|
魔女の瞳はにゃんこの目・2 −19−
びょり 様
外は青空雲1つ無く、太陽はほぼ真上で燦々と照っていました。
時刻はどうやら正午近いようです。
久方振りに浴びた外気に、3人の顔は大きく緩みました。
両腕広げて思い切り伸びをすれば、ひんやり凍える風の匂いを感じます。
きっと山向うでは雪が降っているのでしょう。
「さてと…帰りますか!」
振向いて2人にそう言うと、ナミは右手で宙をつるりと撫でました。
忽ち大きな古箒が現れます。
1回転させ跨った後ろから、声を掛けるのも待たずに、ルフィが素早く飛乗って来ました。
「ちょっっ!?ちょっと!!未だ乗っていいとは言ってないでしょ!?」
動揺するナミに構わず、ルフィは腰にしっかり腕を回して来ます。
肩越しからニパッとご機嫌宜しく覗いた顔を、ナミはじろり睨んで意地悪く言いました。
「…何時席を戻す事を許可したかしら?」
「もう誤解はとっくに解けてるだろ?」
黒い瞳をきょとんと円くして返されます。
「勝手に雪解けてんな!未だ信用取戻した訳じゃないんだからね!」
「『言われなくても解ってる』って言わなかったか?」
「――ぐっっ…!」
言負かされたナミの頬が、みるみる赤く染まります。
それを見たルフィはしてやったりと笑い、未だ乗込まず傍に突っ立ったままで居るゾロに気付くと、不思議そうに呼掛けました。
「何ぼーっと見てんだ、ゾロ?早く乗れよ!」
「……ああ!」
低く返って来たその声は、何故か不機嫌そうに聞えました。
後ろに乗込んで来た所で、顔をこっそり窺い見れば、眉間に深く皺が寄っています。
「…何を怒ってんだ、ゾロ?」
「……別に怒っちゃ居ねェよ!」
「そうか?」
「そうだ!」
一々否定されるも、言葉にそこはかとない棘を感じずには居られません。
しかしまァ「怒ってない」と言うなら別にいいかと考え、ルフィは気にするのを止めて前に向直りました。
ナミが飛行の呪文を唱えて、箒を浮ばせます。
そこへ「おうい、お前ら、待ってくれー!」と呼止める声が、後ろから聞えました。
振返れば入口の在る低い塔から、ウソップが走って来るのが見えます。
飛立つ態勢整えた3人を前に、ウソップは息を弾ませたまま、言葉を述べました。
「…お前らに…2つばかり言っておきたい事が有る…!
1つ目は礼だ!――お前らのお蔭で村に平和が戻って来そうだぜ…有難う…!」
そう言って直角に半身を曲げてお辞儀します。
された3人は照れ臭そうに顔を綻ばせました。
「そう改まる事もねェだろ。」
「お蔭でこっちもすっきりしたしな♪」
「偶々目的が一致しただけ…助かったのは、お互い様でしょ?」
茶目っ気篭めて、ナミがウインクします。
三人三様の言葉を聞き、ウソップも頭を上げて破顔しました。
しかし直ぐに顔を引締めると、今度は土に額を擦り付け、所謂土下座のポーズを取りました。
怪訝そうに見る3人の前で、ウソップは再びきっぱりと言葉を述べます。
「2つ目は――俺を、お前らの仲間に入れてくれ…!!
…話した通り…俺の父親ヤソップは、シャンクスと同じく1年前から行方不明のままだ…!
お前らがシャンクスを捜してるって言うなら………どうか俺も仲間に入れて、一緒に俺の父親も捜してくれ!!頼むっっ…!!!」
「………手を離さなかったもんなァ…お前…。」
ルフィはそう呟くと、息を大きく吸込みました。
「――乗れよ、ウソップ!!!!」
吸込んだ息を一気に開放して叫びます。
「ちょちょっとルフィ!!?あんた何勝手に決めてんのよ!!!」
ルフィの言葉を聞き、ナミは焦って振返ります。
「いーじゃねーか!早く捜すなら1人より3人!3人より4人だろ!?」
そう言ってルフィは「しししっ♪」と、然も愉快そうに笑いました。
「助ける手は多いに越した事無ェしなァ?」
ルフィの後ろからゾロもくっくと音立て笑います。
その言葉を聞いたナミは、へそを曲げた様にプイと前へ向直り、「じゃあ乗れば?」と口の中でボソリ呟きました。
「…それに俺達、もう仲間じゃねェか!!!」
ナミのつれない態度を見て、乗込むのを躊躇っていたウソップは、ルフィのこの言葉に瞳を潤ませ、最後部に飛乗りました。
あまり勢い良く飛乗ったせいで、箒がグラリと大きくバランスを崩します。
「もっと静かに乗れっっ!!!折れたら弁償させるからね!!!」と悪態吐きつつも、ナミはゆっくり箒を上昇させました。
――すると後ろから、またもや呼止める声が届きます。
振返ったそこには、ズシンズシンと丘を踏締め走って来る、無敵合体ロボOYABIN28号の姿が在りました。
どうやら立直りに成功したようです。
『『『博士ェ〜〜〜!!!』』』
『フェ〜〜〜フェッフェッフェッ!!!』
箒に乗って宙に浮ぶ4人の前で、機体を後ろ向きに停止させると、チビ野菜トリオは各々が搭乗しているコクピットのハッチを開いて、顔を見せました。
「……その人達と行ってしまうんですか、博士…!?」
頭部コクピットに座るピーマンが、潤んだ瞳で尋ねます。
「…ああ…俺、決めたんだ…こいつらと一緒に、父ちゃん捜すって…!」
言い淀むも、視線は真直ぐに、ウソップが答えます。
「…やっぱり…!!」
脚部コクピットに座るタマネギは、持前の観察力で、既にこうなる事を察していたようでした。
「……もう帰って来ないつもりですかァァ…!?」
胸部コクピットに座るニンジンが、ひっくひっくと嗚咽を漏らします。
「んなわきゃねェだろォォ〜!父ちゃん見付ったら直ぐに帰って来る積りだし……会いたくなったら、箒に乗せて貰って帰って来るさァァ!」
「人を駕籠屋みたく考えてんじゃないわよっっ!!!あったま来るわねェ〜〜!!!」
別れの寂しさ紛らわせようと、なるたけ軽いノリで話すウソップに、ナミが怒りのツッコミを入れました。
「会話ならルフィの鏡でも出来るしなァ〜!そう寂しがるなって♪」
重ねてウソップが慰めるも、ピーマン・ニンジン・タマネギの嗚咽は止りません。
むしろその音は次第に大きくなって行きました。
「…ほ…ほんどび…がお見ぜべぐだざいよォ…!!」
タマネギが鼻水啜りながら叫びます。
「……だまにべっっ…いいべぶっっ…がらべっっ…!!」
ニンジンの体が小刻みに震えています。
長く前髪を下ろしたソバカス面には、涙の滝が幾筋も現れていました。
「…オレばび…いぶべぼ…ガレーぼブリン用意びべ、ばっべばぶがばっっ…!!!」
ピーマンが涙の滴飛ばして訴えます。
ヒクヒクグシグシズビズビ啜り泣く3人を前に、ウソップは箒を握り締め俯いていました。
「……無理して仲間になんなくてもいいのよォ?」
そんな彼の様子を見て、先頭座るナミが、殊更穏やかな声で囁きます。
「定員オーバーだし…降りてくれれば助かるわァv」
ニヤニヤ笑うその顔からは、冷やかしの色が見て取れました。
「何言ってんだナミ!こんだけでっけーほうき、詰めれば後2人は乗せられっぞ!」
「どうしてそんなに多人数乗せなくちゃいけないのよ!?あんたら私の箒を何だと思ってる訳ェ!!?」
「…まァでもナミの言う通り、無理して付合う事もねェぜ?」
「煩ェ行くって言ったろ!!!早く箒飛ばせよっっ…!!!」
冷やかされ呆けられ宥められた末、遂にウソップが爆発します。
それを聞いたナミは「何よ偉そうに…っったく勝手な奴らばっかり!」等とブチブチ零しつつも、言われた通り箒をスロースピードで発進させました。
『『『…博士ェェ…!!!』』』
ゆっくりと、極めてゆっくりと、箒は浮上して行きます。
何時しかOYABINの身長をも超える高さまで飛んだ箒を、チビトリオは一心に見上げました。
皺くちゃで、真っ赤で、歯を剥き出してて…猿に似た顔が、重なって3つ。
涙のレンズに歪んで映る顔に向い、ウソップは声を張上げました。
「…あばよ、お前らァァ…!!!俺が居なぐでもぢゃんど研究続げろよっっ!!!
帰っで来だ時ぢっども進んでながっだら許ざねェぞっっ!!!
だがらっで徹夜までずる事無ェがらっっ!!!じっがり寝ろっっ!!!夜更がじずんなっっ!!!
寝る前にぢゃんど歯磨ぎじろよっっ!!!家の手伝いだっで偶にやれっっ!!!
…ぞれにっっ……!!!」
「世話んなったなー、お前ら!!!また遊びに来っからなー!!!」
「博士のお守りはちゃんと引き受けっから、安心してろ!!」
「役立たずだったけど、一応お礼言っとくわ!!有難う!!!」
感極まって言葉を失くしたウソップの後を引継ぎ、ルフィとゾロとナミがチビトリオに別れの挨拶をしました。
終えた途端、箒はぐんぐん上昇します。
どんどん小さくなってくOYABINの姿…チビ達の泣顔は最早点にしか見えませんでした。
眼下に広がる小高い丘の全景。
一角が酷く割れて崩れた鏡のピラミッドは、陽光受けてキラキラ乱反射し、プリズムの様に美しく思えました。
割れた一角の周りに、数人の信者が集まっているのが見えます。
その内の1人がこちらに手を振り…「有難ーう!」と叫んでるのが、微かに耳に入りました。
「……誰だ?」
ゾロが未だ泣き腫らした顔で居るウソップの方振返り、指差して尋ねます。
「………村1番の屋敷に住んでるおっさんだ…!…お嬢様が1人居るんだが……生まれつき病弱で、ずっと町の病院に入院しててな……その事をずっと気に病んでたおじさんは、最近入信しちまって………でも解放されたんだな………良かった!」
そう独り言の様に話した後で、ウソップはホッと溜息を吐きました。
手でゴシゴシ擦った後で現れた顔に、笑みが戻っています。
先頭からナミが、雰囲気を敏感に察して、くすりと微笑しました。
「……どうりで……やけに必死だと思ったら…!」
「……おいちょっと待て!…今お前、俺の心見たろ!?」
ナミの呟きを耳聡く聞き付けたウソップが、身を乗り出して凄みます。
「視てなんかないわよ!!…力なんか使わなくとも、あんた達の心なんて見え見えだもん!」
ウソップの追求を風の如くかわし、ナミは箒をぎゅうと握り締めると、益々高く飛びました。
危なく落ち掛け、必死にしがみ付いて抗議する、後ろ3人。
向い風が4人の髪をハラリと後ろへ送ります。
全開になった額に眩しく当る陽の光。
目を開けてられず下を向けば、村は早マッチ箱サイズに小さく見えました。
「…で、帰ったら先ずどうする?」
高い山脈が正面に見えて来た所で、ゾロが話を切出します。
「メシ!!メシ!!抜いちまった8食分取返して食うに決ってるだろ!!!」
「…だからあんたそれ、1日5食計算してるでしょ!?」
「…けど確かに腹減ってるぜ。なんせ昨日から今日まで水しか飲んでねェもんなァ。」
グウグウひっきり無く鳴る腹を押えて、ウソップがげんなり零します。
空きっ腹に加えて凍え死にそうなこの寒気…他3人と違い、コートの用意をして来なかった彼は、身をブルブル縮こませました。
「あんた達なんて未だマシよ!!私なんか水も飲めやしない場所に閉じ込められてたんだからっっ!!お風呂だって入れず終いでもう最低!!…毎度こうなる事が解ってるから、あんた達とは付合いたくないのに…!!」
空腹を嘆く2人に向い、ナミが自分の置かれた立場の方が辛かったと、ヒス気味に主張します。
「よぉぉし!!!そいじゃ全員揃って、マキノのメシ食いに行くぞ!!!」
「『マキノ』って誰だ?」
「俺んちの下で店開いてる女だ!!メシとコーヒーがすっげー美味ェんだ♪」
空中で高らかに腕振上げての宣言を聞き、ウソップが首を伸ばして尋ねます。
ルフィはそんな彼に向い、自慢げにマキノの紹介をしました。
「……にしてもマキノのヤツ……俺達見たら、腰抜かしちまうかもなァ…。」
2人の間に座るゾロが、急に噴出します。
いぶかしみ注目する3人を見回し、彼は然もおかしくてたまらんとばかりに爆笑しました。
「お前ら、自分の格好よく見ろよ…!!も、すんげェェ壮絶だからっっ…!!」
言われて各々、己の姿をつぶさに見回し、次いで互いの姿に目をやります。
暫し間を置いた後――爆笑。
ゾロの言葉通り、全員それはそれは壮絶な血塗れ具合でした。
ルフィの赤いコートは左片っぽの袖が千切れ、夥しい血を吸ったお蔭で、どす黒く変色しています。
ナミの黒い毛皮マントにも、ルフィとゾロの血が大量にこびり付き、ガビガビに固まっていました。
ウソップの背中にもゾロの血が…そして両袖にはルフィの血が、ベッタリと付着しています。
元が白色なだけに、その凄惨さは隠しようのないものでした。
話を振ったゾロなどコートは穴ぼこだらけで、全身之血が飛んでない箇所は有りません。
こんな連中を玄関で迎えた日には……身の毛もよだつ恐ろしさに、間違い無く卒倒してしまうでしょう。
それを想像するだに、おかしくておかしくて…早く見せたいものだと、4人はワクワクしました。
「…っって笑い事じゃなァ〜〜〜い!!!!」
唐突にナミが、今迄の和みを打ち消す様な大声を上げました。
「どうしてくれるのよ、私のこのマント!?すっごいお気に入りだったのにィ!!こんなに血で汚されちゃって…もう台無しだわっっ!!!あんた達、絶対弁償して貰うからねっっ!!!」
「べべ弁償って…!!そりゃねェだろ〜!?助けてやったんだから!!」
「そうそう、服だけが血塗れで済んで良かったじゃねェか!俺とルフィなんざ、てめェ助ける為に、真実血塗れになったんだからな!」
「いーじゃんか、全員おそろいの血塗れでよ!…なんか『血のつながり』って感じしね!?」
マントを摘んで見せながら請求して来るナミに対し、3人は不満たっぷり異議を唱えました。
しかしナミの口撃は収まらず、尚も盛んに捲し立てます。
「何が『血の繋がり』よ!?あんた達は人間、私は魔女、これっぽっちも繋がらないわ!!問答無用、全員マント代73,730ベリー+色付けて10万ベリー、きっちり払って貰うからっっ!!ルフィとゾロはそれに加えて今迄の飲食代+前回駄目にしたオレンジの木の損害賠償金追加、〆て730万ベリー払いなさい!!払えないなら借金よ!!踏倒しなんて許さない、地獄の底まで追っ駆けて徴収してやるからっっ!!!」
「…あ〜もう、煩ェ女だなァ!こんな事なら助けんじゃなかったぜ!暫く鏡に閉じ込めときゃよかったんだ!」
「そうだなー!床の鏡はがして逃げりゃよかったかもな!そんで出してくれって頼んで来たら、助けてやるとかさ!」
「また合せ鏡して閉じ込めてやるか!…そんで煩く言わねェって誓ったら、出してやりゃいい!」
「出来るもんならやってみればァ!?私が居なかったらシャンクス捜しに困るクセに!!大体女の子脅してイジメるなんて、男として最低よっっ!!」
「何が『女の子』だ、齢千年の婆ァ!」
「そーだ!金目ババァ!!」
「何ですってー!?」
延々と果てる事無く続く口喧嘩を、ウソップは最後部から、黙って観察していました。
言葉の口汚さの割には、3人共笑顔で、活き活きしてすら見えます。
――瞳が金色の時…私は触れたものの心が視えるの。
ふと、頭の中に響いて聞えた、ナミの言葉を思い起しました。
『……つまり俺たちゃ、この箒の上に居る限り、あいつの掌の上って事か!』
遅まきながら気付いたウソップは、1人肩を震わせ苦笑いました。
振動に気付いたナミとルフィとゾロが、振返ってウソップを窺います。
1人で笑い転げてる彼を、3人は薄気味悪い心地で、観察していました。
3つ目の高い山を越えた辺りから、雲は次第に厚くなって行きました。
強風堪え、山を過ぎた所で下を見れば、そこは果てまで続く銀世界。
真っ白な中、一筋だけ黒い糸の様に見える川を辿り、箒は雪降る中を滑って行きます。
高度をぐんと下げながら、ナミが「この雪は明日には吹雪に変り、明後日には止むわ」と3人に教えました。
それを聞いたルフィとゾロが、「じゃあ明後日は雪合戦な!」とニコニコ笑って提案しました。
ウソップが弾ける様に賛成を返します。
「…あんた達ねェ、本当に人捜しする気有んの!?」
「だって雪はとけちまうけど、シャンクスはとけねーし!!」
「心配しなくとも、シャンクスは強ェから、早々くたばりゃしねェって!」
「そうだ!!俺の親父も強ェ!!簡単にくたばる男じゃねェぞ!!!」
呆れたナミが文句を飛ばすも、3人は断固として譲りません。
聞く耳塞いで空を見上げ、ひらひら舞い落ちる雪を、大口開けて受止めます。
餌を啄む魚の如く、パクパク雪を食む3人を見たナミは、「まったくガキなんだから」と苦笑いつつ、自分も同じ様に降る雪を食んでみました。
舌の上でひんやり融けて滲みる、氷の粒。
…味なんてしないのに、不思議に美味しいなと、ナミは思いました。
どんより暗い空の下、白く煙る雪の向うに、明りがポツポツ固まって見えます。
4人を乗せた箒は、その明りを目指して、賑やかに飛んで行きました。
魔女の瞳はにゃんこの目
空の彼方を
海の底を
地の果てを
心の奥をも見通す力
【(一先ずの)お終い】
←18へ
|
|