ルーム・シェア  −4−

                                panchan 様

「もう、だからTシャツ着てってば!」
「いって!お前、背中叩くなよ。てか今風呂上がりなんだからしょうがねェだろ……おお、今日はビーフシチューか。うまそうだな」

相変わらずこんな調子で上半身裸のまま冷蔵庫を漁っては人が料理している後ろをウロウロ、でももうコイツはそんな奴なんだと最近はいい加減慣れて来た。
いつの間にか毎日当たり前に私が二人分の夕飯を作る日々。
ゾロは何を作って出しても本当にたくさん食べる。
おかげで今ではスーパーで買物する時点でゾロが食べる姿を想像してしまい、いかにお金を掛けずに食卓をボリュームアップさせるかということに必死で知恵を絞っている始末だ。
もちろん、食費は抜かりなく8:2でゾロに多く負担させている。奴の方が私の倍以上は食べてるから当然である。
なんなら料理する手間賃も請求したいところだったが、それをしないのはゾロがいつも私の手料理への礼としてバイト先のコンビニから賞味期限ギリギリのデザートを持って帰って来てくれるからだ。
処分するやつだけどいるか?と苺のショートケーキを持って帰って来て私が大喜びして以来、ケーキやプリンを持って帰って来ては冷蔵庫に入れといてくれる。
だから今では朝起きて冷蔵庫を開けるのがちょっとした楽しみになっていたりする。
開けて違う種類のデザートがニ個入っていたりすると、その日は一日テンション高く過ごせた。

ゾロはほとんど毎日と言っていいほど夜にコンビニのバイトへと出掛ける。
大抵は夕飯を食べてから夜の9時半頃に家を出て行き、朝の6時半頃に戻って来る。
朝早くに帰って来てはガタガタと物音を立てるので、その音で目を覚ますのがすっかり習慣になってしまった。
朝は顔を合わせても「おはよ」とか「おかえり」に「おう」と言葉を交わす程度。
すぐにゾロは睡眠をとるため自室に引っ込み、私も適当な時間までのんびりと身支度をして家を出る。
昼間はそれぞれ学校などで過ごし、夕方は日によって先に帰ってる順番は違うけど、ゾロがバイトにいくまでのこの夕飯時の2、3時間だけが、一日のうちでまともに二人が顔を合わせる時間といった感じだった。
ゾロは週末も関係なく夜にバイト、私は朝から夜までカフェのバイトとすれ違い。
だから結局二人同時に家に居ることが少なかったせいか、思っていたよりも普通に男女二人での同居生活は成立し、ビビの替わりにゾロがここで暮らすようになってから、もう早くもひと月が過ぎようとしていた。


「あれ?今日はバイト行かないの?」
「ああ今日は休みになった。さっき急に休みを変えてくれってメールが来てな」

珍しく夕食後、缶ビール片手に白Tと短パンジャージでダラッとくつろぐ男が、ソファの背もたれに預けた頭を仰け反らせてこっちを見る。

「ふーん、そうなんだ」

食器を洗い終え、一通りキッチンを片付け終わった私も缶ビール片手にリビングへと移動する。

「ちょっと、もっと端に寄って」
「ぁア?」

ベージュの二人掛けソファにふんぞり返る男の脇に無理やり腰を下ろし、大きく開かれた邪魔な膝を自分の膝で押し返す。

「おい」
「なに?」
「お前なんでわざわざここに来るんだ」
「いいじゃない私の勝手よ」
「いや、あっちに座れよ」
「いやよ。ソファに座りたいもん」
「狭いだろ」

確かに、二人掛けのソファに並んで座ると二人の間にほとんど隙間は無く、狭い。

「あんたがあっちに行きなさいよ」
「おれは先に座ってたんだぞ」
「このソファ買ったの、私なんだけど」

いつも夕食後にこのソファでまったりするのが好きだから、この男が居るからといって遠慮するつもりはない。
狭すぎる、あんたが邪魔、お前こそあっち行け、と肘と膝でしばらく押し合うも、お互いソファからは一向にどこうとせず。
仕方なく、二人並んだまま正面を向き、黙ってTVを観る。
TVでは芸能人がそれぞれ男と女の立場で恋愛についての考えや意見を主張するというバラエティ番組をやっていて、男女10人ずつの出演者がわあわあと騒がしく言い合っている。
少しして、ゾロが手に持っていたビールの缶を軽く振りながらこっちを見て、

「おい、ビール取ってきてくれよ」
「イヤよなんで私が。自分で取ってきなさいよ」
「…………」

チッと舌打ちして、渋々、ゾロが立ち上がる。
そしてキッチンへ行って冷蔵庫からビールを取り出そうと屈んだのを確認して、サッとクッションを抱き込んでソファに寝そべり、両足をゾロがいた方の肘掛の上に投げ出した。
戻って来たゾロは私の足が肘掛から出ているのに気付いて立ち止まり。

「……おい」
「なに?」

我ながら白々しく答える。

「お前な……おれをなめんなよ」

そう言ったと思うと、ソファの後ろからいきなり筋張った大きな足が背もたれを跨いで現れ、背もたれと脇腹の間に強引につま先が差し込まれたと思うと背中の下にまで侵入し。

「よっと」
「えっ?ひゃあ!」

何が起こったのかわからないうちに身体がぐるんと一回転して、次の瞬間、私の顔は床のラグに埋れていた。

「っ……いった!」
「フン、受身が甘いな」

そう鼻で笑った声の主を見上げるとまんまとソファの上に胡座をかいて余裕そうにプシュとビールを開けている。

「っ、ちょっと!なんてことすんのよアンタ!蹴り落とすなんてひどいじゃない!」
「蹴ってねえよ。つま先でひっくり返しただけだ。テコの原理だ、テコの原理」

なにがテコの原理よ!
余裕そうに言う男に言い返す。

「大体あんたねえ!最初ここへ来た時に私には指一本触れないって約束したじゃないの!それなのにこんなことしていいと思ってんの?!」
「フン、残念だったな。おれは足では触れたが、指では触れてねえ!(どーん)」
「あんたバカじゃないの?指一本ってのはものの例えだし、大体、足にも指はあるんだけど!(どん)」
「グッ!…お前な、そう言うのは屁理屈って言うんだぞ?」
「屁理屈はそっちでしょ!」
「うっせェ、テメェがここを一人占めしようとすっからだ」

下唇を突き出して言い、ゾロはさっきの私の真似をして両足を肘掛に投げ出しソファに横たわった。

「ちょっと!あんたも一人占めしてんじゃないの!」

立ち上がり、仕返ししてやると足首を掴んで引きずり落とそうと引っ張ってみるが、その身体はビックリするくらい重くてビクともしない。

「うぅ〜重いっ!」
「はっはっは、甘いな。そんな力でおれを動かせると思うな」
「う〜っ!この筋肉マッチョめ〜っ!」

悔し紛れにバシバシと脛を叩いてみるが敵には大して効いていない。
力勝負に勝ち目は無いと思ったので、他に何か方法は無いか考える。
そこで。

「もう、そこどかないつもりならこうしてやるわ!」

寝そべるゾロの腹の上に、どんと座ってやった。

「ぅえっ!」

突然の攻撃だったからか、甲羅みたいな硬い腹筋があるくせに結構効いてる。しめしめ。

「っ…どけ、重い!」
「重くないわよ失礼ね!」

お腹の上から落とされそうになったので隙を見てゾロの手からビールを奪い取った。

「あっ!テメ、おれのビール!」
「ふふん、返して欲しかったらソファを明け渡しなさい!」
「このやろ!」
「きゃあ!ちょっと…こぼれるこぼれるー!」

お腹に乗せたまま起き上がってきたゾロは私の腕を後ろから掴み、反対の手で強引にビールを取り返そうとして来るから缶の取り合いで何度も中身がこぼれそうになる。
ビールは返すものかと腕の中から逃れて立ち上がって部屋の隅に逃げるも、追いかけて来るゾロの勢いと迫力がまるでTVで見るサバンナの猛獣並みで超怖い。
壁に追い詰められドンと顔の横に手を着かれて逃げられないと思いあっさり「はい」とビールを返したら、一瞬意表を突かれたのかゾロがビールを受け取って立ち止まったから、その隙にガラ空きのソファめがけて走るとまたゾロが後ろから追いかけて来る。
先にソファにダイブして近づいて来るゾロを足で牽制するも、あっさり両足首を掴まれて引きずり落とされ、またソファはゾロに陣取られ。
再びソファを取り返すべく果敢に立ち向かって行って揉み合いを繰り返してるうちに、いい加減ゾロがその攻防に飽きて来たのか、面倒臭そうにソファの半分に私を転がし、結局並んで座る元の状態に戻り、無駄な争いに体力を費やしてしまった疲労感にだらっとしながら、意識は徐々にTVへと向かい始めた。
TVの中ではまだ先ほどの番組が続いてて、女性の思う「男性のドキッとする仕草」ランキングなるものが発表されていて、女性タレント達が口々に「わかる〜!」と嬉しそうに騒いでいる。

「ねえ、こういうのって、結局は相手によると思わない?」

何気無く言うと、ちゃんと観てなかったのかゾロは「ァん?」と間抜けた声を出した。

「こういうのって、結局はその人に好意があるからドキッとするんであって、対象外の人にされたってなんとも思わないのよきっと。そう思わない?」
「さあ、知るかよ」
「タバコを吸う仕草とかさ、みんながみんなカッコ良く見えるわけじゃないし」
「おれはタバコ吸わねェ」
「いや別にあんたの話はしてないんだけど」
「そーかよ……」
「腕まくりも、あんたなんていっつも裸かTシャツだし、まくる袖がないっていう、それ以前の問題よね」
「お前、今おれの話じゃねえっつったんじゃねえのか」
「ネクタイを緩めるしぐさとか、あんたじゃイメージ湧かなすぎて想像出来ない」
「だからおれは関係ねェだろ」
「あとは爽やかな笑顔だって……なにそれ。あ、ゾロ、ちょっと笑ってみて」
「だからおれで試そうとすんな!」
「なによ、あんたが私をドキッとさせられるかもしれないチャンスなのよ?」
「そんなチャンスいるかアホ」
「なによ、ちょっとやってくれればいいだけなのに、ケチなんだから」

そして次に、予想通り、男性の思う「ドキッとする女性の仕草」ランキングが始まる。

「髪をかきあげるしぐさかぁ……」

ゾロの方を向いて手で髪をかきあげてみる。

「……どう?ドキッとした?」
「……別に」

うーむ、失礼なほど無反応だ。

「じゃあ次、脚を組み替えるってやつやってみるから、見てて」

ゾロがちゃんと私の脚の方を見るのを確認してから、なるべく色っぽく、ゆっくりと脚を組み替えてみる。

「……どう?」

ゾロは腕を組んで考えるような顔をする。

「うーん……なんかその短パンってのが色気がねェっつーか……もっとこう見えそうで見えない感じの方がいいんじゃねェか?」
「……なんかエロい」
「……男はそんなもんだぞ」
「もう、だから嫌なのよ男は。エロい目でばっか女を見てるから」
「……そうでもねェよ」
「…………」

それは確かにその通りだ。
だってこうして誰もいない密室で二人っきりくっついて座ってても、この男は私に何もしてこないって確信出来てるから。
それが男を意識させなくてすごく安心な反面、時々私の自信をどこまでも失わさせて、とてつもない苛立ちを生むこともある。
そう、今だって。

一体どうすればこの男をドキッとさせられるのか。
短パンから剥き出しになった自分の脚を抱え込み、膝に顎を乗せて考えながらビールをグビッと飲んだ。




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