緋焔 −8−
            

こざる 様




マニエル島とその周辺、それも専らウォーターセブンしか知らない、と言うリンはみなの冒険談を興味深げに聞いている。

聴衆が熱心ならば、話す方も自ずと言葉が弾む。

ディナーは、これまでの冒険譚を中心に話が弾み盛り上がっている。



と、サンジはチラチラと自分を見るリンの視線に気が付いた。

(もしかして、オレのこと!!!)

崩れそうになる顔を必至に引き締め、

「レディ、オレに何かご用でしょうか。」

と、クールに聞けばリンは微かに頬を染めて俯く。



妄想を渦巻かせているサンジの耳に、リンの声が届いた。

「いや、海軍の絵師の腕は大したことがないな、と思って。」



その言葉の意味が理解できるまでに数秒。

サニー号は爆笑の渦に巻き込まれた。

約一名、再起不能者を除いて。



「そうかぁ、リンは手配書を見ているからみんなの名前が最初から判っていたんだな。」

「ウソッブ殿だけは名が記載されていないから、呼ばれているのを聞くまでは判らなかったがな。」



リンには『そげキング=ウソップ』であるとばれていると察知したウソップは慌てて別に話を振った。

「ところでよぉ、何でゾロは着物を着てんだ?や、すっげえ似合ってるけどよ。」

「や、それは・・・。」

ゾロが気まずそうな顔になった。

何故かリンは部屋の隅で立ち直れず砕け散っているサンジに一瞬目をやってから応えた。

「着ているものが汚れたので着替えて頂いた。私の所には和服しかないのだ。しかし。」

と言いながら、リンは少し意地の悪い笑みを片頬に浮かべる。

「似合うは似合うが・・・。少々、威厳が出過ぎたようだな。道行く人がすっと退いてくれるから随分歩きやすかったぞ。」



目つきの悪いゾロが、渋い和服に刀を差して歩いている。

その姿にギョッとした人々がさぁっと潮が引くように道を空ける様子が手に取るように想像がつき。

再度、サニー号は爆笑の渦に飲まれた。

ネタがゾロに振られた事でサンジも立ち直り、ケラケラとうれしそうに笑っている。



その盛り上がりを見ながら、ナミは暗くなる気持ちを抑えられなかった。

人見知りをしない性質らしく、リンはあっさりとみんなに溶け込んでいる。

不機嫌そうな顔のゾロをリンが刀の柄で小突いている。



雰囲気もよく似た二人は

(お似合いだわ・・・)

溜息が漏れた。







食べて、騒いで、飲んで、歌って。

夜も更ける頃、起きているのは、

酒豪のゾロとナミ。

酒は飲まず、夜に強いロビン、

そして、リンの4人になった。



アルコールをしたたか摂取し、機嫌のよくなったナミがリンに絡みつく。

「あらぁ、結構いけるじゃない、私やゾロのペースに付いてくるなんて。」

「うむ、今までに酔った、と思ったことはないな。師匠には底なし、または、枠、と呼ばれていた。」

「わく?ザルじゃなくて?」

「ああ、引っかかるものが何もない、と言うことらしい。その師匠も鍛冶仲間にはウワバミ呼ばわりされていたから、私はかなり強いのだろう。」



「あら、随分若い頃からお酒を飲んでいたのね、悪い子だこと。」

コーヒーを飲みながら本を読んでいたロビンが不意に口を挟んだ。

「なんで、そんなことがロビンに判るの?」

「だって、鈴音のシンが殺されたのは、もう4年も前のことよ。鍛冶さんはその頃、14・5でしょう?それでお酒が強いと判っているんだもの。想像がつくわ。」

ロビンがサラリと言った言葉、『シンが殺された』にリンがびくりと反応した。

表情の硬くなったリンを見止め、ロビンは小さく「ごめんなさい。」と言った。



微かな溜息と共に、リンは

「いや、ロビン殿が謝るには及ばない。」

と言葉を押し出した。

不安げに見るナミを、リンはらしくもない弱々しい笑みを浮かべて見やると、

「師匠は私が女である、と言う理由で殺された。」

と言った。



「・・・えっ?なに、それ。」

「火の女神は嫉妬深いので鍛冶場に女を入れてはいけない、と言う因習がある。故に、女の刀鍛冶は居ない。いや、本当は居るのだが男と偽っている。」

ナミがリンに会った時に感じた疑問は確かなことだったのだ。

「師匠は、私に女は刀鍛冶にはなれないとも、男と偽れとも言わなかった。私はあるがままにあり、師匠は女を弟子に取った、と言って暴漢に襲われて死んだ。」

「なんで?火の女神の怒りを買うのは、リンか師匠でしょ?他の人には関係ないじゃない。」

「鈴音工房のように権に屈さない存在を快く思わない人もいるのよ。言わば、リンは口実ね。」

「そのうえリンの腕がいいのも、そういった連中に取っちゃ面白くねえんだろ。」

ナミの疑問に、ロビンとゾロが答える。



「まあ、そんなところだ。」

この話は終わりだ、と言うようにリンは軽く目を伏せた。



「それより、ナミ殿。」

急に口調を改め、リンはナミをきつい眼差しで睨み付けた。

それはなかなか凶悪な面構えで、悪人面は見慣れているナミでも、思わず後退りする。

「な、なに。」

「彼の方向感覚や空間認知能力の欠如について、一言助言があっても良かったのではないか?どぶに嵌るわ、山を登るわ、散々であった。」

「え〜と、つまり、ゾロが迷子になったってこと?」

「迷子じゃねぇ」

「「迷子よ(じゃ)」」

ナミとリンが口を揃えてゾロの抗議を否定する。



「夕餉の最中にウソップ殿に着替えの理由を聞かれたろう?着衣が汚れた、と言ったがそんなものではない。ドブに頭から突っ込んだのだ。とても、そのままで外を歩ける状態ではなくてな、風呂に突っ込んで着替えさせたのだ。その前の失言でサンジ殿にはご迷惑をおかけした。全く、君達はお仲間に遠慮がないな。あれを見たら、流石に哀れでありのままには言えなんだ。が。」

「そうよね、コイツの迷子体質は筋金入りですものね。」

「うむ、一本道で道を失う理由がさっぱり判らん。師匠の形見の着物を再起不能にされては叶わんから手を引いてきたが、手を引かれていても別な方向へ向かおうとするのだ。手に負えん。」

「手を引くって、人を3歳児みたいに言ってんじゃねぇ。」

「無論。3歳児の方が余程信用できる。」

「・・・!!!」



(手を繋いでいた、訳じゃないんだ)

ゾロとリンの漫才を聞きながら、ナミはこわばっていた心が緩むのを感じていた。




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(2008.08.08)


 

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