或る男が夢を見た。

とても恐ろしい夢だった。


次の日も夢を見た。

昨夜の悪夢の続きだった。


その次の日も夢を見た。

やっぱり昨夜の続きだった。


男はすっかり怯えて、塞ぎ込んだ。

心配した友人が、男に訳を訊いた。


男は友人に、最近、恐い夢を続けて見ている事を話した。

その友人は、とても勇気の有る人間だったので、笑って言った。


「なら、その夢の内容を、俺に詳しく聞かせてくれ。
 君の代りに、俺がその悪夢を引き受けてやろう。」


男は友人に、夢の内容を詳しく話して聞かせた。

その日以来、男は悪夢を見なくなった。


しかし友人は――2度と目を覚まさなかった。






夏陽炎  −1−
            

びょり 様



駅から1歩出た途端、ギンギラに照った陽射に殺されかけた。

ジュワッと靴底が焼けた気がして足下を見る。

ギラギラ照返してるコンクリの上に、影が真っ黒く焦付いていた。

『暑ィ』じゃねェ、『熱ィ』…何で東京はこんなに熱いんだ!?

異常気象だ、ヒートアイランド現象だ、つかこの車社会が悪い!

夏は地球に優しく、自転車で走っとけ!

八つ当り気味に車の波を睨む――と、直線に伸びた道路の奥が、揺らいで見えた。

真っ白く焼けた街並の、遠くの方だけが、ユラユラユラユラ。


……ああ、そうか、陽炎だ。


まるで水中に在る様な景色。

世界が、そこから違って見えた。




住んでる団地までは、駅から坂道上って約5分。

エレベーター乗って階のボタン押し終え、漸く一息吐く。

荷物が熱保ってて、背中が熱ィ。

服が汗でべっとり貼付いて気持ち悪ィ。

けど、それを拭う気力も湧かねェ。

帰ったら直ぐに風呂へ入るぞと心に決めて、エレベーターから降りる。

鍵を挿込み、勢い良くドアを開けた。

中から心地良い冷気が流れて来て、ぎょっとする。


「あ!お帰り、ゾロ!暑かったでしょォ!?今、麦茶淹れたげるねv」


誰も居ない筈の家に、明るく響き渡った女の声。


――真夏の怪奇ミステリーだ。




「何でお前が俺ん家に居るんだナミ!?」

「今日の昼には合宿から帰るって聞いてたから、クーラーで部屋冷しといて、待っててあげようと思ったのよ。」


玄関で叫ぶ俺を尻目に、ナミは冷蔵庫から硝子ポットを取り出す。


「暑い中帰って来る友人の為、冷たい麦茶まで用意してあげて…優しさが心に沁みるでしょォ?」


慣れた手付きで氷入りグラスを2つ用意し、ポットから麦茶を注ぐ。

ピキピキと氷が爆ぜる音が響いた。


「………微妙に答えになってねェよ。」


部屋の冷え具合から察するに、30分は前に来て、寛いで居やがったんだろう。

ドアを開けて、目に入った無防備な姿がフラッシュバックする。


胸の大きく開いた、白い、丈の短いワンピース。

仰向けに寝転び、漫画雑誌を読みながら、食み出た素足を高く組んで――


――お帰り、ゾロ!


汗が冷えてくのと反比例して、中心からジワジワと熱が広がる。


「…何時まで玄関に突っ立ってんの?早く中入って座ったら?」


振り返ったナミが、不思議そうに尋ねる。

慌てて台所を通り、奥の居間へと向った。

背負ってた竹刀と学生鞄を放り投げ、ベランダを背にして乱暴に座る。

さっきまでナミが敷いてた紺地の座布団は、未だじんわりと熱を保っていた。

背後からナミが、麦茶を2つ盆に載せて運んで来る。

そうして「はい」と俺のテーブル前に置き、もう1つは真向いの席に置いた。

畳の上、無造作に足を投げ出し座る――瞬間、目の前でぷるんと胸が弾んだ。


喉がカラカラに渇く。

麦茶を一気に呷った。

それでも、奥で燻る熱は冷めない。


「よっぽど日干しになってたのねェ…お替り持って来る?」


頬杖ついて、ナミが呆れたように微笑んだ。

赤い唇に視線が吸寄せられる。


「ああ……頼むわ。」


融ける間も無く残された氷が、カランと音を立てて崩れた。




ナミとは、高校1年現在になるまで、十年以上の付合いになる。

俺ん家下の左隣に住んでて、ずっと同級だった事も手伝って、何だかんだと良くつるんでいる。


もう1人『ルフィ』ってのが居て、そいつと合せて3人、所謂『幼馴染』ってヤツだ。

ルフィとナミは隣同士でずっと同級…或る意味、俺以上に付合いが長くて深い。


3人揃って親が共稼ぎで日中居ないもんで、幼い頃から一緒に飯食ったりと、傍で過す機会が多かった。

1人で寂しい思いさせるよりも良いとの思惑が、親達に有ったんだろう。

俺もルフィもナミも、ガキの頃から鍵を3つ持たされ、出入自由を許されている。


……けどよ、そろそろ年齢制限掛けるべきじゃねェか?




つらつら考えてる内に、グラスには新しい麦茶が注がれていた。

手を伸ばして喉に流し込む。

また直ぐに空になった。

用意良く持って来てた麦茶ポットから、3杯目を淹れて貰う。


「東京の夏は暑いでしょ?」

「まったくな…風は無ェわ、コンクリ焼けて反射してるわ、とても人が生きられる環境じゃねェよ。」

「生卵道路に落したら、3秒で目玉焼き作れるかもね。」

「1秒も掛かんねェと思うぜ。」

「此処1週間ずっっとピーカン照りだったから…昨夜珍しく朝まで雷雨だったけど、今日の陽気であっという間に干上ったわ。」

「それで水蒸気発生して、尚更熱くなったんじゃねェの?」

「向うは涼しかった?」

「暑くはあったが…風が吹いてるだけでも違うさ。」

「防具着けて練習したりしたんでしょ?きつかったんじゃない?」

「いや、夏は基礎鍛錬中心つって、階段走って下りたり上らされたりするばっかでよ…まァ、暑い日中防具着けて練習させられたら、脱水症状起して倒れかねんしな。」

「そういえば制服…汗ベトベトで酷いわよ。見てるだけで暑苦しい。早くシャワー浴びてくれば?」


顔を顰めて言って、袖を引張ろうとする。

反射的に避けた。


「…おめェが帰ってから浴びるよ。それより――いいかげん、用件を話せ!!」


両手でドンとテーブルを叩いて、ドスを効かせた。


「甲斐甲斐しく麦茶用意して待って居やがって…俺に何か頼み事したくて此処に来やがったんだろがっっ!!」

「あはは♪…やっぱバレてた?」


ペロリと舌を出して、上目遣いにおどけて笑う。

しかし直ぐに深刻な顔付に変り、こう言った。


「…此処んトコ、ルフィの様子が変なの。」




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(2006.09.07)


<管理人のつぶやき>
冒頭の夢話が気になりますね。そして、高校1年ともなれば、幼馴染とはいろいろ気になることも出てくるわけで。ちなみに、彼らは「桜トンネル」のルフィ、ゾロ、ナミなのだそうです^^。
びょりさんのパラレルルナゾ連載スタートです!

 

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