魔女の瞳はにゃんこの目・2 −16−
びょり 様
「……おめェ…その腕…!!!」
『…馬鹿っっ…!!!何でそうなる前に止めなかったのよ…!!?』
挟まれた付根からは、血が噴出していました。
後ろではしつこく降り続ける矢を相手に、ゾロが死に物狂いで防戦しています。
ウソップの胸に……『恐怖』と言う名の黒い染みが、ジワジワと広がって行きました。
――恐ェ、恐ェ、恐ェ、恐ェ、恐ェ…!!!
――死ぬのか!?俺、此処で死んじまうのか!?
――母ちゃんみたいに…!?
――父ちゃんにも会えてねェのに…!?
――嫌だ!!!未だ遣り残してる事、沢山有るんだぞ!!!
――何で赤の他人のこいつらと一緒に死ななきゃなんねェんだ!!?
――2日前に会ったばかりの奴らだぜ!!!何の義理も無ェのに…!!!
――死にたくねェ…死にたくねェよォォ…!!!!
――ウソップ……あんたの母親……死んじゃってたんだ…。
突然、ウソップの頭の中に、ナミの声が響いて聞えました。
驚いて鏡に映るナミの顔を見ます。
先刻まで茶色かったナミの瞳は、煌く金色へと変っていました。
「…ナ…!!?」
――黙って…!!!そのまま聞いて!!!
――ナミ……!?
声の言う通り黙り、ルフィの肩越しから、その瞳を見詰ます。
――私は今、魔力であんたの心と、直接会話してる。
――そ…そんな凄い事出来るのか、おめェ…!?
――ええ……瞳が金色の時…私は触れた物の心が視えるの……ウソップ、あんたの心も、ルフィの体を通して視ちゃったわ…。
――俺の…心…!
言葉の意味を理解し、羞恥で胸がカッと熱くなります。
――お願い、ウソップ…これから私の言う事をよく聞いて!
後10分もしない内に、ルフィの左腕は鏡の結界に挟まれて千切れるわ!
そうなったらこいつらだって、流石に諦めざるをえない。
ウソップ……ルフィの腕が千切れたら、あんたは2人を連れて、扉向って走って逃げて!!
行く手を塞がれたとしても、広間に居る奴等の多くは傷を負ってフラフラ…上手くすれば突破出来るかも知れない!
――でも、それじゃ…おめェは……どうなっちまうんだ…?
尋ねるウソップに、声は苦笑いを混じえて答えました。
――助からないでしょうけど……でも大丈夫よ!魔女は死なないから!!
あの婆ァだって、鏡の中に居るんじゃ、手出し出来ない。
「鏡を割ったら私は死ぬ」なんて、あんた達を脅す為に吐いた大嘘よ!
告白するとね…鏡に閉じ込められた事、初めてじゃないの。
だから今度も大丈夫!…長く生きてりゃ、その内また外に出られるわよ!
鏡の向うから、ナミがにっこりと微笑みます。
その瞳の中には、寂しさが透けて見えました。
心臓がバクバク飛跳ね、口から出て来そうです。
全身から冷たい汗がプツプツ噴出すのを感じます。
脳味噌はグラグラ煮え滾ってる様に思えました。
――もう、ルフィの左腕は戻らないわ……けど、死ぬよかマシだもんね…。
ルフィの体に回した両腕が、逡巡するかの如く、ブルブル震えます。
ナミの声は頭の芯に次々沸いては、響いて散って行きました。
――ウソップ…あんたは2人に気取られないよう、引張る真似だけして……
「ウソップゥゥーー!!!!諦めて力抜いてみろ!!!!俺はお前をブッ殺すからなァァーー!!!!」
――!!!
2人の心の会話を知ってか知らずか、突然ルフィが声を張上げました。
「ナミィィ…!!!!てめェもだ!!!!妙な策略巡らしてみろ…!!!俺は死んだって此処から逃げねェぞっっ…!!!!」
頭から爪先まで矢を突刺した姿で、ゾロも吠えます。
吠えてる間も矢は休み無く降って来ました。
「……言われなくとも………女から『私を置いて逃げて』と言われて、男が逃げられっかァァ!!!!俺は発明王『ヤソップ』の息子だぞ!!!!親父の名を汚してまで、この先長生きしろってのか!!?お天道様の下、大手振って歩けってのか!!?そんな格好悪い生き様世間に曝せっかよォォォ…!!!!」
汗で濡れ切った両手を、がっちりと繋ぎ直します。
歯を食い縛り、ルフィの呼吸に合せて、力いっぱい引張り上げました。
『駄目よウソップ!!!!…ルフィもゾロも、いいかげんに諦めて!!!!助けなくっていいって言ったでしょ!!!?』
鏡の中から喉が張り裂けんばかりに叫びます。
それでも3人は耳を貸そうとしません。
見上げた鏡面が、ルフィの左腕から溢れる血で、どんどん赤く染められます。
時々跳ね掛かる血は、ゾロのものでしょう。
自分を助けようと、誰も彼も手を止めません。
真っ赤な血がルフィの左腕を伝い、ナミの右腕をも濡らします。
時が過ぎる毎に塞がってく結界は、ルフィの腕の肉に少しづつめり込んで行きました。
『…馬鹿…!!!…私を助ける為に、死のうとでも言うの…!?』
伝わる血の熱さに、胸がいっぱいになります。
飽和状態に達したそれは、涙に変って、後から後から溢れました。
――「絶対助けっから」って約束したろ…!?
ルフィの心が、ナミの心に響きます。
――「その気になれば何時だって、骨も残さず消せる」って言ったクセに…!
――なんだ…まだ根に持ってたのか!?
――当り前でしょ!冗談になってないのよ!!だって私にとって…あんたとゾロは、『天敵』だもの…!
――「殺さねーよ」って言ったじゃねーか!
――そうだったっけ…?
――ゴメンな……「骨も残さず消せる」って、あれ………ウソだ♪
ルフィがニカッと大口開けて笑います。
――そんなの……言われなくても、解ってるわよ…!
負けずに笑い返そうとしましたが…上手く行きませんでした。
血溜りの向うには、一心不乱に矢を振落し続けるゾロの姿。
そのゾロが背を向け、刀握ったまま、右手親指をグイッと下に向けて見せます。
『ゾロ…!』
魔力を持ってないクセに、何故気付くのか。
或いは全て偶然か。
時に魔女で在る自分よりも鋭く心を読めるような…そんな2人を、ナミは憎らしく思いました。
「…っっとにしぶといジャリだねェェ!!!こうなりゃこっちも意地さ!!!手の空いてない奴等も広間に集合させて、更なる人海戦術に打って出るよ!!!」
繰返し繰返し矢を討ち続けるも、膝すら屈せず立塞がる少年に、業を煮やしたスリムッドが、管に連絡を入れます。
――とそこへ突然、足の裏に地響きを感じました。
地の底からズシーンズシーンと近付いて来るような振動に、広間に居る信者達が騒ぎ出します。
「せ、先生…!!!こ、今度こそ、予言された世界の終末を告げる大地震が襲って来たのでしょうか!!?」
「まま、まさか…!!!いやまさか、そんな…!!!」
揺れの為立って居られず、床にへたり込みます。
地を大きく震わすその衝撃は、地震にしては妙に規則正しく聞えました――先刻ロボットが床に開けた大穴から!
「…おい、ウソップ…この音…!」
ゾロが顎で床の穴を示します。
「…ああ!!帰って来たぜ!!…待ちに待ってた『正義のヒーロー』が!!!」
俄然ウソップが元気を取戻しました。
…ズシーン!ズシーン!!ズシーン!!!ズシーン!!!!ズシーン!!!!!
にょきりと大穴から、巨大な手が現れました。
目ん玉飛出せて驚く人々の前で、今度は巨大な割れ頭が出現します。
両腕を突っ張らせて起した上体をヌッと前に倒し、続いて脚を引上げます。
全てのパーツが露出した所で、ムクリと起上がる鉄の巨体。
完全復活を遂げたOYABIN28号は、自らそれを祝うが如く、甲高い咆哮を上げました。
『フェ〜〜〜フェッフェッフェッ!!!』
「お呼びでない奴キターー!!!!」
「また性懲りも無く、この鉄屑は…!!!!」
忘れた頃にやって来たヒーローに、広間は一気に騒然とします。
傷が浅く立って動ける者は、わあわあ喚きながら、扉から逃げて行きました。
「ちょ…!!!こら!!!お前達!!!あたしを差し置いて逃げるんじゃないよ!!!足をお止めって…聞えないのかい、こらーー!!!!」
制止するも半狂乱と化した信者の足は止りません。
立上って動けない者まで、這いずって逃げようとします。
途方に暮れる老婆に向い、ロボットはビシイッと人差指を突き付けました。
『悪党どもよ、待たせたな!!!皆の呼ぶ声に後おしされて、地ごくの底からはい上がって来たぜ!!!』
『さっきはまんまとやられたが、今度はそうは行かないぞ!!!』
『この無敵合体ロボットOYABIN28号が、正義の名の下に――』
「「前口上はいいから、さっさと助けろォォーーー!!!!」」
呑気に大見得切るOYABINに、ゾロとウソップが厳しくツッコミました。
『え〜〜!?こっからが特にカッコいいフレーズなのにィ〜〜〜!!』
「言ってる場合か!!!」
「それどころじゃねェんだ!!!…お前ら、直ちに天井居る敵を追っ払え!!!その隙に俺とルフィでナミを救出する!!!」
『天井???』
ウソップからの指示に、天井を見上げます。
鉄格子に似て思えるそこには、わらわらと貼り付いた人間達の姿。
ギョロリと一睨みしてやると、人間達はピキーンと硬直してしまいました。
『よォ〜〜し…ニンジン!!!右アッパーだ!!!』
『ラジャー!!!』
『フェ〜〜〜フェッフェッフェッ!!!』
『行くぞっっ!!!OYABIN・ジャスティス・ライト・アッパー!!!!』
――ズドォォォ…ン!!!!!
OYABINの強烈な右アッパーが、下方から抉るように繰り出されました。
パンチは正確に命中し、穿たれた天井が大きく振動して歪みます。
上階で弓を構えていた信者達は、すっかりパニックを起し、蜘蛛の子散らす様に逃げて行きました。
「今だ!!!――ルフィ!!!ウソップ!!!一気に引上げろ!!!」
「よっしゃあああ!!!行くぜェ!!!ルフィーー!!!」
「うおおーーーー!!!!」
有らん限りの力でルフィが引張り上げます。
その背後から、ウソップがガッチリと両腕回して引張ります。
更にゾロがその背後に回って、残った力を振り絞りました。
「魔女を解放させるんじゃない!!!全力で阻止するんだよっっ!!!!」
スリムッドが焦って上階に連絡入れるも、彼女の命令を聞く人間は、最早1人も残っていませんでした。
床の鏡面にピキピキと亀裂が走りました。
それは蜘蛛の巣状に、どんどん、どんどん広がって行きます。
自分の所にまで達したそれを、スリムッドは信じられない気持ちで見詰ました。
「…まさか……こんな真似、普通の人間に出来る訳がない…!!」
――ビキ…!!ビキキ…!!!バキン…!!!!ビキビキビキ…!!!
至る所から硝子の爆ぜる音が聞えて来ました。
まるで床全体が持上がる様に、ユラユラと揺れ動きます。
「ぐあああああああ……!!!!」
「ぬおおおおおおお……!!!」
「おおお…おおおおおおおお……!!!!」
こめかみに血管浮上らせ、3人が絶叫しました。
――バリーン…!!!!と耳を劈く高い音が響き、鏡の破片がバラバラと飛散りました。
光を反射しキラキラ輝くその中に、オレンジの髪の少女が見えます。
宙にフワリと浮く少女の手を、1本の血塗れの腕が引張っていました。
「……ナミ!!!!」
「ナミ…!!!」
「やった…!!!遂に救出したあああ!!!!」
『『『やったぜ博士ェーーーー!!!』』』
『フェ〜〜〜フェッフェッフェッ!!!』
広間に少年達(+OYABIN&愉快な仲間達)の歓声が沸起こります。
魔女は静かに歓喜の輪の中へ降立つと、離れた所で呆然と自分を見詰る老婆を、燃える様な金の瞳で射竦めました。
「…よくも散々私と仲間を苦しめてくれたわね…!!
魔女を敵に回す恐ろしさ……たっぷり思い知らせてあげるわ!!!」
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