Name the greatest of all inventors. Accident


                                りうりん 様

scene2


雨上がりの晴天が激しく視覚を刺激してくる。盛夏の陽光には強烈に可視光線が含まれていて、その中で青、藍、紫の色のいわゆる紫外線って呼ばれるものが特に網膜に障害を与えるんだよね。それにお肌にもよくない。


「ナーミちゃーん!ひっさしぶりー!」


歴史ある女子高であるこのシャボンディー女子高は自立的な校風が近年の進学や部活動の実績を伸ばしていた。今日も夏休み中だというのに、自主勉強に図書館にこもる子もいれば、部活にいそしむ子も珍しくない。


「ナミちゃーん!ナミ!」


部活には入っていないけれど休み明けの学校行事があるから、夏休みといってもちょくちょく顔を出している。だから、夏休みボケってことは個々の生徒に限っては、ちょっと考えにくい。


「こら!ナミ!聞こえてんの?勉強のしすぎと暑さで脳みそ溶けちゃったのか?」


背後から伸びた細い腕が上半身と首を締め上げてきた。


「え?コアラ?いきなり何すんよ!」


十分手加減しているけど、空手部のあんたは普通の女の子ってカテゴリーに入れるわけにはいかないのよ。一歩間違えば殺人だよ。


「いきなりじゃない!何度も呼んだぞ!」


…そうだったのか、全然気が付かなかった。なんかもー、今日はいろいろダメダメだあ。


「ん?どうしたの?元気ないじゃない。部活も終わったし、悩み事なら大親友のコアラちゃんがLog poseのアイスミントティと引き換えに聞いてあげるよ」
「なんで、ここにLog poseが出てくるのよ。しかも引き換えなんて」


学校近くにある『cafe Log pose』は北欧テイストの可愛いお店で、コアラたちとよく学校帰りや、今日みたいな休み時の待ち合わせによく使う。それにこの殺人的暑さの日に飲むアイスミントティは最高に美味しいよね。いろいろありすぎの今日は、そういうちょっといいものを注入した方がいいかもしれない。


「そういう代価的なものがあったほうが、心置きなく話せるんじゃないかって優しい心遣いだよ」


優しい心遣いねえ…。

木の香りが優しい『cafe Log pose』のオーナーのロビンが「ごゆっくり」と、グラスを二つ置いていった。琥珀色の液体に浮かぶクラッシュアイスとミントの葉のコントラストが、外の暑さを忘れさせてくれる。付け合せの桃のムースも美味しそうで食べるのがもったいなく、眺めていたいくらいだ。


「で?」
「で?って?」


ゆっくり飲むアイスミントの清涼感が気管を気持ちよく刺激する。コアラがストローを加えたまま、「洗いざらい吐け!」と言わんばかりに、じっと上目づかいで見てくる。ええと…。ある意味、恥をさらしちゃうわけだから、親友のコアラと言えども言いにくい。


「あのね…」


話さないと彼女は永遠に開放してくれないだろう。観念の息をつきながら今朝の出来事を報告した。


「…それは災難だったわねえ」


言葉とは真逆に肩を震わせている。いちおう公共の場所だから我慢しているけれど、大爆笑したいに違いない。わたしだって他人事なら大笑いよ。話し続けてのどが渇いたから、アイスミントティが半分に減ったグラスを手元に引き寄せた。


「見ず知らずの人を、その豊満な胸に愛情いっぱい抱きしめてからどうしたの?」
「謝ったわよ。事故とはいえ、私が悪かったんだし」
「そうだよねえ、怪我もさせちゃったしね」


怪我?怪我なんてさせてないわよ。怪我をさせる要素なんて何もないじゃない。驚くわたしに


「だって、ほら」


うちの学校の校章はバーベナをモチーフにしている。初代理事長はシャボンディ諸島の出身で、そこはマングローブが観光資源になるほど自然豊かなところらしい。ところでマングローブという植物はない。潮間帯に生育する樹木の総称で、主要樹木のひとつであるクマツヅラ科(すごい名前!)の花であるバーベナが校章になっている。花言葉は「団結」。樹木が密生しているマングローブのように、学校生活は共生しているとも言える。みんなとの協力と団結に力を惜しんではいけないというのは朝礼で必ず言われる。鋭利な部分はないのだが、それでも金属のバッチはそれなりに危険だ。

コアラが指した先はバーベナが赤く塗布されていてわかりにくいけれど、確かに血のようなものが付いている。抱きついたときに顔のどこかを引っ掻いたのだろう。


「相手の人、なんか言っていなかったの?」
「『乗り過ごすとこだった』って言って、そのまま降りて行った」
「はあ?」


慌てて飛びのいたあと、あまりのことに呆然とするわたしを無視したその人は、眠気を払拭するためか大きな手で顔の上半分を覆ったまま欠伸をするとバスを降りていった。


「顔は見なかったの?」
「恥ずかしく顔なんてあげられなかったわよ!向こうも顔をこすっていた感じだったし」


車窓越しにみたその人は背は高く、珍しい髪の色をしていた。


「若いの?リーマンっぽい?」
「スーツじゃなかったけど、私服だからわかんない。たぶん若いと思うけれど、ビジネスバッグじゃなく、旅行に行くようなボストンバッグは持っていた」


ストローの先を指揮棒のように小さく宙で弧を描きながらコアラは「うーん」と唸った。


「ナミちゃんが乗った停留所で降りたんだね?」
「うん。乗り過ごすとこだったって言っていたし」
「で、降りてどっちに行ったの?」
「んんん。見届けたわけじゃないけど、南…かな?」
「そっか」


それからいくつかの質問をするとコアラはそのまま思考の海に沈んでいった。こうなるともうお手上げ。気が済むように沈ませておくしかない。軽く伸びをすると壁に飾られたモニターが新緑も美しいどこか北欧の森林の景色をヒーリングミュージックと一緒に流れていた。

綺麗な緑。今日のあの人も綺麗な緑の髪をしていたっけ。今日はもう脳みそが飽和状態だよ。


「もしもし、サボくん?今どこ?」


とつぜん携帯を取り出したコアラは彼氏に電話をかけ始めた。いきなりどういうことよ。


「ちょ、コアラ!」


黙ってというように掌でわたしを制止する。


「あのさ、君の学校に…」


もう勝手なんだから!人を誘っておきながら彼氏と電話ってどういうことよ。


「え?ホント?ナミちゃん、その人、みつかったかも!」
「何それ!展開早すぎ!」


驚くわたしを引き寄せると一緒に携帯の画面を覗き込んだ。


「その人の動画、送ってくれるって」


コアラがどんな推理をめぐらせてそこに辿り着いたのかは、あとでじっくり聞くことにする。動画とはいえ今朝の醜態をさらした人と考えると、顔が熱くなる。逸る鼓動をなだめつつ再生の三角をコアラの白い指がフリックする。どこかの大会が画面のなかで再生される。歓声や雑音がひどい中、「パーン!」とひと際高い乾いた音が響いた。「1本!」と審判が白い旗をあげたと同時に割れるような歓声。動画はそこで終わった。


「…」
「…」


再生された動画は剣道の試合だった。全身防具を覆われた剣道の試合で、中にいる人の姿を知ることは出来ない。これで、どうやって確認しろというのだろう。コアラも同じことを思ったようで、二人で顔をあわせると深い深いため息をついて叫んだ。


「「こんなのでわかるかあっ!」」




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