天気は曇りのち、笑顔 −1−
panchan 様
「やった〜〜〜!!島だぞ〜!!何週間ぶりだ〜〜〜?!」
久しぶりの島への上陸。今回の航海は長く険しかったので一際嬉しい。
立ち寄った島にはわりと大きめの街があるようで、港にも活気がある。
「何か・・・・いや〜な天気。」
仲間達が着々と上陸の用意をしている中、ナミは遠くの空を見上げて眉をひそめた。
何だろう。嵐でもないし、雨の匂いもしない。
ただ雲が何重にも重なってどんより曇り、空気が湿気て、
凪なのか浜風も無く澱んでいる。
直感的に、イヤな予感がした。
ナミがしばらくココヤシにいた間、
ルフィ達はグランドラインの懐かしい人々をのんびりと訪ねて回った。
一度経験した航路は、ナミの航海日誌とクルーの超人的能力で何とかなったようで。
グランドラインへ戻った仲間たちとも無事合流してもう一度冒険を楽しんだ後、
彼らは再びイーストブルーへと戻ってきた。
もちろん、仲間であるナミを再び迎えるために。
戻ってきたルフィ達と共に、改めてナミが航海士として船に乗り込んでから、
もう早2年以上が経とうとしていた。
着々と海図は書き溜められている。
夢の完成へと一歩ずつ近づいている充実感はあった。
とは言え、まだまだ世界を回り切るには時間がかかる。
ゾロが一味からいなくなってから、もう4年は経つ。
同じ麦わらの一味として有名なので、こちらから聞いて回らなくとも
いろんな場所でゾロの噂は耳にした。
しかし今まで偶然遭遇することもなく、探し出そうとすることもなく、
あの迷子体質でどこを彷徨っているのか目下行方不明。
わかってるのは、まあなんとか生きてるらしいってことだけ。
不在のままの状態が普通になって、
日常では、たまにクルーの思い出話にのぼる程度の存在。
もともと船でも勝手気ままに過ごしていたせいか、
いてもいなくても変わらねェなあと、よく冗談にされていた。
でも本当は、みんな気にしていた。
一度は心から信頼した、大切な仲間の一人を。
特にゾロの思い出話をする時のルフィは、本当に楽しそうだったから。
ゾロに懐いていたチョッパーが寂しそうに、探しにいかねェのか?と
何度かルフィに訴えていたが、その度にルフィは頭を横に振った。
勝手に出て行った仲間を、船長から迎えに行くわけにはいかねェんだ、と。
ウソップが一度出て行った時、ゾロが言った言葉。
ルフィはその掟を守ろうとしているようだった。
そんなルフィをそばで見て、ナミは複雑だった。
ナミとゾロの事を知っているのは、ウソップとロビンの二人。
洞察力鋭いロビンには、再び合流してすぐに見抜かれてしまった。
確かにゾロとナミの二人が同時期に一味を離れ、その後ナミが合流してから
ゾロの話題が出てはあまり話さなくなる様子に、ロビンが何かを勘付くのは
当然だ。しかしそこからの誘導尋問が、さすがロビンで。
結局、子供がいること以外は全部話した。
でも女同士共に過ごす時間も多いのでそのほうが気楽だった。
ロビンはそんなナミを優しく見守り、心配してくれていた。
ウソップに至っては子供のことまで知っている。
最初にナミの妊娠に気付いたのは、カヤだった。
シロップ村でナミの診察をし、献身的に看病してくれた。
漂流で衰弱した体の脱水症状は数日でとうに緩和されているはずなのに、
なかなか戻らない食欲と治まらない吐き気にカヤが疑問を持った。
他の病気を疑って様々な検査をした結果出たのが、妊娠の反応。
それを告げられたナミはカヤに絶対に秘密にしてほしいと頼み込んだ。
カヤはナミに言われた通りしばらく誰にも言わずにいてくれたのだが、
ゾロが出て行った後に、何か知らないかとウソップに問い詰められた時、
お嬢様育ちで純粋正直なカヤが黙ってウソをつき続けることなど、不可能だった。
カヤから妊娠のことを聞き出したウソップは、ナミに詰め寄った。
相手は誰かナミは黙って答えなかったが、しつこく聞き続けたウソップが、
「見知らぬ男に無理矢理か?それともゾロに無理矢理されたか?」
と聞いたので、黙っていられず「違う」と答えた。
予期せぬ妊娠ではあったけれども、決して酷い目にあった結果ではない。
まだほんの小さな命だけど、確実に自分の中にいる生命に、ウソはつけなくて。
「だったら信じろよ、ナミ。おれのことも・・ゾロのことも。
おれはそこら辺の男より、お前の腹の子の父親は、ゾロであって欲しいよ・・。」
ウソップが優しく肩に手を置くので、
ナミはゾロが父親であることをようやく認めた。
ルフィに話せと何度も説得されたが、ナミは頑なに拒んだ。
今思えば、あの時ウソップの言うようにルフィにすべて話していたら、
もっと楽だったのかもしれない。そして、きっと話すべきだったのだろう。
でもあの時は、いろんなことが立て続けにあって、精神的にかなり参っていた。
そして2年のブランクの後、さる所に我が子を預け、
何事も無かったように一味に戻ったナミとしては、
その事実をみんなに告げる事がそれこそ、今更になっていた。
そしてどこかで、ゾロに先に告げてから、という思いもあった。
「うっほーーー!久しぶりの島だーーー!」
島に上陸すると、相変わらずじっとしていられないルフィが
まず一番に飛んで行ってしまう。
そのお守に必ず誰か一人が付いて、ルフィを追いかけていく。
ナミは大抵ロビンとショッピングだが、今回はロビンに調べ物があるとのことで、
宿の予約をしてから途中で別れ、一人で街をウロウロしていた。
適当にショッピングを済ませ、何通かの手紙を出しに行った後、
昼食を摂ろうと ”BISTRO ”の看板が掛かったこじんまりとした店に入った。
他に客は無かったので4人掛けのテーブルに座り、買った洋服の袋を隣に置く。
何にしようかとメニューのページを捲りながら眺めていると、
オーダーを聞きに来た女性に話し掛けられた。
「あの・・・麦わら一味の方ですよね。」
その鈴の鳴るような透き通った声と控えめな言い方に、ようやくナミは
メニューからその女性の方へと顔を向けた。
色白で黒い瞳のキレイな女性。歳はナミと同じくらいに見える。
すこし前髪を垂らし、残りの長い黒髪を後ろで一つにスッキリと束ね、
白い半袖ブラウスに膝丈の黒いスカートを穿いている。
こういうタイプの人に話しかけられるのは珍しい。
なんとなく女性を観察してから、ナミは質問に、
「ええ、そうですけど。」と、答えた。
女性は軽く握った手を自分のあごに当て、少しモジモジしてから、
「やっぱり・・・そうですか。あの・・・・ご注文、どうぞ。」
と言ったので、ナミは何か妙だと感じながらも、言われたとおり食事を注文した。
程なく運ばれてきた料理はとてもおいしく、この店を選んで正解だったと思った。
さっき感じた妙な違和感は忘れて幸せな気分で食事を平らげ、
アイスティーを飲み干してから、代金を置いて椅子から立ち上がった。
その時、ナミの他は店内に一人だけのその黒髪の女性が、また話しかけてきた。
「あの・・」
「ああ、ごちそうさま。とてもおいしかったわ。」
ナミは気さくに返した。
「そうですか、それはよかったです。ところで・・あの・・・
お仲間のロロノア・ゾロさんは・・ご一緒でしょうか?」
ゾロの名前にビクッと反応して見返してしまったが、すぐに笑顔で取り繕った。
「ああ、いいえ、今はいないの。・・・何かあいつに御用?」
イヤな予感はした。
女性は目線を斜め下に向け恥ずかしそうに話し始める。
「いえ、あの・・・以前、あの人に助けられてから、私少し・・・
あの人と暮らしてたんです。」
ナミの取り繕った笑顔はすっかり消えた。
「そうなの。」
自分でもどうしようもないくらい、冷たい響きだった。
「あの・・・ほんの一週間ほどですけど。」
女性は話続ける。
「それっていつ頃の話?」
ああ、キツイ言い方をしている。
「二ヶ月ほど前です。・・もしご一緒に今この街にいるのなら、
もう一度、一目会いたいと思って・・・。」
そんな最近!・・と思って愕然とした。
ナミの冷たい態度にも気付かず話を続けた女性にもイラついた。
この人も、ゾロのことが好きなんだ。
ああ、私はきっと今ヒドイ顔をしている、とナミは思った。
「今あいつは一緒じゃないの。悪いわね。」
「そうですか・・・」
悲しそうな顔に居たたまれなくなって、さっさと店を出ようと紙袋を持った。
一週間一緒に暮らしたと頬を染めて言ってた。
この女性ともゾロはきっと・・・。ナミは思い切って向き直り女性に聞いた。
「立ち入ったこと聞いてごめんなさい。
・・まさかあいつの子供とか、いないわよね?」
ナミのストレートな質問に女性は目を大きく開けて驚いた後、
顔を真っ赤にして恥ずかしそうに下を向き、首を横に振った。
「そんな・・・いません。」
「そう、よかった。それじゃ。」
そう言って荷物を肩に掛け、ナミは足早に店を出た。
背中に「ありがとうございました」という声を聞いたが無視した。
急いでさっきの店から離れる。
うつむいたままカッカッとサンダルの高い音を鳴らして人通りの多い道を抜け、
人が少なくなってきた辺りで細い路地裏に入った。
乱れた息をしながら、壁にもたれた。苦しい。息がうまく出来ない。
そのままずりずりと地面に座り込み、両足を抱え込んで立てた両膝に顔を伏せた。
心臓がバクバク鳴って、手が震える。
「ハァ、ハァ・・」
じわっと涙が滲み出てきた。
ポタッポタッと地面に落ちて丸いシミが次々出来る。
キレイでいい感じの人だった。それだけに、余計辛い。
ゾロのことで泣くのは久しぶりだったけど、今回のことは
かなりナミにとってショックだった。
今までも、酒場でゾロが女と飲んでいたといった噂は何度か耳にしたが、
その時のとは比にならない。
ナミとは全然違うタイプの人。ゾロもきっとあの人の料理を食べたんだ。
そしてナミを抱いたようにあの女性のことも抱いたんだ。
「うっ・・うう・・うぅ・・」
あの女性とゾロが並んでいるところを想像すると、
涙が止まらなくなって、しばらくうずくまって泣き続けた。
どのくらいそうしていたか。
かなりの時間、一人で涙を流していたが、ナミはようやく顔を上げた。
長時間ずっと座り込んでいたのでお尻が痛い。
ようやく涙も落ち着いてきたナミは人差し指で目尻を拭うと、
そろそろと立ち上がって両手でお尻をパンパンと払った。
荷物を持ち直し、路地を出るとゆっくり歩き出した。
鼻をすすりながらも、涙はもう止まっている。大丈夫、船に帰れる。
途中見つけた酒屋でお気に入りのお酒をまとめて買い、
重い袋を引きずるように持って何とか船まで帰り着いた。
見上げると、ちょうど船縁にもたれるウソップの姿が見えた。
ラッキーとばかりに、ウソップを呼ぶ。
「ウソップーー!ねぇ、ちょっと降りてきて!」
「あー?何だよ」
ナミに気付いたウソップが梯子で船から下りてくる。
ウソップがナミのすぐ前まで来てから、大きな紙袋の後ろに隠していた
ズッシリ酒の入っている袋を見せた。
「これ、船まで運んで。」
最初ウソップは眉を寄せ目を細めてイヤーな顔をしたが、
ナミの顔をじっと見てから溜息をつくと、意外にあっさりと持ってくれた。
「キャッ。ウソップ素敵!さすが、勇敢な海の戦士!」
「オメェ、バカにしてるだろ。お前に言われると気持ち悪ィよ。」
そう言いながらも先に梯子を登るナミの下から、酒を持って上がってくれる。
「まった買い込んだなあ。ナミー、お前、程々にしとけよ。」
下から声を掛ける。
ナミが時々一人でヤケ酒していたのをウソップは知っている。
一度無理矢理付き合わされたが、あまりにもグチと絡み方が悪質だったので、
二度と付き合わないようにしている。
ゾロの文句を言いたくなるナミの気持ちもわかるが、ウソップはすべてが
ゾロのせいだとも思わなかった。
ウソップの知るゾロは、そんな無責任な男じゃない。
ゾロの肩を持ってナミに反論すればさらにナミを傷つけるかもしれないし、
かといってナミに賛同してゾロを責める気にもなれなかったので、
もう二度とヤケ酒には関わらないでおこうと思ったのだった。
「早く戻ってきてこの人使いの荒い女から解放してくれ〜、ゾロ〜。」
しっかりナミには聞こえたが、ウソップの優しさだと思って聞こえないふりをした。
「ありがと。」「おう。」
ゴトンと甲板に酒の袋を置くと、ウソップが尋ねた。
「手紙、出せたか?」
「うん。出してきた。」
「そっか。じゃあ、おれも出してくるかな。」
「あ、これ、宿の場所。この紙に書いてあるから。私は船で用事するからって、
ルフィ達に伝えといて。」
「了〜解。じゃあな。あんま飲みすぎんなよ。」
そう言ってそのままウソップはまた梯子を下りて、街へと消えていった。
「ラブラブで羨ましいわね。」
一人文句を言いなが必死で重い荷物を運んでいたら、フッと急に腕が軽くなった。
何だろうと思って後ろを振り向く。
「サンジくん!」
サンジが後ろからスッと荷物を持って、咥えタバコで微笑んでいた。
「レディにこんな重い物運ばせるなんて・・・。あいつはダメだな。
言ってくれれば一緒に荷物持ちでお供したのに、ナミさん。」
「ありがと。今日はサンジくん船番?珍しいわね。」
「買出しが結構早く済んでね。
船に戻ったら、ここで昔の知り合いにバッタリ合ったから、
船番代わってくれって、フランキーがさ。
でもナミさん戻ってきたからラッキーだな〜。運命かな、これ。」
目をハートにしながらそう言って、女部屋までナミに付いて荷物を運んでくれる。
いつもなら鬱陶しいそんなサンジの態度が、今日は何だかうれしく思えた。
「あ、これってナミさんの好きな酒だろ。
これに合うような旨いつまみ、作ろうか?」
袋の中を覗いてサンジが言った。
それがナミの好きな酒だなんて、そんなことまで覚えてくれている
サンジの優しさに、ナミは甘えたくなった。
「ほんと?じゃあ今日は二人で一緒に飲もっか?」
サンジの顔をのぞき込み、笑って言う。
「ぇえ〜〜、いいの〜〜〜?!おれ、最っ高にうまいつまみ作るぜ〜〜!!」
飛び上がって喜ぶサンジの姿に、ナミは自然と笑顔になって少し心が軽くなった。
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