魔女の瞳はにゃんこの目・2 −4−
びょり 様
「コーヒー美味かったか?」
「ええ、美味しかったわよ。」
「だろォ〜!?あのコーヒー飲んだら、他んトコのコーヒーなんて飲めねーぞ!」
「好みに合せて炒った豆を用意してくれるし、挽き方も丁寧なんだよな。」
カウンター向って右の奥に在る、梯子と呼んだ方がよさそうなほど急な階段を、3人は手摺に掴り、えっちらおっちら上って行きます。
明るい1階から薄暗い2階へ――正面伸びた長い廊下を、窓から射す雪明りが、間隔を空けて照らしていました。
木の扉が2枚、窓に向合うように並んでいます。
廊下の奥には、更に上階へと続く階段が架けられていました。
「階段手前の部屋はマキノの、その隣はシャンクスの資料室だ。」
「…ねェ、マキノさんって、どういう人なの?」
「ん??…そうだな〜。普段は優しーけど、さっきみてーに、怒るとすっげー恐い。飯作るの上手くて、俺とシャンクスは何時も作って貰ってる。」
「そうじゃなくて…あんた達とどういう関係なのかを聞いてるの。ひょっとしてシャンクスの恋人?」
「違うぞ。」
「単なる大家と店子の関係だろ。」
間髪入れずに否定するルフィとゾロに、ナミは少々肩を竦ませ、微笑して言いま
した。
「…ま、恋人だったら、今頃店も開けてられず、もっと顔から悲壮感滲み出てるか!」
「シャンクスが家留守にしてんのは、何時もの事だもんな〜。」
「1年の内1/4も村に居りゃ多い方だからな。一々心配してたら気疲れしちまう。」
「この2階の部屋も、元々は俺とシャンクスが寝室に使ってたけど…」
苦笑いながらルフィが取っ手を掴みます。
――バタン!!と扉が開いた途端、地図が雪崩の如く崩れ落ち、廊下に立つ3人の頭上へ降り注ぎました。
「…眠るどころか入るのも困難なっちまったんで、今では3階屋根裏部屋で寝てる。」
「……向う側の窓が見えないわ。」
天井にまで達しそうなほど部屋を埋め尽す資料の山を見て、ナミが呆然と呟きました。
「未だ他にも有るんだぜ!見付けた宝なんかは、シャンクスの研究所や、時々呼ばれて行ってる博物館や学校の方に置いてあるんだ!」
「…流石は世界を股に掛ける、名うてのトレジャーハンター『シャンクス』だわね。」
「俺のこの刀も、シャンクスが見付けたもんだ。」
ゾロが後ろに背負った2本の刀の内、赤い鞘の方を握って示します。
「…つかな、俺はこの刀と一緒に、捨てられてたらしい。」
「俺もゾロも、シャンクスが宝探しの旅してる途中で、見付ったらしいんだ!…『今迄俺が見付けた宝の中で、1番の大物はお前らだ』って、シャンクスの奴、笑ってた!」
ルフィが「にしし♪」と照れ臭そうに笑います。
ゾロも頭をガリガリ掻いて、照れ笑います。
義父シャンクスの事を語るルフィは誇らしげで、瞳には愛情が溢れていました。
「何時か、俺も探検隊の仲間に入れて貰って、世界中を旅して回ろうって決めてたんだ…。」
俯いたそこには、廊下を埋める地図の海。
拾上げた1枚を壁に凭れて眺めると、ナミは重い溜息を吐きました。
「…今度は何処そこへ行くとか、出発の日に聞かなかったの…?」
「……聞いてねェ。…ただ、俺にこの帽子を預けてっただけで…。」
被っている麦藁帽のつばに触れ、同じく壁に凭れます。
窓から見える雪の飛礫は、来た時より大粒に変っていました。
「…地図に印された場所を地道に廻ってきゃ、その内手懸りが見付ると思うんだがな…最近追ってたヤマなら、比較的上層に在るだろうし…。」
「それしか手は無いでしょうね……ルフィ、あんたの心配は解るけど、とても直ぐに見付る件じゃないわ。」
光に地図を翳し、壁を背中でズリながら、紙の絨毯に腰を下ろします。
ゾロもその隣に胡坐を掻いて座りました。
独りルフィは少し離れて壁に寄掛かり、窓の向うを眺めます。
「…せめて地図に書かれた印の意味が解ればな……これなんか、線毎に色変えてあんのは、何でだろうな?」
ナミが開いてる地図を覗き、ゾロは2ヶ所を指で弾いて示します。
弾かれたそこには、赤線が1本、青線が1本、引いてありました。
「ああ…これは恐らく『レイライン』よ!」
「「レイライン??」」
2人揃って素っ頓狂な声を上げます。
離れて立っていたルフィも、ナミの傍に座って地図を覗き込みました。
「そもそもシャンクスは、『レイライン・ハンター』の第一人者として、有名な人だもの…知らなかったの?」
「知らねー。」
「…あんた…それでよく『探検隊の仲間に入りたい』なんて言えるわね…。」
「その『レイライン』って、何の事だよ?」
首を捻るルフィとゾロに、ナミはさも呆れたよう、額を手で覆いました。
「『レイライン』ってのは『古代の道』の事よ!
古代人は道を敷いたり建物を建てる時、必ず呪術的な意味を篭めて行ってたの。
それを解き明かしたのがシャンクス。
彼は地図を見て、点在する古代遺跡が1直線に繋がれてる事に気付き、『失われた古代の道が在る』と推理したのよ。
手懸りは地名…古い遺跡が在る地域には、語尾が『レイ』で終る地名が多い。
『レイ』とは古代語で『道』の意味…シャンクスの推理通りだったって訳。
そうして世界中を旅して廻り、遺跡を探し当てては地図の上に線を繋ぎ、5本の古代路を発見した。
地図に印された赤いラインは『レッドレイ』、青いラインは『ブルーレイ』…同様に『イエロー』、『ブラック』、『ゴールド』と見付けてったの――」
「…思い出した!」
話してる途中で、突然ルフィが声を上げました。
「何を?」
振向けばルフィの顔には、興奮したように血の気が上っていました。
黒い瞳を爛々と輝かせ、彼は話し出しました。
「実は俺…あの後…何十回も鏡出して、シャンクスに呼掛けたんだ。…てんで駄目だったけど……1度だけ繋がった時が有った!」
被っていた麦藁帽子を手に取り、じっと見詰ます。
帽子の裏にはナミの魔法で異空間への穴が開けられてい、『水明鏡』と言う魔法の鏡が隠されていました。
今生きている人間ならば、離れていても姿を映し、言葉を交せる不思議な鏡。
――…ル…フィ…ルフィ…だな…?
――シャンクス!!今何処に居る!?誰かに捕まって帰って来れないのか!?
――…ち…がう…!…安…しろ…極…て…安全……所…居る…。
――シャンクス!!何処に居るんだ!?帰れないなら俺、迎えに行くから、場所
教えろ!!
――…大……夫だ…!用……済め…ば…必……帰る…!
「……『用が済めば必ず帰る』?」
「…『極めて安全な場所に居る』?……全く意味が解らねェな。」
「……だから俺も、特には話さなかった。」
日が落ちて来て、益々廊下の陰が濃くなりました。
座り込んで話す3人の間に、重苦しい空気が流れます。
「………けど、シャンクスの言葉が本当なら…誰かに捕まってる訳ではないのかしら?」
「…自力で帰れるんなら、何故帰って来ないのか?……疑問だらけだな。」
「…何の用有って居るのか?……気に懸かるわね。」
「……鏡から姿が消える瞬間……シャンクスが言ったんだ。」
――…しか…し…そ…か…!…水明鏡…見付…たのか…!なら……
――後…一繋ぎだな…!!
「………『一繋ぎ』?」
「ナミの話聞いててピンと来た!ひょっとして…その『レイライン』ってのが、シャンクスの行方に関係してんじゃねーかな…?」
ルフィの言葉を聞き、ナミは手垢で汚れた地図を、マジマジと見詰ます。
大陸に引かれた、赤と青の2本の直線。
「一体……何を繋ぐと言うの…?」
悩む3人の前で、風に煽られた窓硝子が、カタカタと鳴りました。
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