緋焔 −12−
            

こざる 様




「いっそ、男に生まれたかった、だと?」



低い声が背後から襲いかかり、たしぎはびくりとして背後を見た。

瞳を光らせた、冷ややかな表情のリンが立っている。



その目の威圧感。

猛禽類の前に飛び出してしまったウサギはこんな気持ちなのだろうか、

思考も体も硬直したまま、たしぎは思っていた。



「ゾロは男だから強いのではない。己を高みに導く心力を持つが故に強いのだ。己の性別を言い訳にする輩に敵う相手ではあるまい。」

「言い訳なんかじゃありません、事実です。」

「腕力が敵わぬは事実。されど、胆力が負ける理由にはならん。個の戦闘力ではナミさんは貴方に敵わなかろう。しかし、彼女は屈強な男児にも出来ぬことをやってのける。世界政府にひれ伏さず、勝利して帰って来ただろう。己の信ずるところに従い、いかなる外力にも屈しない。それが心力だ。自身をありのままに受け入れることの出来ぬ貴方には持てぬ力だ。」



リンの言葉にたしぎは蒼ざめて、震える声で言葉を紡ぐ。

「あなたに何が判ると言うのです。どんなに鍛えても、あんなに逞しい体は得られない。いくら走り込んでも私より先を走るものがいる。生まれ持った力の差をどう埋めれば・・・。」

「男と女では体のつくりが違う。そもそも違うものを同じ土俵で比較する意図が見えぬ。鳥が飛べるのに己が飛べないと言って何を得ようと言うのだ?」



冷たく切り捨てるように言い放ったリンだが、たしぎの途方にくれた子供のような半べそ顔に威圧感を押さえた能面の様な表情で言葉を続けた。

「厭うべきは性別による差ではなく、その差を理由とした差別だろう。貴方が女性であることを理由に海軍に入ること、実績に見合う昇進を妨げられることがあれば憤ればよろしい。」

力を失って地べたに座り込んでいるたしぎは、その言葉の裏に微かな悲しみを感じた。

それを無表情に見下ろしていたリンの表情が不意に硬くなった。



「・・・不知火?」

小さく呟きながら上げた視線の先に、熊のような大男と対峙しているゾロが見えた。

大男が円月刀を振りかざし力に任せて圧し掛かりゾロを足止めしている間に、海兵達が海楼石に触れ力を失っているルフィを連れ去ろうとしている。



と、ゾロの体が微かに右に傾いだ、その刹那、甲高い音がして刀が折れた。

力の受け場を失ってバランスを崩した敵を、ゾロは残る刀で難なく仕留める。

それを見て取る間もなくリンは、腰に挿した緋焔を抜き取った。



「ゾロ、緋焔だ!」

大声を張り上げながら、リンは抜き身の緋焔をゾロに向かって投げる。

曇り一つない皇かな刀身はゆるく回転しながら、ゾロに向かって一直線に進んでゆく。

リンの足元で力を失っていたたしぎは小さく「ひっ!」と声を上げた。



ゾロは折れた不知火を鞘に戻しざま、躊躇いなく緋焔を受け取ると

「竜巻!」

と技を放ち、ルフィを捕らえている網とそれを取り巻く海兵を一気に薙ぎ払った。

海楼石に力を奪われてぐんにゃりしているルフィにゾロが駆け寄る隙もなく、麦わら帽子が煙に取り囲まれて見えなくなる。



「スモーカーさん!」

「、チッ!」

たしぎとゾロが同時に声を上げた。

煙の先には葉巻を3本口にくわえた白猟が立っている。



「ゾロ、緋焔と心を合わせろ。そいつは火を放つ。」

言いざま、リンがゾロの横を駆け抜けルフィに向かう。



一瞬、瞳を隠したゾロは、カッと目を見開いた。

「百八煩悩砲!」

地を這う斬檄は緋色の焔を纏い、煙を打ち払った。

焔の生んだ熱風が更に煙を吹き散らす。



スモーカーがひるんだ隙にリンはルフィを肩に担いで走り出した。

どこからか「ウソップ、今よ!」と言う声がして、辺りが黒い煙に包まれる。

煙の中から「リン、ルフィをお願いね。」と言うナミの声が聞こえた。

そして、見当違いの方向へ遠ざかろうとしていた緋焔の気配が戻ってきたことを感じ、リンはそっと笑みを浮かべた。



やがて、長鼻の狙撃手がリンと並走し、

航海士に軌道修正をされた剣士が追いついてきた。

船長がようやく力を取り戻し、リンの肩に担がれたまま「じゃあな〜、ケムリン!」と暢気に背後に声を掛ける。

そして、

「そんじゃ、逃げるか。」

と言うなり、担がれた姿勢のまま腕をぐいーんと伸ばす。

既に視界に入っていたサニー号の船べりを署ルむと浮いている両足で4人を絡め取りそのまま船に一直線に飛んでいった。



サニー号では既に出航の準備は整っている。

甲板で様子を確認していたロビンが千の手を網目状に咲かせて、船長を中心としたゴム弾を柔らかく受け止める。

「あら、戻ってきたのね。」

飛び込んできた人数を確認してロビンが呟いた。

「ロビンちゃん、何かあったの。」

ロビンの呟きを耳聡く聞きつけたサンジが声を掛ける。

「いいえ、何でもないわ。それより直ぐに出航しましょう。海軍が来るわ。フランキー、お願いね。」

「おう、任せとけ。」



ようやく、甲板に落ちたゴム弾が解けて人間に分かれる。

ルフィ・ゾロ・ウソップ・ナミ そして リン。

ロビンのフォローのお陰で然したるダメージを受けては居ないようだが、リンは流石に何が起こったのか判らず戸惑っている。



「ルフィのゴムゴムの能力で船まで飛んできたのよ。」

「あそこから一足飛びか。便利な能力だな。」

「しししっ。遠くの肉を取るのも簡単だしな。」

「「「取るな!(ゴンッ)」」」



海軍に追われている最中とは思えないのどかな雰囲気だ。



が。

「来る。」

リンは面を引き締め呟いた。

そして、ゾロに預けた緋焔を手に取ると、

「取って置きをお見せしよう。」

と言い船べりの上に立った。



海岸に海軍が集まり始めている。

スモーカーが体を変化させ始めていた。



「緋龍(ひりゅう)爆焔(ばくえん)!」

大上段に構えた緋焔を一気に振り下ろすと、剣先から緋色の龍が躍り出る。

龍は海上を走り海岸間際でその体を炎上させると、大きな焔の緞帳(カーテン)が現れた。

焔のカーテンが上昇気流を生み出し、スモーカーは思うように能力を発揮でない。



「すっげぇ!」

「きれい」

「見事だな」



麦わら一味の賛辞を一身に浴び、優雅に一礼するとリンは船べりから飛び降りた。



「今のうちに出航を。」



「「「「「「「オーッ!」」」」」」」




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(2008.08.08)


 

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