魔女の瞳はにゃんこの目・3  −11−

                          びょり 様



目が覚めた時、ナミは自分が薔薇の園に横たわっていると錯覚しました。
上を見ても下を見ても横を見ても薔薇が咲いていたからです。
しかし段々と頭が冴えて来るにしたがい、自分は風呂でのぼせて、ロビンの薔薇の部屋に運ばれたのだと解りました。

そこへひょいっとルフィが顔を出しました。
目が合うや、にまーっと笑い掛けます。
そうして傍に居るであろうゾロやウソップに向い、大声で告げました。

「ナミが目ェ覚ましたぞー!!」

声に呼ばれたゾロとウソップが、ひょいっひょいっと顔を出します。
何時までも3つの顔にジロジロ覗き込まれているのは落ち着かず、ナミはボーっとした頭のままベッドから身を起こそうとしました。
途端にゾロが真っ赤な顔で手を振り回しながら止めます。

「わー馬鹿起きるな!!!服着てねェんだぞ、おまえ…!!!」

その言葉を聞いてハッと我が身を見下ろせば、裸にバスタオルを巻いただけの姿。
しかも起き上がった弾みで、タオルは胸スレスレまで落ちかかっていました。
強張った笑みを貼り付け、傍に立つ3人の少年を見回します。

ルフィが食入る様に自分を見詰めていました。
ゾロは真っ赤な顔で明後日の方を見ていました。
ウソップは顔を覆った手の指の間から、瞳だけ覗かせていました。

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…!!!!」

部屋中にナミの絹を引き裂く様な悲鳴が響きました。

「ななな…まままさかあんた達…裸の私を風呂から運んで…!?」
「うん!俺とゾロで両手両足持って運んだ!」
「しょうがねェだろ!でなきゃおまえ、茹で卵んなって死んじまってたぞ!」
「だからって!!…みみ見て…しかも触ったのねェ〜〜〜!?」
「見てねェェ!!!バスタオル巻いて見ねェようにやった!!!極力触んねェようにもしたさ!!!」
「俺1人で充分運べるっつったのに、ゾロも運ぶって引かなかったんだぜー」
「余計な事喋るなルフィ!!!」

2人と揉めていたそこへ、ウソップがチョイチョイと肩を突きました。
振向いたナミに、妙に偉そうな態度で、彼が告白します。

「俺は運ぶのに手を出さなかったぜェ!!裸のまま引き上げようとする2人に、すかさずバスタオルを手渡す等の援助役を務めてやったのよ!我ながら気配りの人だと恐れ入――フゴォッ!!!」

ペラペラと得意気に喋るウソップの左頬に、ナミの怒りの右フックがお見舞いされました。

「何が『気配りの人』よ!!散々周りをピンチに陥らせてくれちゃって!!ちっとは謙虚に反省したらどうなの!?」

叱り飛ばされたウソップは、素直に「御免なさい」と言って、頭を垂れました。

御免なさい…御免なさい…御免なさい…御免なさい…

頭を下げたまま、ウソップは何度も謝りを繰り返します。
ナミは、彼が自分に対して吐いた暴言についても済まなく思い、謝っている事に気付きました。

萎れた頭を思い切り良く叩きます。
痛さで思わず顔を上げたウソップに、ナミは微笑んで言いました。

「あんたが生きてて良かったわ、ウソップ!
 こうして文句を言えるし…私の裸の観賞料も取れるしね♪」

続いて振り返り、ルフィゾロの顔を見回したナミは、意地悪く笑って宣言しました。

「という訳で、全員から観賞料として10万ベリー頂きます!」

「「「自己評価高っっ!!!」」」

想像を絶する高額を請求された3人が声をハモらせます。
気にする事無くナミは指をパチンと鳴らして呪文を唱えました。
すると忽ち身に纏っていたバスタオルが、普段彼女の着ている黒のワンピース+
オレンジのエプロンにチェンジしたのです。
一瞬の早変りを見た少年達の胸に、残念な気持ちが生じましたが、賢明にも誰1人それを口には出しませんでした。

「…それで、あの『ロビン』って女は?」
「俺達が駆け付けた時には居なかったぞ」
「地図だけは置いてってくれたみたいだけどな」

ルフィが指差したテーブルを見ると、大判の地図がティーカップで留められていました。
素早く手に取り、確認したナミの背中が、小刻みに震え出します。

「……あの…女ァ〜〜〜…!」

彼女の手の中に有る地図が、ぐしゃりと音を立てました。

触らぬナミに祟り無し。

背中から迸る怒りのオーラを感じ取ったウソップが、震えて後退りします。
そこへゾロが空気を読まずに、彼女の神経を逆撫でる様な質問を浴びせました。

「ときにナミ、おまえの左肩に有る魔方陣なんだが――」

――ガインッ!!!

叩かれたゾロの頭が、派手な音を響かせました。

「やっぱしっかり見てんじゃないのっっ!!!」
「……さっきまで肩剥き出しで居ただろうが、てめェ…」

頬を染めて怒鳴る彼女にゾロは溜息を吐いてみせ、己の質問の意図を説明しました。

「ほら、ルフィの左掌に『破魔の方陣』が描かれてるだろ?あれと似てるなァと思ってよ…」
「ルフィの掌の方陣と?」
「ああそれ俺も思った!ゾロの左手にも同じよーなのが有るんだよなー!」
「あんたの手にも魔方陣が描いてあるの!?」
「そうか。俺、普段手袋嵌めてる事が多いから、気付かなかったんだなァ、おまえ」

ルフィの言葉を聞き驚いたナミの前で、ゾロは左手に嵌めている緑色の手袋を脱いで見せました。
差し出された左掌には、成る程彼らの言う通り、黒い魔方陣が刻まれています。
ルフィが並べて出した左掌の魔方陣とは色違い。
他に違う点といえば、描いてある円の中の3本の各線が長いか短いか位で、ナミの左肩に刻まれた物とも確かに酷似していました。

「……どういう事なの?」

見比べるナミが呟きます。

「んー俺が推理するに、おまえら実は兄弟だったりするんじゃね?」

野次馬根性で眺めていたウソップが、碌に考えもしないで説を唱えました。

「んな訳有るかっっ!!!私とこいつらの年の差を考えなさいよっっ!!!」

馬鹿馬鹿しさから否定したものの、ナミの胸の中でルフィとゾロへの疑念が湧出します。

体に魔方陣が刻まれているのは魔女関りの証。
そんな彼らと自分が出会ったのは、果たして偶然なのか?

急に重くなった部屋の空気を暖める様に、青地のカーテンを通して陽射しが降り注ぎました。
長い夜が明けた事を知って、ウソップが威勢良くカーテンを開きます。
途端に薄暗かった部屋が眩しい朝の光で満たされ、遠くで打ち鳴らされる鐘の音が4人の耳に届きました。




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