夏陽炎 −3−
びょり 様
正確に言えば、『ナミ』とじゃなかったかもしれねェ。
いや…でも、あれは『ナミ』だ、やっぱり『ナミ』だった。
何言ってんだか解んねェ?
俺だってよく解んねェんだよ。
お前が合宿行く前の日の前の日…駅まで坂下ってった時の事だ。
今日みたいにカンカン照りで、ものすげェ暑い昼だった。
坂の下の向うがユラユラ揺れてたんだ。
あ、陽炎だなって思った。
道や建物が歪んで見えるのが面白くて、しばらくボーッと眺めてた。
そしたら…陽炎の向うから……ナミが歩いて来たんだ。
ナミは……ユラユラ揺れながら…段々俺の方に近付いて来て…
俺に気付いて…にっこり笑ったんだ。
声をかけようとしたけど…何故か出て来なかった。
その時には、もう揺れてなくて…はっきりして見えた。
直ぐ傍まで来て…また笑った。
けど…ナミも黙ってた。
ナミは、白くて短いワンピースを着てた。
それで――急に抱き付いて、俺にキスをしたんだ。
びっくりした…けど…ナミの口、グミみたいにプニプニしてて…
ナミの舌を俺…思い切り吸い込んだ。
ナミも俺の舌を吸い返した。
脳みそがふっとうして爆発しそうになった。
ナミの肌はゆで玉子みたくツルツルで、冷やっこくて気持ち良かった。
汗でヌルヌル滑らないよう、俺、しっかりと抱締めた。
気が付いた時には、俺もナミも裸になって、抱き合ってた。
不思議と誰も通らない坂道で、寝転んでた。
コンクリートの上、ジリジリと背中が焼けるように感じた。
ナミの汗が俺の体の上に、ポタポタと降って来た。
汗まみれのナミは、まるで水から上ったみてェで、キラキラ陽に反射して綺麗だった。
何処を触っても餅みたいに柔らかくて。
何処を舐めても果物みたいに甘くって。
俺が何かする度に、ナミは見た事も無い顔してみせた。
聞いた事無い声を出した。
それが嬉しくて、俺は何度も、ずっと…ずっと……
……何時の間にか、空が夕焼になってた。
ナミは何処かへ消えちまって……俺は道の端っこで、1人突っ立ってたんだ。
坂の下に見えてた陽炎も、消えちまってた。
ルフィは話し終えると、下向いて黙りこくっちまった。
おもむろに伸ばした手を額に当てる。
その手をばしっと払い除けられた。
「…熱なんて無ェぞ!」
かつて無いシリアスな形相で、俺を睨め付ける。
「熱射病かと思った。」
「俺は正常だ!!」
「異常者は皆そう言うんだって。」
「ウソじゃねェ!!本当に有ったんだ!!それも3回も!!」
「3回?」
「…最初は俺だって夢だと思ったさ。
けど!それから続けて2度、全く同じ事が起きたんだ!
場所は違うけど…ナミは決まって陽炎の向うから現れて…
それで…俺と……俺と……!」
「確かに不思議な夢ではあるな。」
「夢じゃねェって言ってるだろ!!」
胸倉を思い切り掴まれた。
駄目だ、こりゃ…完全に頭に血が昇ってやがる。
「夢じゃなけりゃ…何だって言うんだよ?」
至近距離から睨み合う。
黒い瞳に、俺の顔が映って見えた。
「…考えたんだ…俺。
あの『ナミ』は…こことは別の世界で生きてる『ナミ』で…
時空の歪みから、やって来たんじゃないかって…
あれは、陽炎なんかじゃなくて、時空の扉――痛ェェ!!!」
聞いててあんまりアホらしくて、つい、ビシッとデコピンかましちまった。
「馬鹿か、おめェ。…SF漫画の読み過ぎだ!」
「…じゃ…じゃあ!ゾロは何だって言うんだ!?」
「だから『夢』だろ。」
「真昼間に目を開けて夢見る奴なんて居ねーよバカ!!」
「『白昼夢』っつってな、目を開けたまま見る夢も有るんだよ。」
「本当に有ったんだ…!!!…あの時の、熱も、色も、味も、感触も…皆リアルにはっきり残ってんだぞ!!!」
「夢っていうのは、見てる内はリアルに感じられるもんなんだよ。熱も色も味も感触も、全てな。」
「…けどよォォ!!!」
「…んだよ?そんなに夢であって欲しくないのか?」
意地悪が口を突いて出る。
掴まれてるシャツから、緊張が伝わって来た。
「…じゃ、訊くけどな。ナミが消えた後、服は着てたか?」
「……着てた。」
「パンツはどうなってた?…汚れてたか?」
「……よ…汚れてた。」
「見ろ、やっぱり『夢』じゃねェか!」
ルフィが俯いて唇を噛む。
黒髪の隙間から、普段と全く違う、弱々しい目が覗いていた。
「………なら…何で…俺…あんな事…」
「…そりゃ…お前がナミを女として意識したからだろ。」
「……意識?」
「お前の中に、『ナミを抱きてェ』って意識が芽生えたんだよ。」
――いきなり頬を殴られ、ぶっ飛ばされた。
背後でCDか何かが割れた様な音がした。
「ふざけんなっっ!!!俺はナミにあんな事をしようなんて考えてねェ!!!!」
……っっの野郎…上等だっっ…!
直ぐ様応戦して蹴りを入れる。
次いで背中にエルボー食らわし、ゴミに埋めてやった。
大体、何の義理有って、俺がてめェの相談乗ってやんなきゃなんねェんだ!!
「…ぶち切れてんじゃねェよ!!!!…高校生にもなって往生際の悪ィ!!!……男はな!年頃になったら、誰でもスケベな夢見るような体になるんだ!!そんで大抵の奴が、母親とか姉とか妹とかクラスメートとか…自分と近しい女とヤる夢を見ちまうもんなんだ!!!」
……埋まったまま、ルフィは返事を寄越そうとしない。
雪崩を起した雑誌やCDや空き缶の隙間から、荒い息だけが届く。
「罪悪感持つのは解るけどな。メデタクも、お前が大人になった証拠なんだよ。…今度、赤飯でも炊いて貰え。」
「………じゃあ…」
「…んあ?」
――ムクリと起上がり、再び胸倉を掴まれた。
「…じゃあ!!…ゾロもそうゆう夢を見た事有んのか!!?」
「――はぁっっ!??」
「ナミとヤる夢見た事有んのか!!?」
目を爛々と光らせ、問詰めて来る。
「い!…いきなり何だよっっ!??」
「有んのか!!?無いのか!!?」
「だから、それはっっ…!!!」
「どっちだよ!!?はっきり言えよな!!!!」
「有るに決まってんだろうがボケ野郎!!!!!」
――しまった…ノせられたっっ…!!
「……有る…のか…?」
手がゆっくりと離れてく。
肩で息したまま、ルフィが腰を落す。
…耳に、クーラーの吐く音が戻って来た。
「……そうか…ゾロも見た事有るのか…俺だけじゃねェんだ…」
俯いたまま、ルフィが呟く。
「…あんだけ近くに居るんだ…そりゃ見るさ……」
誰に言うでもなく、呟いた。
「……そうか……何だ………そうかーーー……」
芯から安堵した様に、ルフィが長い溜息を吐いた。
……窓から空を眺める。
青空ピーカン照り、まだまだ茹だる程の熱さだろう。
「…此処に居ても埒が明かねェ。表へ出るぞ。」
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(2006.09.14)Copyright(C)びょり,All rights reserved.