緋焔 −5−
            

こざる 様




リンは、奥へ歩いていくと壁の一端に手をかけた。

そのまま、くっと力を入れると壁がクルリと廻って、刀を陳列した薄い棚が現れた。



「ドンデン!忍者屋敷かよ。」

「刀を狙って忍び込む愚か者が時折居る。私が争って負けることはまずないのだが、逃げ足が速くて追いつけなかったことがある。だから、隠してあるのだ。盗人に探している時間が在れば、後れを取ることはないからな。」

「リンの刀ってそんなに高いの?」

ナミは不安になって訊ねた。

「いや、値としては一般的だろう。ただ、私はその刀に相応しいと思う相手にしか売らん。が、無理にでも欲しがる者がおる。そういった莫迦者が盗人を雇って送り込んで来るのだ。」



「お前は鈴音のリンか。師匠とは、鈴音のシンなのか?」

と、ゾロが口を挟む。

「ああ。」

「なに?リンってば有名人なの?」

「まあ、剣士の間ではな。コイツの言うように、鈴音工房では有名無名に関係なくこれと思う相手にしか刀を売らない。大金積まれようが、脅されようが、相手が海軍大将だろうが、売らんと言ったら絶対売らねぇ。逆に、これと見込んだ剣士に持ち合わせがなければ、出世払いってことでただで譲る事もあるらしいぞ。」

「つまり、頑固者ってこと?」

「まあ、頑固っちゃ頑固なんだろうがよ、その人を見る目が確かだからぐうの音が出ねぇ。賞金首も中にゃ居るが、鈴音の剣士が極悪非道を働いたって話は聞いたことがねぇ。その上、使った連中は口を揃えて、今までの刀の中でも特に相性がいい、と言うってんだから有名にもなろうさ。」



「そう大したことではない。刀が剣士を見る。あの剣士と共にありたい、と言えば売るし、言わねば売らん。それだけだ。我が子に幸せになって欲しい、と思うのはどの親も同じだろ?」

(・・・、わがこ、ね。ま、いっけど、やっぱりついていけないものがあるわ。)



リンはこの話は終わった、とばかりにくいっと首を振ると、刀を納めた棚を示してゾロに言った。

「カギは掛かっていない。ゆっくり手にとって見てくれ。ただ、あまり誘惑してくれるな。」

「んあ?」

「白夜を口説いたろう。相手構わず落とさんでくれ。」

「んな真似するかよ。」

むっつりしながら棚に近付くゾロの背中にリンは小さく溜息をついた。



「自覚なしか。困りものだな。」

そう言いながら、ちらりとナミの顔を窺う。

「何か?」

「いや、お仲間は如何にお思いなのかと思ったのだ。ああも存在感をむき出しにしていては、女子(おなご)が寄ってきて困ろうが。」

「えっ、ゾロに?そんなこと…」

(そう言えば、今日も遠巻きに見ている女の子が何人かいたわね。気にしたことないけど、あれってゾロを見てたの?)

「気づかなんだか、それとも気にならんのか?だが、ゾロは女子には疎いのではないか。騙してでも、傍に留め置きたいと作為を巡らす者が現れるやも知れんぞ。」

「それは、あなたのこと?」

「さあ?ま、ゾロは惚れ惚れするような好い男である、と思っていることは確かだな。」

リンは目を細めてゾロを軽く見やると、性悪げな笑みでナミを見つめた。

焦りのような苛立ちがナミの心にいっぱいに広がって行った。







客をからかってばかりもいられないと思ったのか。リンはさらりと態度を戻すとナミに向かって説明を始めた。

「では、工程をご確認頂きたい。本日は、和道一文字に砥ぎを入れるのでこのままお待ち願う。夕刻までには終わる。今宵は船にお戻りだろうか?宿が必要ならばご紹介しよう。明日は早くて申し訳ないが、8時までにこちらにお出でいただけようか。」

(フン、何よさっきのは。でも8時までにココか。6時半には船を出ないときついわ。サンジ君にはちょっと早起きをしてもらってお弁当を作ってもらおうかしら。それとも近くに宿を取った方がいいかしら。)

ナミが考えを巡らせていると。



「面倒だ。今日はココに泊めてくれ。」

と、いつの間に戻っていたのかゾロがいきなり口を挟んだ。

「申し訳ないが、来客用の準備はしておらん。」

「ああ、構わねぇ。この時期だ、床に寝る。掛布ぐらいねぇか?」

リンは軽く溜息をつき、ゾロに向かって言った。

「掛布はある。だが君は平気でも、ナミ殿が床にごろ寝するわけにはいかないだろう。」

「アイツまで泊まる必要ねえだろ。」



リンは今度は深く溜息をついて言った。

「気付いていないかもしれんが私は女で、一人暮らしだ。」

「それで?」

「普通、恋人でもない女の一人暮らしに若い男は泊めてくれとは言わない。」

「お前は困るのか。」

「いや、私は困らんが。」

と、言いながらリンは物言いたげな含みのある目付きでナミの方を見た。



(何よ、私だって困んないわよ!)

ナミは既に何に対する憤りなのかも判らなくなっていたが、それでも努めて平静を装って応えた。

「別に私たちもゾロが一晩居なかったからと言って困る事はないわ!」



「そうか? …では、仰るとおりに。明日、鬼徹の打ち直す。砥ぎと打ちのお代は8万ベリー。刀は気に入ったモノを明日、少し使ってみて相性を確認して決めて欲しい。高くても100万を超えるものはない。残念ながら気に入ったものがなければ、ほかの店に案内しよう。」

「支払いはどうするの?」

「それなんだが。」

と、一旦口を噤む。先程、ナミをからかっていた時とは違う真摯な様子だ。

「船まで取りに伺っても宜しいか?船を見せて欲しいのだ。」

「いいけど、どうして?」

「ルルから知らせが来た。今までの中で最高の船だ。それだけだが、それはあなた方の船のことではなかろうか?ルルほどの船大工が惚れた船だ。是非、お会いしたい。」

「ルルが言うのは確かにウチの船のことよ。名前はサウザンド・サニー号って言うの。あんたって骨の髄まで職人なのね。いいわよ。ゆっくり見てって。併せて食事もどうぞ。うちのコックの料理は最高よ。」



「ところで、オレも頼みがある。」

と、それまで黙っていたゾロが割り込んできた。

「私に?」

「ああ、手合わせを頼む。」

ゾロが好戦的にニヤリと笑うと、リンも負けず好戦的な笑いを浮かべた。



「海賊狩りのゾロにお手合わせいただけるとは光栄だ。」

「何言っていやがる、てめぇの方が腕は上だろうが。」







「えーーーーー!!!」

ナミは素っ頓狂な大声をあげてしまった。

「リンの方がうえって、うえって。リン、あんた化けモン?」

ナミには、ゾロが自分より上だと言い切ったことが信じられなかった。



リンはゾロの言葉に応えはしないが、否定もしなかった。

(ホントにゾロより強いの?)

ナミからすればゾロの強さは既に化け物の領域に入る。

そして、鷹の目に敗れた時にルフィに誓ったとおり、以降どんなに強い相手にも負けたことがない。

そのゾロが自分より上だと言い切っている。



ナミには、涼しげに立っているリンから目が離せなかった。




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(2008.08.08)


 

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