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                                panchan 様

そして次に出たドキッとするしぐさは、上目遣いだった。

「ねえ、ゾロ」
「ア?」
「……お願い」

そっと腕にすがり、上目遣いでおねだりしてみる。

「……ねえ」
「なんだよ?」
「ビール……取って来てくれない?」
「ハア?」

きつく眉をしかめた嫌そうな顔。
なによ、ちょっとくらいドキッとすればいいのに。

「……わざとらしい。誰が行くか」

鬱陶しげに腕を振り払われた。
うーむ、やっぱりダメか。
もう、一体どうすれば男ってドキッとするのよ。
親指の爪を噛みながらじっとTVを見て次の手を考える。
このランキング、ほんとに合ってんの?
あまりの手応えの無さにTVに疑いの目を向け始めた時だった。
隣で急に大きな溜息が聞こえ、ゾロがおもむろに立ち上がった。
そして突然無言でソファから離れて行く。

え?

呆然とその後ろ姿を目で追う。
まさか、このやりとりに飽きちゃったの?

すると、自室へ向かうのかと思いきやゾロはキッチンに入り。
冷蔵庫を開けて屈みこみ、そしてまた立ち上がったと思うと両手に二本のビールを持って仏頂面でこっちへ戻ってきた。

まさか。

「ほら」

無愛想に差し出されたビールを両手で受け取ると、ゾロが再びドカっと隣に腰を下ろしたのでぐいと詰め寄る。

「ねえ、もしかしてドキッとした?」
「アホか、するわけねェだろ」
「じゃあなんで?なんでビール取ってきてくれたの?」
「おれのが無くなったからついでだ、ついで」
「え〜!ウソよ!」
「ウソじゃねえ!つーかちょっと離れろ!」
「ウソ、ほんとはドキッとしたんでしょ!?ちゃんとこっち見て正直に言いなさいよ!」
「だからウソじゃねえっつってんだろ!しつこいなお前は。せっかく取ってきてやったのに、ぎゃあぎゃあ言うんならもう返してもらうぞ!」
「えっ?!い、いやっやめて!わ、わかった!も、ごめんってば!」

後ろから抱え込まれて無理矢理ビールを奪い取られそうになり、今度はすぐに謝って降参した。
体を解放された後、ホッとしたと同時に自然と頬が緩んでいく。
もし本当についでだったとしても、ビールを取って来てくれたことはかなりうれしかった。

「……ありがと」
「おう」

そしてまた並んでTVを観ながら、無言で二人ビールを開ける。
ゾロは三本目で、私は二本目。
まだ全然飲んでないのに、さっきから無駄に暴れてるせいかなんだか今日は少し酔いの回りが早い。

ふざけてた間にTVでは女性の仕草ランキングが終わり、今度は「女性がキュンとするキスのシチュエーション」なんていうテーマでトークが繰り広げられていた。

「キスのシチュエーションかあ……」

今までに胸がキュンとするようなキスなんてあっただろうか。
高校時代のファーストキスから思い返してみるが、それなりにあったような無かったような、曖昧な記憶しかない。
何人かとのキスの記憶が蘇るが、キュンとしたかとなると、正直、どれも微妙だ。

「ねえ、あんたってキュンとするようなキスってしたことある?」

とりあえず隣の男にも尋ねてみる。

「んだよ、キュンとするようなってのは」

ああやっぱりダメだ。コイツにそんな感覚有るはずがなかった。

「ていうかさ、あんたってキスとかしたことあんの?」
「……無いわけないだろ」
「ふ〜ん、あるんだ」
「そう言うお前こそあんのかよ?」
「あるわよもちろん、失礼ね」
「どっちが失礼なんだ……つーかなんだこの中坊みたいな会話は」
「でもさ〜、キュンとするキスって言われると、実は私もこれってのは思いつかないのよね〜」
「じゃあテメェおれに偉そうなこと言えねェだろうが」

TVの人達が語るキュンとしたキスのエピソードを聞いてるうちに、ふと閃いた。

「ねえ、せっかくだからちょっと試してみない?」
「なにを?」
「キュンとするキス」
「は?」

完全にノリで発言していた。
男と女なんだからちょうど試せるじゃない?みたいな軽いノリ。
ほろ酔いだったし、ついでに言うとさっきからこの男がちっとも自分を女として意識してないことにイラついていたのもあった。

「ふーん……まあ試してみてもいいが」

意外にもゾロがあっさり乗って来た。
体ごとこっちに向き直った男の目が結構マジだったので、もしかしてこれはちょっとまずい提案をしてしまったかもと少し腰が引けたが、もう言ってしまったことだし今更後に引けない。

「で?どんな風に試すんだ?」
「どんな風にって……」

視線を泳がせた先、TVで実演されていたのはいわゆる「壁ドン」のキス。
女の子を壁際に追い詰め、男が女の子の顔の横に手を着き、逃げられない状況にしといて強引に唇を奪うという、少女マンガに出てくる典型的な女子の憧れシチュエーションだ。

「あれとか、どう?」
「……あれをやれってのか?」

TVを見ながら、ゾロが嫌そうに言う。

「イヤなの?」
「いや、あれはねェだろ。わざわざ壁際に移動してとか、間抜けすぎんぞ」
「いいじゃない、試すだけなんだから」
「…………」

明らかにやる気のなくなったゾロをなんとか立ち上がらせ、腕を引いて壁際まで連れて行く。

「おい……何笑ってんだテメェ」
「だって……なんか違うんだもん……ぷっ!」

壁にもたれて立ち、向かい合わせに立ち塞がったゾロに壁ドンされているのだが、こっちを見下ろす眉間に深い皺を寄せた顔を見ていると、この男の場合キスしようとしてるというよりもカツアゲしようとしてるようにしか見えない。

「……ぷっ」
「笑いすぎだろ……いい加減にしろよナミ」
「ごめん……これ、ちょっとムリだわ」
「ハア?お前がやれっつったんだろうがコラっ!」

機嫌を損ねてドスドスとソファへ戻って行くゾロを追ってソファに戻り、じゃあ違うシチュエーションを試そうと思ったものの「綺麗な夜景を見ながら」とか「エレベーターの中」とか、簡単に出来そうなのがなかなかない。

「うーん……」
「おい」
「なによ?」

不機嫌極まりない声で呼ばれて顔を向けると、いきなりゾロの手が私の首の後ろを掴んでぐいと引きよせた。
急に真近に迫った顔に驚き、言葉も出ずただ大きく目を見張る。

「シチュエーションとか……面倒くせェんだよ」

低く呟いたゾロの息が唇に掛かり。
驚きのあまりそのまま動けずにいたら、目を見開いたままで唇が重なった。
ふわついていた体の感覚がまるで痺れが走ったように敏感になり、ゾロの輪郭がくっきりと唇の上に浮き上がる。
そしてゆっくり離れたと思うと、目の前にあったのは相変わらず不機嫌そうな男の顔で。

「…………なんでよ」
「なにが?」
「なんで、ほんとにするのよ」
「お前が試そうっつったんだろ?」
「そうだけど……」

そうだけど、冗談のつもりだった。
だって私達はそういう仲じゃなくて、ただ部屋をシェアしてるだけのルームメイトで。

「本当にキスするつもりはなかったのに」

今まで一緒に住んでても何もなくて。
ただちょっと、女として意識させたいと思っただけだったのに。

「だったら……なんでよけねェんだよ」

まだ至近距離でじっと見つめてくる視線から目を逸らす。

「だって、いきなりだったじゃない」

そう言ったものの、口づける前に一瞬の隙をゾロが与えてくれていたことには気づいていた。
気づいていたのに、逃げなかった私は。
たぶん、すごくずるい。


その後もまだTVは続いていたが、ただビールが無くなるまでぼんやり見ていただけで、それ以上二人の間に何か起こる訳でもなく。

部屋に戻り、一人ベッドに入って唇を撫でると、胸が締め付けられるような息苦しさが襲った。

別に何か決定的に関係が変わった訳じゃない。

だけど、あの至近距離で私を見つめる熱を持った視線を思い出しては、私の胸はその夜いつまでもドキドキしていたのだった。




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