緋焔 −7−
            

こざる 様




翌日。

昼過ぎに、保存食を買い込んだサンジが戻ってきた。

ナミとロビンが揃っているのを見て、既に喜びに崩壊寸前だ。

更に、今夜は女性客がディナーに来るから腕を振るって欲しい、と言われ完全に砕け散った。

蕩けた顔で「夕飯の買出しに行ってきま〜す。」と飛び出して行った。



「なあに。コックさんを焚き付けてガードに使うつもり?」

「ああ、その手があったわね。でも、そうしちゃうと自分の気持ちの再確認にならないわ。」

「あらあら、一晩かけても確認しきれなかった?」

「ううん、そうじゃないんだけど、我ながら実感がなくてねぇ。」



昨夜一晩かけてナミが出した結論。

それは、自分はゾロに惹かれているらしい、と言うことだった。

(あまりに近過ぎて判らなかったわ...)

しかし、自覚してしまったら今度はギクシャクしてしまいそうで心配だった。

だから、今夜は別な人間がゾロの近くに居てくれる方が助かるのだ。

その間にじっくり対処を考えようと。



明日の出航を前に、4時過ぎから次々にクルーが船に戻ってきた。

サニー号に会いたいと言う客が夕飯に来る、とナミが告げると皆一様に喜んだ。

自分達の仲間を他の誰かに認められるのは、なかなかに嬉しいものである。

フランキーに至ってはギターをかき鳴らし、涙を流して即興の歌を歌っている。

主賓も来ていないのに既にお祭り騒ぎが始まっていた。



到着予定時刻を大分過ぎて夕闇も迫ってきた頃、ウソップがひときわ大きな声を上げた。

「おっ。近付いてくる二つの人影を発見。一方は何故か着物姿のゾロです。従って、他方が本日のゲスト、リディア嬢と思われます。おおおっ、ナント、二人手を繋いでいます。手を繋いでの登場です。」

ウソップのその言葉が響き渡ると、船上は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

サンジは怒り狂い、

チョッパーはパニックを起こし、

 フランキーは何故かポーズを決め、

ルフィは飛び跳ねている。



その騒ぎの中、ナミは我関せずとミカンの木を手入れしている。

しかし、作業は一向にはかどっていなかった。



やがて、ゾロとリンが船に上がってきた。

物見高い麦わら海賊団は、全員甲板に集まって客の登場を待っていた。

今日のリンは長い黒髪を後ろの高い位置で一つに括って背中に流している。

「お初にお目にかかる。刀鍛冶のリディアと申す。リンとお呼び頂きたい。今宵は当方の訪問を許していただきありがたく存ずる。どうか良しなに願う。貴方が船長のルフィ殿だろうか。」

低めの響きの良い声がクルーに挨拶を述べ、一礼をしてルフィに問いかける。



が。

「??? おめぇ、なに言ってんだ?難しくてよくわからん。」

肝心のルフィは顔を顰めている。ロビンがくすりと笑うと助け舟を出した。

「ふふふ。鍛冶さんは古風な方ね。ルフィ、鍛冶さんはね、『始めまして、刀鍛冶のリディアです。リンと呼んで下さい。今日は招待してくれてありがとう。どうぞよろしく。あなたが船長のルフィさんですか。』っておっしゃったのよ。」

「なんだ、そう言えよ。おう。オレがルフィだ。よろしくな。」



と、ルフィの差し出す手を跳ね飛ばしたハリケーンがリンの手を握った。

「生まれ出る命のきらめきを宿した新緑の瞳、静謐な夜の静けさを思わせる黒髪、貴方をお迎えできた喜びに、僕の心は張り裂けそうです!」

よどみないサンジの美辞麗句に、リンは握られた手を引き抜くことも出来ずに硬直している。

何が起こっているのか、と引きつった顔で傍らに立つ男に目顔で問うた。

「気にするな。ただのアホだ。」

「ぬわんだとぉ、このクソマリモ!」

「ただのアホだ、って言ったんだ。てめーは言葉もわかんねえのか。グルマユ。」

以下、いつもの如し。



突然始まったゾロとサンジの乱闘にリンは呆れた視線をルフィに送る。

「しししっ、ま、気にすんな、いつものことだ。それよりリンはサニーに会いたくって来たんだろ。フランキー、案内しよーぜー。」

「おぅ、任しとけ!」

「ご配慮痛み入る。どうか宜しく。」



サンジはディナーの準備、ナミとロビンはその手伝い、残るメンツがぞろぞろと船内を案内して廻る。

客人の声は低く落ち着いているので聞こえてこないが、取り巻くメンバーが大騒ぎをするので、船内を移動する様子が遠くに近くに聞こえてくる。

気もそぞろに料理を運んでいるナミに、サンジとロビンの心配そうな視線が注がれている。



「ナミさん、準備が出来たからそろそろ連中を呼んできてくれますか?」

遠慮がちにサンジが声を掛けても、ナミは明後日の方向を見たまま返事がない。

見かねたロビンが

「もうそこまできているようだから、私が誘導するわ。」

と、サンジに声をかける。



その途端、わあっ、と言う歓声が遠くから聞こえてきた。

続いてバタバタと走る足音。

バターン、と大きな音を立ててドアが開くと、ルフィ、ウソップ、チョッパーが「めしー」と叫びながら飛び込んでくる。

すかさず、サンジの「クソども、静かにしやがれ」と言う罵声が飛ぶ。



開け放たれたドアをフランキー、リン、ゾロの順で潜り全員が揃った。

心なしか、リンの表情が堅い。

「おい、ニコ・ロビン。いきなり廊下にてぇ咲かすんじゃねぇ。客人の心臓が止まっちまうだろうが。」

どうやら、ロビンは廊下に手を咲かせて、食堂へ皆を誘導したらしい。

見慣れた連中は大喜びで飛んで来たが確かに始めてみるものには心臓に悪い光景だろう。



「いや、ゾロから話は聞いていたのだ。ただ、実際に見ると想像を遥かに超える光景でな。」

リンは苦笑を浮かべながらゾロを振り返った。

「それに、聞いていたとは言え、所詮はゾロの説明だ。」

最後の一言にゾロはムッとした表情を見せ、皆は大喜びをした。

ナミを除いて。



リンの装いは袴姿。

着物は淡いぼかしの入った薄墨色、袴は茄子紺、腰には2本の刀をはいている。

束ねた黒髪を飾る飾り紐とちらりと覗く半襟が鮮やかな緋色で、地味な色合いの装いを引き立てている。

時代がかった姿だけれど、すっと伸びた背筋の立ち姿とよく合っている。



そして、並ぶゾロは何故か着物姿。

渋茶色の着込んだ風の着物に柿渋の帯を締めている。

足元もご丁寧に草履になっている。



二人の並び立つ姿は、まさに一枚の絵のようだった。




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(2008.08.08)


 

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