ココヤシ医院の事情4  −5−

四条



「誰がお化けだ!誰が!」

ゾロは、見知らぬ若い女からいきなりお化け呼ばわりされて憤慨している。
ビビは恐る恐る顔を上げ、後ろを振り返る。
月の光を背から浴びて、まさしく写真の中の男は立っていた。
下に目をやる。ちゃんと足がある。
生きて、生きている! 生きていたんだ、この人は!
でも待って? ノジコもゾロは「亡くなった」と言っていたのに・・・・。
いや、直接は言ってない。
ビビが勝手にそう思い込んでいたのだ。
一緒にいた現場の人が3人亡くなったって聞いたから、話の流れでなんとなく・・・・。

ナミに続いてビビが放心してしまった。
そんなビビの身体をそっと外し、ナミはゾロに詰め寄った。

「ゾロ!」
「おう、久しぶりだな!」
「この、大馬鹿モンがーーーーっ!」
「ぐわっ!グーで殴るな、グーで!」
「これが殴らずにいられようか!1年前に出て行ったら出て行ったきりで!連絡一つも寄越さず!一体どこをフラフラしてたのよっ!?」
「フラフラしてねぇだろ。修行だ、修行。」
「何が修行よ!ビルから落ちて、大怪我したと思ったら、『この稼業は自分のやりたいことじゃない、やりたいことを探す旅に出る』とか言っちゃって!」



***



ベルメールさんが亡くなりゾロと結婚することは決まったものの、「いつするか」がなかなか決まらなかった。先に籍だけ入れてはどうかという私の意見は、ゾロにより即座に却下された。容認できなかったようだ。
私は一足先に先にイースト市に戻り、ココヤシ医院の再開の準備に勤しんだ。ゾロはほぼ毎週末にグランドライン市から戻ってきて、その作業を手伝ってくれた。ベルメールさんは丁寧に建物を使っていたものの、それでもやはりそれなりに古びてきていたので、この機会に壁紙を貼り直しをしたり、備品の修繕を行った。この頃にはイースト市に帰ってきていたサンジさんも何度か手伝いに来てくれて、ゾロと些細なことでケンカしながら扉のペンキ塗りなどをしてくれた。

この頃のゾロは都心の大型再開発事業にかかわっていて、すぐにはグランドライン市から離れることができないでいた。それでなくても工事の作業員から信頼され、慕われもしていた彼を、結婚によって現場から引き離してイースト市に連れていってしまう自分が後ろめたく感じることもあるくらいだった。
大企業なので給料もよく、手当もしっかり付き、休みも取れる。仕事内容もやりがいがある。ゾロにとっては何の不満も不自由もなく、充実した社会人生活を送っているものと思っていた。

ゾロは月曜日から土曜日までグランドライン市で仕事をし、土曜日の夜からイースト市に戻って私と過ごし、月曜日の朝にグランドライン市へ戻るという生活を続けてくれた。
私はココヤシ医院を再開し、経営を軌道に戻すべく奮戦していたので、当初はゾロの些細な変化になかなか気づかなかったのだが、日が経つにつれて思いつめた表情をするようになった。
疲れているのだろうか。無理もない。グランドライン市とイースト市の行き来する二重生活。貴重な休みは全てイースト市にいる私のために使ってくれていて、移動時間が長いせいもあってほとんど休める時間がない。無理をしないでくれ、こちらには来ずに休養を取ってくれと言っても聞いてくれない。「疲れているんでしょう?」と何度も問うても「別に」という。しかし、思いつめた表情が晴れることはなかった。
学生時代の時に戻ったような遠距離恋愛になってしまっていたから、毎週会いに来てくれるのは率直に言って嬉しい。でも、それによってゾロが身体を壊してしまわないか心配だった。

申し訳ないと思っていた矢先に、あの転落事故は起こった。
その一報を聞いた時は血の気が引いた。
すぐさま頭の中を駆け巡ったのは、ベルメールさんの事故の時の記憶だった。
(前日までは元気だったのに!電話でも話していたのに!)
あの時、人の命の儚さを思い知った。

ココヤシ医院を臨時休業にし、急いでグランドライン市へ飛行機で飛んでいった。
道中に至った思いは「後悔」。人はいついなくなるか分からない。ベルメールさんのことでそれは思い知っていたはずなのに、それなのにどうしてゾロと今まで離れたままでいたんだろうかと。

病院で、ゾロの会社の上司だという人に説明を受けた。
建築現場の足場が崩れ、現場監督のゾロと作業員数人が地上5階の高さから転落。
3人もの作業員が亡くなる大事故だった。
にもかかわらず、
奇跡的に、
本当に奇跡的に、
ゾロの命に別状は無かった。
全治六か月の重傷で済んだ。
搬送先の病院で対面したゾロは、意識もしっかりしていたし、骨折した両足と多少の打撲や擦過傷を除いてはピンピンしていた。
何がどうなってどうしたらこうなるのか。
筋道立った思考は全く追いつかなかったが、生きているゾロの姿を見て、もうそれだけで涙があふれ、しがみついて号泣した。もう愛しい人と離れ離れになっているのはイヤだった。自分が医者を辞めてもいい。ココヤシ町を離れてグランドライン市に行ってもいい。ゾロと一緒にいたかった。
そうゾロにも訴えた。
けれど、

「バカ言うんじゃねぇよ。」

てめぇがココヤシ医院を離れてどーする。ベルメールが怒るぞ。
俺はあの医院が気に入ってるのは知ってんだろ。医院から離れるなんざ、本末転倒だっつーの。
心配すんな。こんなケガぐらい屁でもねぇよ。俺はそう簡単にくたばらねぇ。
それよりな、俺、会社辞めるわ。
俺も今回のことで、生きてるうちにやりたいことやるべきだと思った。
いつかできる、今でなくてもいい、今までそう考えてたが。
やりたいこともやらずに一生を終えるなんて冗談じゃねぇ。
この歳で今から何ができるか分からないけど。
今の仕事は面白いけど別に俺でなくてもできる。
元々この稼業は自分のやりたいことじゃなかった、やりたいことを探す旅に出る。
実は、ちょっと前からそう考えてた。

そう言ってゾロは退院を待たずに退職。
次の仕事に就くまで、結婚は延期。
また離れ離れになることに難色を示す私を押し切って、ゾロは自分探しの旅に出た。



***



「ああ、そうだ。そんで見つけた。」
「何を!?」
「やっぱ、伯父のとこで修行することにした。」
「はぁ!?」

ゾロの言うことには、旅に出るというのは物の例えで、すぐにイースト市内で宮大工の工務店を営んでいる伯父の元を訪ねたそうだ。そこで約半年、宮大工として見込みがあるか見てもらったという。年を食い過ぎているかと危惧していたが、伯父はゾロの並々ならぬ情熱と技術を見込んで、比較的容易に弟子入りを認めてくれたそうだ。

「え、じゃぁ、ずっと同じイースト市に居たってこと?旅してたんじゃなく?」
「・・・ああ。」
「それなのに、便り一つ寄越さなかったの?こっちに寄り付きもしなかったの?」
「・・・・。」
「半年ってことは、あとの半年は?」

ゾロが旅立って1年。半年を宮大工の修行に充てたとして、残りの半年は何をしていたのか。

「・・・・それより、ここの建物が取り潰しだって?」
「あ、うん、ここに道路が通るんだって。」
「あー、なるほど。都計道が延伸されるんだな。」
「?」
「ということは、用地買収されて医院の建物は除却、か。」
「うん・・・。」
「何暗い顔してんだ。」
「だって・・・。」

だってこの建物は、ココヤシ医院は、
あんたにとって大切な、すごく大切なものなんでしょ?
ううん、ゾロにとってだけじゃない。私にとっても。
ココヤシ医院の歴史と、ベルメールさんやノジコとの思い出が詰まった、大切な家なの。
それが壊されちゃうなんて。

「心配すんな。」

そう言って、ゾロはナミのおでこを指で弾いた。

「痛ッ」
「要は、用地は取られるって話だろ。建物は別だ。」
「そんなこと言ったって、建物は土地の上に建ってるんだから・・・一体でしょ。」
「いや、土地と建物は別物だ。権利関係から言って、土地は大家さんのモノかもしれんが、建物はナミのひいじいさんが建てたもので、今はナミとノジコが相続して二人の共有名義になってんじゃねぇか?なら、何の問題もねーよ。」
「どう問題がないの?」

さっぱり分からない。
土地を取られるならば、建物も無事で済むとは思えない。

「移築すりゃいい。」
「は?」
「建物の解体移築。ココヤシ医院の建物を一度解体するんだよ。そして別の土地に解体した建材を全部運んで、もう一度建て直すんだ。」
「・・・・そんなこと、できるの?」
「できる。お前も田舎の豪農の屋敷や古民家を都会に移築して、レストランやカフェに転用しているのを見たことあるだろ?それと同じだ。」

図面が残っていると、なおいいんだがな。
ひいじいさんがここを造るのに頼んだ大工の屋号とか分かるか?今も続いているんなら問い合わせてみようぜ。

ゾロの言葉が頭の中を右から左へと流れていく。

「何呆けた顔してやがる。だから、ココヤシ医院は残せるんだよ。」

ココヤシ医院は残せる。
ひいおじいちゃんが建てたココヤシ医院。
ベルメールさんとノジコと過ごしたココヤシ医院。
そして、ゾロがここまで魅了されたココヤシ医院。

「よかった・・・!」

ナミは顔をくしゃくしゃにさせ、両手で顔を覆った。

「なんも泣くこたぁねぇだろ。」

そう言いながらも、ゾロはナミの腕を掴むと引き寄せて抱きとめた。
だって、とナミは呟いている。
代々受け継いできた、ベルメールさんから受け継いだココヤシ医院を、自分の代で途切れさせたらどうしようかと。
新しいビルに移って、というのも考えたことはある。
でも、やはりこのココヤシ医院で続けたかった。

「よかったですね、ナミ先生・・・。」

傍らでじっと推移を見守っていたビビが、ようやく口を開いた。

「ところで、あんた誰だ?」

ゾロがビビに顔を向けて問う。
切れ長の目で睨み付けられ、少し怯んでしまう。

「ビビはうちの診療助手のバイトの子よ。あんたが出て行った後に入ってきたの。」

ビビやナミが答えるよりも先に、追いかけてきたノジコが答えた。

「なるほど、道理で知らない顔なわけだ。それで?どうして俺がお化けなんだ?」

途端に、ビビはバツが悪そうな顔をしてうつむいた。

「無理もないわ。あんたはいないのに、写真だけ飾って。まるで遺影みたいだったもんね。」

しかも、そのうえ手を合わせて拝んでいたのだ。そのことをゾロに知られたら「縁起でもない」と言われかねない。誤解されても無理はない。
ゾロの胸から身体を離し、ナミがビビを見ながら苦笑いすると、ビビはますます身の置き所がなさそうに顔を赤く染めた。

「許してやってよ。私の言い方が悪かったんだ。ビル転落事故の説明だけして、あんたが助かったことを、ちゃんと言わなかったからね。」

ノジコが済まなそうな顔をして釈明する。
そこへ、

「医院の移築先の土地探し、仮店舗探し、および移転補償の事務に関しましては、ぜひ私めにお任せください!」

突然、サンジが背広姿で両手を挙げて高らかに宣言した。今こそ商業コンサルタントの出番と言わんばかりに。
ナミは驚いた。ゾロはともかく、サンジまでがいることに。今の今まで気づかなかった。
彼の傍らには大きなスーツケースが3個。

「サンジさん?どうしてここに?」
「コイツを空港まで車で迎えに行ったんですよ。荷物が多いから車出せって。」

サンジは面倒くさそうにゾロを指さして言う。

「空港?」

ナミが怪訝な顔をしてゾロを見る。
ゾロは、やばいという顔をしている。

「・・・今まで、どこに行ってたの?」

ゾロが出かけていた一年間のうち、半年は伯父の工務店で修行していたことは分かった。
では、残りの半年間は?

「・・・・・・・ヨーロッパ。」

ヨーロッパ。
その一言でナミはピンときた。なぜなら、ゾロは新婚旅行で行くならヨーロッパがいいと言っていたからだ。理由はカンタン。例の趣味の建築巡りがしたいからである。国内の建築は一通り見て回ったゾロが、海外に目を向けていることは知っていた。ナミもそれに関して異論はなかったのだが・・・。

「あんた、費用はどうしたの・・・。」

ナミの声が低くなった。
前の会社の給料は良かったから、ゾロに蓄えがないとは思わない。しかし、それも毎週末のイースト市とグランドライン市の超高速鉄道代でかなり消えていたはず。そのため、二人で結婚資金を貯めていたほどなのだ。
ゾロに、半年も海外に滞在できるだけの資金が他にあったとは思えない。

「えーっと。」
「まさかと思うけど、結婚資金に手をつけたんじゃないでしょうね?」

ゾロのうろたえように、ナミが上目使いににらむ。

「いや!ちょっとだけだ!」
「・・・・ッ!!!」

これは、ナミの怒髪天を衝いた。

(これから、ただでさえココヤシ医院の移築、移転で物入りだってのに!!!)

ナミがゾロの胸倉を掴んで詰め寄る。


「結婚、無期限延期にするから!!」


ナミの宣告に対してゾロがオロオロする様子を、ビビ、ノジコ、サンジが生温かく見守っていた。




ココヤシ医院の事情は、現在こういう風になっております。




FIN





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<あとがきという名の言い訳>
このお話はココヤシ医院の事情3』から数年が経ち、ベルメールさんが亡くなっていて、ナミがココヤシ医院を継いでいる世界です。

<まえがき>にも書きましたが、この話は時系列的には一番後の話ではあるのですが、ココヤシシリーズの中では私が一番最初に書きだした部分です。当時、書き始めたものの、なかなかオチが決まらない。それで一旦諦めて、書き上げられそうな過去編をまず仕上げたわけです(そして投稿した)。
このオチが決まらない状態というのは、改めて取り組んだ今回もやはり私をとことん苦しめてくれました。着地点が見えないまま書くってすごく苦しいんです(私の場合)。ただ、オチにたどり着いた途端、パァァァ〜!と視界が開け、書くことができました。あーヨカッタ^^。

えーと、連載開始がいつでしたか?2015年のナミ誕ですね。4年もかかってようやく終えられました(滝汗)。たいへん長らくお付き合いいだきまして、まことにありがとうございましたーー!!

 

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