緋焔 −9−
            

こざる 様




「で、不知火でいいか?」

「ん、ああ、なかなかいい感触だ。」

「それはよかった。不知火は既に君にベタ惚れだ。可愛がってやってくれ。」

「おお、まかしとけ。ナミ、コイツに決めた。支払い頼むな。」

「判ったわ。おいくら?」

「あ〜、では80万ベリーでどうだ?」



「鍛冶さん、それはちょっと。」

ロビンが慌てて口を挟んだ。

「なに?高い?」

「逆よ。鈴音の刀はそんな安物じゃないわ。業物の選定は受けていないけれど、良業物か、大業物に匹敵すると言われているのよ。」

「ロビン殿。それは買いかぶり過ぎだ。鈴音はその剣士に合う刀しか渡さん。だから、使う本人には大業物以上に感じられる、と言うだけだ。それに、法外に安くしたわけではない。まず、不知火がゾロにベタ惚れだ。また、今宵のディナーは高級レストランもかくや、と言う内容だった。私の感謝の意だ。更に。」

と言って、リンはふわりと優しい笑みを浮かべた。

「この船はいい。どこもかしこも、活気と喜びに満ちている。皆、自分の道具を相棒として大事にしている。その想いが何処にいても伝わってくる。職人として、こんなに嬉しい場所はない。不知火をこの仲間に迎えてもらえて私も嬉しい。」

「確かに。この船は最高よ。」

誇らしげにナミが言う。ロビンとゾロも頷いた。



「では、雪走の供養をしようか。この町に、役目を終えたモノ達の供養をする社(やしろ)がある。明日の午前中、船を離れても大丈夫か?」

とリンはゾロに問いかけた。

「ああっと、出航は昼でいいか。」

ゾロは航海士に確認を求める。

「そうね、ここから近い?」

ナミはリンにたずねた。



「ああ、そうは遠くない。ところで、ウソップ殿は明日、お忙しいか?」

「ん〜、多分、大丈夫だと思うけど、なんで?」

「出来ればご同行願いたい。」

「?」



何故、いきなりウソップを名指し?と言う声にならない疑問を感じ取ったらしい。

「役目を終えて、休息に付いているモノたちをお見せしたい。見捨てるわけでも、切り捨てるわけでもないことを、実際に感じ取れる場所なのだ。ご本人も納得しておいでのようだが、実感できれば、尚いいだろう?」

「な、んで・・・メリーのこと?」

「メリー、と言うのか?ウソップ殿の工房に伺ったときに、彼の仲間達が教えてくれたのだ。休息に付いた仲間が居る。ウソップ殿は時折悲しそうな目をする。我々はその気持ちがあれば幸せだと伝えたい、悲しまないで欲しい、と。他でも、その気配は感じたが、彼の工房ではそれが強くてな。ウソップ殿に所縁が深いのだろうと推察された。」



メリーを巡るウソップとルフィの決闘の思い出が蘇る。

「ええ、そう。ウソップが一番メリーに近いわ。是非連れて行ってあげて。良かったら私も同行したいわ。」

ナミの言葉にリンはゾロに視線を走らせ「それは助かる」と軽く口端を上げた。

その視線のあからさまな意図にゾロは不機嫌に手元の酒を胃に流し込んだ。



「このように長居をする気はなかったので、泊まりの準備をして来なかったのだ。ロビン殿、悪いが何か夜着になるものをお貸し頂けるか?ついでに寝床も。」

「もちろんよ、私たちの部屋に簡易ベッドがあるからそれを使ってくれる?こっちよ。」

「では、お二方、申し訳ないがお先に休ませて頂く。酒も程ほどになされよ?」



ロビンに連れられてリンが部屋を出て行った。

ゾロはその後姿をじっと見ていた。

再び、ナミの心にチクチクとした痛みが走る。



「なあ、アイツ誰かに似てねぇか。」

物思わし気にリンの後姿を見送っていたゾロが、考え込んだ表情のまま呟いた。

「アイツって、リンのこと?」

「ああ。本人に会うのは初めてだってのは判る。だが、知ってる気がしてなんねぇ。」

「何よ、リンのことが気になるんだったら、そう言えばいいじゃない。」

ナミはズキズキする心に逆らって、からかうように言った。



「何言ってんだ?そんなんじゃねぇ。気配を知っているってのか?手合わせした時も、それに緋焔からも同じ気配を感じた。だが、誰だか思い出せねぇ。」

「ん〜、じゃあ剣士かしら。」

「だろうな。判れば緋焔の手がかりになるかと思ったんだがな。ナミ、お前、わからねぇか?」

「う〜ん、私は誰かに似てる、とは感じなかったわ。強いて似てると言うなら、アンタ。」

「オレ?」

「そう、なんとなくね。目の色も同じだし、自分に厳しそうな雰囲気もなんとなく。」

「ふ〜ん。」

ゾロは興味なさそうに相槌を打つと、

「判らん。」

と椅子に踏ん反り返った。



「珍しいわね、アンタが必死にモノを考えるなんて。」

「ぁあ?」

凶悪な視線でナミを見やるが、今更そんなものにびびるナミではない。

ゾロも、謂れのない中傷ではない、と思ったのだろう。

表情を少し和らげ説明をした。

「や、昨日の晩、気の同化ってのを教わったんだ。で、今日、リンが鬼徹を打っている間、その鍛錬をしたら何となく緋焔が寂しがっているのを感じてよ。」

「そっか。」

ナミが想像しても、緋焔の寂しさには胸が詰まる。それを感じることができたなら、何とかしてあげたいと思うだろう。



ナミとゾロは静かに杯を重ねた。







一方、女部屋では。

「少し肩がきつそうね。大丈夫かしら。」

「まあ、どうにか。勝手を言ってスマンな。」

「どう致しまして。ところで。」

「ん?」

「ナミさんのこと、ありがとう。」

「何のことだ。」

「鍛冶さんは、誰と手を繋ごうと気にする人じゃないでしょう?それをわざわざ不満げに言って、ナミさんを安心させてあげたでしょう。」

「いや、工房においでの際に少しからかい過ぎた感があったのでな。少々心配だったのだ。だが、ナミ殿はどうやら自分と向かい合うことが出来たようだな。」

「そのようよ。悩みが増えた、と言って困惑していたけれど。」

「そういうものか。だが、ロビン殿が手助けをして下さるのだろう?」

「あら、どうしようかしら。貴方が残ってフォローしてあげたらいいんじゃない?」

「悪いがそれはできん。私には成すべきことがあるからな。火付け役が消火もせずに申し訳ないが、後を宜しくお願いする。」

「困ったお嬢さんね。ま、できることはするわ。では、おやすみなさい。」

「おやすみ。」




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(2008.08.08)


 

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