよりしっかり繋ぎ合せ、腹に思っ切し力入れて引張り上げます。
「…子供の玩具じゃなくて残念だったな、婆ァ…!!没収せずに置いた事、死ぬ程後悔させてやるぜ…!!」
暗闇の中ゾロの低い笑い声が響いて聞えました。
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