□□□
□□








魔女の瞳はにゃんこの目・2  −8−


                            びょり 様



明けて次の日の早朝、チビ野菜トリオを留守番に残し、4人は村外れの小高い丘を登りました。

荒れた草原に挟まれた1本道をてくてくと、案内役のウソップを先頭にして頂上を目指します。
昨夜まで厚く覆ってた雲は晴れ、東の空には三日月よりも尚細い月が、白くぼんやり浮んで見えました。
聞えて来るのは遠くで鳴く烏の声と、重い金袋を背負ったウソップがひーこら言う息遣いのみです。


「…案内役はいいとして…何で俺がこんな重い偽金背負わされて歩かなきゃなんねェんだよ…?」

「そうだなー。俺も何で何時もみたく空飛んで行かねーのか、疑問に思ってた。」

「中に入って当人に会うまでは、魔女である事を隠しておこうと考えてね。」


ウソップの愚痴を綺麗に無視して、自分の前を歩くルフィに向い、ナミが返答します。


「会う前に警戒されて逃げられちゃったら、元も子もないでしょ?」

「はー成る程!」
「だから何で俺が偽金背負わされなきゃなんねェのか聞いてるんだがっっ!!!」


ポンと手を叩いて納得するルフィを押し退け、ウソップは尚も粘ります。


「偽金偽金煩い奴ねー。リアリティに拘って本物そっくりの質感を再現したってのに。」
「いやそこは問題にしてねェよ!!聞きたいのは何で俺がこんな重てェ荷物背負わされなきゃならんのかって事だ!!」
「半分はあんたの為にしてやってんだもの。それくらい働いて貰わなきゃ!」

「…俺の為??」

「偽オレンジの森の魔女が嘘を吐いてる事を、信者達の前で明らかにしたいんでしょ?」


きょとんと目を点にするウソップの前に、ナミはビシッと指を突き付けました。


「…そ…そう考えて造った地震予知メカを、お前らがぶち壊しちまったんだろが…!!」
「気持ちは解るが、考えが甘ェんじゃねェか?」


最後尾を歩いていたゾロが、会話に割込みます。


「てめェがメカ使って『大地震が起きない』事を証明した所で…信者達は聞く耳持たねェよ。」
「ゾロの言う通りだと思うわ。事実、その女が予言を告げて、もう1年経ってるってのに…信者は増え続ける一方なんでしょ?」

「そ…!」


2人から言い募られるも、ウソップは返す言葉を思い付けず、金魚の如く口をパクパクさせるだけでした。


「この先大地震が起きずに10年、20年経とうが、信者達は離れやしない。その女を本物の『オレンジの森の魔女』だと信じてる内はね。」

「……じゃ!じゃあ…!!どうすりゃ良いってんだよ…!?」

「簡単よ!本者の魔女が信者達の前で魔法を使って、偽者を締上げちゃえば済む事だわ!」

「あ、成る程なー!偽者だって解っちまえば、誰も言う事聞かなくなる訳だ!」
「魔女に非ず、ただの人間だと証明出来れば、自ずと信者達の目は覚めると。」
「いや…しかし!しかしよォォ!!…締上げるって…それって敵の懐潜り込むって事だろ?だ…大丈夫なのか…?あいつ、大勢の信者に槍や弓持たせて武装させてんだぞ!証明する前に囲まれて襲われちまったら…!!」

「大丈夫だってばァ!――私は全知全能、不老不死で知られる『オレンジの森の魔女』よ!ただの人間のペテン女に負ける訳がないじゃない!5分も経たない内にのしたげるから、見てるがいいわ!」


ウソップの心配など鼻も引っ掛けず、ナミは仁王立ちして高笑います。

3人の少年はそんなナミから少し離れて、一言「恐っっ…」と、聞えないように呟きました。




丘の頂上に建てられたそれは、朝陽に照らされ、地面に大きな影を伸ばしていました。

名前の通り三角形の鏡を張巡らし、空を映してキラキラ輝くピラミッド。
それは周りの風景の中不自然に浮いて居つつも、満更でない美しさを感じられました。


「うっひゃあ〜〜〜!!でっけ〜〜〜!!」


見上げたルフィが感心して叫びます。


「高さ70m位は有るかしら?だとしてオリジナルの約1/2の規模って所ね。」
「近くで見ると玩具みてェで安っぽい造りだな。」


ルフィとは反対に、ナミとゾロが冷めた感想を述べます。

そんな彼等に向い、ウソップは己の唇に人差指を当てて「黙ってろ!」のサインを送ると、ピラミッドの斜め前に立つ、灯台の様な低く白い塔の前まで手招きしました。


「…何?この塔?」

「ピラミッドへの入口だよ。行った人の話によると、この塔から下降りて、地下通路から中へ入れる仕組になってるらしい。」


説明しながらウソップがコツコツとおっかなびっくり戸を叩きます。
程無く横の小さな口が開き、中から女の声が響きました。

用件を問われ、ウソップが答えます。


「生憎ですが先生の占いは午前8時〜11時迄、加えてアポを取られた二十歳以上の方にのみと定められています。」

「こんな朝早くから伺って失礼とは思いましたが、あまねく評判の高い偉大な先生のお噂を聞き、私も有難い予言を戴ければと遠路遥々こうして参った所存…せめて一度なりともお目通り願えませんでしょうか?」


素気無くお引取り願われるも、ナミは猫撫で声で懇願しました。


「済みませんが規則ですので。第一、占って貰うには前金で10万ベリー必要なんですよ。貴方達子供にそんな大金…」
「お金なら有ります!」


明らかに迷惑そうな口振りの女の言葉を遮り、ナミが叫びます。


「…実は私…某国で姫の立場に在る者でして…この度小姓の数人を供に引き連れ、お忍びで参りましたの…。お金なら…この通り、1千万ベリーほど手元に用意して御座います…どうか、どうか一度だけでもお目通りを…!」


ウソップに金貨を降ろさせると、ナミは袋の口を開いて、金貨をチャリチャリと取出して見せました。
そうして両手を胸の前で合せて、瞳ウルウル哀願します。


「……先生に相談して参りますので、暫くお待ち下さいませ。」


そう言い置いて、女はカタリと口を閉じてしまいました。




次第に朝陽が高みへと昇り、側に建つピラミッドが輝きを増しても、女は一向に何も言って来ません。


「…失敗したかしら?」


塔に凭れて待つナミが、ポツリと呟きました。


「設定に無理有り過ぎたんじゃねーの?」
「姫と言うには、ちと品性が足りねェよな。」
「てゆーか誰が小姓だよ??」


呟きを耳にしたルフィ・ゾロ・ウソップが、周りを取囲んで口々に言い立てます。
ナミが3人の脛を木靴で思い切り蹴飛ばした直後――漸く口が再び開けられ、先程応対した女の声が届きました。


「先生が特別に見ても良いと仰りました。…中へどうぞ。」


ガラリと戸が上げられ、塔の中から白いパジャマの様な服を着た、若い女が現れました。
茶色い髪を腰まで伸ばした細身の女で、まあまあ美人に思えます。
女は先程とは打って変わって愛想の良い微笑を浮べ、金袋を受取ると4人を塔へ案内しました。


「ほら、上手く行ったじゃないv」


3人に向ってこっそり微笑んだ後、ナミは姫らしくスカートの裾を摘んで礼を言い、中に入って行きました。
続いてルフィ、ゾロ…少し遅れてウソップがビクビクしつつ入ります。

塔の内部には成る程ウソップの話通り、地下へと続く穴が開いていました。

ランプを掲げる女を先頭に、カンカン音立てて梯子を下ります。

真っ暗な中ランプに照らされた先を見れば、飾り気無く白い塗料で塗られた地下道が細く長く続いていました。


「…良かった。内部まで鏡張りって訳じゃないようね。…」

「そういやナミ…お前、鏡が苦手だったよな?」
「あそっか!お前魔女だから、鏡に姿が映んないんだっけ?」


周囲を見回したナミが、胸を撫で下ろして呟きます。
直ぐ背後でそれを耳にしたゾロとルフィが、声をかけて来ました。


「しっっ!馬鹿っっ!正体バラすような事口にすんじゃないわよ…!」

「どうかしましたか?」


無用心な2人の発言をたしなめるナミの声が、地下通路に木霊します。
案内役の女が足を止め、不審な顔して振返りました。


「「「べ、別に何でも…!」」」


慌てて笑顔を取り繕い、3人駆け足で後を追います。


「…お、おい!ちょちょっと待ててめェら!!置いてくなよォ〜〜!!」


自分を置いて遠ざかるランプの灯に、ウソップも焦って先を急ぎました。




暫くすると通路は行止りに当りました。
前を塞ぐ壁には、入った時同様に梯子が架かり、上へと続いています。
天井は丸く刳り貫かれていて、そこから燦々と漏れた光が、床に眩しく円を画いていました。


「私の案内は此処までです。どうぞ梯子を上って、部屋の中へとお入り下さい。先生は既に貴方達をお待ちでいらっしゃいます。但し、一般のお客様は直接先生にお会いする事は出来ません。…ですが先生は優れた瞳で貴方達の一挙手一投足までお見通しです。くれぐれも粗相の無いように…。」


女はそう言うと、梯子を上るよう促しました。
先ずは姫としてナミが…続いてルフィが…渋るウソップの尻を叩いて先に行かせ、最後はゾロが上ります。

上る途中でひょいと下を見ると、女の姿は疾うに見えなくなっていました。




穴から顔を出して見たそこは、陽の光が燦々と射し込む、サンルームの様な硝子張りの部屋でした。
2枚の三角形した窓からは、昇った朝陽がギラギラ照って見えます。


「うおー!!まぶしー!!目ェ開けてらんねー!!」
「ちきしょーサングラス用意してくるんだったァー!!」


急な明るさに目が慣れず、ルフィとウソップが目を瞬かせて喚きます。


「後ろ見ろよ!鏡が有るぜ!」


事前に目を慣れさせていたゾロが、逸早く冷静に部屋を見回しました。

三角に仕切られた小さな部屋です。
恐らくはピラミッドの角に位置するのでしょう。

外に面した2枚の硝子窓。

残る1面は鏡張りとなってい、陽射しを眩しく照返しています。

そこに魔女であるナミの姿は映っていません。
しかし他3人の姿は、くっきりと映っていました。

見た所普通の鏡と特に変りなく思えます。

鏡の前には白い革張りの長椅子が、少し離して備え付けて在りました。

ナミがこっそりと鏡に近寄ろうとしたその時――


「よく来たね、あんた達!待ちくたびれて疲れたろう!ささっ!そこのソファに座って、ゆっくり寛いでおくれよ!」


――突然、くぐもった声がかけられました。


「うわあああ!!?だ…誰だあああ…!!?」


ビビッたウソップが隣に居たゾロの陰に隠れて喚きます。


「誰だよお前!?何処からしゃべってんだ!?」
「ルフィこっちだ!声はこの椅子に仕掛けられた口から聞える!」


部屋をキョロキョロと見回し、声の主を探すルフィに、ゾロが椅子の背凭れを指差します。
見ると背凭れの真ん中に、小さなラッパ状の金属口が取り付けられていました。


「…本当だ!どうやら声の主は、自分の居る部屋〜床〜この椅子迄、長い管を通して伝えてるようね。」


ナミとウソップも側に寄って注目します。
覗いた口から再び愛想の良い笑い声が響きました。


「貴女様が彼の有名な『オレンジの森の魔女』ですの?」


ナミが普段より1オクターブ高めの声で、鏡に向い問い掛けます。


「ああそうとも!あたしがその『オレンジの森の魔女』さ!ようこそ可愛い姫様、お目にかかれて嬉しいよ!」

「まあ、可愛いだなんて…!噂通りの神眼ですのね!」


コロコロと愛想良くナミも笑います。
それに気を好くしてか、声は更に続けました。


「ああ、あたしの金の目は実によく見えてね!お前さんのオレンジの様に艶々と美味しそうな色した髪も、仔猫の様に円らな茶色い瞳も、形良く伸びた手足も、全てまるっとお見通しさ!」

「凄い!!見事に大当りですわ、先生!!」


パンッと大袈裟に手を叩き、ナミが驚いて見せます。
両隣で見守っていた3人も、一斉にどよめきました。


「マジすげー!!全部当てちまった!!」
「ババ馬鹿騙されるな!!何かのトリックに決まってるだろ!!――そうだ!!実はこの椅子の中に潜み、穴から覗いて…」
「…る訳無ェだろ。手で塞がれたら終いじゃねェか。まァ何か仕掛けが有るのは間違い無ェが…。」
「お前達!失礼な事を言うもんじゃなくてよ!」


無遠慮に騒ぐ小姓達を、姫がたしなめます。
そうして黙らせた後で、如何にも申し訳無さそうに、鏡に向って謝りました。


「躾が至らず済みません、先生!何分未だガキなもので、口も頭も頗る悪いのです!」


涙を浮べて謝罪する姫の姿を見て、3人の小姓達は何か言いたげに口を開くも、寸での所で堪えました。

殊更愉快そうな笑い声が、室内に響きます。


「最初は皆疑るもんさ!気にする必要は無いよ姫様!…どうれ、じゃあ、そいつらの姿も見てやろうかねェ?
 先ずそこの麦藁帽子を被った少年からだ。
 …お前さんの髪の色は黒、瞳の色も黒…左目の下には傷が1本有るようだね。
 そして赤いコートを着ている…どうだい、当ってるかね?」

「あ…当ってる!!メチャクチャ大当りだ!!――おいウソップ!!こいつ本物の魔女だぜ!!」
「だからおめェは呆気無く信じてんじゃねェよ!!!」


言当てられたルフィが、椅子の管を指差し叫びます。
無邪気にはしゃぐルフィを、ウソップは顔を真っ赤にして怒鳴り付けました。


「…お前さんは…えらく鼻が長いようだねェ。
 髪は黒く縮れていて、唇はタラコの様に厚ぼったくて…実に愛嬌の有る顔立ちじゃないか。
 そして医者の様な白衣を羽織ってる…どうだい、当ってるかね?」


ウソップの顔からザザザッと血の気が引きます。
ガクガクブルブル震えながら、焦点の合わない瞳で「嘘だ…トリックだ…」とうわ言を繰返しました。


「最後に見る緑のコートを着たお前さんは…皆の中で1番のっぽなようだねェ。
 髪は緑色で芝生の様に短く刈っている…おでこを出しているね。
 瞳の色は茶色だ。
 ……おやおや、大きな刀を2本も背負っている…いっちょ前に護衛役かい?」

「…俺の名前は解るのか?」

「え?」

「何でも見える魔女なら、解んじゃねェの?」

「そそ…それは…!」


ゾロの急な問いに、焦りを滲ませた声が、管から伝わります。


「まるで正面から見えてるみてェに当てっけど…俺達の名前なんかは解んねェの?」

「…そういやそうだなー!本物の魔女だったら名前だって解るはずだよな!なァお前!!俺達の名前当ててみせろよ!!」
「そうか!!名前は未だ当てられてねェ!!――やい、あんた!!真実魔女だっつうなら、俺達の名前を当ててみろ!!」


ルフィとウソップがゾロに同調して叫びます。


「もも勿論解るとも!!…けど名前を見るには、少ぅし時間がかかってねェ〜〜!」


管から聞える声が、急速にしどろもどろなものへと変りました。

ゾロが鏡に向って「ふん」と意地悪く笑います。
ルフィとウソップが「名っ前♪名っ前♪」と手を叩いて囃し立てました。


「コラお前達!!偉大な先生を困らせるんじゃありません!!」


調子に乗って踊り出したルフィとウソップをナミが諌めます。
右手でボコボコと2人の頭を殴り、空いた左手は伸ばして鏡の前へ。
殴られたルフィとウソップは、頭を摩りながら口を尖らせました。


「だってよォ〜!姿は解っても名前は解らねェなんて、何かおかしくねー?」
「そうさ!宣伝通りの『何でも見える魔女』なら、半端無く全部言当ててみせろってんだ!!」

「いい!?先生はね、この鏡に映る物じゃなきゃ、見る事が出来ないのよ!!」


左人差指で鏡を示しつつ、ナミがしかめっ面して言います。


「「この鏡に映った物だけ??」」

「ええそうよ!!だって先生は――」


伸ばした指先から、鏡に向って迸る金色の光。

――パリーン…!!!と大きな音を立てて割れた瞬間、奥から「ぎゃっっ!!!」という悲鳴が聞えました。

割れた鏡の向うに現れたのは…左目を長い白髪で隠した老女の姿。


「――この、マジックミラーを通して、物を見てんだもの…!」


振向いたナミが、現れた老女に向って、冷たく微笑みます。

その瞳は、陽射しの中でも尚明るく輝く、金の色。

暗い部屋の中、椅子から転げた老女は、金切り声を上げました。




←7へ  9へ→








□□
□□□


戻る