咄嗟に飛び出してきたココヤシ医院を振り返り、ナミは見上げた。
ここは自分達家族にとっての大切なよりどころ。
でもそれだけではない、ゾロにとってもそうなのだと。





ココヤシ医院の事情4  −4−

四条



あれは、私が大学2年生の夏、初めてゾロの部屋に行った時のことだ。
そう、ゾロと一緒に花火を観に行こうとして結局行けなかった日。
車で花火大会の会場に向かったものの、疲れ果てていて。
ゾロが休憩を提案してくれて。
それで、ゾロの部屋に行きたいって言った。
それが何を意味するのかも、ゾロが何を望んでいるかもちゃんと分かって、そう言った。



バサバサバサッ

何かが落ちる物音で目が覚めた。
目の前にはゾロの精悍な横顔がある。
それで、彼の腕の中で眠っていたことに気が付いた。
頭を上げて、物音の原因を突き止めるべく、辺りを見渡した。
複数のスケッチブックが畳の上に落ちていた。
窓の隙間から風が吹き込んで、机の上に積まれていたものが落ちたようだ。
ゾロの隣から抜け出すと、何も身につけていないことにうろたえた。
すぐに脱ぎ散らされていた服を身にまとい、起き上がる。
隣のゾロはといえば、その動きには気づかず、気持ち良さそうに薄っすらと口を開けて寝たままである。その様子に自然と笑みがこぼれた。
落ちてしまったスケッチブックをそうっと拾い上げ、何気なく中に目を通す。
そこには、私の家があった。
ページを捲っても捲っても、私の家――「ココヤシ医院」が角度を変え、画材を変えて、描かれていた。
こんなにも描き溜めているなんて・・・。飽きもせず、同じ対象をこうも描き続けられるものなんだろうか。ベルメールさんも気づいてなかったのかな?それとも気づいて気づかないふり?
少なくとも私は今まで知らなかった。ゾロがこんなにココヤシ医院を描いてくれていたこと。
いったいゾロはどんな顔して、どんな風に周囲の目をごまかして――私にも秘密にして――描いてたんだろう。それを想像するとなんだか可笑しくて笑ってしまう。
ああ、彼は本当にうちの家が好きなんだなぁと悟った瞬間だった。

ゾロは部類の建築好きだった。
子供の頃はそうでもなかったのに、再会した時にはイースト大学の建築科に既に在籍していた。大学の進路にまでしているということは、私と会わない間に関心を持ったのだろうと思っていた。
つき合うようになって、当初は定番のデートコースを辿ったりもしたが、そのうち各人が行きたいところに行くスタンスになった。

ゾロの趣向はもっぱら建物探訪。とにかく建物を見るのが好き。それは古今東西を問わなかった。
ゾロはイースト市周辺の建物は行き尽くしているようだったので、グランドライン市におけるゾロの好みそうな建物をピックアップしては、ゾロを連れて行った。
グランドライン市で新しくできた施設や話題の観光スポット。さすがに首都だけにそういう場所には事欠かない。
学生のゾロがグランドライン市にやって来られるのは多くて年4回くらいなので、できるだけたくさん建物を回れるよう計画することに腐心した。
そのうち、ゾロが特に古建築を好んでいることも分かってきた。反応が違う。それが面白くて嬉しくて、デート先が数寄屋建築、寺社仏閣、城郭、伝統的建築物群保存地区、時には遺跡となることもあった。

どうして建築好きになったのか聞いたこともある。ゾロは少し頭をひねって、「お前の家」と答えた。ゾロが言うには、私の家はとても珍しい建築様式なのだという。子供時代に通っていた頃からなんとなく惹かれるものがあったそうだ。大きくなるにつれて、同じような建物はなかなか存在しないことに気づいた。どういう建物なのだろう、どうして存在しているんだろう、そんなことを考えているうちに建築そのものに興味を持つようになったそうだ。

月日が流れ、ゾロの就職先が決まった。なんと、大手ゼネコンだった。ゾロが言うには、内定を貰った中で一番給料がいいところらしい。
てっきりゾロは古建築の研究や、宮大工の道にでも進むのかと思っていた。或いは、小さいながらも意匠にこだわりのある建築事務所にでも勤め、そしてゆくゆくは独立して、いっぱしの建築士になり、自分の理想の建物を建てる仕事をするのだと。ゼネコンの主戦場は都市開発やビルや橋、ダム建設などである。それは彼の趣向と正反対だと思えたし、実際のところ、彼の親戚には宮大工の道に進んでいる人がいるとも聞いていたからだった。

「親戚の方のお宮大工の工務店に行くのかと思ってた・・・。」
「あれは、もう少し若い時から修行しないと。今の俺じゃトウが立ち過ぎてる。」
「今からでもやればいいと思うけど。それにゼネコンだと、ゾロの好きなことできないんじゃない?」
「いや、様々な分野を手掛けられるという点ではゼネコンも捨てたもんじゃない。いろいろ経験も積めるしな。それに・・・」

一呼吸置いてゾロは言った。

「俺は・・・もうこれ以上離れていたくねぇ。」

その一言に胸が詰まった。
今まで、お互いに遠距離恋愛であることについて悩んでいる素振りを見せたことがなかったし、見せないようにしていた。見せてもどうしようもないことだったから。
けれど、イースト市とグランドライン市の距離の隔たりは、確かに私達にとって大きかった。気軽に会えない。いつも一緒に過ごせない。
確かに会えない分、会えた時の喜びは大きく深くもあった。けれども心の片隅で次に会えるのはいつ?何か月後になるの?と切ない気持ちにもなるのだ。コミュニケーション手段が格段に発達している現代においても、会えないことは、私達にとって何よりも大きな壁だった。

もしゾロが親戚のところで働くことになれば、自動的にイースト市に住み続けることになる。ところが就職を決めたゼネコンは全国転勤はあるものの、最初の数年は首都圏勤務となるという。それがゾロの決断を大きく促したようだ。また、業界一の給与の良さも魅力の一つ。ご親戚の工務店の徒弟制のようなこづかい程度の給金とは実に対照的だった。

そういうわけで、ゾロは就職と同時にグランドライン市に引っ越してきた。アパートも私と同じ沿線沿い。
おかげで今までとは考えられないぐらいに一緒にいられるようになった。私も専門課程に入って忙しくなったけれど、それでも以前とは段違いだった。お互いのアパートを行き来したりして、半同棲状態になったりもした。
この頃に、サンジさんと出会った。ゾロの会社近くで待ち合わせをした時に、サンジさんに声を掛けられた。

「えーと、ナミさん?」
「・・・・!」

肯定も否定もできない。知らない人に声を掛けられて警戒心を露わにする私に躊躇することなく話しかけるサンジさんのイキオイに、ただただ圧倒された。

「ゾロと待ち合わせ?ヤツは来るにはもう少しかかると思うよ、さっき経理のおねえ様に捕まってたからね。あ、オレのこと、ゾロから聞いてない? 俺もイースト市から来たんですよ。学生時代のバイト先がゾロと同じでね、それからの腐れ縁ですよ。いや?どっちかっていうとストーカーされてるのかも?なんせゾロのヤツ、俺の就職先まで追いかけてきたからね。俺がココに行くっつったら、『俺も』なぁんて気持ち悪過ぎるよね!? なんでよりによって同じトコに決めるかね〜〜? それにしても、ああ、なんという美しい方なのでしょうか! ゾロから話はそこはかとなく聞いてはいましたが、まさかこれほどの方だったtは! あの野郎〜出し惜しみしやがって!」

最後は声を張り上げて手を広げ、抱きつかんばかりに迫ってきたため、すくみ上っていたらゾロが来た。

「テメェ、何してやがる。」

野獣のような唸り声を出して、私の背後から腕を伸ばして目の前に迫るサンジさんの顎を掴んで押しのけていた。
サンジさんは社交的で明るい人だった。人見知りな私にも気さくに話しかけてくれて、何度か会ううちに打ち解けることができた。よく3人で飲みに行ったりした。私もゾロもかなりの酒豪なので、サンジさん一人酔いつぶれることも多かったけども。

そんな風に仕事でもプライベートでもとても世渡り上手だったサンジさん。だから、彼が会社を辞めると知った時は本当に驚いた。彼の仕事生活は全て順調なように見えたからだ。
理由を聞くと、精神的ストレスによるものだという。技術職で現場に出るゾロとは違ってサンジさんは営業職で、その人柄もあって非常に成績が良かった。取締役クラスの幹部からの覚えもめでたく、男女問わず会社仲間の誰からも好かれていた。
しかし、その一方で一部の同僚や上司から嫉妬の対象とされ、嫌がらせのような過酷なノルマを課されていたそう。プライドもありゾロ以外には誰にも相談せずにいたが、ついに身体に変調を来すまでに至ったということだった。
サンジさんはしばらく休養した後、実家のあるイースト市へ帰っていった。ゾロと二人でイースト市へ帰省した折などには、サンジさんとは会ったりした。彼が回復して今の商業コンサルタント会社に転職したのは、更にその後のことだ。


その頃には、私は大学を卒業して念願の医者となり、その第一歩を大学の付属病院で歩み始めた。
ベルメールさんは表立っては何も言ってくれなかったけれど、ノジコの前では泣いて喜んでくれていたと後で聞いた。

ゾロはゾロで、技術者として現場に出て猪突猛進に働いていた。やりがいのある大型案件の仕事を任されて、毎日忙しそうだった。一方で、休みの日でも現場から電話が来るし、自主的に休みを返上して出社するほどのワーカホリックにもなっていた。私も病院に呼び出されることがあるのでお互い様ではあったけれど、二人の時間が削られてすれ違うこともしばしばだった。

そして、事件は突然起こった。
母ベルメールさんの死。交通事故だった。
この頃のことは、記憶があいまいで何がどうなったのか、いまだによく思い出せない。気が付いたら、お葬式などは終わった後だった。
それからは目まぐるしく時間が過ぎていった。
とにかく、私は悲しみに打ちひしがれる暇もなくココヤシ医院を存続すべく奔走していたと思う。大学病院を辞し、イースト市に戻る準備に入った。
そんな私を、ゾロは献身的に支えてくれた。私がココヤシ医院を継ぐことには二の句もなく賛同してくれたけど、ただ一点、私が一人イースト市に帰ることだけは彼をたいそう苦しめたようで、

「結婚するぞ。」

という言葉が、ついにゾロの口から飛び出した。
結婚して、会社にはイースト支社への異動願いを出すという。願いが通らなければ辞めるまでだというスタンスでいたら、意外にも人事部からOKが出た。
そうなれば私もゾロも30前になっていたし、いつかそうなるだろうとは考えていたので、異存があろうはずもなくプロポーズを応諾した。



***



外堀が埋まってしまった。
もうこの医院を手放し、立ち退くしかない。

こんな重要な時なのに。
こんな大変な時なのに。

なんでアイツは私のそばにいないのよ!?

ナミは、医院である西洋館を見上げながら、内心毒づく。
そこへ、バッと引き戸が開き、ビビが飛び出して来て、ナミに抱きついた。

「ナミ先生!」
「ビビ!どうしたの?」
「ナミ先生、すごくおつらいでしょうね。愛しい人達とのゆかりの場所が無くなってしまうなんて・・・・。でも、何かきっと方法があると思うんです。なんとか、大家さんの気持ちを変えさせて、ここの取り潰しを無しにしてもらいましょうよ!」
「へぇ。ここの建物、取り潰されるのか。」

背後から突然の声。
野太い、男の声。

「いえ、まだ決まったわけではないんですが・・・・」

ビビは不用意に言った言葉をまた患者さんに聞かれたかと思い、振り返って言いつくろった。そして、そこまで言って絶句した。
そこには、緑頭の男が立っていた。
そう、まさしくあの、写真の男。

「き、きゃぁぁぁぁーーーー!! おおおお、お化けぇーーーーー!!!」

絶叫しながら、ビビは再びナミに体当たりして力いっぱいしがみついた。

「ゾロ・・・・。」

ナミの肩に顔を埋めていたビビは、放心したようなナミの声を聞いた。




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