緋焔 −10−
こざる 様
翌朝、ゾロ・ナミ・ウソップ、そして、何にでも首を突っ込みたい船長の4人がリンに連れられて船を降りた。
「じゃあ、お昼までに帰って来るから、出港準備ヨロシクね〜。」
ナミが大きく手を振る。
港が見え始める頃、リンがしきりと腰の白夜に手を掛けて視線を彷徨わせていることにゾロが気付いた。
「どうした、道でも判らなくなったのか?」
「君じゃあるまいし。」
「どういう意味だ!」
「私は君のように迷子になったりはしない、と言うことだ。」
「!!!」
まるで言葉を飾らないリンに、ゾロは返す言葉も失くした。
「いや、白夜が注意しろ、と言うのだ。誰かが近くにいるようだ。」
「誰かって何だよ。」
今度はルフィが口を挟む。
「うむ、前に一度会っている?ああ、あの海兵の刀か!」
「おい、リンは誰としゃべってんだ?」
「多分、白夜だと思うわ。」
「白夜って誰だよ。」
「リンの刀よ。」
「なに!アイツ、刀としゃべれるのか。おっもしれ〜な〜。」
リンの後でナミとルフィの会話がはずむ。
「海兵の刀って?」
今度はゾロがリンに問いかけた。
「店に来た海兵だ、君達の手配書を置いて行った。彼女の腰に刀が一振りあった。白夜が言うのはあれのことだろう。」
彼女、刀、海兵、から連想される人物を思い描き、ゾロはゲっと唸った。
「ん?知り合いか。」
「知っちゃいるが、知り合いじゃねぇ。」
苦虫を噛み潰したような表情でゾロがうめく様に言った。
「アイツがいるのか。面倒だな。」
「な、なんだよ、ゾロ。誰かやべぇヤツがいんのか。」
既に逃げ腰になっているウソップが問いかける。
「煙野郎んとこの女海兵が近くにいるらしい。ま、煙野郎も一緒にいると考えた方がイイだろうな。」
「煙野郎って、アラバスタで逢ったあの海軍大佐かよ、やべえじゃねえか。」
ゾロとウソップの会話を聞いて、リンが口を挟んだ。
「話中に割り込んですまんが、その煙野郎、と言うのは葉巻を何本も咥えている大男の海兵のことか?」
リンの問いに、ナミが答える。
「たぶん、その人よ。ただ、煙野郎、と言うのは葉巻の煙のことじゃないの。モクモクの実の能力者で体を煙に変えることが出来るのよ。ルフィも一度その能力に捕まったって。」
「ほおぉ。煙で人が捕まえられるのか。見てみたいな。」
「アンタはいいけどね。あたし達は海賊で賞金首なんだから。海軍に捕まったらあの世行きよ。」
「確かに。失礼致した。」
片眉を器用にひょいと持ち上げ、リンはナミに頭を下げた。
「幸い、気配は遠ざかる方向だ。急いで社に行こう。」
リンは足を速めつつ、道を外れそうになるゾロの襟首をつかんで引き戻した。
そのままゾロをくいっとナミの方へ押しやると「ナミ殿、頼む。」と言い、自分はウソップと並んで歩き始めた。
これから行くところがどういうところか、説明をしている。
道具好きのウソップは興味しんしんだ。
取り合えず珍しいものが好きなルフィがいろいろ嘴をはさむ。
先を行く三人の背を追いながら、ナミはそっとゾロの手を取った。
「ほら、逸れないでよ。」
メイン通りから一本入ったところに、その社はあった。
静かな木立に囲まれて、そこだけ喧騒からは切り離されている。
鳥居を潜った途端、何ともいえない優しい気持ちになるのをナミは感じた。
何かしら、と首を巡らしてギョッとする。
ウソップの両目からポロポロと涙が落ちている。
しばし、その場にたたずんでいたリンが、ウソップに静かに声をかける。
「主のために役目を果たすことが出来た、それが彼らの誇りであり、存在意義だ。ここでゆっくり思い出を噛みしめ、成すべきことを成し遂げた、と納得して昇華してゆく。」
「メリーは、メリーは・・・。」
「それには私も驚いた。思い出を噛みしめる必要もなかったと見える。そのまま、自分のなすべきことをやり遂げた喜びに満足して昇華したようだ。随分と君達に大事にされ、心が寄り添っていたのだな。」
そのまま言葉もなく涙を流し続けるウソップをリンは柔らかな視線で見つめていた。
やがて、ゾロを促し奥の社へ向かった。ルフィはその後についていったが、ナミはそのままウソップとその場に留まった。
この場の空気をもっと感じていたかった。
不意に何かが変わった気がした。
隣に立つウソップにも緊張が走る。
すいっと視線を彷徨わせたウソップは
「やべえ、スモーカーがここへ向かってる。」
小さく叫ぶと、奥の三人に知らせるべく走り出そうとした。
その瞬間、
「むぎわらぁ!」
「ロロノア!」
二つの怒鳴り声が木立に響き渡る。
その声の響きも消えぬ間に社から三人の人影が飛び出してきた。
そのまま、リンの先導に従って奥に駆け抜けて行く。
怒鳴り声の主も慌てて、後を追ってゆく。
木立の陰になって、ナミとウソップには気付かなかったようだ。
それを見送るとウソップはナミの手を引き「こっちだ。」と木立に駆け込んだ。
敷地を囲む垣根の一箇所に子供が通るような穴があいている。そこから二人は駆け出した。
「よく、あんな抜け穴見つけたわね。」
「教えてくれたんだ。多分、あそこで休んでいる誰か、だろうな。」
どうやら道具好きの狙撃主は、道具の方からも愛されているようだ。
ルフィ達が海軍に追いかけられているのだろう騒ぎが、左後方から聞こえる。
その喧騒を他所に、二人は裏道を駆け抜け、船に向かう途中の浜で物陰に隠れた。
程なく騒ぐ声が近付いてきた。
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(2008.08.08)