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魔女の瞳はにゃんこの目・2  −5−


                            びょり 様



「時間は掛かるとしても、シャンクスの足跡を辿ってくしか道は無いわね。…今から一旦家に帰って、昔私が描いた世界地図を持って来るから…待ってる間あんた達は、地図とそうでない物とに分別してって。」


そう2人に言い残して1階降りたナミは、マキノに送られ出入口へと向いました。

マントを羽織って扉を開けた途端――ドドドドド!!!と、人波が一斉に階段下に向い、ドミノ倒しとなりました。


「あら!村長さん!?チキンおばさん!?それに……どうしたの皆、お揃いでいらっしゃって!?」


先刻ナミ達が道で会った村長とおばさんを先頭に、老いも若きも詰掛けた村人の数10人以上。
どうやら雪降る寒い外で、皆して扉に貼り付き、店内を窺っていたようでした。
呆気に取られてるナミとマキノの前で、村長が勢い良く指差し叫びます。


「見よ!!!この子じゃ!!この子が『オレンジの森の魔女』なんじゃ!!!」
「本当よ!!!私も見たわ!!この子がルフィとゾロを箒に乗せて、一緒に飛んで来る所を!!」


村長に続いてチキンおばさんも、ナミを指差し叫びます。
2人の言葉を合図に、詰掛けた村人は一斉にナミを取囲んで、口々に言い募りました。


「この子が有名な『オレンジの森の魔女』なのか!?」
「全てを見て、全てを知ってると云う、あの伝説の!?」
「とてもそうは見えんがなあ!」
「ただの可愛い女の子じゃないの!」
「噂では千年近く生きてると聞いたが…」
「瞳は金色だとも聞いたわ!」
「金色!?…この子の目、茶色いじゃないか!」
「村長とおばさんの見間違いじゃないのかあ!?」
「断じて違う!!わしはこの目でしっかと見たんじゃ!!」
「見間違いなんかじゃない!!確かに空から箒で降りて来たのよ!!――ねェ貴女!皆に本当だって言って頂戴!」
「本当に魔女だと言うなら…来年が豊作かどうか、見て貰えんかのう。」
「わしも!来年こそ結婚出来るか、見てくれんかね!?」
「私今好きな人居るのよ!その人私の事どう思ってるか見てくんない!?」
「ちょっと待てい!!お前は俺の事が好きだったんじゃないのかァァ!?」
「俺この前ボールを川に落しちまったんだ!!何処に在るのか見付けてくれよォォ!!」

「…う〜〜〜…うるっっ…さァ〜〜〜〜〜〜〜〜い…!!!!!!」


ナミの一喝に、あれほど賑々しかった集団が、ぴたりと口を閉じました。

辺りにしんとした静寂が降ります。

そこへトントントンと階段を下りる足音が響きました。


「賑やかだと思ったら…やたら千客万来じゃねェか。」
「どうしたんだ皆!?今夜はこの店で祭か!?」


店の奥から現れたルフィとゾロが、詰掛けた集団を見渡し、呑気な調子で聞いて
来ました。


「…知らなかった……ナミちゃんって、凄い有名人だったのね。」


2人の隣で、マキノが感心したように呟きます。

気勢を殺がれて黙ってしまった村人を、ナミは厳しく睨め付け――びしいっっ!!と両手指10本纏めて前に突立てました。


「1件につき10万ベリー!…それが払えなきゃ、視てあげない!」

「「「「「「「「「「高っっ!!!!」」」」」」」」」」


あまりな高額請求に、村人達は声を合せて慄きます。
互いに顔を窺い、直後、皆して苦笑いを浮べました。


「やれやれ…そんな高額じゃ、とても見ては貰えんなァ。」
「第一、本当に魔女なのかどうかも判らん内に…。」
「じゃから、本当に魔女じゃって…!」
「けど、物知り爺さんが言うには、『オレンジの森の魔女は世界一がめつい』そうですよ。」
「そうか!だとしたら、本物かもしれんなァ、この子。」
「でも10万ベリーなんて、まるで山3つ向うの村に居る魔女並だわ!」
「そういえば、あの村に居る魔女も、『オレンジの森の魔女』だと名乗ってるそうですね。」
「しかし載ってた写真とは別人だぞ!『オレンジの森の魔女』って2人も居るのか!?」
「わしゃ知らん。」

「…ちょっと…今言ったの…どういう事よ…?」


不穏な空気を漂わせ、ナミが村人達の会話に割込みます。


「え!?あっっ!!…済みません!!『世界一がめつい』なんて言って済みません!!」


詰寄られて、如何にも気の弱そうな眼鏡少年が、蒼白涙目で謝りました。


「そこじゃない!!…いえ、そこもかなり引っ掛ったけど!!…もう1人、『オレンジの森の魔女が居る』ってどういう事なの!?」


剣幕に圧されて、少年の顔から更に血の気が引いて行きます。
恐怖にブルブル震えつつも、彼は訊かれた通り素直に喋り出しました。


「昨日の新聞に載ってた記事ですが…此処から南へ山3つ越えて行った先に在る村に、1年前『自分はオレンジの森から来た魔女だ』と言って、1人の占い師が大勢の信者引き連れ住みついたそうです。
占って貰うには最低でも10万ベリー必要なのだそうですが、『何でも見える金の瞳を持っている』との評判を聞き、最近では遠くから頼って来る人も居るとか…」

「………人が500年引篭もってる間に、小賢しい商売人が現れたもんだわ。」


険しい表情で聞き終えたナミは、出入口前の階段塞ぐ人混み掻き分け、畦道へ出ました。
ルフィとゾロとマキノに村人達も、後を追い駆けます。

空はどんよりとした雪雲に覆われ、未だ夕刻だというのに、外は暗紫色の闇に包まれていました。
冷たい雪が引っ切り無く頬に当ります。
道の上には、来た時よりくっきりと、靴跡が残りました。

低く呪文を唱えると同時に、みるみる金色に変ってくナミの瞳。
そして宙から取出された大きな古箒。

村人達の間でどよめきが起ります。
箒に素早く跨ると、近くで見ていたルフィとゾロに向って言いました。


「…悪いけど…先に片付けときたい野暮用出来ちゃったわ。続きは明日にして貰ってもいい?」


それを聞いたルフィは、歯を剥き出し、にししと笑いました。


「おう!構わないぜ!」


そう一言返した後、ひょいと後ろに飛び乗って来ました。
続いてゾロも飛び乗ります。

…此処に来てナミは、2人がしっかりコートを装着してる事に気付いたのでした。


「…ちょっと!何ちゃっかり後ろ乗込んでんのよ…!?」
「仲間だろ?俺達。付合ってやるよ♪」
「早いトコ用事片付けて、捜索作業の続きやって貰わねェとだしな。」
「そーゆー事だ♪早く片付けたいなら、1人より3人!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ!!私を誰だと思ってるの!?手助けなんか無用!あんた達抜きでも1人でちゃちゃっと片付けられるわ!!」
「そーつれねー事言うなって!世の中何が起るか判んねーぜ?」
「困った時の後悔先に立たず。…前回だって充分役に立ったろ?」
「何が『役に立った』よ!!いいから早く降りろー!!!」

「「い・や・だ!!」」


どんなに怒ろうとも無しのつぶて、暖簾に腕押し、2人は頑として降りようとしませんでした。


箒を通して、2人の心が伝わって来ます。
ナミの頬が林檎の様な紅に染まりました。


「……解った…連れてったげるから…ルフィ!!あんたは最後尾!!ゾロの後ろに乗んなさい!!」
「えー!??またかよ!?何でゾロが前で、俺が後ろ座らなくちゃなんねーんだ!?」
「未ださっきの根に持ってんのか?執念深い女だぜ。」
「うっさい!!!言う通りにしなくちゃ連れてったげないから!!!」


ルフィとゾロからブーイング飛ばされるも、ナミは頑なに譲ろうとしません。
渋々2人が席順を入替えると、ナミは漸く空飛ぶ呪文を唱えました。


「箒よ箒
 風を受けて、滑る様に空を進め」


雪に埋ってた足が離れ、体がフワリと浮きます。
周囲の観客から、一際大きなどよめきが起りました。
次第に上昇してく途中、マキノと目が合います。


「行ってらっしゃい!…また珈琲、飲みに来てね♪」


優しくにこりと微笑まれ、心の中、温かい思いに満たされました。
手を振って応えます。


「珈琲美味しかったわ!有難う!」


言い終えた途端、一気に駆け上る箒。

雪降る空に舞上った3人は、あっという間に見えなくなりました。


「…村長の言う通りだ。本当にあの子、魔女だったんだ…。」
「…じゃからわしがあれ程…。」
「……10万ベリーか……分割払いは利くかのう…?」


驚き放心した顔を揃えて、3人が姿を消した雪空を仰ぐ村人達。

羽毛の様に舞い落ちる雪を眺めながら、マキノは1人微笑んでいました。




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