天気は曇りのち、笑顔  −2−

                             panchan 様



「ありがと、サンジくん」
「どういたしまして。ナミさん」

サンジは女部屋の入口に酒の袋を置くと、
嬉しそうに手を振りながらキッチンへと去って行った。
ナミは一人で部屋に入り、洗面台の鏡をのぞきこむ。

「やだ、まだ目と鼻が赤かったわ。」

ウソップが何か勘付くのも当然か。サンジは何も言わなかったけど、
きっと気付いてただろうな、と思った。明らかに泣いた後の顔が鏡に写る。
さっと顔を洗い、ノースリーブのシャツワンピースに着替えた。

少し日誌を書いて海図の整理を済ませた後、ダイニングへ向かった。
すでに軽い夕食が用意されていて、まずは赤ワインで乾杯してから、
大きなダイニングテーブルにサンジと二人きり斜め向かいで食べた。

「つまみに気合を入れたから、食事は軽めにしたんだ。
 こんな簡単なもので悪いね、ナミさん」

そうサンジは詫びるが、簡単に作ったものでもサンジの料理は本当においしい。
ワインをグラスに注いでくれるタイミングや仕草も見事にそつがない。
流れるような無駄の無い動きに、繊細な指先、行き届いた心配り。
それでいてシャツの袖を捲り上げている筋張った腕や、ネクタイを緩め
少し肌蹴ている首元にのぞく喉仏、それなりにガッチリとした肩幅が、
ああこの人も男なんだな、と思わせている。
いつも近くにいたけど、こんな風に意識してサンジを見るのは初めてだ。
ゾロとは全然違うタイプの男。

「で、今日はまた海図の編集か何かするのかい?」

サンジがワインを飲みながらナミに話しかける。

「ううん、今夜はもう何もしないつもりよ。日誌も書いたし。」
「それじゃ、後のことは気にせず飲めるってわけだ。」
「そうね。」
「ナミさんはどこで飲むのがいい?アクアリウムバーなんかどうかな。
 それか街の夜景を見ながら甲板で夜風に吹かれて、ってのもいいな。
 おれは別に、ナミさんと飲めるならどこでもいいけどね〜。」

そう言ってニヤけながらワインを注いでくれる。
ボトルを握る細長いきれいな指が気になった。

「ねえ、サンジくんってさ、レストランにいた頃女の子にモテてた?」

突然脈絡もなく投げかけられた質問に、サンジは少し驚いて手を止め、

「へえ、おれに興味持ってくれるんだ、ナミさん。」

と言ってニヤっとナミを見た。

「興味っていうか・・・ただなんとなく、
 サンジくんは女の人と二人で過ごすのに、慣れてそうだなと思って。」

ナミは小首をかしげてサンジを見つめた。
サンジは視線をグラスに戻すと止まっていた手を傾けてワインを注ぎ足し、
ボトルをテーブルに置いた。
それから少し微笑んで、ポケットからタバコを出した。

「吸ってもいいかな?」
「どうぞ。」

ナミと二人のディナーだから、タバコを遠慮してくれていたことに
ナミは気付いていた。
そういうサンジの優しさが今日はやけに心に響く。

「そりゃあ当然モテてたよ。おれはレディに優しいからさ。」

サンジは目を細めタバコに火を点けながら言った。薄い唇を閉じて吸い込む。
その細長い指でタバコを挟み、ナミから顔をそむけて煙を吐く。
ナミの方へ煙が行かないよう、気を使っているのだ。

「ふうん、特定の恋人は?いたの?」

ナミの質問に下を向きながらサンジが笑う。

「レディみんながおれの恋人だからね。
 特定はいたような、いなかったような・・」

曖昧に言いながら、またタバコを口の端に咥える。

「でも、ナミさんに会ってからは、ずっとナミさんが一番だよ。」

そう言って真っ直ぐナミを見た。いつもみたいなノリじゃない、真剣な目。
ドキッとした。でも気付かないフリをして、いつものように返す。

「はいはい、ありがと。そんなこと言いながら、私と会ってからも数々の
 女の人を抱いてるんでしょ。男って、ほんと困ったもんだわ。」

ナミはテーブルに頬杖をついて、グラスを傾け残ったワインを飲み干した。

「ナミさん・・今日は何かあった?」

ナミと同じようにテーブルに頬杖をつき、顔を傾けてナミを見ている。
口の端は笑っているが、目は笑っていない。
心の中を見透かすようなその目に、ナミの心臓が早くなる。
平静を装い、ナミも口の端だけ笑って、またサンジに返す。

「さあね。何かないと、そんな質問しちゃいけない?
 男と女が二人で飲んでたら、こんな会話もするもんでしょ。」

「男と女ねぇ・・仲間よりいい響きだな、おれには。」

そう言って、頬杖をついたまま空いた手でワインをナミのグラスに注ぐ。

「だけど不思議なのは・・・ナミさんがおれに抱かれてもいないのに、
 おれが他のレディを抱いてることになぜか文句を言ってることだな。
 それはおれの話をしてるのか・・それとも他の特定の男の話か・・」

ナミはピクッとして言い返した。

「サンジくんと、男全般の話よ。」

サンジが咥えタバコで器用に口の端から煙を吐く。

「ナミさんを抱けるんだったら、おれは他のレディには一切手を出さないぜ。
 それをやっちゃあナミさんにも他のレディにも失礼だろ。
 そんなナミさんを泣かせるようなこと、おれなら絶対しねェな。」

ナミを見つめるサンジの目線が熱くて、目をそらした。
今の心の中を見透かしたようなサンジの言葉に、もう動揺が隠せそうに無かった。
サンジはどこまで知っているんだろう。もしかして、もうすべてお見通しなのか?

「そんなこと言って、サンジくんは次々いろんな人と浮気するわよ、きっと。」

ワイングラスを持つサンジの手を見ながら冗談っぽく言った。
サンジが頬杖をついていた手でタバコを持ち、ワインを一気にゴクッと飲んだ。
その喉仏の動きが、ナミの目を引く。

「おれはウソはついてないよ。ナミさんを抱いたら、他のレディは抱かない。
 ・・・なんなら、証明しようか?ナミさん。」

サンジが自分のグラスにもワインを注ぐと、グラスの半分ほどで瓶が空になった。
その空瓶をサンジはテーブルの上にトンと置いて、ナミに視線を戻し、言った。

「さて、ワインも無くなったことだし。話も佳境になってきたことだし。
 どうする、ナミさん。仲間として飲み明かすか、男と女として飲み直すか・・。
 どこへ、移動すればいい?おれは男と女がいいけど、ナミさんに任せるよ。」

もうサンジは笑っていない。真剣な目。
口の端に咥えたタバコから煙が緩やかに漂う。
ナミは、ワインを飲み干しグラスを置いた。

「まだ全然飲み足りないわね。そういえば・・あのお酒は、女部屋だわ。」

「・・・じゃあ決まりだ、ナミさん。そこへ行こうか。」

そう言ってサンジは微笑み、タバコを灰皿でもみ消した。
じっとそのまま頬杖をついて優しい表情でナミを眺めている。
焦らず急がず、このゲームのような言葉のやり取りを楽しみながら、
ナミの返事を待っている。
女性とのこういう駆け引きに慣れている男。
その気だるそうな表情や顔の半分を隠すように掛かる前髪が妙に色っぽかった。
サンジの思い通りになるのは少しシャクだが、
今日は無性に誰かそばにいて欲しい。
流れに身を任せるのも悪くないと思い始めている。
そんなナミの気持ちをどうしてこんなに見透かしているのだろう。
この人は、今日はナミに拒むつもりがないことを、よくわかっている。

「いいわ。そこで飲み直しましょ。」

ナミだっていい加減、帰るとも知れない男を待ち続けることに疲れていた。
その言葉でサンジは椅子から立ち上がった。

「やっぱり・・今日は船番代わって大正解だったな、おれ。」

そう言ってナミの横へ来て手を差し出す。

「さ、どうぞ、ナミさん。」

ナミがそっと自分の手をそこに重ねると、サンジは軽く手を握る。
騎士のエスコートのように差し出されたサンジの手は大きく温かかった。


**********


手をつないだままダイニングから女部屋へと導かれるように移動する。
途中、甲板から港と街の夜景が見えた。
昼間の喧騒も静まり、黒をバックにオレンジ色の灯りが美しく輝く。
街の方を見て、昼間の女性のことを少し思い出した。
サンジにしては珍しく、何も話さずにただゆっくりナミの手を引いて
前を向いたまま女部屋へと向かって行った。

女部屋のドアを開けると、レディファーストでナミを先に部屋へと入らせる。
後から入りドアを閉めると、すぐにサンジは後ろからナミを抱き締めた。
こんなに積極的に来るんだとちょっと驚いていたら、
サンジがうなじにキスを始める。その感触にナミは目を閉じた。
私だってもう他の男に抱かれてもいいはずだ。
きっとサンジくんの方がいつもそばにいてくれる。

「ナミさん、好きだ・・ずっと・・こうしたかった。」

後ろから耳元で囁かれ、耳から首筋にキスをされる。

「サンジくん・・・」

いつでも真っ直ぐに愛の言葉を口にするサンジ。
どこまで本気なんだろうといつも真剣に受け取らなかった。
でも今はその思いつめたような口調にクラッと来てしまう。
肩を持ってクルっとサンジの方を向かされ、すぐに唇を奪われた。
決して強引じゃないのに、流れるような動きでどんどん追い詰められていく。
いつの間にかナミの口の中に違和感なくサンジの舌が入り込み、
滑らかな動きでナミの舌をとろけさせる。
さっき飲んだワインのコクに、タバコの煙たい苦味が混じる。
上手い。やっぱりサンジは慣れている、とキスしながら頭で思う。
強引でぶつかるように唇を吸われたり、舌でえぐられるように口の中を
かき回したりしない、滑らかでとても心地の良いキス。
でもなんか違う。匂いも、ひげの当たる感触も、舌の動きも、味も。違う。

そのままキスをしながらゆっくり後ろ向きに歩かされて、
ベッドの縁に脚が当たる。サンジはベッドに膝をつき、
ナミの腰を支えながらそうっと横たえキスを続けた。
その長い指で繊細にナミの顎や首、肩、腕、脇腹を撫でる。
ただすうっと撫でるだけなのに、その感触にビクッと反応してしまう。
サンジの唇が耳の方へ移動し、ヤワヤワと耳たぶを刺激する。
「んっ」
思わず吐息が漏れた。
首筋から徐々に頭が下へおりて、柔らかい金髪の髪が顎に触れる。
爽やかな整髪料の匂いがして、それに違和感を感じる。
ナミの鎖骨にそってキスをしながら、シャツワンピースのボタンを
一つずつサンジが外していく。
外れたところから服を肌蹴させ、胸の上の膨らみをサンジは唇で愛撫した。
その感覚に体は確実に感じているのに、吐息は漏れても声は出ない。
へその辺りまでボタンが外され、サンジは一度上半身を起こすと、
ふわっとナミの服を左右に開いた。

ブラに包まれた色白で豊かな胸にサンジの視線が注がれ、感嘆の溜息が漏れる。
そんなサンジの恍惚とした表情を、ナミは目を細めて見ていた。
素肌の脇腹にすうっと指を這わされ、「はぁっ」と声が漏れて、体が震えた。
そのまま背中にサンジの手が滑り、ポチッとブラのホックが一瞬で外れ、
胸の拘束が緩む。ナミはサンジを見つめたまま、ゴクと唾を飲んだ。
そんなナミを見下ろすサンジの表情が読めない。
いつものサンジと別人のようだった。口数の少なさが余計にそう思わせる。
サンジがそおっと両手で脇腹を撫で上げ、そのままブラが上にずらされて、
胸が露わになった。条件反射で隠そうとしたナミの両腕をサンジの手が
やんわり掴んで阻止する。
サンジの頭が顔の横に下りてきて、耳もとで囁かれた。

「キレイだ。ナミさん。」

吐息が耳に掛かる感覚にゾクッとして、頭の中で声が響いた。

  ”ナミ・・・”

いつまでも頭の中に、消えずに残っている懐かしく愛しい声。
ナミはギュッと目を閉じた。サンジがナミに口付ける。
サンジの口付けに舌の侵入は許すが、ナミの舌は答えない。
唇が離れ、ナミの腕を掴んだまま、サンジの頭が下へ移動して
胸への愛撫が始まる。柔らかな舌で周りから優しく刺激され、
徐々に胸の中心へとサンジの唇が近づく。
体は感じているのに、頭はどんどん冷めて行った。
私は何をやってるんだろうという思いが頭の中をグルグル回る。
胸への愛撫を受けながら、じっと天井を見ていた。

今ナミを抱こうとしているのはサンジなのに。
サンジの優しさに身を任せようと思ったのに。
頭に浮かぶのは、ゾロに抱かれた時の記憶と、
もしもゾロが一味に戻ってきたらどうするのかといった心配ばかり。
何も考えずに身を任せようとした自分にイライラした。
このままでは、サンジを傷つけてしまう。
すごく大事な仲間である、サンジを。

「あっ」
サンジの唇が胸の先端を捉えた。
サンジの器用な舌の動きに否応なく体が熱くなる。
同時にサンジの手が太ももの外側を這うように撫で始める。
何度も往復してから、今度は膝をふわっと撫でて内ももを滑り始めた時、
愛しい子供の顔が浮かんだ。

ルフィ達と再び海へ出る少し前に、身を切る思いで別れた我が子。
歩き始める前のまだほんの幼い子供を、あの人は快く引き受けてくれた。
あの子はもうナミの顔すら覚えていないだろうけど、いつか再会した時、
元気に大きくなっているはずの我が子に、堂々と会わせる顔があるのか。

ぎゅっと目を瞑り、もうこれ以上は!と思ったとき、
すっとサンジの手と顔がナミの体から離れて冷りと風が吹いた。
はっとして目を開けると、前にあったのは悲しそうに笑っているサンジの顔。
サンジの手でシャツワンピースの前が合わされ、
ナミの露わになっていた胸が服で覆われる。
チュッと軽くナミの唇にキスをしてから、サンジは横にゴロンと転がった。

ナミは寝転がって天井を向いたままのサンジの横顔を見た。

「ナミさん、無理しなくていいよ。」

天井を見ながらそう言って、サンジが軽く笑った。



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