緋焔 −4−
            

こざる 様




先ほどまでの憎たらしいほどの冷ややかな表情とはうって変わった照れくさそうなリンの様子に、ナミは涌き上がる笑いを抑え切れなかった。

にこやかな表情で自己紹介をする。

「私はナミ。麦わら海賊団で航海士をやっているわ。コイツは見ての通り剣士でロロノア・ゾロよ。」



名乗りを聞いて、リンは何やら逡巡している様子だ。

何かを思い出そうとしているようだ。

ナミとゾロがリンの様子を見ていると…。



「失礼だが、海賊狩りのゾロと泥棒ネコのナミとはあなた方のことだろうか?」



リンのその言葉に、ゾロとナミにさっと緊張が走る。



「一昨日、海兵が来た。ロロノアと言う海賊が来たら連絡が欲しい、と。刀を1本失ったから現れるかもしれないと刀剣を扱う店に言って廻っているそうだ。仲間が現れるかもしれないと、船長殿を含め全員の手配書も置いていった。」



手配書、の言葉にゾロが反射的に腰に手をやるが、そこには鞘は一つしかない。

そこへ視線をやったリンは悼むような目をして言った。



「海軍の言う失われた刀、とはその子のことだな。名は?」

「雪走(ゆばしり)。」

「よければ、その子の供養をさせて欲しい。いつまでもその姿ではあなたも寂しかろう。」

後半の言葉は、ゾロの腰の刀、いや刀の残骸に向けられたもののようだ。

「第一、君を海軍に突き出すことは出来ん。ロロノア殿と引き離したら、あの子達に末代まで恨まれてしまう。」

と、刀掛け、和道一文字と三代鬼徹、を指して言う。



リンのその言葉にゾロは大仰に顔を顰めると言った。

「ゾロだ。」

「?」

「オレはゾロだ。それにどのもさまもいらねぇ。」

「客を呼び捨てには出来ん。」

「あ〜、仕事を依頼するのは確かにオレだが、金はコイツが払う。

だから、客はコイツだ。コイツに様でも何でも好きなだけつけろ。」

(好きなだけって、あんた・・・)



「それより、雪走の後釜を探している。アイツ、白夜っつたか?あれはダメなのか。」

「お気に召していただき光栄だが、白夜は私の相棒だ。お譲りできん。それより、緋焔(ひえん)には振られたのか?」

「ヒエン?あの赤い刀か?ああ、オレじゃない、とさ。」

「そうか。まあ、君は若すぎるから違うだろうが、緋焔は心変わりしなかったのだな。」

「???」

「緋焔には持ち主がいる。私はその人を探している。」



「緋焔は私の師匠が自分の恩人のために打った刀だ。完成直前に海軍に追われてその人は島を離れ、それきり渡せずじまいだそうだ。師匠の恩人への想いが込められているから、緋焔は他の誰も持ち主とは認めん。そのまま無理に他の剣士に使わせると妖刀になってしまうから本来の持ち主を探してはいるのだが、生きているとも限らん。君なら緋焔も新たな主と受け入れるかと思ったのだが。」

俯けた顔に憂いを浮かべて、リンは緋焔を見やった。



(海軍に追われて、ってことは海賊か、取り合えず犯罪者よね。生きている可能生は確かに低いかも。)

ナミは希望は少ないと思いつつ、問いかけた。

「手がかりは全然ないの?私達もいろいろ旅をしているから、少しは協力できるかもしれないわ。」

「ありがとう。名はホーク、と言うらしい。師匠が死に際に言い残した。師匠は緋焔の主の話を殆どしなかった。時折もらした言葉を繋げると、その剣士と別れたのは私が生まれる直前らしいから20年ほど前になる。緋焔が他の剣士を受け付けない様子から、かなりの剣士だと思う。海軍に追われて、と言うから賞金首かと思い海軍へ行ってリストを見せてもらったが、そこに該当者はなかった。既に処刑された後かも知れない。」



「…、そう、かなり望みは薄いわねぇ。」

ナミは帰らぬ主人を待ち続けていたシュシュと言う名の犬を思い出し、なんとなくしんみりとしてしまった。

(っと、私ってばリンに感化されすぎ!?刀に感情があるみたいに思っているじゃない!)



「俺は確かに、緋焔を持った時に拒絶された気がした。刀ってのはそういうものなのか?」

ゾロもナミと同じ様に思ったようだ。

「刀に限った話ではない。どんな道具も持ち主に大事にされているうちに意思が生まれる。生死や生活を共にするものなどは特に。座敷童やクラバウターマンはその最たるものだ。世に精霊と呼ばれる存在の大半は、人々の想いがモノに宿ったものだ。緋焔の様にその最初から意思を持つものは少ないが、精霊の宿る刀は多い。最上大業物と言われる刀はまず精霊が宿っている。精霊がいるからこそ、他の刀とはかけ離れた存在になる。」



「クラバウターマン・・・、そうね、確かに存在するわ。

 でも、じゃあ、緋焔の持ち主が既に死んでいたら、その刀は誰にも使えないってなってしまうの?」

「判らない。助力を願えば緋焔は私とともに戦ってはくれる。ともにあることは嫌ではない様だ。けれど、緋焔の主にはなれない。あくまで、一時的に力を貸してくれるだけなのだ。」

「ふ〜ん、難しそうね。」

「ああ。」



ナミはメリーを想った。



メリーの最後に逢えなかったら。

そのままウォーターセブンでスクラップになっていたら。

そう思うと、いてもたっても居られなかった。



メリーは私たちに会いに来てくれた。

けれど、刀である緋焔にはそれはできない相談だろう。

私たちと慣れている間、メリーは何を思っていたのかしら。

そして、20年以上想い人に逢えない緋焔は?



主が一度も触れることのないままの刀が、哀れだった。



「ありがとう。」

想いに沈んでいたナミの耳に、リンの低い声が届いた。

それまでとは明らかに違う、やさしい響きを持つ声だった。



しかし。

「ところで、白夜は譲れんが刀は他にもある。見るか?」

そのままゾロにかけた声は、元の調子に戻っていた。




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(2008.08.08)


 

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