ルーム・シェア  −7−

                                panchan 様

ビビとのランチを急遽キャンセルして、ゾロのスマホを渡したいと言うその女と会うことになった。
待ち合わせに指定された場所は学内のファーストフード店だったから、相手もおそらくここの学生なのだろうと思ったらその通りだった。

「ふ〜ん、あなたがそうなのね」

じろじろと私を値踏みするように見る女の視線がとても嫌な感じで、こちらもじろりと睨み返す。

「スマホは?」
「これよ」

女が手に握っていた黒いスマホをこちらに見せた。
確かにゾロが使っていたのと同じもので、見覚えがある。

「じゃあゾロに渡しておくわ」

さっさと本題だけ済ましてこの場を去りたい。
そう思って手を差し出すと、女はさっと避けてニヤリとしながらスマホを手に握り込んだ。

「そう簡単には返せないわ。色々聞きたいこともあるし」

ああもう、面倒臭い女。
差し出した手をゆっくりと戻して、ハアと苛立ちの溜息をつくと女が勝手に喋り出した。

「それにしてもバカよね〜。焦って帰って、スマホ忘れて行くなんて」
「…………」
「彼が昨夜はうちに泊まってたって、知らなかったんでしょ?」

彼女の話はおそらく本当なんだろうと思った。
実際ゾロの番号で彼女が私に電話して来たわけだし、彼女の手に握られている現物が何よりの証拠だ。
あいつ、昨日バイトだなんて言ったけど、本当はこの女のところに泊まってたんだわ。
今朝のやり取りが急激に嘘くさい偽物に変わって行って、さっきまで浮かれていた自分の勘違いが恥ずかしくて悔しくて、やり切れない。

「まさかあのロロノア君に同棲してる女がいるとはね〜……外で他の女と浮気してるってこと、きっと隠してたんでしょうね?」
「…………」
「あ、やっぱり知らなかったんだ。ごめんね〜。でもやることやっといて朝早くにいそいそ冷たく帰って行っちゃったからさ、悔しいからちょっと仕返ししてやろうかな〜と思ったのよね〜」

なによ仕返しって。
もし私が奴の同棲中の彼女だったとしたら、寝たことを話してその仲を壊してやろうとでも思ったってこと?
でも彼女の狙いはある程度達成された。
だって、私のゾロに対する思いは180度ひっくり返されたから。
こんな女と寝ておいて、帰って来てバイトだったって嘘つくなんて、なんて最低な男。

「ねえ、彼とはいつから同棲してるの?」

なんて答えようか迷ったけど、そんな最低男の彼女と勘違いされてこれ以上嫉妬の嫌がらせを受けるのにもうんざりしたので、正直に答えることにした。

「別に同棲してるわけじゃないから」
「え?一緒には住んでないってこと?」
「一緒には住んでるわ」
「じゃあ同棲してるんじゃない」
「でも別に付き合ってないから」
「なにそれ?……どういうこと?」
「だからただ同居してるだけよ」
「ただ同居って……何人かで?」
「二人でよ」
「え……」

今度は彼女が混乱している。

「スマホに同居人って入ってたから、てっきり同居してる彼女だと思ったんだけど…?」
「彼女じゃないわよ。本当に単なる同居人よ。単純に、家賃節約のためだけのね」
「うそ……あ、でも……一緒に住んでるんだし、体の関係はあるんでしょ?」
「ないわよ」

キッパリ言い切ってやると、彼女は信じられないとばかりに驚きの表情を浮かべた。

「え〜〜!二人で住んでて何もないなんて、信じられない!彼、私の周りでは色んな女と寝てるって有名だったし、性欲だって結構あったのに」

あったのにとか生々しいこと言わないでよ!
この女、昨晩ゾロとヤったんだわと改めて実感して、ムカムカと吐き気がして来た。
しかもなによ、その女として見られてなくてかわいそうみたいな目は。
私のこと見下して憐れみ感じてんじゃないわよ。

「ねえ彼、どうしてあなたと同居してるの?」
「さあ。そんなの知らないわ。他に行くところが無かったからじゃない?」
「ふ〜ん……じゃあ彼に、うちに来てもいいわよ、って伝えといてよ」

ニヤリとした女に、なぜかそこだけは引けないと思って言い返した。

「残念だけど、あなたのところには行かないと思うわ」
「え?」
「あなたのところに居たかったら、あんな朝早くにうちに帰って来たりしないでしょ?」
「…………」

今まで優位に立ってるとばかりに笑顔を浮かべていた女が、悔しげに顔を歪め絶句した。

「悪いんだけど、私もうそろそろ行かないと。それ、お手数おかけしました。帰ったらあのバカに渡しておくわ」

にこりと笑って手を出すと、彼女はまだ悔しそうにしながらもスマホを手渡して来た。
ゾロのスマホを鞄の中に放り込み、さっさと席を立ってその場を後にした。

速足で歩きながら、何度も「二人で住んでて何もないなんて信じられない」と言った彼女の声がよみがえってきた。
一番気にしてたことを言われたのには正直グサリと来た。
悔しい。
そう、私はきっとゾロに女として見られてない。
私には手を出して来ないのに、あんな女には出すんだから。
今となってはあの朝の空気を甘いと勘違いした自分が恥ずかしい。
あんなにあの豪華なスイーツに大喜びして、ほんと私バカみたい。
あれは私への感謝の気持ちなんかじゃなくて、単に無断で朝帰りした罪滅ぼしだったのね。

自分の中で大事に思っていた何かが、くしゃくしゃに握りつぶされて価値のない物になってしまったような気がした。


そしてその夜。

当然食事を作る気になんかならず、ただじっとゾロの帰りを待った。

「ただいま」

帰って来たゾロを、テーブルの椅子に座ったまま視線だけで出迎えた。
テーブルの中心には、ゾロのスマホを置いてある。

「おう……どうした?なんか元気ないな……あ、これ、家賃と光熱費」

そう言ってポケットから出した茶封筒を私の前に置いたところで、ゾロはテーブルの上に自分のスマホがあることに気付いた。

「なんだ、やっぱ家にあったのか」

ホッとしたように言って手を伸ばしたので、私はそこでようやく言葉を発した。

「それ、ある女から預かったんだけど」

それを聞いた途端、ゾロの手が止まり表情が凍りついた。

「ゆうべ、彼女の家に忘れて行ってたって」

じろりと上目遣いで睨むと、ゾロは黙ったまま目を剥いた。

「そのひと、私のことあんたの同棲してる彼女だと勘違いして、電話してきたわ」
「…………会ったのか?」
「……会ったわよ。やることやってさっさと帰られたから、腹いせに私に連絡してきたって」

テーブルの横に立ち尽くしたままのゾロが、片手で額を覆い、深い溜息を落とした。

「バイトって、嘘だったのね」
「…………」

苦々しい顔で黙って私を見るだけで、何も答えない。

「バイトだったって信じさせるために、あのスイーツもわざわざ買って来たんだ?」
「…………」
「違うの?」
「…………悪い」

ボソリとゾロがこぼした謝罪に、ああ認めた、と思って絶望感が胸に広がる。

「……最低」
「…………」
「なんで嘘つくのよ?」
「…………」

ゾロはじっと口を真一文字にしたまま何も言わない。

「なんなの?私達別に恋人でもなんでもないじゃない。女のところに泊まるんなら、正直にそう言えばいいんじゃないの?」
「…………そうだな」

ギリっと胸が痛んだ。
なんでそこは認めるのよ。
自分で責めておきながら、認められると胸が軋む。

「あんたと私は……しょせんただの同居人なんだから」
「…………」

リュックも下ろさず、ただつっ立ったままのゾロがじっと黙って私を見てくる。

「これからはもう……ごはんも作らないから」
「…………」
「どうせ私のこと、毎日せっせとごはん作ってくれる便利な女だとでも思ってたんでしょ?」
「そんなんじゃねえよ」

そこだけはキッパリした口調で言い切ったゾロが、じっと強い眼差しで私を見る。
やめてよ。
そんな目で見ないでよ。

「もう……嫌なのよ。これ以上勘違いするのは」
「勘違いってなんだよ?」

ゾロがさらに私の顔を覗き込むようにして真っ直ぐ見つめて来た。

「勘違いってなんだ?」
「…………」

もう嫌なの。
勘違いさせないで。
私のこと女として見てないくせに。
そんな熱の籠った目で見られたら……。

「今更何言っても遅いんだろうが……おれは昨日、本当は帰るつもりだったんだ。帰って本当は……お前と居たかった」
「っ……嘘よ……そんなの信じられるわけないじゃない!」
「嘘じゃねえ!飲み会で酔っ払ったあの女が一人で帰れねェっつうから!仕方なく家まで送って、それですぐ帰るつもりでいたんだ!」
「でも…………寝たんでしょ?あの女と」
「…………」
「結局はあの女と寝たんじゃない!」
「……だったらなんだ?おれとお前がただの同居人だったら、おれが誰と寝ようがお前には関係ないはずだろ?なのになんでおれがお前にこんなに引け目感じてんだよ?!お前もなんでそんなに怒ってんだよ!」
「…………!」

テーブルに手を着き、ゾロが顔を近づけて来る。
何考えてるのよこの男。
昨日違う女と寝て来てるのよ?

でも見つめあったまま目を背けられない。

近づいて来るその瞳に呑まれかけた時。


ピンポーン

その音で、ハッと目が覚めたように目を見張った。

「…………誰かしら」
「知るかよ…………」

椅子から立ち上がり、溜息をついて明らかに落胆した様子のゾロを尻目に、玄関に向かう。
そしてドアの覗き窓を覗くと。

「……ビビ!」

玄関の外に立っていたのはビビ。
急いでドアを開けると、横にスーツケースを携えて立っていたビビが、泣きながらいきなり私の首に抱きついて来た。

「ナミざぁん!うわぁ〜〜ん!」
「ちょ、ビビ?!……どうしたの?何があったの!?」

ビビを抱き留め、一体何があったのか問い掛けるが、ただ言葉にならない嗚咽を上げて泣きじゃくるばかりで。
ヒクヒクと揺れる細い背中を撫でながら、長くなりそうな夜を思って天井を仰ぎ溜息を吐いた。




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