ルーム・シェア  −6−

                                panchan 様

「……おはよ」
「おう」

翌朝。
洗面所で偶然鉢合わせてドキッとした。
一瞬ぎこちない間が二人の間に流れて、焦りつつも努めて今まで通りの態度で振舞うと、ゾロも普段通りの態度で接してきたのでホッとした。
その後学校へ行き、夕方帰って来たらいつも通り私がごはんの支度をして、その間ゾロは筋トレ。
キッチンに立つ私の後ろを冷蔵庫へと何度か行ったり来たり、そして向かい合わせに座ってごはんを食べながら、今日のことや明日のことなど他愛のない話をして。
それからゾロはバイトに出掛けて行き、翌朝早くにまたガタガタ言わせながら帰ってきて。
起きておはようと挨拶を交わし、冷蔵庫を開けると半額シールの貼られたプリンが入ってて。
そしてまた夕方、帰りにスーパーに寄って帰って来たら、先に帰って筋トレしてたらしい男が上半身裸で私に「おかえり」と言い。
私はまた二人分の夕飯を作り、一緒に食べた後、少ししてゾロがまたバイトに出掛ける。

これの繰り返し。

あのキスの後も、以前と何も変わらない日々が続いている。

でも、私の中では確実に大きな変化が起きていた。

例えば家の中の狭い廊下ですれ違う時。
ごはんを作ってて後ろを通られる時。
向かい合わせで食べてて、テーブルの下でつま先が当たった時。
朝時間が無くて、洗面所で並んで歯を磨く時。

そんなふとした時に、急にあのキスとゾロの視線を思い出して、体が緊張して、胸がギュッと縮んでしまうのだ。

今までは何とも思わなかった些細な事が、急に気になったりもする。
お茶碗を持つ手の爪のかたちとか、耳に揺れてるピアスの触れ合う音とか、ちょっと伸びたもみあげと髭の剃り残しとか、芝生みたいな後頭部に付いた寝癖とか、腰履きになったズボンからはみ出たパンツの赤いウエストゴムとか。

そしてふと、この同居生活について考える。
私の作ったごはんを食べ、行ってくると言ってバイトに出掛け、帰って来て起き抜けの私にただいまと言い。
私はというと、一日の最後に話す相手はゾロで、朝起きておはようと言う相手もゾロで、今夜もバイトかなとか、今日は何を作って食べさせようかとか、なんとなくいつもそんなことを考えていて。

いわゆる同棲生活や結婚生活って、こんな感じなんだろうなって思ってしまう。

あの男はそんな風に思ったりしないんだろうか。
一度冗談で言ったことはある。
これってもうほとんど同棲じゃない?って。
ゾロはその時、なんもしてねえんだから違うだろ、って言ってた。
今も、なんもしてないと言えばなんもしてない。
でも、このままこの共同生活をしてたら、いつかは。
そう思ってしまうほど、ゾロとの間に、ただの同居人以上のかなり親密な空気が漂っているのは事実だ。


「もう一ヶ月かぁ……」

カレンダーを見て思わず呟く。
またひと月分の家賃と光熱費、請求しないと。
ごはんの支度を始めようかとした時、スマホが鳴った。
見ると珍しくゾロからで、今日は飲み会でメシいいから、のメッセージ。
なんだ……いらないんだ。珍しい。
今日はロールキャベツにしようと思って材料買ってたのに。
自分のためだけだったらロールキャベツなんて作ろうと思わない。
適当に肉や野菜を炒めて簡単なサラダと一緒にワンプレートにして食べた。
たまにはこういうのも気楽でいいかも。
食後、ちょうど提出が明日に迫ってるレポートがあったからそれを書くのに没頭していたら、ふと気が付くといつの間にか時計の針は12時を回っていた。

あれ。なかなか帰ってこない。

昨日確か、今日はバイト休みだって言ってた気がするけど。
でも以前急に休みになったみたいに、急に出勤になるなんてことも、もしかしたらあるかもしれない。
そんな風に思っていたら、案の定ゾロは翌朝になってから帰って来た。
眠りが浅かったせいか、玄関に近づく足音で目が覚め、 鍵が回る音がした時にはもうベッドから出ていた。

「……おかえり」
「うおっ!」

まさか私が起きてると思わなかったのか、リビングに入って来たゾロはかなり驚いていた。

「起きてたのか」
「今起きたのよ。バイトだったのね」
「……ああ、飲みからそのまま行った」
「ふ〜ん……あんたとこのコンビニって、酒入った状態でバイトに来ても何も言われないのね」
「……ちゃんと仕事はしてるし、別に文句言われたことねェからいいんじゃねェか?あ……これ、やる」

初めてコンビニの袋を直接手渡されて、中を覗くといつもより豪華なスイーツが2つも入っていて思わず歓喜の声を出した。

「すご〜い!どうしたのこれ?!半額シール付いてないけど、いいの!?」

興奮気味に聞くと、

「いや昨日急にメシいらねえっつったし、悪かったなと思ってよ。いつもメシ作ってくれてるし……たまには売れ残りじゃないやつをと思ってな」

照れくさげに目をそらして言うゾロを見て、何だかこっちも妙に照れくさくなる。

「そんな……別にいいのに……昨日も作り始める前だったから、問題なかったし……」

どうしよう、すっごく嬉しい。
私がごはん作ることに、そんなに感謝を感じてくれてたなんて。

「……ありがと」
「……おう」

このなんとも言えない甘酸っぱい空気に耐えられなくなったのか、ゾロがガシガシ頭を掻きながら背を向けてリビングから出て行きかけた。

「あ、待って」

肩をピクリとさせてゾロが振り向く。

「あの……昨日で一ヶ月過ぎたから、また次の家賃と光熱費、お願いしたいんだけど……」
「あ、あァ…………わかった。夜でいいか?」
「うん」
「じゃあ……夜に」
「うん……よろしく」

そう言って軽く手を上げ、ゾロは部屋に去って行った。

なんだろう、この幸せな気分。
またひと月分の家賃をもらうってことは、また一ヶ月この生活が続くってことよね。

「ふふん、ふふふん……」
「なんだか今日はすごくご機嫌ね、ナミさん」
「え?そう?」

昼休み、ランチしようと約束していたビビに、会って歩き出すなりそう言われた。

「ナミさんが鼻唄うたうって、すごく機嫌がいい証拠なのよ。何かいいことでもあったの?」

そう言って微笑んだビビは、なんだか私とは反対に疲れて元気が無いように見えた。

「あ、私の方は別に大したことじゃ無いんだけど……そう言うビビこそ、なんかあったの?顔色良くないけど」
「あー、うん……ちょっとね」

ますます表情が翳ったビビが心配になって、話を聞き出した。

「実は最近、ルフィさんとよくケンカするの」

目線を下げたまま、言い辛そうにビビが切り出す。

「私のこと放ってよく友達と遊びに行っちゃうんだけど……昨日はついに、朝まで帰って来なくてさ……」
「そうなんだ……」

意外だった。
知らない間に、あのラブラブ馬鹿ップルがこんな倦怠期を迎えていたとは。
ビビがルフィと住み始めた最初の頃は、会うたびにビビが惚気て、私が愚痴をこぼしてたのに。
それがいつの間にか愚痴る側が逆転してるなんて。

「えでも、今朝ルフィは帰って来たんでしょ?」
「帰って来たけど、私ゆうべは夜通し起きて待ってたから、どこに行ってたの?心配したじゃない!ってかなり問い詰めちゃったのよね。そしたらムスッとして、何も答えずに寝るって言って寝ちゃって。……今もたぶん、家で寝てるんだと思うわ……帰ってまたケンカになるのかもって思うと、すごく気が重くて……」
「そうなんだ……そう言えばゾロも昨日は飲みに行ってたみたいだったけど、ルフィも一緒だったのかしら?」

とその時、急にスマホの着信音がなって話が中断された。

「あ、ごめん電話だわ」

誰からの着信かと確認すると。

「えっ!?ゾロ?!」

今まで私に電話なんてして来たことのないゾロからで、ビックリして思わず声に出してしまった。

「ナミさん、私の話は後でいいから、出て」
「あ、うん……ごめんねビビ、なんか急用かも」

そうビビに断って、内心何事だろうと、あの朝の甘い空気を思い出しつつ、ドキドキしながら電話に出た。

「もしもし」
「あ…………あなたが、ロロノア君の同居人?」
「…………は?」

電話の向こうから聞こえて来たのは、なぜかあの男の声ではなく、知らない女の声。
状況がまったく理解出来ず、頭が真っ白になった。

「あの…………」
「あなた、本当にロロノア君の同居人なの?どうなの?」
「えっと……」

理解が追いつかないが、なぜかゾロの電話から掛けてきてるらしい見ず知らずの女が、妙に強い口調で訊いてくる。

「……同居人かと聞かれると、確かにそうだけど」
「うっそ……本当なんだ」
「……あなたは?」
「ああ……実はね、ゆうべ彼、うちに泊まってこれを忘れて帰ったんだけど」
「えっ…!」

一気にサァっと血の気が引いた。
その電話で、私はもうビビの愚痴を聞くどころでは無くなってしまった。




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