天気は曇りのち、笑顔 −3−
panchan 様
「サンジくん・・・ごめん。」
合わされた胸元を押さえて、寝転んだまま体ごとサンジの方を向く。
相変わらず仰向けで天井を見ながら、
「ナミさんが謝るこっちゃないよ。おれが焦ったのが悪ィ。
結局、いざナミさんを抱けると思うと、ビビッちまったかなぁ。
・・・情けねぇ。ハハ・・・・・・・・・・・・・・・でもなんとなく、
今日は二度とないチャンスのような気がしたんだ。」
そうサンジが独り言のように言った。
たまらなくなって、ナミは聞いた。
「ねえ、サンジくん。これからも今までみたいでいてくれる?
サンジくんのことは好きだし、サンジくんは私にとって大事な
仲間なの。お願いだから、今までと同じようにいてくれる?」
「ナミさん・・・」
サンジがようやくナミの方を向いた。ナミも真っ直ぐサンジを見る。
間近にあるサンジの顔に、やっと微笑みが浮かんだ。
「もちろんさ。今まで通りでいられるよ、おれ達は。
一線は越えてないからね・・・・・・・・あのバカと違って。」
一瞬にしてナミの顔色が変わり目を見開いてサンジを見つめる。
「知ってたの?サンジくん・・・・」
そのナミを見ながらサンジは口の端を上げて笑い、
額に手の甲を当てると大げさに言った。
「かーーーっ!やっぱり超えてたかーーっ、あの野郎!」
ナミは真っ赤になって叫んだ。
「なによそれっ!
ほんとは知らなかったのにカマかけたってこと?!
ひどいじゃない!」
サンジは余裕の表情でナミを見返し、ナミの方にゴロンと
向き直った。
「ひどいのは、ナミさんの方だろ。
カマでもかけなきゃおれに話してくれなかったんだから。」
その言葉でナミは黙って下唇を噛んだ。
「ナミさんが何も言わなくてもさ、みんな心配してんだよ。
ナミさんのことも・・・あのアホ剣士のことも・・。まあおれは、
あいつなんかどっかで野垂れ死ねばいいと思ってるが。」
フンッとサンジが笑う。
「みんな・・・気付いてるの?」
「さあね。ただ、ナミさんとあのアホに何かあったんだろうな、
ってのは、ルフィでも薄々気付いてるさ。・・・それにしても・・・」
ごそごそとサンジがズボンのポケットに手を突っ込み何かを
取り出す。
「またこれ、使いそびれたなァ。出会ってからずっと、
ナミさんとの初夜のために持ってんのに。」
ニヤッと笑って、目の前にピラッとコンドームの小袋を見せた。
「サンジくん・・」
「早くあのバカに愛想尽かせて、おれにしなよ、ナミさん。
おれなら勝手に放って居なくなったり、寂しい思いさせて
泣かせたり、絶対しないぜ。
ずっとそばにいて、ナミさん一人を愛し続ける。」
その言葉だけで、嬉しかった。涙が込み上げて目が潤んだ。
でもごめん、サンジくん。
きっとまだまだ、愛想が尽きそうに無いわ。
ふと、気になって目の前の小袋に目が行った。
「ねえ、これって、ほんとに私と会ってからずっと同じの持ってんの?」
「あっ・・いや、時々ゴムが劣化しないように、入れ替えてるけど、
ずっとナミさんとのために持ってるよ・・うん。」
微妙に瞬きの増えたサンジにナミが目を細め疑いの眼差しを
向ける。
「ふーん、最近入れ替えたのはいつかしら?」
「えーっと・・・だいぶ前で忘れちゃったなあ。
・・・・前の島に上陸した時だったっけな〜、どうかな〜。」
本当にとぼけてごまかしているつもりがあるのかと思うくらい、
サンジの顔はニヤケていた。
「結局、どっちにしろ泣かされそうだから、サンジくんはナシね。」
「そんなぁ〜〜ナミすわぁ〜ん!おれはナミさん一筋だぁってぇ!」
「うるさ〜い!寄るな!」
「グハァッ!ああ、容赦ないナミさんも好きだぁ〜〜!」
抱きついてこようとするサンジを突き飛ばした。
あっさりまた元の関係に戻れた。これでいい。
それから甲板の芝生に移動して、朝まで二人で飲み明かした。
腕によりを懸けたというつまみの料理はすごく美味しくて、
本当に酒がすすんだ。
いろんな話をして、楽しくて、一時でも抱えていたもの全部忘れて、
ゾロのバカ話に涙を流してお腹が痛くなるほど笑った。
お腹を抱えて笑いながら飲む酒なんて、久しぶりだった。
相変わらず空は何重もの雲に覆われていて月は見えなかったが、
少しずつ、空が白く明るくなっていく。
「サンジくん・・今日は、ありがと。」
明け方、ナミから少し離れたところで、同じように飲みすぎて
転がっているサンジに声を掛けた。
「・・・・どういたしまして。ナミさんのためなら、お安い御用さ。
美しいレディの泣き顔もセクシーだけど、ナミさんはやっぱり、
笑顔の方が似合うよ。」
サンジの優しい言葉に、自然と笑顔になってナミは目を閉じる。
芝生に転がったまま、草の匂いに包まれ笑顔で眠りに落ちた。
「・・ぉぃ・・・ぉぃ・・・・おーい、ナミ、起きろー。」
肩を揺すられ、ウソップの声でナミは目を覚ました。
「まさかこんなとこで酔い潰れて寝ちまうほど酒癖が
悪くなるとはなぁ・・・若い女が嘆かわしい・・」
ウソップの声に呆れの色がありありと聞き取れたので、
寝返りを打って睨みつけた。
「起きてるわよ!ちょっと芝生で横になりたかっただけよ!
・・・・・・あれ?サンジくんは?」
同じように芝生に転がっていたはずのサンジは見当たらず、
酒の瓶や皿などもすべて片付けられていた。
ふと、体に掛けられている薄いブランケットにもようやく気付く。
「サンジ?もうキッチンで昼飯の準備してたぞ。それよりナミ、
なんかおまえに会いたいってお客が下に来てんだ。」
「お客・・?誰それ?なんで私に?」
起き上がり、うーんと伸びをして朝の空気を吸い込む。
朝といってももう太陽は高かったが。
「なんか長い黒髪の若い女だ。お前に話があるんだと。」
一気に酔いと眠気が覚めて欠伸しかけた口を閉じウソップを見た。
「なんだ?知り合いか?」
ウソップが驚いて聞く。
「ちょっとね。」
そう言ってナミはバッと立ち上がり、ウソップの横を走り過ぎて
船縁を掴むと下を見下ろした。
下に立っていた昨日の女性が見上げてナミに気付き、
ペコッと頭を下げた。
下へと梯子を下りる。
聞くのが怖い気持ちが大半だが、わざわざ訪ねて来た
からには何かある。
ナミにも、昨日より真っ直ぐ受け止める覚悟があった。
「ここまで来て私に話って、何かしら。」
「あの、昨日は突然失礼しました。
こんなところまでしつこく会いに来て、すみません。」
そう言ってまた頭を下げる。
「昨日も言ったけど、ゾロなら居ないわよ。」
「いえ、あなたに・・・聞いてもらいたいことがあるんです。」
真っ直ぐなその女性の視線から、ナミは逃げなかった。
しばらくお互い見つめ合って、ようやくナミは口を開いた。
「わかったわ。聞くから話して。」
女性はほっとしたように少し溜息をついて微笑んだ。
本当にキレイな人だとナミは一瞬見とれた。
女性が話し始める。
「あの、まず・・誤解をしていらっしゃるようなので、
そのことから・・・。私とあの人は、何もありません。
つまり、その・・・・そういう関係では、ありません。
私が一方的に思いを寄せていただけです。」
ナミはいっぱいいっぱいになっていた胸のつかえが、
すぅーっと消えていくのを感じる。心の中で思い切り叫んだ。
よかった!!ゾロはこの人を抱いてない!!
サンジと早まってそういう関係にならなくて、よかった!
女性は話を続けた。
「・・・・たまたま私を庇って怪我をしたあの人に、
うちで治るまでしばらく休んでもらうよう頼んだんです。
ちょうどうちの店が地上げの悪い人達に狙われてて、
本当に・・・助かったんです・・。結局あの人が始末してくれて。
・・・そのあとすぐ、もう治ったからと・・・出て行かれました。」
変わらない、と思った。
ゾロは変わってない。昔のゾロの思い出が鮮やかに蘇る。
無駄にカッコよくて惚れさせてることに、ちょっとムカついたけど。
「驚くほど強くて、さりげなく守ってくれて・・・。
あまり話さず無口だったけど・・・本当に、素敵な人でした。」
そういって頬を染めてナミに微笑む女性に、ナミも微笑み返した。
「私、仲間であるあなたが羨ましいです。
だから、あなたに伝えたかった。
何も言わなかったけど、あの人・・・・なんだか・・・・・」
その時、それまで澱んでいた凪から、サァーッと風が吹き始めた。
「ずっと・・・寂しそうでした。」
そう言った彼女の長い髪が、美しく風になびいて揺れた。
ナミも自分の髪を押さえながら、またその姿に見とれた。
微笑んでいるけど、悲しそうな、でも安堵しているような、
その表情にも。
「それを・・伝えるために・・・わざわざ?」
「はい。」
ナミは目を閉じた。この言葉しか、思いつかない。
「・・・伝えてくれて、ありがとう。」
「いえ・・。もし、あの人がお仲間に戻ったら、私からのありがとう
という言葉も伝えてください。・・・・それじゃ、これで。」
そういって女性はナミに頭を下げると、背中を向けて去って行った。
じっとその背中を見送るナミの目には涙が溢れてくる。
ゾロが居なくなってからの気持ちをなんと言っていいのか、
ようやくわかった気がした。そう、寂しかった。
寂しくて堪らなかった。
「ナミーーーーー!!」
立ち尽くしたままボロボロ涙を流していたら、横から声がして、
見るとルフィが手を振りながら駆け寄ってくる。
急いで船の方を向いてこっそり涙を両手で拭っていると、
後ろからパサッと頭に何かを被せられた。
見なくてもわかる。それは、ルフィの大事な宝物。
ナミの横に、ルフィが座り込んだ。
「・・ナミ、・・・・・・なんかあったか?泣いてんのか?」
「ルフィ・・・」
「おれに出来ることなら何でもすんぞ。
晩飯の肉、一個分けてやろうか?
それか・・何だろうな・・・うーん・・・・あ、そうだ!
ゾロでも、探しに行くか?」
ナミは涙を拭いながらプッとふき出した。
ルフィにとっては何より大事な肉と同列に、ゾロがいるってこと。
そしてゾロを探しに行くことが、ナミも喜ぶと思ってるってこと。
何だかそれがおかしかった。
「ありがと、ルフィ。おかげで涙も止まったわ。
そうね・・・そろそろあの迷子、引き取りに行きますか。
イカツい顔にデカイ図体して、寂しくて泣いてるらしいから・・。」
「ゾロが?泣いてんのか?」
無邪気にルフィが言う。
「いや、それはまあ例えだけど。でも帰れなくて困ってるみたいよ。
ほんと、バカな奴ね。・・・・・・それとルフィ、お願いがあるの。」
「なんだ?」
「私・・・早く世界地図を完成させたい。」
そう言ってルフィの大きな黒い瞳を見て、笑った。
ルフィが真っ直ぐナミを見て、太陽のように笑い返す。
「よしっ!じゃあ、すぐに出航だ!行くぞーー、ナミー!!」
そう言うと同時にグルグルとゴムの手をナミに巻きつけて抱き寄せ
反対の手でビヨーンと船縁の柵に掴まりナミごと飛び上がる。
上がっていく時、ナミを抱き締めるルフィが耳元で言った。
「お前の笑顔を取り戻すためなら何だってするからよ、
お前はずっと、おれのそばにいてくれよな、ナミ!」
ナミは上を見ているルフィの横顔を見つめて、笑って頷く。
「・・・うん!」
それを聞いてナミにニッと笑い返すと、ルフィは大きな声で叫んだ。
「野郎ども!!出航だーーーー!!」
いつの間にか雲は消え、空は晴れ渡り。
勢い余って青空に浮かぶルフィとナミ。
ナミもしっかりとルフィに掴まる。
もうナミに迷いは無かった。
ルフィを信じよう。仲間を信じよう。
どんなことも、きっと受け入れてくれるはずだから。
ゾロに会いたい。会って抱きついて全部正直に話したい。
そして、夢の地図が完成したら。
必ず、あの子を迎えに行こう。
おわり
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