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魔女の瞳はにゃんこの目・2  −9−


                            びょり 様



「『マジックミラー』…って何だ??」


老女とナミを交互に見比べ、ルフィが質問します。


「明るい所から見ると光が反射して鏡に思えるけど、暗い所から見ると反射する光が無いから、硝子の様に向う側が透けて見える…そういう鏡よ!」

「あ〜〜成る程!つまり『不思議鏡』ってヤツだな!」


ポンと手を叩きつつも、今一合点が利かない顔して、ルフィが頷きました。


「鏡が怪しいとは踏んでたが…どういう仕組になってるんだ?」


老女から目を離さずに、ゾロが聞きます。


「硝子の裏に極薄く水銀を塗るだけよ。そうすると『半分だけ鏡』に出来上るの。」

「そうか、『半分鏡』…!やっぱトリックだったって訳か!!」


ウソップの顔に血の気が戻りました。
黒壁で覆われた部屋に転がる老女を、憎々しげに睨んで叫びます。
つられて他3人も、老女をマジマジと見詰ました。

年の頃にして70は超えているだろう、背の低いでっぷりと肥った老女です。
部屋に解け込む為か、纏っているのは黒絹のドレス。
しかし髪は雪の様に白く、顔半分を覆って腰まで届いています。
露にされた右面には、金色の瞳が光っていました。


「…その右目、義眼でしょ。本来の瞳の色は違う。…だから左目を隠しているのね。」


慄いて後退る老女に向けてナミが言います。
見上げる瞳の中に、魔女の姿は映っていませんでした。


「……その金の瞳…!あんたまさか…『オレンジの森の魔女』…!?」

「ええ!…あんたとは違って、本者のね!」


老女の顔に一際くっきりと、恐怖の皺が寄ります。
心地好さげに鼻を鳴らすと、ナミは更に謎解きを続けました。


「マジックミラーを活用する為には、部屋の明暗の差がはっきりしてないといけない。
 だから見られる側の部屋は硝子張りに、見る側の部屋は黒塗りの壁で覆った。
 応接時間は直射日光の入る午前8〜11時迄…曇雨雪の日は事前に断ってたんでしょう?
 マジックミラーは側に近付いてみれば、向う側が薄らと覗けてしまう。
 だから最初に私が近付こうとした時、あんたは声をかけて、興味を椅子の方に逸らそうとした。」

「しかし安直なトリックだよなァ。むしろ今迄よく騙して来れたもんだと感心するぜ。鏡の側近寄って覗かれたらアウトじゃねェか!」


割れた鏡をルフィと共に色んな角度から眺めつつ、ゾロが疑問を口にします。


「ただ占って貰うのに、大人しく10万ベリーも払うような人間は、最初から素直に信じてるって事だもの!
 入って来たら『椅子に座れ』、『姿勢を真直ぐ保って動くな』…簡単に言いなりになっちゃうでしょうよ!」

「…成る程!」


前髪を掻き上げ、ナミが吐き捨てます。
その言葉を聞いて、ゾロは心から納得行った様に、大きく頷きました。


「何時もなら私達の様な招かれざる客は、絶対に入れやしなかったでしょうけど――欲を掻いたのが仇となったわね!」


ぎろりと冷やかに睨みます。
再び老女に視線が集中しました。

黒い床に散らばった硝子の破片が、老女の周りでキラキラと光を反射しています。
その破片を後ろ手で払い、喘ぎながら後退る老女を、4人はゆっくりと追い掛けました。


――と、老女がいきなり、床の一部をバン!!と跳ね上げました。


そうして4人が唖然としてる間に、下へと身を滑り込ませ、忽ち姿を消してしまったのです。


「あ!!逃げたぞ!!」
「しまった!!…油断した!!」


残された一同が、焦って割れた鏡を飛越え、黒い間に駆け付けます。
老女が消えた床には丸く穴が刳り貫かれ、地下へと続くスロープが造られていました。


「…あんの婆ァ!あちこちナメた仕掛け造ってくれてェェ!!」


スロープを覗き込んだナミが、悔しそうに歯軋りします。


「まるで忍者屋敷だな。」
「ビックリハウス!おっもしれー♪」
「どどどうする!?…追うのか!?」
「追うに決ってるでしょーが!!!人の名前騙ってインチキ商売してくれちゃって…大体、あ〜んな欲の皮の突っ張った婆ァの何処が私よ!?絶対許さない!!肖像権侵害の罪で地獄送りにしてやるわ!!」
「…結構嵌り役だと思うが――ぐおっっ!!!」


ぼそっと呟いたゾロの鳩尾に肘鉄かますと、ナミはマントを体の下に敷いて床の穴に飛込ました。


「待てナミ先に行くな!!罠かもしれねェだろが…!!」


怒り露に滑り落ちてくナミを、ゾロが焦って追い駆けます。

続いてルフィが勢い良くジャンプして滑降。

…それから1拍置いて、ウソップが恐々と滑り落ちて行ったのでした。




真っ暗なスロープを滑り落ちると、そこは真っ暗な部屋でした。

背後からシュルシュル滑って来る気配を感じ、直ぐにマントを羽織り直して場所を退きます。

壁に開いた穴からゾロとルフィが続いて現れ、遅れてウソップが着地失敗して悲鳴を上げました。


「全員、お揃いのようだねェ。」


4人が緊張漲らせて、声のした方へ顔を向けます。

闇の中にユラリと浮んだ仄白い頭。

見据えるナミの瞳が、再び金色に変りました。


「…『魔女の瞳はにゃんこの目、闇夜に輝く金の色』…普段は茶色で、魔法を使う時だけ金色に変る事までは調べちゃいなかったよ…!」


老女のしゃがれた笑い声が木霊しました。


「調査不足はいけないわv――敵を知らずして勝てる勝負だと思うんじゃないわよクソ婆ァ…!!」


凄むナミの全身から、金色の光が幾筋も放たれます。


――次の瞬間、放出した光が紐の様に変化し、ナミを拘束しました。


「なっっ…!?」


両手両足、まるで金縛りを受けたかの如く、身動きが取れません。


「ナミ!!この部屋、床と天井が鏡だ…!!」


刀を抜こうとしたゾロが、床と天井に映る己の姿を認め、手を止めます。

前に立つ老女が、ほくそ笑む気配を感じました。


「床と天井だけじゃないさ!壁だって…そうら!」


四隅を固定してた紐をナイフで切り、前後左右を覆っていた暗幕を落します。

中央立てて在った大きな燭台に火が灯りました。


――そこは全て鏡で仕切られた大広間。


薄暗い中、ナミを除く4人の姿と蝋燭の灯りが、無限に連なって見えました。

ナミの口から鋭く長い悲鳴が零れます。


「ナミ…!!?」
「ナミィィ…!!!」


異常を感じたゾロとルフィが、血相を変えてナミに駆け寄りました。


「ルフィィ…!!!ゾロォォ…!!!!」


断末魔にも似たナミの叫びが、広間を震わせます。

急激に薄まって行くナミの体。

ルフィが、ゾロが、無我夢中で手を伸ばします。

しかしその手は互いを掠めるだけで――



そうして魔女の姿は、跡形も無く消えてしまったのです。




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