だんだら 第二部  −3−
            

雷猫 様



朝起きると、隣にいたはずの男はいなかった。
ただ1枚の紙に書いた花家の住所はなくなっていた。那美は男が自分に会いに来てくれることを願い、祗園へ向った。


「那美、昨日の男とはどういう関係になったのかしら?」

祗園に近づいて来た道中で、露罠が訪ねた。

「えっ!?」

「昨日の晩、二人の話を聞いていたの。浪士と恋仲になっていい事はひとつもありません。会いに来ても断りなさい。」

「なぜですか?あの方には、そばにいる者が必要だと思います。」

「・・・・勝手になさりなさい!!」


客との恋愛は御法度。ましてや浪士などとは、有り得ない。それは那美も充分分かっていた。

だがやはり、会いに来たその男に、別れなど告げなかった。



ここまでが、今までの話である。
そしてここからが、これから起こる、未来の話―。



とある朝。
那美は客の相手をする時以上に身だしなみを整えていた。

こういう時はいつも、今で言う、デートの日だ。

壬生浪士組の隊士と付き合っている、と、他の太夫や天神に嫌われがちだった那美の良き理解者は、花家1番の太夫、或美蛇(アルビダ)である。

「或美蛇姐さん!今日も早めに終らせていただいてもいいですか!?」

「いいよ、いっといで!客には私からいっといてやるからさ。」


夕刻5時方。花家の裏でいつも待ち合わせだ。
那美は、時雨の顔がちらっとでも見えると大声を出すのだった。

「時雨様ー!!!!!」



「・・遅くなりました。」

「どうだった?楽しかったかい。」

「はい。かたじけのうぞんじます。」

「いいんだよ。またいつでも行っといで。」

はい。と那美は小さく言って、部屋へ上がっていった。


「いいのかしら?」

風呂から上がった様子の露罠が或美蛇に問い掛けてきた。

「なにがだい。」

「那美が仕事をさぼって男と会っている。しかもそれは壬生浪。いつまでも続くとは思えなくて。」

「いいんだよ。あの子は楽しそうにしてるじゃないか。まずしい家族のために身売りをするなんて、ご褒美なしじゃさせられないよ。」

「納得できないわね。」

そう言い捨てて露罠は部屋に行った。
那美の部屋へ。


「那美、いいかしら?」

「はい。」

そう言って那美は戸を開け、露罠を中に入れた。
露罠は座るなり言った。

「時雨さんとは別れなさい。いいことはないわ。」

「な、なにを言い出すのです。」

「あなたの父上、母上、兄上が壬生浪と付き合っているだなんて知ったらどう思うかしら?」

「それは・・・・・。」

「私はあなたのことを思って言っているのよ。みんなには迷惑をかけているし、何より1番悲しむのは家族ではないの?」

「・・・・・・。」

「別れなさい。」




薄暗い部屋で、那美は何を思ったのか。涙を流し、声を押し殺し。



翌日―



「那美、こんなところに呼んでどうしたんだ?」

時雨を呼び出したのは、小さな茶屋。
那美は時雨を見ずに言った。

「時雨様・・・・・。私達は・・・」

言いかけた途中で、耐えてきた涙と感情が一気に溢れ出てきた。

「愛しています。ずっとあなたを。」

そう言って、那美は時雨に口付けをした。

「那美・・・?」

涙でいっぱいの涙で時雨を見つめ、笑い、言った。




「さようなら。」




那美、と言おうとした時にはもう那美は走っていった。
追いかけられなかった。







1ヶ月という長い月日がたった。


「最近あんた時雨さんと出掛けないね。何かあったのかい?」

或美蛇が聞いた。


「・・・・・別れました。」

「は・・・別れた・・って。。何故?」

すると那美は泣き出した。

「な・・・」

「追いかけてくださらなかった・・。」

「え・・・?」

「名も呼ばれなかった・・。きっと時雨様は・・・とうの前から私を・・・・。」


うわぁぁぁぁんと泣きつづける那美に、或美蛇はただ支えてやることしかできなかった。





―試衛館―

「時雨。お前に会わせろという者が。」

土方に呼ばれ、時雨は応接間に入った。
そこにはとてつもなく綺麗な女。或美蛇が座っていた。

「花家の者だけど。」

「・・・・なんの用だ。」

「那美のことで・・・・・・。」

時雨は目を或美蛇に向けた。

「別れを切り出したのはあいつだ。もうよいか。」

「なんで追っかけてやらなかったのかい。」

「あ?」

「なんで呼びとめてやらなかったのかい。」

「・・・・・。」

「那美はあんたに前から嫌われていたのではないかと、落ちこんでいたんだよ。」

「文句を言いたいのは俺のほうだ。何故いきなり?あんな馬鹿女・・・・・」

そうっ言って時雨が立ち上がろうとした時だった。



「馬鹿女だって、後悔はする。」


そう言った或美蛇を睨み、時雨はバンと畳に手をついた。



「後悔したって、おせーよ。」




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(2004.04.27)

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