だんだら 第三部  −3−
            

雷猫 様



隣には泣いている女。

朝早く起きすぎた時雨は、思わず欠伸をした。さっと口を隠し、那美にバレないよう。


「時雨様・・・・・。」

「・・・・ん?」

「やはり・・・気になります。家族の・・安否は・・・・?」


すいません。と、口を押さえ涙を堪える那美の姿は、なんともいたたまれなかった。


「今は戻らない方がいい。きっと大丈夫だ。」


そう気休めを言う事しか、時雨にはできなかった。

(こいつの家族は・・・もうきっと駄目だろう・・・・・。)

そう心の何処かで考えた。なんとも可哀想だ。と思うしかなかった。



やってきた道を戻り、気付けば花家の前に来ていた。


「よく休め。家族の事は・・・・安心して・・考えるな。」


はい。と小さく頷き、那美は店の中に入った。



「・・・・ハァ・・。なっさけねぇ・・。」

空を仰ぎ見ても、どうにもならん。眩しい太陽に目を瞑った。
ぎゅっと目を瞑ると、涙が出てきた。

(昔の俺と・・一緒なんだよ。那美。)


親を失くし、めぐり合ったのは天国か?地獄か?

憎んでないと悲しみに押しつぶされそうだった、俺は―・・・。

お前は、悲しんでないとダメなんだな・・那美。



そう思いに浸っていた時雨の思考を止めたのは、美々の一言だった。

「時雨さん?どうしたんです、上向いて。」

「・・あ?あぁ・・・・何でも・・・。」


美々に気づかれないように涙を拭い、笑って見せる。


「上ばかり向いていると、人にぶつかってしまいますよ。」

アハハと愛想笑いを見せ、美々は店に入っていった。


時雨はフゥとため息をつき、呟いた。


「笑顔を見ると・・・和むねぇ・・・・・・。」






―1ヶ月後―

あの事件があった日から、那美とのデートは少なくなった。
那美を誘うのには気が引けた。時雨は、自分のせいだと思っていたのだ。


花家の前を通りかかった。

那美が出てくるかもしれない。話そう。話して、元気になってほしい。
そう思いながら、花家の玄関をずっと見つめていた。


「・・・・馬鹿か俺は・・。」

そう言って立ち去ろうとした時、声が聞こえた。




「時雨様!!!」


「那美!??」



店から出てきたばかりの那美は、慌てたのかつまずき、その場に転んだ。

「おいおい大丈夫かよ・・。」


手を差し出した時だった。


「手紙が・・・・。」

「え?」



「手紙が来たんです。父上と母上と・・兄上の・・・・・通夜の・・御呼びがかかりました・・・・・。」

「通夜・・・・?」


「殺されたそうです・・・・。」


何も言えなかった。


「私の・・・せいなんです。あの時私が大人しく行ってたら・・・・・・・、あるいは・・?」

「お前のせいじゃねぇ!!!大丈夫だ!那美・・・・!」




‘‘大丈夫‘‘




手を強く握って言った。かすかに震える手を強く、握った。


「だって・・・前にもそうおっしゃった!!!」

「ぇ・・・・・?」


「『大丈夫だ』って・・・。『俺がいる、家族は大丈夫だ』って・・・・!!」


「那美・・・・・。」



「でも大丈夫じゃなかったよ・・?みんな死んじゃった・・・・。」

「那美!!!」




「いい加減な事言わないで!!」


時雨は握った手を静かに離した。



時雨様・・・・


言ってはいけない一言を

言ったという自覚はあったけど

でも頭ん中が真っ白で

雪みたく真っ白で

もう何も考えられなくて

そのまま思考を止めた






キシ・・と音がした。
振り返ると時雨の後ろには美々がいた。




「あ・・・・・。あの・・茶屋にでも・・行きませんか・・・・?」








「さっきの聞いてたのか?」

団子を食べながら時雨が問う。

「少し・・・・。」


時雨は頭を抱え言った。

「オレさ・・・・。」

美々の目線が団子から時雨に移る。


「自惚れてたんだ。多分・・もう長いことずっと。どん底の1ヶ月前からあいつを救ってやれたと・・どこかで思ってた。」


「やっぱり・・・那美さんと付き合ってたんですか・・・。」



「・・・・守って、支えて・・理解して大事にしてやって・・・。一生寂しい思いなんかさせない。家族なんかいなくても・・・ほかの誰がいなくても・・・・・・、オレが―・・・。」



時雨は顔を隠した。



「・・・・わり・・・・・・みっともねぇ・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・情けね―・・・・・・・。」






翌日、那美は朝早くから花家をこっそり出た。

だがすぐに後ろから美々の声が聞こえた。


「那美さん・・、時雨さんに会わずに通夜に行くの!?」


「―今は・・・何をどう時雨様と話していいか・・・頭ん中ぐちゃぐちゃで・・。落ちついて頭整理できたら・・すぐに会いに行く。時雨様にそう伝えて。」


そう言い捨てて那美は歩いていった。
美々は那美の後姿を追った。



「・・・・那美さんはずるい。」


思いがけない言葉に、那美は振り返った。


「自分ばっかり傷付いたフリをして・・、ほかの人間は傷付いてないとでも思ってる!?」

「美々・・・・・。」


「―伝えませんから!!あたし・・・・っ!!!」


1回美々はどもり、すぐ那美を見つめ言った。



「あたしも・・・時雨さんが好きだから!!!!!!!!」



タタタッと美々はすぐに店に戻って行った。




呆然と佇む那美は、上を見上げた。



「あ・・・・・桜散る・・・・・・・・・。」


桜が降る


出会いのあの日の天から

降り注ぐ




桜はしんしんと降り続き

原色の街を



やがて紅色に変えた




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(2004.05.18)

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