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魔女の瞳はにゃんこの目・2  −6−


                            びょり 様



3つ目の高い山を越えた辺りで雲は薄まり…何時しか雪は止んでいました。
冷たい気流に押されて加速し、箒は山を下ります。
連なる山向うに沈もうとしている朱い夕陽。
振り返って見た空は、既に『夜』へと変っていました。


「な〜〜、ナミ〜〜、そろそろ許してくんね〜〜?」


最後部に座るルフィから、甘ったれた声が届きます。


「…何を許して欲しいの?私、別にちぃっとも怒ってやしないわ。」


言葉に反して先頭から、険を含んだ声が返って来ました。


「…ああ言ってっけど…ゾロ、どう思う?」


間に座るゾロに身を寄せ、ヒソヒソ耳打ちします。


「無茶苦茶怒ってるようにしか聞えねェけどな。」


苦笑いながら、ゾロもヒソヒソと返しました。


「だよな〜〜〜。」
「聞えるようにヒソヒソ話すな!!ムカツクわね〜!!」

「「見ろ!やっぱり怒ってる!」」

「煩い!!!」


前を飛ぶ烏達が、ナミの声に驚いて編隊を崩しました。


「大体何で俺だけが怒られて、1番後ろに座んなきゃいけねーんだ?ゾロだって一緒にした事なのに…ひいきじゃねーか!」


ルフィが口を尖らせて、尚も不平を口にします。
どうやら彼としては、何時もの指定席をゾロに取られた事が面白くないらしく…自分同様悪戯を働いたゾロはお咎め無しな理不尽に、納得出来かねて居るようでした。


「……別に贔屓じゃなく…言うなら、警戒度の差よ。」


山脈を抜け、下に野が見えて来た所で、ナミはぐっと箒の高度を下げました。


「警戒度の差??」

「…『刀』なら抜く時間が有るけど、『手』じゃ防ぎようがないでしょ!」

「お前未だ俺達の事疑ってんのかー!?『俺達はお前の事殺さない』って言っただろーが!!!」
「ったく疑り深いヤツだな!これだからヒキコモリは嫌だぜ!」
「…っるさいっっ!!…1度失った信頼を簡単に取戻せると思ったら大間違いなんだからね!」


憮然とした声を上げる2人に向い、ナミは振り返る事もせず言葉を返しました。
表情険しく握った柄が、汗でヌルヌル滑ります。

低く飛ぶ先に、ルフィ達の村に似た、小さな集落が見えて来ました。
どうやら目指していた村に着いたようでした。


「…そもそも前に座ろうが後ろに座ろうが、さしたる差も無いでしょうに…あんた何でそんなに前の席に拘る訳?」


ふと素朴な疑問を感じ、ナミがルフィに質問します。


「座るなら前の方が良いに決まってるだろ!1番後ろなんて格好悪ィじゃねーか!」


ルフィが堂々きっぱりと回答します。
それを受けたナミは「ふっ」と薄く笑い…振り返って馬鹿にするよう言い放ちました。


「…ガキ…!」
「なんだとォー!!?」


一瞬で血を沸騰させたルフィが、間に座るゾロの頭の上に身を乗り出し、挑みかかります。
負けじとナミも箒から手を離し、ゾロの頭の上で臨戦態勢を整えました。


「千年生きてるからって偉そーにすんなチビババァ!!!」
「誰が婆ァだ!!?チビ黒ダンゴ!!!」
「……おい…お前ら…。」
「そっちこそ誰がチビだよ!!?おめェの方がず〜〜〜っとチビだろが!!!」
「そんなに身長差無いでしょ!!!精々3p位しか違わないじゃない!!!」
「……だから…お前らって…!」
「うるせー3pも低けりゃ充分チビだ!!!身長で比べりゃお前が1番ガキじゃねーか!!!」
「見た目の話してんじゃないでしょうが!!!中身の成熟度合いについて言って
んの!!!」
「……あ・の・な〜〜〜…!!」
「俺の中身の何処がガキだよ!!?皮だってちゃんと剥けてんだぞ!!!」
「そうやって直ぐカッカする所がガキだっつうてんのォー!!!」
「……俺の頭上をリングにしてんじゃねェ〜〜〜〜!!!!!」


堪忍袋の緒を切らしたゾロが、2人の間を割って一喝します。
伸ばした両腕で分かたれた2人は、毒気が抜け落ちたかの様に漸く静まりました。


「空中で喧嘩すんなって言っただろうが!!!落ちたらどうすんだよ!!?」


レフリーの様に2人を両手で抑えたまま、ゾロが説教します。

…と、何故かナミが真っ赤な顔して、フルフルと震え出しました。


「……ゾロ…あんた…何処押えてんのよ…?」

「……何処って…?」


言われて伸ばした手の先を見ます。
掌はぴったりと、ナミの胸に宛がわれていました。


「……あ。」


思わず間抜けな声が、喉から漏れます。
意識した途端、掌に伝わる柔らかな感触。
反射的に力が入り、軽く掴んでしまいました。


――バチーーーン…!!!!


沈む夕陽に届けとばかりに、清々しいビンタ音が轟きました。


「馬鹿ーーーー!!!!」
「ちょっっ!!…待てっっ!!…事故だろ今の!!!…故意にした訳じゃねェ…!!!」
「何が事故よ!!?何時までも掴んでて…!!あああの瞬間あんたが考えた事公表して欲しいか!!?エロ馬鹿剣士ー!!!!」
「だから待てって…!!!此処…空…!!!」
「ほらな〜!!だから俺を前にしときゃ良かったんだ!!」
「…だから…!!!此処空中…!!空中で暴れたら危ねェだろォがっっ…!!!!」

「「え??」」


ゾロの襟首掴んで、左右の頬をビシバシ張ってたナミの動きが止まります。
そろそろとさっきまで握ってた箒の柄を探ると…あら不思議、見当りません。
3人揃ってゴクリと唾を呑込み、下を向くと――

――そこにはお先に村へと急ぐ、箒の姿。


「ぎゃああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…!!!!!」
「うあああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…!!!!!」
「嫌あああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…!!!!!」


箒の後を追い、3人も真っ逆様に落ちて行きました。




丁度その頃、真下に在る大きな研究所では、世紀の大発明が披露されようとしていました。


「…それではピーマン君!ニンジン君!タマネギ君!…テープカットの準備をしてくれたまえ…!!」

「「「はい!!博士!!」」」


極めて鼻を長く伸ばした白衣の少年の指示を聞き、3人の小さな子供がピシリと敬礼して応えます。
そうして自分達の決められた配置に付くと、懐から鋏を取出しました。
3人から博士と呼ばれた少年が、ポケットから懐中時計を取出してカウントを読み始めます。


「…10!…9!!…8!」


緊張の高まり故か博士のタラコ唇は震え、声は裏返っていました。
薄暗い研究所内で1ヶ所だけスポットライトが当てられたそこには、白い布で覆われた謎の物体。
テープカットを指示された3人が、各自布を留めているテープに鋏を入れる態勢を整えます。


「…7!…6!…5!…4!」


静寂の中、その場に居る者全ての視線は、白布で覆われた物体に注がれていました。


「「「「…3!…2!…1!…0!!!」」」」


4人声を合せてカウントをし終った瞬間――バサリ!!と外された白い覆い。

現れたのは、巨大なU磁石の様な異形のメカでした。
中心には、クラシックな針メーターが取付けられています。


「…遂に完成したぞ…!!全人類待望の地震予知メカ、『ジシンドラー』!!!」


両手を高く挙げ、博士が誇らしげに叫びました。


「「「博士〜〜〜!!!」」」


テープカットを無事成功させた3人の子供が、目に涙をいっぱい浮べて博士に駆け寄ります。


「ピーマン!!ニンジン!!タマネギ!!」


迎える博士も目と鼻から滝の如く水を溢れさせて叫びます。

――ひしり!!と強く抱合った4人を、スポットライトが神々しく照らしました。


「バガゼ…バガゼ…ボグだぢ…づいにやっだんずで…!!」
「…泣ぐだ…!!ダマネギ…!!」
「ぐぜづ半年…!!ぞの間バガゼば夜もねぶらず昼間ねで…!!」
「…ああ、ぞうだな、ニンジン!…雨の日も風の日も…頑張っだよだァ〜〜!!」
「1日3食だげで…おやづも食べずにぢょぎんじで…!!」
「…うん…うん…無事完成じだがらにば、大好ぎなプリンも解禁だ!!…思う存分食おうぜ!!ピーマン!!」


3人に泣き付かれた博士の白衣は、最早汗と涙と涎と鼻水とでグシャグシャになっていました。

瞼を閉じれば蘇る、気の遠くなる様な苦労の毎日。
しかし今、全てが報われた…博士の胸に熱い塊が込上げて来ました。


「…有難うよ…皆!!お前達が付いて来てくれたお蔭で、この自信作は完成したんだ…!!」

「「「バガゼ〜〜〜〜!!!」」」


しっかりと抱合う4人は、天上から響く祝福の調べを耳に聞いていました。


……ヒュルルルルル〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……!!


――ああほら、打ち上がる祝いの花火の音まで聞える!


……ルルルルル〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……!!!


――あれ???


……ルルルル〜〜〜〜……!!!!――ドッッゴォォ〜〜〜〜〜〜〜〜…ン!!
!!!!


「うわ〜!!何だ何だ何だ!??」
「大変だ!!!屋根突き破って何かが『ジシンドラー』の上に落ちて来た!!!」
「ああ!??『ジシンドラー』がショートしてる!!!」
「火ィ噴いてるよ『ジシンドラー』!!!」
「ダメだ!!もう間に合わない!!…全員研究所から退避ーーー!!!」




――それは、想定外の悲劇でした。


突然研究所のトタン屋根を突き破って謎の物体が落下――それも運悪く新発明『ジシンドラー』の真上に降って来たのです。
一見頑丈なU字型金属ボディは、脆くもボキリと音を立てて割れ、中の配線を露にさせました。
火を噴きショートする『ジシンドラー』、慌てて消火作業に走る博士と助手達。
しかし悲しいかな、アンタッチャブルに暴走する機体。
諦めて外へと退避する研究所員達。

そして――


――ちゅどどぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん…!!!!!!


派手派手しくお披露目された『ジシンドラー』は、派手派手しく研究所を吹っ飛ばし、蝉より短い一生を終えたのでした。


「ジシンドラ〜〜〜〜〜〜〜〜〜…!!!!」


博士の悲鳴を呑込み、もうもうとした煙が、かつて研究所の在った地から立ち上ります。
周囲の草むらを焼き、金属片を散らばらせた中から…ひょっこりと2つの影が浮びました。


「あ〜〜〜…驚いた!何で落ちただけで爆発するんだ!?」
「馬ァ鹿!今のは俺達が爆発したんじゃなくて、運悪く俺達が爆発に巻き込まれたんだよ!」


ゲホゲホゴホゴホ咽ながら、煙から現れたのは黒焦げの少年2人。
呆気に取られて見ていると、今度は空から箒に乗った少女が、フワリと降りて来ました。


「ぶっっ!!…ちょっと目を離した間に、2人共随分イメチェンしたわね!爪先から頭の天辺まで真っ黒焦げよ!」
「煩ェ笑うな!!…1人だけ助かりやがって!!」
「しょうがないでしょ〜。拾おうとしたけど、間に合わなかったんだもん!…無事生きてんだから、いいじゃない!」
「嘘吐け!!さっきの根に持って、わざと助けなかったんだろ!?陰険魔女めっっ!!」
「そうだ!!それでも仲間かよ!?はくじょー者め!!」
「……おい…おめェらか…?」

「「「は???」」」


口喧嘩してる最中知らない声がかかり、3人同時に振向きます。

目の前にはモジャ黒頭で鼻の頗る長い白衣の少年が、こめかみに青筋浮べて立っていました。


「…誰だ?こいつ??」
「…さあ?」
「誰かしら?」


3人が首を傾げます――すると鼻の長い少年はいきなりルフィとゾロの胸倉掴み、目から涙迸らせて怒鳴り散らしました。


「おめェらが!!!おめェらが俺の自信作を台無しにしてくれたのか!!?完成後僅か4分44秒で爆破しやがって!!記録更新だぞバカヤロー!!!ちくしょー返せよ『ジシンドラー』!!!俺の…俺の…血と…汗と…涙の…結……晶…!!」


そこまで怒鳴った所で――ガクン!!と白目を剥いて、仰向けに倒れてしまいました。


「ああ!?博士がショックで心のスイッチを切ってしまった!!」
「しっかりして博士!!」
「ウソップ博士ェ〜〜〜!!!」


倒れた少年の背後から、頭にピーマンの様なへたを付けたチビと、赤い帽子を被りニンジンの様な頭をしたチビと、タマネギの様な頭をした眼鏡チビが駆け寄って来ました。
そうして倒れた少年を取囲み、必死に介抱し始めます。


「…一体、何なの?」

「「さーー??」」


足下に倒れてる少年を見詰ながら、3人は首を捻るばかりでした。




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