夏陽炎  −4−
            

びょり 様



炎天下の坂道、陽射を避けてルフィと2人、緑陰の下に立った。

『蝉時雨』とは良く言ったもので、ミンミンシャワシャワ、本当に雨の如く鳴声が降って来る。


坂から見下ろした先には、陽炎がユラユラ揺らめいて見えた。


「どうだ?…その時と状況、おんなじか?」

「お、おう!!…全く、完全、瓜二つにな…!!」


緊張した面持ちで、ゴクリと唾を呑み込む。


……大袈裟な。


「んじゃ…行け!」


どんと背中を叩いてやった。


「――って本当に俺1人で向って行けっつうのかァ!??」

「…当り前だろ。こうゆう事は、独りで乗り越えてかなきゃならんもんなんだ!」

「…けどよ…また…もし見たら…」


また瞳に弱気が戻る。


「良いじゃねェか『夢』なら!折角だから、遠慮無く楽しめよ。」

「他人事みてーに言うな!」

「煩ェ!!実際他人事だっっ!!」


同い歳だろうが!!…てめェも…あいつも…!!

しかも俺11月産れだから、1番年下だぞ!!

なのに、どいつもこいつも…俺を何だと思ってやがる!?


「…日頃は恐い物知らずで鳴らしてる奴が、恐い夢見たくらいで、怯えてギャーギャー…っとに情けねェな…!!」

「怯えてねーよ!!ちっとも!!!」

「じゃあさっさと行けっっ!!!」


ムッとして怒鳴る口を掴み、後ろを向かせ、背後からドカリと蹴り上げた。

よろけたルフィがたたらを踏む。


と、くるんと首を回し、探るような目で、じーっと睨まれた。


「…何かゾロ…俺に八つ当たりしてねェ?」

「……気のせいだろ。」


そっぽ向き、視線を外す。


「そうかァ??………ま、良いか!」


そう言って、ふてぶてしい何時もの顔して笑った。

漸く調子が戻って来たらしい。


「…有難うな!ゾロ!」


にいっと虫歯1本も無い歯を剥き出して笑う。

つられてこっちも微笑した。


「…別にお礼言われる筋合無ェよ。頼まれて仕方なくしただけだ……傷付いてたみてェだから、会ったら謝っとけよ。」

「傷付く??何で???」

「お前に嫌われたと思って、傷付いてたじゃねェか!」

「俺がナミの事嫌いになる訳無ェじゃん。バカだなァ、あいつ!」


きょとんと目を丸くさせて言う。


「馬鹿はてめェだ」と言い掛けて止めた。


「まァ兎に角…礼なら、あいつに言え。」

「……解んねェけど、解った!――んじゃま、行って来る!!!」


気持ちを奮い立たせるかの如く、力強く宣言する。

前に出て、深呼吸に屈伸運動まで始めた。


…たかだか坂下るだけだってのに。


天然のフライパン化した道路に手を着き、用意ドンの体勢取った所で、またこっちを振向いた。


「…だけどゾロ……気を付けろよ。」


「……何がだよ?」



「…『夢』って、人から聞くと、うつるって言うぜ。」



意味深に笑う。



言い返す間も無く、ルフィはスタートした。


銀色に光る坂道を、真直ぐに駆け下りてく。


小さく縮んでく姿が、陽炎と重なる。


まるで水中に飛び込んでくかの様に思えた。




――あれは、陽炎なんかじゃなくて、




――時空の歪みから、やって来たんじゃないかって…




「…馬鹿馬鹿しい…。」


陽炎なんて、ただの光の屈折現象。

実体の無い幻じゃねェか。

イイ歳して…まったく笑い話だ。

今度ウソップにでもバラして、一緒に嘲笑ってやろう。


蝉の声が益々煩くなった。

脳に直接響いて、頭がぼう…っとなる。

幾分傾いたとはいえ、太陽はまだまだ高い位置に在った。

晴れてるのに、空気はベタついてる。

風も無く…この湿気じゃ、明日は雨かもしれねェ。

ナミに確認しとかねェと。

まったく、シャツが汗吸ってベトベトだ…今度こそ、帰って風呂入ろう。


…そう思った時だ。


陽炎の向うに、人影が見えた。


白っぽい像が、ユラユラ揺れている。


こっちへ早足で近付いて来る様だった。




――ナミだ。




白い、丈の短いワンピースを着ている。




――『夢』って、人から聞くと、うつるって言うぜ。




ざわりと総毛立った。


暑さとは違う種類の汗が、背中からどっと噴出す。


冷汗だ。


ナミが坂を駆け上り、こっちへ近付いて来る。


俺に気付いたらしく、顔を綻ばせた。




――陽炎の向うから……ナミが歩いて来たんだ。




――段々俺の方に近付いて来て…




――ナミは、白くて短いワンピースを着てた。




足が地面に凍り付いた様に動かない。


自分の鼓動が煩く響く。


ナミはもう、直ぐ傍まで来ていた。


目の前で、弾んだ息を整えてる。


オレンジの髪が、陽に反射してキラキラと輝く。


水中から上って来た様に、肌がしっとりと汗ばんでいた。




――それで――急に抱き付いて、




――気が付いた時には、




「……どうしたの、ゾロ?……怖い顔して黙りこくって…」




手を伸ばして、両肩を掴んだ。




冷んやりと、柔らかな感触が伝わる。




「………ゾロ?」




「…………『ナミ』…か…?」




「……見ての通り…。」




「………良かったっっ……!!」




情けねェ程、大きな溜息が漏れた。


汗で滑る肩を、しっかりと掴み直す。


その肩が小刻みに震え出した。


目を合せた瞬間、ナミは堪え切れないように爆笑した…


「…あんた達って、ほんっっとに似た者同士!!言う事為す事皆おんなじなんだもん!!も、おっかしいったらっっ…!!」


腹を抱えてケタケタ笑ってるナミを、呆然と見詰る。


「……さっき、この坂の下でね…ルフィと会ったの!!…まるでお化けにでも遭った風に血相変えて…私の肩掴んで…『ナミ…か…?』って…!!あんたとそっくりそのまま…!!」


「……人の気も知らずに…」


涙流してまで笑ってるナミに、舌打ちが零れる。


一気に力が抜けた。


肩を掴んだままだった事に気付き、慌てて手を離そうとする。


その手をナミに捕えられた。


「…喧嘩してまで引き摺り出してくれたの?有難ね、ゾロ!」


「…別に喧嘩までしちゃいねェよ。」

「だって…口、切れてるよ。ルフィはおでこに痣作ってたし。」


自分の唇横を指して、微笑む。


握られた右手に熱が灯った。


「お礼に冷たい物でも奢ったげる!今からマクド行こ!」


引張られた拍子に、足がよろける。

抜けた力が中々戻らない。


「要らねェよ、お礼なんて!…早く帰って風呂入りてェんだ、俺は!」


焦って振り払おうとして、今度は左腕を捕られちまった。

そのまま問答無用とばかりに、ズルズルと引き摺り下ろそうとする。


「持ってる割引券が今日までなの!お風呂なんて何時入っても同じでしょ!?」

「勝手言ってんじゃねェよ!!さっきは人に早く入れっつっといて、意見コロコロ変えんな!!」

「先にルフィ行かせて席取らせてんだから…早く!!」


「だからお前ら……偶には俺の事情も思い遣れェェ…!!!」


怒鳴られようと気にも懸けず、ナミは俺の腕を引張り、坂を駆け下りてく。



俺達の行く手には、ユラユラ揺れる陽炎の壁。



世界は、そこから違って見えた。




【了】


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(2006.09.16)

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<管理人のつぶやき>
桜トンネル』のルフィ、ゾロ、ナミの高校時代のエピソードです^^。
ルフィの様子がおかしいなんておかしい。しかし、実際おかしいのでした。それは、彼が「性」に目覚めたから。ナミを女として意識してしまい、彼女を避けていたのです。
一足先に経験してたゾロは、すぐ事態を把握しアドバイスできました。そうか、ゾロ、お前もかー!
後半で現れたナミに、私も一瞬時空の向こうから来たのかと、ビビってしまったですよ(汗)。
陽炎の向こうに、「性」という異世界をしばし垣間見たような気がしました。

びょりさんの7作目の投稿作品でした。読み応えある連載をどうもありがとうございましたーー!

 

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