緋焔 −11−
            

こざる 様




リンの先導で、ルフィ、ゾロはメインストリートを駆け抜ける。

ヘタに狭い脇道に逃げ込むと挟み打ちに合うかも知れないからだ。

更に、一般人の多くいる場所では海軍の動きは制限される。



目論見通り、人ごみに紛れ港の外れまでは大した混乱もなく来れたが、さすがに何事もなく出航、とは行かないらしい。別部隊が先回りをしていたようだ。先頭を行くルフィの前に飛び散る海兵が見えた。

「ちっ、先回りか。」

「だけでは、なさそうだぞ。」

ゾロの言葉にリンが答える。

なんだ、と問う間もなく脇道から別の部隊が飛び出してくる。



「ロロノア!」

勇ましい声を上げて現れた人物は、何故か何もないところで躓いてメガネを落とした。

慌てて、「メガネ、メガネ。」と手探りしている。

その間に、わらわらと現れた海兵がゾロに向かって殺到する。

海軍と海賊の争いと見て、人々はさっと引いてゆく。

周りに一般人が居なくなったことを見て取ると、「竜巻!」

ゾロは、集まってきた海兵を一気に吹き飛ばした。



3億と1億2千万の賞金首を捕まえようと言うだけあって、飛ばしても飛ばしても、後から後から海兵が襲い掛かってくる。流石の二人も先に進めず足を止められている。

リンのことは巻き添えを喰った一般人とでも思ったのだろうか。

掛かってくる海兵は居なかった。

これ幸いとリンは傍観を決め込み、ゾロと不知火の戦いっぷりを検分している。

そこへ、声をかけて来るものがあった。



「貴方は鈴音工房のリディアさんですね。何故、ロロノアと一緒だったんですか。事と次第によっては身柄を拘束致します。」

先程、躓いていた海軍将校、たしぎだ。

「いかにも、私は鈴音のリンだ。」

リンの応えは短く声が冷たい。

どうも、たしぎに対してリンは良い感情を抱いていないように見受けられる。

たしぎもそれは感じたようで軽く眉根を寄せた。

それでも海軍としての任務がある。

「ロロノアが新しい刀を手に入れたようですね。あれは貴方のものですか。」

「あれは見ての通りゾロの刀だ。」



リンの小バカにした物言いに、たしぎもついカッとなった。

「わざと質問の意図を取り違えないで下さい。貴方は悪名高い海賊に自分の打った刀を使わせて平気なのですか。自分の刀に誇りはないんですか!無力な人々が危険に曝されるんですよ!」

「ゾロは刀を振るう相手を選ぶ。危険に曝されるのは、そうなるべき者だけだ。不知火はゾロを選んだのだし、ゾロもその気持ちに応えた。私が彼らの選択を否定する道理がない。」

「刀を振るう相手を選ぶ?」

「ああ。ゾロは自分の前に立ちはだかる者には容赦なくその力を振るうだろう。だが、誤ってまろび出た者を切るような真似はしない。故に無力な無辜の人々が危険に曝されることはない。」

「私は刀を振るうに値しない、と?」



たしぎとの会話が噛み合わない。

勝手に自分の思いに入り込んでいるらしいたしぎにリンは興味を失い再びゾロに目を戻した。



そもそも、リンはたしぎが好きではなかった。

店に現れた時に「悪党の手に渡った名刀を回収する」と言う自分の夢を語るたしぎに「刀自身の希望はどうするのか。」とリンは尋ねた。

たしぎは、刀の希望?と首を傾げたが、悪党と共にあること自体不幸に決まっている、と応えた。

その時点で相容れぬものを感じたのだ。

更に、白拍子を見た時の対応にその気持ちを強めた。



「これ、白拍子じゃないですか、業物はさすがに、綺麗な刀身ですね。」



白拍子とはゾロが店で見て、覇気がないと断じた刀だ。



ゾロの言うように、白拍子には覇気がない。

心を折られてしまったからだ。

白拍子の持ち主は、誤って己の子を白拍子で切ってしまった。

主はその過ちを受け入れることが出来ず、腹を切って死んでしまった。

白拍子は己が、主とその子供を殺してしまったショックに心を折られてしまったのだ。



業物の輝きはその宿るものに因っている。

宿るものを失くした白拍子は単なる切れ味の良い刀になってしまった。



それが見えず、業物であると言う外的要因によって判断をするたしぎをリンは信用できないと感じた。

自分の目で判断しない者は、他人の言葉や評価に左右されるから信用できない、

女である、と言う外的要因で鍛冶場から人を追い出す人物と大差ない、と。

リンのたしぎに対する気持ちが嫌い、ではなく好きではない、に留まったのはたしぎの刀が主を好いていたことによる。

相棒に好かれている以上、良い点があるのだろう。



不知火は既にゾロの相棒として馴染んだようだ。

生き生きと走り回る不知火を満足げに見ているリンの視界に、ルフィの動きがとまるのが映った。

網をかけられて捕まったようだ。

通常の網ならば、ルフィを捕らえるなど出来ない。

身動きできないでいるところを見ると、海楼石を編み込んだ対悪魔の実用の撮り網だろう。



ルフィを捕らえた海兵達の勝鬨の声を聞いて、たしぎも我に返った。

「第三部隊はそのまま麦わらの身柄を拘束。第二部隊はロロノアを挟み撃ちにして下さい。」

大声を張り上げて、自らもゾロの捕縛に走り寄ろうとする。



ゾロは苦手が近付いてくるのを見て、引きつった顔で叫んだ。

「リン、わりい。そいつ留めといてくれ。」



「了解。」

その言葉が耳に届くと同時に右足に鋭い痛みを感じ、たしぎは思わず足を止めた。

「えっ?」

右足脹脛に刃物で切られたような鋭い傷が付いている。

みるみるうちに、血が流れ出した。

背後には、無表情なリンが抜き身の刀を右手に下げているが、剣先の届く距離ではない。

第一、刀身は曇り一つなく、モノを切った後には見えなかった。



「な、に?」

その疑問に答えるかのようにリンが無言で剣先を軽く振った。

今度は、たしぎの頬が切れた。

「かま、いたち?」



軽く振ったように見えた剣先は、余程鋭く振られたものなのか。

剣先から衝撃波が生み出され、たしぎの皮膚を鋭く切り裂いた。

それも、傷が深すぎないように完全に威力を制御している。

狙いも正確で、その技量にたしぎは強い羨望を覚えた。



海楼石に捕らえられては流石のルフィも手も足も出ない。

このままではルフィが連れ去られるのは必至と見て、リンも加勢することにした。

「おぬしはそこに居よ。動けば今度は健を切る。脅しではないことは、ぬしにも分かっていよう。大人しくしておれば手は出さん。」

そう言うと、リンは行く先に立つたしぎが視界にも入らぬ様子でゾロに向かって足を踏み出した。



ゾロは、リンにたしぎを留めろ、とは言ったが、たしぎを任せたとか頼む、とは言わなかった。

それが、たしぎには自分が相手にするに値しないと言われているように感じた。

そのうえ、リンからはあからさまな実力の差を見せ付けられる。



ゾロには相手にされない、

刀鍛冶にさえ剣技で遅れをとる。



無力感に打ちのめされ、ゾロに向かってたしぎは呻いた。



「何故、ロロノアは私と対峙しない?私が女だから?ならば、いっそ男に生まれたかった。」




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(2008.08.08)


 

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