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魔女の瞳はにゃんこの目・2  −15−


                            びょり 様



「…一体何が起ったんだい!!?誰が灯りを消しちまったのさ!?」
「解りませんっっ…!!!…あの緑髪の子供が2本の刀を振るった瞬間、爆発した様に物凄い風が吹いて……!!!」
「いいからさっさと明りを用意しな!!!闇に乗じて逃げられちまったら、どうすんだい!!!」


金切り声で喚くスリムッドに気圧され、ルフィ達を広間迄連行して来た5人の信者が、慌てて所持していたランプに火を灯し、辺りを確認します。

照らされた床には………先刻迄弓を構えていた前の隊が、粉々に折れた矢と一緒に累々と転がっていました。

全員、まるでかまいたちに襲われたかの如く、体中に切傷を負っています。
白かった服には、赤い血の斑点が、幾つも滲んでいました。


「おい!!!…その傷はどうした!!?何時受けたんだ!!?」


倒れている中から1人を抱起して訳を尋ねます。

身を起された信者は、震える声で遭った事を告白しました。


「……矢を討った瞬間……緑髪のガキが俺達に向けて刀を振るい……矢を全て……俺達ごと吹飛ばしたんだ…!!」

「――なんだって…!?じゃあ…あの子1人に、弓隊全員が一瞬でやられたってのか…!??」


問質された男は、満面に恐怖を滲ませ、ガクガクと頷きました。

ランプを翳して広間の向うを窺います。

鏡に映った、仁王立ちする少年の影。
2本の刀がチカリと光って見えます。

目にした途端――信者達全員の背筋に、言い知れぬ怖気が走りました。


「ジャリ1人にやられたァ!??…馬鹿言ってんじゃないよ!!!そんな話、信じられるかい!!」
「し、しかし先生…!!現に矢を受け持っていた組が全滅して…!!」
「ああ解ったよ!!まどろっこしい真似はもう止めさ!!…察する所、3人の内2人は魔女を解放しようと足掻いてて、残り1人であたしらに刃向おうとしているみたいじゃないか!なら残った奴等全員で一気に攻めてって、槍で突き殺しちまえばいいだろ!!」


信者達の不安を一笑に付すと、スリムッドは新たな策を出しました。


「でも先生…!」
「デモもテロもないよ早くおし!!!」


不機嫌露に一喝され、渋々残った十余名で隊列を組み直します。

ランプを持った5人を先頭に、槍を振上げ勇猛果敢に突進して行く信者達。

――と、その時、再び空気がビリビリと震えました。


「二刀流……鷹波ィィ…!!!!」


言うが早いか、高波の様な凄まじい衝撃波が襲い――

忽ち起った爆風が、向って来た信者全てを吹飛ばし――

響く阿鼻叫喚、バリンと硝子が割れる音、そしてまたもや広間を包む暗闇――


――手探りで床を確かめれば、さっきまで隣で話していた信者が、転がり呻いていました。


恐る恐る触れた手に、べっとりと血の感触が残ります。

1人残されたスリムッドは、初めて言い知れぬ恐怖を感じ、悲鳴を棚引かせました。


「…いい一体…!!…何が…どうして…!?」

「……せ…先生…!…あいつは…あの緑髪の子供は…『妖刀使い』です…!!」

「……『妖刀使い』…?魔物の血を吸うと言われる、妖刀『鬼徹』を持つ剣士…あのジャリがそうだって言うのかい!?」

「……そうです…!!……噂で…『妖刀使い』は少年だと…二刀流だとも伝え聞いてたけど……まさか、あんな年若の少年だったとは…!!」


尋ねられた信者は、ぜえぜえと喘ぎながら答えます。


「……先生…逃げて下さい…!!……私達じゃ、とても相手にならない…!!」


耳を澄ませば倒れた信者の呻く声が、壁に反響してそこかしこから聞えて来ました。


「…安心しろよ!!命奪ったりまではしちゃいねェから!!」


燭台の蝋燭もランプも掻き消され、完全な闇に閉ざされた奥から、少年の声が木霊します。


「向って来なけりゃ、斬る積りはねェ!!……但し、1歩でも近付きゃ、容赦はしねェぜ…!!」


ジャリらしからぬドスの利いた台詞に、老婆はひいと1泣きして身を震わせました。




「…二刀流…右手に黒い柄の刀『雪走り』を握り、左手に赤い柄の妖刀『鬼徹』を握る少年剣士……まさかお前…噂に名高い『妖刀使い』か…!?」

「ああ、そうだ。」


爆音に驚き振向いたウソップは、目前で展開された尋常でない様子に、目を見張りました。

しかし仕出かした本人は、事も無げに飄々としています。


「…『オレンジの森の魔女』に、『破魔の拳を持つ者』、そして『妖刀使い』…なんでこんなオールスターなんだよ!!?お前ら何企んでんだ!!?世界征服でもしようってのかァァ〜〜〜!!?」

「世界征服ゥ??んなのに興味無ェよ。」
「…俺達は…シャンクスを…捜そうとしてるだけだっっ…!!」

『……運悪く巻き込まれたのよ。私も…あんたも!』


鏡の向うでナミが苦笑うのを感じました。




味方を失くしたスリムッドは、床に転がる信者を退けつつ、這うようにして後退りました。

背中が壁に当った所で向きを逆転し、出入口を手探りします。

扉横の細い管を探り当てたスリムッドの顔に、底意地の悪い笑みが戻りました。

暗闇の奥に潜む少年達に、猫撫で声で話し掛けます。


「悪かったねェェお前達!!そうさ、子供だからって甘く見ちゃ失礼だよねェェ!!今更で済まないけど、ちゃんともてなすから受けとくれよ!!」


言うが早いか連絡時に使用する金属管の蓋を開け、「天井オープン!!!」と叫びました。

不審を感じる間も無く、天井鏡がバタバタと開いて、上階から陽光が射し込みます。

鉄格子だけを残してオープンにされた広間の天井。

その格子の隙間から、正しく雨の様な矢が、少年達目掛けて降り注ぎました。


「――しまっっ…!!!」


襲い来る矢に反応したゾロが、咄嗟の判断で、ウソップ達に覆い被さります。

――その背中に、鋭く尖った矢が、次々と突き刺さりました。




一方、その頃――

地中深く落込んだOYABINは、背中を丸めてひたすらハートブレイクに浸っていました。


『フェ〜〜〜ンフェンフェンフェン!!!フェ〜〜〜ンフェンフェンフェン!!
!フェ〜〜〜ンフェンフェンフェン…!!!』

『立上れOYABIN28号!!!お前は正義の無敵合体ロボットなんだぞ!!!』
『悪口ごときでたおされるほど、お前は弱いソンザイなのか!!?』
『早く行かなきゃ…博士も、博士の友達(?)も、皆殺されちゃうんだ…!!!』
『そうさ!!!博士も、博士の友達(?)も、お前が助けにもどるのを待っているんだ!!!』

『フェ〜〜〜ンフェンフェン………フェッ!?』


ピーマン・ニンジン・タマネギが必死で宥めるも、さめざめ泣くばかりだったOYABINが、この1言にピタリと涙を止めました。


『…フェッフェッフェ〜〜〜?(訳:俺が助けに戻るのを…?)』

『OYABIN…!!悪党をたおして、皆を救えるのは、お前だけだ…!!』

『…フェ〜〜〜〜??(訳:本当に…?)』

『お前は天空きらめく希望の星…ヒーローなんだ!!!悪をこらしめ正義をつらぬくその姿、誰もが愛さずにはいられないだろう…!!』

『フェフェフェ…フェ〜〜〜!?(訳:俺は皆に愛される…ヒーロー!?)』


OYABINがむっくりと顔を上げます。

息詰る土中に在りながら、一筋の光が見えた気がしました。

立つんだ、OYABIN!!
聞えるだろう!?
君を呼ぶ皆の声が!!
未だ勝負は終っちゃいない…!!




急に明るくなったなと感じた直後、ゾロがいきなり被さって来ました。

驚きの声を上げるよりも早く、背中に――ドスドスドス…!!!といった、重い衝撃が伝わります。

「――がはっっ…!!!!」とゾロが呻くと同時に、生温かい液体がビシャリとうなじに当りました。

ポタポタと水滴の落ちる音に反応して下を向くと……光を眩しく反射する鏡の床には、夥しい鮮血が零れていました。


『ゾロ…!!!!』

「「ゾロォォ…!!!!」」


ナミの、ルフィの、ウソップの悲鳴が、広間に反響します。

見上げた天井には、広間に居た倍の人数が、びっしりと待機していたのです。

鏡の板を外して露にされた鉄格子の上に立ち、弓矢構えて隙間から狙う信者達。

広間の向うから、スリムッドが勝ち誇った笑い声を上げました。

床に転がる信者達からも歓声が上がります。




「やった!!!仕留めたぞ!!!」
「し…死んだのか…!?」
「何十本も矢を受けたんだ!!これでピンピンしてたら、真に悪魔さ!!」

「ヒェッヒェッヒェッ…!!!剣士が敵に背中を見せて倒れるなんて、無様な死に方だねェェ!!!――さ、お前達!!ぼやぼやせずに残った奴等も片付けんだよ!!!」


広間に倒れている信者達に向い、スリムッドが意気揚々と命令します。

その言葉を受けて、数人がフラフラと身を起しました。


「念には念を入れて、もう1度天井組に攻撃させよう!それが済んだら一気に取囲んで捕まえるんだよ!残った奴等は丸腰だし、大して強そうでもないから、容易いだろうさ!でも息の根まで止める必要は無いからね!後で……魔女の前でゆっくりと、嬲り殺してやればいい…!」


さながら御伽噺に出て来る魔女そのものの様に、老婆は残忍な笑みを零しました。




「おい!!お前!!…だ…大丈夫か!?死んだりしてねェよな…!?」
『ゾロ!!ゾロ!!…しっかりして!!』
「おいゾロ!!!こんな時に死んでんじゃねーぞ…!!!」


背中を通してゾロの苦しげな息遣いが伝わって来ました。

床に突刺し支えにしてる両の刀が、ガタガタと音を立てています。

1滴の赤い血が、ウソップとルフィの頬をつうと掠めて、鏡に映るナミの頬へ、ピチャリと落ちました。

堪え切れずナミが泣出します。


「……フィ…!!…わずに続けろ…!!」


ギリリと歯を軋ませて、ゾロが勢い良く起上がります。

床から刀を抜いて反転し、向けられた背中には……何十本もの矢が突き刺さっていました。

その姿は例えるなら地獄の針山…目にしたウソップは恐怖のあまり、涙と鼻水をだだ漏れにさせました。


「解った…!!――ウソップ!!!…ハッ…ゾロの事は放っといて引張れ…!!!!」
「ほほほ放っとけってお前!!!そそそんな事したらこいつ本当に死んじま…!!!」
『止めて!!!!もう止めてゾロ!!!!ルフィも止めて…!!!!』


ナミとウソップが泣いて叫べども、ゾロは構えを解こうとしません。
ルフィも、ナミを引張る手を休めません。

そこへ天井からまたも降って来る、禍々しい光の雨。

ゾロは2本の刀を高速で振回すと、落ちて来る矢を旋風に巻き込み、天井まで吹飛ばしました。


「…二刀流……犀回(サイクル)…!!!!」


思いがけず戻って来た矢に、上階に居る信者達が逃げ惑います。

忽ち上がる悲鳴に、槍で攻めようと待ち構えてた広間の信者達も、顔色を蒼白に変えて立ち竦みました。


「怯んでんじゃないよ!!!既に致命傷は与えてあるんだ!!!物量に物を言わせて動かなくなるまで続けな!!!」




『止めて!!!降参するから討たないで…!!!ゾロも諦めて逃げて!!!もう助けなくていいから…!!!』


幾度となくナミに止められても、ゾロは振向きすらしません。

間を置かず飛んで来る矢を、ひたすら2本の刀で跳ね除け、薙ぎ払います。

刀が間に合わない時は、腕で――脚で――矢が当る度にパッと飛び散る血飛沫。

心なしか段々と鈍くなって行くよう見えるゾロの動き。

それでもルフィはゾロに目もくれず、歯をギリギリ噛締め、ナミを引上げ続けました。


『ルフィ、もういいよ…!!!お願いだから、ゾロとウソップ連れて逃げて…!!!…でないとゾロが死んじゃうよォ…!!』
「ナミの言う通りだぜルフィ…!!!此処は一旦退却して、作戦練り直そう!!死んじまったら何もかもお終いじゃねェか…!!!」

「……いぃ…や…だっっ……!!!!」


2人が説得するも、ルフィはくぐもった声で否と返し、手を退こうとしませんでした。

こうなったら無理矢理にでも離させようとして……ウソップは初めて気付きました。

さっきまで割れてた床の鏡が、何時の間にか氷の張った湖面の様に、元通りのツルツルに戻っていた事に。


鏡の中に突っ込んでいたルフィの左腕は、付根から挟まれ既に抜けなくなっていた事に…。




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