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panchan 様
「とりあえず……中に入ろ?ビビ。ね?」
玄関で泣き続けるビビをなだめ、中に入るよう言ってスーツケースを玄関に入れた。
ビビを連れてリビングに入ると、まだテーブルの横に立ったままだったゾロと目が合い、私の視線とビビの様子に説明を聞かなくても大体の事情を察したらしく、ただ黙って眉間の皺をさらに深くさせた。
「で……一体何があったの?」
ソファに座らせたビビの隣に座り、改めて尋ねる。
「……実は……ルフィさんがっ……浮気……してたの!……うわ〜〜ん!」
「えっ……」
あのルフィが?
まさか。
あんなに純真そうで、ビビのことが好きで好きで堪らないって感じだったルフィが、まさか浮気だなんて。
「うぅっ……昨日朝まで帰ってこなかったのもっ……そのせいだったのよ!」
……ん?
なんかどっかで聞いたことあるような話なんだけど。
顔をくしゃくしゃにして泣くビビに箱ごとティッシュを差し出しながら、振り返って後ろをジトっと見ると、おれは関係ないだろと言わんばかりにゾロが眉を上げるがどうにもばつが悪そうに見える。
「ねえビビ……それってほんとに間違いないの?」
「間違いないわ、だって見たんだもん!昨日は一緒にすごせて楽しかったって、知らない女の子からメッセージが来てたんだからっ!!」
「え……て言うかあんた、ルフィのスマホチェックしたの?!」
「うぅっ……だって!怪しいと思ったら気になっちゃうじゃない!」
「そりゃ、そうかもしれないけど……」
気になるからってそこまで見るのはどうなのと思いつつ、それ程疑心暗鬼になってしまったビビがかわいそうにも思えた。
「で……ルフィはなんて言ってるの?」
「なにも……ルフィさんが寝てる間にそれを見て……もう無理だと思って、黙って荷物まとめて飛び出して来たのよ……!」
あんなにラブラブで片時も離れたくないと同棲したってのに、そんな他の女の影を見てしまったら、辛くて泣いて飛び出して来てしまうのも無理ないのかもしれない。
「うーん、でも……それだけじゃホントに浮気してたかどうかはわからないんじゃない?」
それでもなんとかビビを慰めようと、誤解である可能性を推してみる。
「でもナミさん、朝帰りよ?!それで『一緒に過ごせて楽しかった』よ!?それって浮気以外考えられないじゃない!そうでしょ?!」
「う……う〜ん」
「大体ルフィさんは最初、昨日はあの人と飲みに行ったって言ってたのよ!」
ビビがビシッと指差したのは、ゾロだった。
「彼と、あと何人かの男友達と一緒に飲みに行ったって言ってたのに!でもそれは結局浮気をごまかすための嘘だったのよ!……そうなんでしょう!?」
「いや、嘘じゃねェよ」
興奮気味に言うビビに対し、ゾロが冷静に答えた。
「おれとルフィが昨日一緒に飲んでたのは事実だ。嘘じゃねえ。ただ、一緒にいたもう一人の野郎のせいで女のいる飲み会になっちまったってのも事実だが、それは……」
「じゃあやっぱり女の人もいたのね!」
「あ…………いや…………まあ……」
「それでそのみんなで一緒に朝まで飲んでたって言うの!?」
「それ……は……」
ああもう、ゾロのバカ。
ビビの鋭い切り込みに、途中から完全に余計なこと喋ってしまったって狼狽えてんのがバレバレじゃないの。
「もう…………いいのよ……本当言うと……ルフィさんが本当に浮気してたのかどうかってことは、もういいの」
「え?」
「さすがに…………もう気付いてるはずよ……私が荷物持って出て行ったこと……なのにまだなんにも連絡してこないなんて…………それってやっぱり……私達…………私とルフィさんはもう…………ダメなのよ……きっと……」
「ビビ……」
なんと言っていいのかわからない。
本当にルフィは一体何をしてるんだろう。
両手で顔を覆い肩を震わせて泣くビビを、ただ黙って抱き寄せるのが精一杯で、どう慰めていいのか途方に暮れていると。
「じゃあ…………あんたはもう、ルフィと別れてここに戻るってことなんだな?」
ゾロの低い声が後ろから響き、ビビと二人ハッとして後ろを振り向いた。
テーブルに軽く腰掛け腕組みしたゾロが、厳しい表情でじっとこちらを見ている。
「そう…………なるわね」
声は震えているが、ビビが覚悟を決めたようにハッキリ言った。
じっとゾロを見返すその眼差しは、まるで自分を裏切ったルフィに向けるかのように憎しみが籠っている。
「わかった…………じゃあすぐ荷物まとめて出て行ってやるよ」
そう言ってテーブルから腰を上げたゾロに驚き、思わず、えっ?と声を上げてしまった。
ビビがルフィのところに居られなくなったら、確かに帰る場所はここしかないけど。
でもそれはつまりここからゾロを追い出すことになるって、ビビの様子にただただ混乱していた私は、まだそこまで頭が回っていなかった。
「えっ、ちょ……待って、そんな急にって……」
余りにも急すぎる展開におろおろと二人を交互に見るが、部屋へと向かうゾロはすでにこっちに背中を向けてて振り向きもしないし、隣のビビはビビで、横顔を向けたまま私とは目を合わせずじっと俯いて鼻をすすっている。
どうしてなのよ。
急なことに唖然としていると、そんな私を突き放すように後ろでバタンと部屋のドアの閉まる音がした。
その音で、ああゾロは本当に出て行く気なんだって実感が、胸にズシンと来た。
「ビビ…………ごめん、ちょっとゾロに話があるから、行ってくる」
ビビの肩に手を置き、優しく声を掛けて立ち上がり、そばを離れた。
ゾロの入った部屋へと足を向けかけると、ふとテーブルに置きっ放しになったままの茶封筒が目につく。
まだ当分、ここに居るもんだって勝手に思ってた。
あいつもきっと、まだしばらくはここに居るつもりだったんだんだろう。
貰う必要の無くなってしまったその茶封筒を手に、ゾロの部屋のドアをノックした。
「ゾロ……入っていい?」
中から『勝手に入れ』とぶっきら棒な返事が返って来たので、そっとドアを開けた。
ビビが出て行って以来久しぶりに入る部屋。
中の様子はさほど変わっていないが、そこにある空気や匂いには確実に男臭さが染み着いている。
「何だ?」
床に胡座をかき、服や荷物をボストンバッグに入れてるゾロが振り向きもせず聞いてくる。
「ほんとに出て行くの?」
私の言葉に、ようやくゾロが肩越しにチラとこちらを振り返った。
「あの女が帰って来たんだ……もうここにおれの居場所はないだろ」
「そうかもしれないけど……」
そうかもしれないけど、そう簡単に納得出来ない。
じっと見下ろしていたら、ゾロが唇を歪めて頭をがしがしと掻いた。
「まァ……元々、そんな長くここにいるつもりはなかったしな」
「……そうなんだ」
再び前に向き直り荷物を詰める手を早めたその後ろ姿に、また人の都合で追いやられる野良犬の姿が重なって胸が痛くなる。
なんとなく離れ難くて、背中を見ながらそっと横のベッドに腰を下ろした。
「これ……返しておくわ」
茶封筒を差し出すと、ベッドに座る私を振り返ったゾロは一瞬沈黙し、ああ、と言ってその封筒を受け取った。
そしてまた背中を向けて荷物を詰め始める。
「なんか…………ごめん」
思わず謝った私にTシャツを放り込む手が止まった。
「なんでお前が謝るんだ?」
「だって……こんな急にって……勝手すぎるじゃない」
「お前のせいじゃないだろ」
「そうだけど……」
それでも、ゾロに対して悪いと思う気持ちは止まない。
「ここ出て…………今夜行くとことかあるの?」
「今日は今からバイトだ……だからこんまま荷物持って行く」
「そっか…………じゃあ……明日バイト終わってから、休ませてもらえそうなとこはある?」
「……んなの、お前には関係ねェよ」
「そうだけど……」
確かに、ゾロがここを出てどこへ行こうが私には関係ない。
今日昼に会ったあの女の顔もチラリと頭の角によぎる。
探せば行くところなんて、本当はいくらでもあるんだろう。
でもなぜか不安で心配で、放っておけない。
「ねえやっぱり……今すぐ出て行かなくていいんじゃない?」
ゾロの動きが止まる。
「すぐにルフィからビビに連絡あるかもしれないし……ビビには今夜、私の部屋で寝るように言うから……ね?」
「…………」
「こんな急に追い出すみたいなの、私は嫌だから……」
「…………」
「今すぐなんて……出て行かなくていいわよ」
「…………」
「ゾロ?」
ゾロはじっと向こうを向いたまま、何も言わない。
その様子を不審に思い、顔を覗き込もうと腰を浮かした。
「ねえ……聞いて」
る?
と言いかけて、最後まで言えなかった。
なぜなら、ゾロが急にこっちに向かって体を翻し、私の肩を掴んでベッドに押し倒したからだ。
「……お前な…………いい加減にしろよ」
「え……」
余りに突然で訳がわからなかったが、気付けばベッドに組み敷かれ、覆い被さるゾロに真上から見下ろされている。
「警戒心が無さすぎんだよ、テメエは……いっつもいっつも無防備におれに近づきやがって!」
「……」
「おれがこのひと月……何回お前をこうしたいと思って……我慢してたか」
え?
……ぇえっ?!
「絶対手ェ出さねェなんて……なんでンなこと言っちまったのかって…………おれがどんだけ後悔してたか、知らねェだろテメエは!」
「……!」
苦しそうな表情で見下ろしてくるゾロは、どう見ても冗談を言ってる様には思えない。
真上から真剣な眼差しに射抜かれ、心臓がドキドキしすぎて飛び出すんじゃないかと思うくらいすごい勢いで胸が跳ねまくる。
「でももう…………これ以上我慢する必要もねェよな?」
「え……?」
「どうせ出て行くんだ……」
「え……いや、だから……」
「言っとくが……この部屋に入って来たのはお前だからな」
「……っ!」
大きな手で両手首がベッドに縫いとめられ、ゾロの顔が近づいて来た。
「待ってゾ……!」
いきなり唇が重なり、強く押し付けられる。
「んっ……!」
前にソファでされた時とは全く違う、有無を言わせない強引さ。
塞がれ、強く吸い付かれる唇。
そして音を立てて唇を離したゾロが、まるで捕らえた獲物を目で楽しむようにじっとり私を見下ろし、その視線に全身の産毛が立ち上がり、ぞわぞわした緊張が身体を埋め尽くしていく。
「や……やめて…………あっちにビビもいるのよ?何考えてんの?」
「嫌か?」
「いやよ……離して……」
「なら……もっと本気で抵抗しろよ」
「…!」
再び強く唇が重ねられ、抵抗しようとするが体がしびれたようになって全然思うように力が入らない。
「ほら……やっぱり嫌じゃねェんだろ?」
「っ!」
そこから何度も荒っぽく口付けられ、ゾロの唇はさらに首筋へと熱い息と共に移動して行く。
手首を掴んでいた手も、私の半端な抵抗を見て押さえておく必要もないと思ったのか、大胆に服の下へと潜り込んで来て、確実に本能的な欲望を持って素肌を撫で回し始める。
「んっ……!」
まっすぐ向けられている男の欲望。
それが自分に向けられることを期待し、密かにそれを受け入れたいと待ち望んでいた私にとって、これは喜ぶべき状況のはずだった。
事実、身体はすでに求められることを許してしまっていて、抵抗しようにもまともに力が入らない。
それでも抵抗する気持ちを捨てきれないのは、ビビが向こうにいるからってこともあるけど、それよりも、どことなくゾロの態度に、投げやりなところを感じていたから。
「あっ……っ……やめ……て……!」
荒っぽい手つきで胸を直に弄られ、さらに耳にぬるりと舌が侵入して、背筋を電流が駆け上がる。
それでもギリギリのところで抵抗を手放せない。
「ハァ……もっと早くに……こうしときゃよかったんだ……」
「んっ、あ……」
「そしたら…………昨日だっておれは別にあんな女なんかと……」
「!!」
その一言で、流されかけてた身体がいきなり理性を取り戻し、覆い被さる身体を強く押し返した。
「…………」
「……最低」
驚いて目を見開くゾロを睨みつける。
「あんたその女に……これと同じことしてきたくせに!」
「…………違う」
「えっ?」
「おれにとって…………お前とあの女は違う」
違う?……何が?
「何が違うの?」
このひと月、一緒に生活した中でゾロが私に見せたたくさんの笑顔を思い出す。
違うのかもしれない。
そう思いたい。
けど、今私にしたように、その欲望を剥き出しにした手で彼女の体に触れ、その熱い唇で彼女にも口付けたのかと思うと。
「そんなの…………私にとっては同じことよ」
そう言って自分の濡れた下唇を噛んだ。
苦々しい顔で私を見下ろし奥歯を噛み締めたゾロは、それ以上はもう何も言わなかった。
荷物をまとめ終え、部屋からボストンバッグを下げて出てきたゾロを、玄関まで見送る。
一度しゃがんで靴を履いたゾロは、それから再び立ち上がり振り返った。
「じゃ…………世話んなったな」
「…………気をつけて」
ドアノブに大きな手が掛かる。
「ナミ」
「ん?」
「……さっきは悪かった」
「…………」
そう言い残し、この夜、ゾロはこの家から出て行った。
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