緋焔 −3−
こざる 様
ゾロは鍛冶の性別には頓着していないようだが、その行動には少々驚きを禁じえないようだった。
それでも律儀に腰の一振りを差し出した。
「こいつが和道一文字」
リンはすっと鞘から刀を引き抜くと、静かな目をして見つめた。
店で刀を見ていたゾロと様子が似ている、とナミは思った。
やがて、目を細めて言った。
「いい子だ。気性も真っ直ぐで、何より貴方のことをとても大事に思っている。ただ、暫く砥ぎに出てないな。手入れはとても丹念にしているようだが、砥ぎは必要だ。任せていただけるか?」
「ああ、頼む。」
ゾロの短い応えに軽く首をうなずかせて応えると、リンは刀掛けに和道一文字を丁寧に置いた。
続いて、差し出された手に三代鬼徹が手渡される。
「三代鬼徹だ。こいつは・・・」
と言いかけるゾロの声を遮るようにリンが言葉を紡ぐ。
「この子、最初からこうなのか?」
「、へ?」
「何と言おうか、この子に不都合な点はなかったか?と言うか・・・」
歯切れの良い話し方をしていたリンが、初めて言いよどむ。
「ああ、そういやぁ、様子は変わったな。」
「やはり、すれていたのだな?」
リンは良く判らないことを言った。
「・・・?ああ、見事に妖刀だったぞ。ただ、言われてみりゃあ、今はその妖気を感じねぇ。慣れちまったのか?」
ゾロの疑問にリンは微かに目元を緩ませた。
「いや、妖気は殆どなくなっている。君、ツワモノの心を持っているんだな。」
リンの言う事はますます訳が判らない。
ゾロとナミの困惑した顔を見て、リンは言葉を紡ぐ。
「その刀にそぐわぬものが刀を使うと、刀の機嫌を損ねる。機嫌を損ねた刀は思い通りの働きをしないため持主が思わぬ事故にあうことが多い。それを己の力量も判らず刀のせいだと怨むからその怨みが絡みつき妖気となる。妖気が祓われるのは、その妖気に打ち勝つ気力と、刀の機嫌を取り戻すだけの力量を持った剣士に心を開いたときだ。」
そう、説明すると、まるで良かったな、と語りかけるように鬼徹に柔らかく微笑みかけた。
「この子は打った方がいい。丸一日預かるが宜しいか。」
「おう。」
その応えにリンは鬼徹を刀掛けに置こうとして、動作を留めた。
そして、鞘から鬼徹を抜いて、何やら低い声で話しかけ始めた。
(何だか、刀相手に説得してるみたいだけど…。)
もともと、ナミの度胸は据わっているし、何より麦わら海賊団には常識外れや規格外ばかりが集まっているから、多少の奇異な行動には耐性があるのだが。
刀相手に話す様子にはさすがに呆れる。
(職人ってやはり変わっているのね。なんだか遺跡を前にしたロビンみたい。)
第一、リンは刀の名前は尋ねても、ナミやゾロの名前は尋ねていない。
まるで、刀が人格を持っているかのように話すし、彼女にとってお客はあくまで刀なのかもしれない。
ナミが思案を巡らせていると、低く囁くようなリンの声が止んだ。
ん?とそちらに顔を向けると、伏目がちに鬼徹を見ているリンの口端がキュッと上がった。
そのまま視線を軽く上げ、ゾロに向かって言った。
「君、明日一日ここに居てくれないか?居てくれるだけでいいんだが。」
その言葉にゾロは問うように軽く片眉を上げてみせた。
「鬼徹が君と離れるのはイヤだと言い張る。ずいぶんと惚れられているな。」
口元を歪めるように皮肉げな笑みを浮かべ、目を細めて上目遣いに相手を見る。
明らかにからかう表情になったリンは酷く悪そうで、艶っぽかった。
サンジなら「悪いお姉さまに騙されたい〜。」などと言って意味不明な踊りを踊りだしそうだ。
(なによ、あんな色っぽい目でゾロのことを見て…。)
ナミは心がざらつく様な不快感を感じていた。
ナミの苛立ちを感じ取ったかのように、素に戻った表情のリンの視線がナミに向けられた。
心の奥を見通されそうな静かな視線にナミはたじろぎ頬に朱が上るのを感じた。
しかし、リンは視線を外そうともしない。
じっと観察するようにナミを見ている。
それは、どこか和道一文字を見つめていた時と様子が似ていて…。
と。
不意にリンは何かに気付いたかのように目を見開いた。
冷淡な顔にわずかな動揺を見せ、顔を俯け頭をがりがりとかいた。
わずかに目尻に朱が滲んでいるようにも見える。
(えっと、何か動揺している?)
やがて、ほんのり赤くなったまま、リンは口を開いた。
「申し訳ない。名乗りもせず失礼致した。
改めてご挨拶いたす。鍛冶のリディア、リンとお呼び頂きたい。
・・・、お名前を伺っても宜しいか。」
刀に一途な刀鍛冶は、ようやく、客の名前も聞いていないことに思い至ったようだ。
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(2008.08.08)