緋焔 −6−
こざる 様
「では、外が明るいうちに。誰か使ってみるか?」
そう言って、リンは隠し棚を指し示す。
ゾロは迷わず1本の刀を選び出した。
「『不知火(しらぬい)』か。だろうと思った。」
リンはすっと笑いながら、自身は別の刀を棚から取った。
そのまま、声を掛けるでもなく、二人はさも当然のように外へ出て行く。
まさに、以心伝心という感じで。
一人残されたナミは胸の奥がざらつくような不快感を持った。
(一体、何なのかしら。)
ナミは今度こそ真剣に自分の胸の奥にある棘の正体を探ってやろうと・・・
キーーーーン
金属のぶつかる甲高い音が響いた。
ナミは慌てて外へ飛び出した。
そこには刀を正眼に構えたゾロとリンが対峙していた。
ゾロが飛び出す。
正に獲物を狙う虎が一気に飛び掛るが如しだ。
リンに斬檄が襲い掛かる、と見えた瞬間にリンの姿が揺らいで見えた。
キン、と言う金属音と共にゾロの体が右に流れる。
その流れた体勢のまま、返す刀を跳ね上げる。
キン、キン、キン、と軽やかな音が鳴るたび、ゾロの体勢が変わる。
その気質のまま、ゾロが一方的に攻撃をしている。
リンはふわり、ふわりと舞うようにゾロの攻撃を流している。
リンからの攻撃はない。
ゾロの表情に険しさが増した、と思った瞬間、二人の動きがとまった。
刀の切先がゾロの喉元に迫っている。
「っく、こうまで差を見せつけられるとはな。」
引きつったような顔でゾロが呻く。
「差はないさ。君が初見の不知火だからかわせたんだ。これ以上馴染まれたら私に勝機はなかった。」
と、刀を納めながら言うリンにはまだ余裕がありそうだ。
「それより、不知火はどうだ?」
すると、ゾロは嬉しげにニヤリと笑った。
「気に入った。えらいじゃじゃ馬だな。」
「ああ。でも、そこがいいんだろ?」
と、リンはナミに向かって流し目をくれながら言った。
(ちょっと、それは私がじゃじゃ馬だって言いたいの?第一そこがって?)
不知火を見ているゾロは、リンの視線には気付いていない。
ナミはリンの意味ありげな流し目を睨み返したが、リンには堪えなかったようだ。
くっと笑みを浮かべると、ゾロに視線を戻した。
(も〜、ホントになんだってのよ。)
ナミは一人、混乱していた。
そのまま、リンはゾロに一声かけて和道一文字を手に鍛冶場に戻っていった。
ゾロは木立ちの影に座り込みいつもの如く寝てしまった。
所在無く立ち尽くしていたナミは、小さく息を吐くと踵を返した。
港まで戻っては来たものの、何だか気分がすっきりしない。
ショッピングをする気も起こらず、ナミはワインと軽食を買って船に戻った。
船番をしていたロビンがナミの姿を見ると驚いた顔をした。
「あら、ひとり?ゾロはまた迷子になったのかしら。」
「ううん、鍛冶んとこにいるわ。時間が掛かるから今日はそこに泊まるって。私は海図の整理をしに戻ってきたの。」
「彼ひとりで大丈夫?もちろん、帰りの話よ。」
「ふふ、判ってるわよ。帰りはリンがサニーを見たいからゾロを連れて来てくれるって。」
「リン?」
「ああ、刀鍛冶の名前よ。何だか変わった人だった。」
「鈴音のリン?」
「なんだ、ロビン知ってるの?」
「本人は知らないわ。名前を聞いたことがあるだけ。
泊まってくるって、鈴音のリンは女性だって聞いてるけど?」
「ええ、女性だったわよ。一人暮らしの。それで?」
急速に不機嫌になっていくナミをロビンは心配そうに見つめた。
「ナミさんはそれで構わないの?」
「どうして、私が構うのよ。リンがゾロが泊まっても構わないって言うんだからいいんじゃない。」
「彼らがどう思うかじゃないわ、貴方がどう思うかよ。ナミさん、そろそろ自分の気持ちに向き合ってもいい頃だと思うわ。」
ロビンの唐突な言葉に、ナミは目をパチパチさせた。
「なに?ロビン、急に訳わかんないこと言い出して。」
「まずはそこに座って。」
ロビンは自分の前の席を指し示した。
ナミは今日の自分の説明のつかないイライラの原因が判るかも、と素直に座った。
「そうね。今日あったことを簡単に教えてくれるかしら。」
ルルの紹介で刀剣屋に行き、リンに会ったこと。
ナミたちの名前より先に刀の名前を聞き、刀と話す変わった刀鍛冶だったこと。
鬼徹が嫌がるからゾロに居て欲しいと言い、泊まることになったこと。
手合わせをして、ゾロが遅れをとったこと。
話しながら、
ゾロをからかうように見るリンの艶っぽい視線を思い出し、
気の会う二人の様子を思い出し、
時折、ナミの顔は小さく歪んだ。
その様子を、ロビンの冷静な目が観察している。
「刀鍛冶さんはどんな方かしら?」
「うん、正に職人って感じ?刀のことになると夢中になって周りが見えない様子なんかロビンに似てたわ。」
「一言多いわ。そうじゃなくて、女性としてどうかってことよ。」
「ん〜、どうかなぁ、あまり女らしい感じじゃないから。言われてみれば顔立ちは整っていたわ。でも美人って感じがしなかった。甘い雰囲気がまるでないからかな。の割りに妙に視線が色っぽかったりするんだけど。」
「で、ゾロとは気が合ったのね。」
ロビンのその言葉にナミは胸がズキリと痛むのを感じた。
「・・・そう、ね。気が合う、って言うか、殆ど以心伝心?何も言わなくても相手のことが判るみたいだったわ。まるで・・・」
途端に重くなったナミの口調にロビンは微かに笑みを浮かべた。
「サンジくんとゾロみたい?」
「えっ! ああ、そう言えばそうね。」
「なのに、刀鍛冶さんとだと気になる。」
「気になる、って言えばいいのかしら。何か気分が重くなっちゃうみたい。なんだ、私って結構心が狭いのね。仲間以外の人が親しげにしていると気が重いなんて。」
「じゃあ、私も仲間じゃないってことかしら。」
「なに言ってんのよ。んなことある訳ないでしょ。」
「でも、私と剣士さんが話していると、ナミさん、機嫌が悪くなるわよ。」
「・・・ぇ?」
ロビンは綻ぶ華の様な艶やかな笑みを浮かべると、ナミに問いかけた。
「さて、私と刀鍛冶さんの共通点は、なに?」
「・・・、へんじん?」
華の笑顔は凍りつき、突如現れた手がナミの手足を拘束した。
「ストップ!ストップ!冗談よ。答えはおねえさまよ、おねえさま!!」
「まあ、そんなところね。後はご自分でお考えなさいな。暴言の慰謝料としてこれは頂いていくわ。」
食後のデザートに、と思って買ってきたフルーツタルトがロビンに連れ去られるのを恨めしげに見つめていたが、タルトは戻って来ないようだ。
ふっと息を付くと、ナミは椅子に持たれかかり暮れ行く空を見上げた。
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(2008.08.08)