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魔女の瞳はにゃんこの目・2  −18−


                            びょり 様



床に残された血痕と、ロボが破壊して進んだ跡を辿って、老婆を追います。

階段上って大理石の敷詰められた1階に出た途端、喧騒が耳に入って来ました。

向かったそこは3階ぶち抜いての明るい大ホールで、中央には外観を1/7に縮小した様な白いピラミッドが、これまたででんと鎮座しておりました。

その周りを大勢の人間が取囲み、口々に叫んでいます。

血痕と破壊王の足跡は、どうやらそのピラミッドまで続いているようでした。


「ピラミッドの中にピラミッドが入ってら!!まるでタマネギみてーだな!」
「おい…婆ァが逃げ込んだのって…」

「そう…恐らくあれがシェルターだわ!」


取囲む人間に混じり、鉄の巨体がそそり立ってるのが見えます。

その隣に立つウソップを確認したナミ達は、傍に駆け寄り声を掛けました。


「ウソップ!」

「おう、お前ら!!…遅かったじゃねェか、何してたんだよ!?」

「ナミに治療してもらってた!」


口を尖らすウソップの前で、元通りになった左腕を振回して見せます。
ゾロもクルンと背中を向けて、傷がすっかり消えた事をアピールしました。


「はーー…本当だ!あんっな酷ェ傷てんこ盛りだったのが、全て消えてやがる!!…これも魔女の力か!?凄ェなァ〜!」

「へへへっ♪まァなー♪」


手取り足取りためつすがめつ、自分達の体を感心して見回すウソップに対し、ルフィとゾロはまるで己の力で成し得た事の様に得意がりました。

ナミの顔が面映さから、トマトの様に赤く染まります。


「…そんな事より…あの婆ァは!?私達が駆け付ける迄の経過を教えて!!」


照れ隠し紛れに、敢えて解り切ってる事を、語気を強めて質問しました。


「経過ったって……見りゃ察せるだろ!『村人に追詰められた性悪古狸は、ピラミッド山に篭ってしまいましたとさ、ちゃんちゃん』…ってな!」


説明を求められたウソップは、然も忌々しそうに吐き捨てます。
ピラミッドの周りに集る信者は、話してる間もどんどん増して行きました。


「先生!!出て来て下さいよォォ!!」
「どうして中へ篭ってしまわれたのですか!?」
「先生は魔女でなく偽者だと言う不埒者が居るのですが、真っ赤な偽りですよねェ!?」
「いや先生!!私は先生を信じてますよ!!」
「そうですとも!!先生が嘘を吐いてらっしゃる訳がない!!」
「先生!!どうか出てらして、皆の前で潔白を証明して下さい!!」
「不埒者共を偉大なお力で成敗してやって下さい!!先生ェェ!!!」


集まった信者は誰も彼も必死の形相でピラミッドを叩き続けます。
吹抜けのホールに鳴り響く不規則な打音、割れんばかりの声。
ナミとウソップは手で軽く両耳塞ぎつつ、心持ち大声で会話を続けました。


「…随分大勢集まったわね!」
「巨大ロボで地を揺らしつつ、派手に追跡したからなー!恐らくは中に居た奴等殆ど集合してると思うぜ!」
「結果オーライ、好都合だわ!後は天の岩戸を開くのみ…なんだから、さっさと自慢のロボ使って引き摺り出してよ!」
「…や、そうしてェのはやまやまなんだけどな!――おい、お前ら!!OYABINパンチだ!!!」


ウソップは苦々しく顔をしかめて見せた後、上向いてロボに乗るチビトリオに命令しました。


『『『ラジャー!!!』』』


直ぐさまロボが右腕を大きく振り被ります。

背後で蠢く不穏な影に気付いた信者数人が、どよめきながら場所を退きました。

空いたスペースを狙い、OYABINが渾身の一撃を叩き込みます。


『OYABIN・ジャスティス・ライト・マグナァァム…!!!!!』

『フェ〜〜〜フェッフェッフェッ!!!』


笑い声と同時に――ズドォォォーーン…!!!!と物凄い衝撃音が、ホール中に木霊しました。
穿たれたポイントを中心にして、爆風が波紋の如く広がります。

風が治まり確認した標的には……しかしひび1つ入っていませんでした。


「よし、お前ら!!!今度はドリルで攻撃して見せろ!!!」

『『『ラジャー!!!』』』

『フェ〜〜〜フェッフェッフェッ!!!』


引き続き命令を受けたOYABINが、今度は左腕のドリルを――チュイイイ〜〜〜ン!!!と作動させます。
そして先刻パンチを撃ち込んだポイントに当て、掘削を試みました。

――ギュルギュルギュルル!!!!と、耳を劈く嫌な音が鳴り響きます。

暫く置いて再び確認したそこには……やはり傷1つ付いておらず、むしろドリルの先が潰れていました。


「…な!?」


お手上げと言わんばかりに、ウソップがナミに向って、両手を挙げて見せます。


「…無敵合体ロボOYABIN28号の必殺攻撃を食らってもビクともせんとは…!くそう!!一体どうすればいいんだ…!!」


ウソップが歯噛みしてハラハラと涙を零します。

芝居がかって話す彼に冷たい視線を送りつつ、ナミは淡々きっぱりと告げました。


「無能な割れ頭ロボットは、居ても邪魔なだけだから、どっか行って!」


――チャラリ〜〜〜♪ チャラリラリ〜〜〜〜〜♪(←トッカータとフーガ2短調)


冷酷無比な言葉を聞き、OYABINの動きが――ギチョン!!!と音立て停止しました。


『ああっっ!!?またOYABINが心無い言葉にショックを受けている!!!』
『まずい!!!またボーソーするぞ!!!』
『落ちこまないでOYABIN!!!悪口なんかにくっしちゃダメだってばァ〜〜!!!』


チビ野菜トリオが必死に宥め賺すも時既に遅し。
ブルブル戦慄くOYABINの両目から、涙が滝の如く溢れ出しました。
正義のロボットOYABINは、人の痛みを知る為に、極めて傷付き易い心をプログラミングされていたのです。


『…フェ…フェ…フェ〜〜〜ンフェンフェンフェン!!!フェ〜〜〜ンフェンフェンフェン…!!!』


OYABINは遂に堪え切れず、声を張り上げ泣き出しました。
ロボットなのにどうして涙を流せるのか…それは設計者のウソップにしか解けない謎ですが、兎も角OYABINは止め処なく涙を溢れさせたのです。

そうして呆気に取られて遠巻きに見守っていた集団を掻き分けると、まるでイジメられて家に逃げ帰る小学生の様に、ホールを駆け抜けどっかへ行ってしまいました。


「わああ!!!おおOYABIN待て!!!行くな!!!カンバック!!!カンバックプリィ〜〜〜〜ズ…!!!」


焦ったウソップが大声で呼掛けるもOYABINは戻って来ず、ズシンズシンと
響いていた足音も、何時しか聞えなくなったのでした。



「…さてと…それじゃ、どうやって引き摺り出したもんか…」
「うおいナミィィ!!!てめェはOYABINに対して何て残酷な事を…!!!」
「うっさい、無能な発明博士もどっか行ってろ。」
「にゃあにぃぃおぉ〜〜〜!?クライマックスで最も活躍した奴らに向けて言う台詞かよ、それがァァ!!?あいつら来なかったら全員助からず、てめェだって一生鏡に閉じ込められたままだったかもしんねェんだからなァ〜〜!!!」
「…何処かに窓でも無いのかしら。」

「………窓なんて無いよ。…扉はオートロックになってて、1度閉めたら外側からは絶対開けられず、先生の持つカードでのみしか入れない仕組なんだ。」


非難するウソップをサラリと無視して、ナミは集ってる信者を押し退けつつ、ピラミッドをつぶさに探ります。
そこへ先刻鏡の広間で対峙していたスリムッドの側近の大男が、話し掛けて来ました。

血を流し、立つのも辛そうなその男は、ナミの足下まで這って来て、説明を続けます。


「……シェルターは三層構造になっていて、外側から二層目まではダイヤに程近い硬度を誇るセラミック。三層目は華氏800度の高温にも耐えられる強化硝子で覆われてる。…そう易々とは入れないさ。」


大男はそう話すと、潤んだ瞳で微笑しました。


「……けど空気を循環させる為に、何処かしら開けては居るんでしょう?」

「…………頂上部に………幾つか通風孔が開いてる…」


目を伏せモゴモゴと口の中で喋る男の言葉を聞き、ナミは10mは有るだろう山の頂きを険しい顔で見上げました。


「………っっとに往生際の悪さだけなら魔女並だわ、あの婆ァ…!!」


忌々しそうに唇を噛み、ピラミッドを木靴で蹴飛ばします。


「クラッッ!!!ナミ!!!聞いてんのか魔女ヤロウ!!!てめェの血は一体何色だァ〜〜〜!!!」
「諦めろよウソップ。…口は悪ィが、あれでも状況読んでの言葉の積りなんだって。」
「まー悪く思うな。血も涙も無い魔女だけど、気立ては良いヤツだから♪」


ナミの背後では、ウソップが尚も諦め切れずに、涙目で非難し続けていました。
そんな彼の両肩を、ルフィとゾロがポンと叩いて労わります。


「…魔法で引き摺り出すのは簡単だけど、これ以上連続して強力な魔法使ったら、暫く魔力残ったままになっちゃうし……ああもう、苛々するったら…!!」


ブチブチ文句零して躊躇している様子のナミでしたが、その内意を決してか、両手をピラミッドに当てて低く呪文を唱え出しました。



「壁に耳有り 透けろや抜けろ
 阻む山無く 音来い 音来い」



ナミの瞳が金色に変ると共に、ピラミッドも金色の光に包まれます。

周りに集って喚き叩いていた信者達が、一斉に悲鳴を上げて離れました。

金色の光を纏って立つ少女の背中を、1人が指差して叫びます。


「見ろ!!あれが『オレンジの森の魔女』だ…!!」


その言葉を皮切りに、群衆の中のあちこちから、叫びが上がりました。


「本当だ!!…俺は広間で確かに見た!!あの子が両目を金色に輝かせて魔法を使う所を!!」
「ええっっ!?あんな小さな女の子がっっ!?」
「しかし現に目の前で魔法を使っている…!」
「そんな…!!じゃあ…先生は…!?」
「あの人は魔女じゃない…!!それも広間で確認した…あの人の目は片方だけが金色だった…!!」
「片方だけが金色って…一体どういう事なの…!?」
「先生の金の目は本物じゃない……偽物だったんだ…!!!」



1人の信者の悲痛な叫びが霧散する頃、ピラミッドは輝きを止めました。

少女が纏っていた光も、今は消え失せています。

ピラミッドから手を離し、「ふう」と一息吐いた少女は、壁をコンコン!!と、強く叩きました。


「もしもーし!こちら本者…偽者の婆ァ、聞えるー?」

「!!?――なな何々何だいお前!!?どうして声が…!!?」


慌てふためく老婆の声が、ピラミッドの壁を隔てていながら、大音量で響いて聞えました。

遠巻きに見守る人々の口から、またもや驚愕の叫びが上がります。


「魔法で音響を良くしたの!あんたの声は外に筒抜けだし、あんたの耳にも外の声が届いて聞えてる筈!水明鏡で呼び出す事も考えたけど…面と向ってじゃ話し難いだろうと考えての気配りよ!感謝すんのねー!」

「…………。」


老婆から言葉は返って来ませんでしたが、壁向うで息を潜め聞いてる気配を感じました。


「今あんたの篭ってるピラミッド…これがシェルターですって!?思ったより小さいのねェ!ホールに集まってる人間全員を収容出来るとは、とても見えないんだけどォ!?シングル用としてなら、実に広々快適サイズでしょうけどさ!」

「………。」


やはり老婆は、じっと沈黙したままでした。


「…ねェ…もう、いいかげん、あんたの正体バレちゃってるみたいよ!?そろそろ大詰め…全部吐いちゃったらァ!?」


この言葉が決め手になったのか…暫くして、中から低い含み笑いが聞えて来ました。
いっそ愉快そうに笑いながら、老婆は告白し始めます。


「………ああ、このシェルターは、あたし専用に造らせた物さ…!」

「…つまり……最初から守る積り無かったんだ…?」

「当り前だろう?…どうして、あたしが赤の他人の命まで守ってやらなくちゃいけないのさ?か弱い年寄りだってのに…むしろ逆、守られるべき立場じゃないか――」

「――ふざけるなっっ!!!」


嘲笑を含んだ老婆の告白に、側近の大男が壁に這いずり寄って怒鳴りました。
その顔はすっかり蒼褪め、目にはいっぱい涙を溜めています。


「…俺は…俺達は…!!あんたが守ってくれるって信じたから…!!あんたの言う『世界の終末』を信じたから…!!…その為に大金かけて……此処まで付き従って来たのに…!」


戦慄く握り拳を何度も壁に叩き付け、血が噴出しても叩き付け、男は泣きながら
ピラミッドに篭る老婆に向って叫びました。


「そうさ…!皆あんたの事を本当の魔女だと信じて…せめて自分と近しい者の命だけでも守ろうと…!!」
「此処に逃込めば助かるって安心してたのに…!!」
「助けてくれる気が無いなら払った金全部返せよ泥棒っっ…!!!」


他の信者達も半狂乱となって、中に居る老婆に訴えます。
ホールに轟く罵声と怒号。
自分を罵る声に、壁向うに居る老婆は、嘲って叫びました。


「騙される方が悪いんだよ…!!!
 ……だが安心しな、『近い内に大地震が来て世界は終る』なんて予言は大嘘だから!
 しかし愉快だねェェ、子供の頃は同じ嘘を吐いても振向いてすら貰えなかったが、今のあたしが言えば、どいつもこいつもコロリと騙される!!
 片目だった時は誰からも注目されなかったが、金の瞳を入れた途端、大金払ってまで、あたしの言葉を聞きに来る…滑稽でしょうがなかったよ!!
 金返せだって…?――冗談じゃない!!びた一文だって返してやるもんか!!!
 人を上辺で判断した罰さっっ…!!!」


「………吐けとは言ったけど……随分ぶち撒けてくれたわねェ。…覚悟出来てんの、あんた?そこまで吐いたら、もう2度と人前に出られないわよ?」


ヒステリックな老婆の演説を聞き終えると、魔女は溜息零して壁に問い掛けました。
しかし老婆は怯まず、尚も嘲って畳掛けます。


「人前に出るゥ??…どうして??何の為に??
 いいかい、何時かバレる事は、とっくに想定してたのさ!
 だからこのシェルターに、人1人充分生きていけるだけの食料と水を用意しておいたんだ!
 食料は全て缶に、水は瓶に詰めてあって、保存も完璧!
 下水道も敷いてあるし、暮らすのに困る事は何1つ無い!
 解るかい!?あたしは此処で1人、充分生きて行けるのさ!!
 むしろうざったい他人と触合わずに済んで、幸福かもしれない!
 こんな事なら早く此処に篭っちまえば良かったかねェェ…!!!」


そう叫んで高笑う老婆は、少し正気を失ってるようでした。


「………ルフィ!!」

「何だ?」


唐突に名を呼ばれたルフィが、のほほんと返事します。

クルリ回れ右して向いたナミのこめかみには、怒りの青筋マークがピキリと浮かんでいました。

剣呑な空気漂わせ、顎でピラミッドを指示します。


「…これ、持上げて!」

「おう!!…任せとけ!!!」


完全に据わった金の目で頼まれたルフィは、ニカッと笑って快諾しました。

片方だけの袖を捲ってピラミッドの前に立ち、唾を両手にペッと吐き掛けます。

そうして腰を落とすと、広げた両の掌を、しっかりと壁に食込ませました。

ダイヤにも似た硬度を誇る壁が、まるで豆腐の如くグチャリと握り潰されるのを見た信者達は、一斉にどよめきます。

その内の数人が「破魔の拳を持つ者だ!!」と叫びました。


「…遠くに離れてた方が良いと思うぜ!」
「そうね、このままじゃ巻き込まれて怪我するわ!」


ルフィの背後に立つゾロとナミが、ピラミッドを取囲む信者達に向い、注意します。


「…おおおい、幾ら怪力自慢ったって、こんなもん…も、持上げられんのかよ…!?」


悠然と構えて告げる2人に、ウソップは顔を強張らせて尋ねました。
その答えを聞く暇も無く、足下の床がミシミシきしみ出します。


「…うおおおおおあああああ……!!!!」


真っ赤な顔で奇声を発するルフィの腰が、少しづつ上がって行きました。
床の振動が段々激しくなり、ミシミシメリメリベキバキボキンと、間断無く不吉な地鳴りが轟きます。


「ななな何だい…!?こここの揺れは…!?」


ピラミッドの中から、老婆の震える声が聞えて来ました。


「おい…!まさかあの少年…本気でピラミッドを持上げる気か…!?」
「ええ!?そんな馬鹿なっっ…!!出来る訳無いだろう、そんな事…!」
「しかしあの少年、どうやら『破魔の拳を持つ者』らしいぞ…!」
「一体…何なんだ、あの子達…!?」


あまりに信じられない事態続きに、信者達は逃げる事も忘れて呆然とへたり込んでしまいました。

その床に――ビシッビシビシッッ…!!!と亀裂が走ります。


「た!!退避ィ〜〜!!!全員退避だァ〜〜〜!!!」


血相変えて発されたウソップの叫びに、漸く全員我に返りました。
老若男女入混じり、大慌てでホール端へと避難します。
勿論ウソップもゾロもナミも急いで逃げました。

1人残ってピラミッドに挑むルフィを、誰も彼もが信じ難い気持ちで見詰ます。
ホールを襲う地震は、最早立って居られないレベルまで達していました。


「…がああああああ!!!!…ぐ…ぐあああおおおおおおおお…!!!!!」


――ベキベキベキベキ…!!!!!――ボッゴォォォ……ン!!!!!!



正に信じ難い光景が目の前に在りました。

巨大ロボットの攻撃にもビクともしなかった堅牢なシェルターが、身長120pにも満たない少年に軽々と持上げられているのです。

両手で高くピラミッドを掲げた少年は、クルリ反転して魔女の方を向くと、涼しい顔で尋ねました。


「ナミーー!!持上げたぞーー!!これからどうするーー!?」

「そうねェーー…じゃあ軽くトス上げてェーーー!!!」


ホール端からナミが、口に手を当て大声で返します。


「おーし!!!解ったァーーー!!!」


返答を聞いたルフィは、リクエスト通りボールをトスする要領で、両手で軽々ポーンポーンとピラミッドを跳ね上げました。


「ギャアアア〜〜〜〜!!!や、止めてェェ〜〜〜〜!!!!」


ピラミッドの中から凄まじい悲鳴が起り、同時に――ガラガラガッチャン!!!という派手な衝撃音が聞えました。

恐らく缶詰や瓶等が転げ回って奏でてるのでしょう。


「次は思い切りシェイクシェイクシェイク!!!」


再び出されたリクエストに応じ、ルフィがピラミッドを上下左右に、激しくシェイクします。


「嫌ァァ〜〜〜〜お願いっっ!!!もう許してェェ〜〜〜〜!!!!」


――ガラガラガチャン!!!!――ガチャガチャガラン!!!!


「そこで止めの殺人アタック!!!」


三度出されたリクエストに、ルフィはピラミッドを高々と投げると、飛上って必殺のアタックを決めました。


「んぎゃあああああ〜〜〜〜〜〜…!!!!」


――ガラララ…ガチャチャン!!!!――ズドォォーーン…!!!!!!


ホールにまるで隕石が落下した様な衝撃が木霊します。

もうもうと煙る中現れたピラミッドは、頂上部を下にして、床にめり込んでいました。


「………なんてェ怪力だ……敵に最も回したくねェ男だな…。」


非常識な力を目の当りにしたウソップは身震いし、少しだけ老婆に同情を抱いたのでした。

横に立ってたナミが、傷付いたホールをゆっくり歩いて、ピラミッドに近寄ります。

壁をコンコン!!と叩くと、恐らくは虫の息であろう老婆に話し掛けました。


「どお?ちょっとは1人で生きてく事の大変さ、思い知った?」

「………。」


老婆から返事は有りません…が、取敢えず生きてる気配は感じられました。


「何が起きようと誰にも守って貰えず、助けも来ない…『引篭もる』ってのは、そうゆう事よ!」

「…………。」

「水も食料も誰が用意してくれたの?
 誰があんたを生かしてくれた?
 今迄誰にも守られず生きて来れたと断言出来る?
 ――『引篭もり』をナメんじゃないわっっ!!!」


ホールに響くナミの叫びに、信者全員が拍手喝采、駆寄って来て歓声を上げました。
口々に「ざまあみろ」、「胸がスカッとした」、「もっと苦しめてやれ」等々と囀ります。
それを耳にしたナミは、不機嫌露に振返りました。

怒りを宿してギラリ輝く金の瞳で睨まれ、信者達はいっぺんに息を呑み黙ってしまいました。


「あんた達も反省したらっっ!!?
 婆ァの言う通り上辺に騙されるからいけないのよ!!!
 こいつの何処が魔女に思える!?
 もっとよく見て聞いて、考えなさい!!!
 そもそも年を取り、何時か死ぬ運命の人間に、未来を読む力なんて無いわ!!!
 その事をよく覚えておいて…!!!」


瞳を潤ませ放たれたナミの言葉に、かつての信者達は一様に首を項垂れます。


暫く重苦しい静寂に包まれましたが………1人の信者がおずおずとナミの前に出て言いました。


「…確かに人間には、未来を読む力なんて無いかもしれない…けど、それでも知ろうとするのは、愚かだろうか…?」


それはかつて老婆の側近だった大男でした。


「…恐ろしい災難を避ける為に……先んじて知ろうと思うのは愚かな事だろうか?
 ……不老不死の魔女で在る君には、理解出来ないかも知れないけど……。」




――君には解らないよ、ナミ。…千年前、『絶対の生』を手に入れ、死なない道を選んだ君には解らない…!


――死なない君なら、道を間違えても、何度だってやり直せる…羨ましいよ…ナミ…。




ナミの胸に、かつての友人の言葉が蘇りました。

言葉を失くして黙りこくるナミを前に、囁く声は数を増して行きます。


「…そうさ…自分は未来を読めるからって…」
「…よしんば災難に遭ったとしても、死ぬ事は無いのだから…」
「…死ねばお終いな俺達人間はどうしたらいい?…予め知ってるか知らないかの差が、生死を分けるかもしれないんだぞ…」
「…知ろうとしなきゃ死んじまうかもしれないのに…それでも愚かな考えだと笑うのか…?」

「――別に知ろうとする事は愚かじゃないと思うぜェ!」


突然、佇むナミと群集の間に、ウソップが割り込んで来ました。

呆気に取られる人々の前で、ゴホンと1つ咳払いをします。

そうして後ろに立つナミに向い、『俺に任せろ!』と目でアピールすると、自信満々演説を始めました。


「人間には未来を読む力は無ェ!
 けど、長年に渡りデータを蓄積、分析する事で、それに匹敵する力を持つ事が出来る!
 今、俺はより高度な『地震予知メカ』を考案、開発中だ!
 時間は掛かるが、何時か必ず実現してみせる!
 そうすりゃ少なくとも大地震を前に、避難する事は可能になるさ!」

「……地震予知メカァ?」
「…こんな子供が?……それこそ嘘だ…!」


突拍子も無い計画を披露され、聞いてる人々の口から失笑が零れます。
しかしウソップは怯まずに演説を続けました。


「絶対に完成してみせる!!
 親父で在るヤソップの名に懸けても!!
 巨大ロボット見たろ!?…あれは俺と優秀な弟子3人の手で造った物なんだぜ!!」

「…あの『発明王ヤソップ』の息子!?」
「そうか!それなら造ったって、おかしくない…!!」
「多少頼り甲斐は無さそうだったけど、あのロボットの威力は凄かった!!」


『発明王ヤソップ』の名前を出した途端、見詰る人々の目は急激に温かい色へと変りました。
次第に好感度がアップしている事を察し、ウソップは得意満面胸を張ります。
…しかしふと懸案に気付き、僅かばかり焦りを含ませ、愛想笑いを見せました。


「…ただ…なァ〜〜…造るには先立つ物が必要っつか…願わくば資金援助をと…」

「資金なら此処に有るじゃねェか!」


長い鼻をコリコリ掻いて言い淀むウソップの背中に、何時の間にかピラミッドに寄り掛かり聞いていたゾロが声を掛けました。

抜いた刀の柄でコンコンと壁を叩き、にやりと笑います。


「こん中の婆ァがスポンサーに就いてやろうって申し出てるぞ!」
「…なっっ!!?そっっ…!??そんな事言ってなっっ…!!!」


中から、散々痛め付けられた割には元気そうな老婆の焦り声が聞えて来ました。


「またシェイクされたいかー?」


ルフィも、ゾロの隣にしゃがんで、ピラミッドをコツコツと叩きます。


「……!!」


壁を挟みながら、少年2人の脅しのオーラを感じ取った老婆は、ぐうの音も言えず黙ってしまいました。

ルフィとゾロがにんまりと笑い合います。

そうして立上るとナミの傍まで歩いて行き、彼女の背中や頭をポンポンと叩きました。


「一件落着…だな!」


横からルフィが白い歯を剥き出して笑います。


「ま…大団円じゃねェの?」


反対側からゾロも微笑んで言います。

2人の笑顔を見て、ナミは漸く顔の強張りを解きました。


その直ぐ前ではウソップが、尚も名調子で演説をぶっていました。




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