Sei sempre nei miei pensieri e nel mio cuore
            

りうりん 様




Marzo



春一番が吹いたと天気予報では言っていたが、季節が春めいてきたと気が付いたのはいつからだろう。







剣道のセンスと言うものがあるのかどうか知らないが、「攻撃を受けるときの気配を読むことがうまい」と言われる。それは剣道をやっていくことで重要なことなのかもしれないが、日常生活においては重要だと生まれたときから痛切に感じているから、自分にセンスとやらがあるとしても後天的なものだろう。ため息をつきながら靴ひもを結ぶゾロに「早く!」とステレオタイプで催促する声に、もう一度深い深いため息をついた。











***











春休みも間近な週末。部活も珍しく休みの今日は以前から誘われていた道場へ出稽古に行こうと準備していたはずなのに、なぜか改装オープンして賑わうショッピングモールの出入り口で、捕獲された動物のように両手いっぱいの荷物と一緒にしゃがみ込んでいた。心情的にはショッピングモールから脱出してきたが近い。過酷な練習でも簡単に音をあげないが、まだ昼過ぎだというこの時間帯で本日の体力・精神力ともにすでにマイナス表示の赤ランプが点滅している。柔らかく注ぐ陽光と暖かくふく風がモール内に勝るとも劣らない道行く人ごみに立ちくらみを起こしそうだった。平日はそれほど賑わう界隈ではないはずなのに、いったいどこから湧いてきたのだと聞きたいほどである。少しでも早くここか ら立ち去りたい。そのためであれば打ち込み稽古でも掛り稽古でも地稽古でも何本やっても構わないと思うほど追いつめられていたが、ここで逃げ出せば掛り稽古より辛い仕打ちが待っているのだ。堅忍持久。確乎不抜。念仏か呪文のように心の中で唱えていたゾロに











「あ、ゾロ」











聞き覚えのある弾むような明るい声に視線をあげると、大きなヘイゼルの瞳をさらに見開いて驚いている顔があった。見慣れた制服姿ではない姿に一瞬、唱えていた呪文が脳裏から消え去る。いたずらな春風に吹かれて乱れ気味になるオレンジの豊かな髪を押さえながら











「珍しいー。こんなところで何ヘタっているのよ。今日部活は?こういうとこって苦手だと思って…た」











笑みを含んだ軽やかな声とは真逆に憮然とするゾロに顔をほころばせたナミは傍らに立つ人影に気が付くと不自然に視線を泳がせた。











「ごめん。お邪魔だったね。また学校でね」









どうかのしたのかと首を傾げるゾロの隣に立つ女性たちが春らしい柔らかい生地のスカートを翻して人ごみに消えようとする背に











「ちょっと待ってください!」



「こいつは!」



「私たちの!」



「ヒモでも!」



「ツバメでもありません―――――!」











喧騒に紛れることなくナミの聴覚に届いたその声は、ナミの足を止めるだけでなく、周囲の時間と空気も止めてしまったようだった。大きくため息を付いて顔を覆うゾロを挟んで女性らしい明るい声が響く。











「たしぎと言います」



「くいなです」



「私たちゾロの」



「お姉ちゃん♥」



「「よろしくね!」」











ゾロが知る限りナミは相手に呑まれるようなことはない性格なのだが、彼の姉たちの前では瞬きを繰り返すことしか出来なかった。合わせ鏡かと思うほどそっくりな清楚な二つの白い顔が交互に











「可愛らしい方ですね」



「もうゾロったら!」



「どうしてこんな可愛い方を紹介してくれなかったのですか」



「隠していたの?」



「生意気ですね」



「青春ね!」



「お年頃ですね」











そしてナミも今まで自分は口下手だと思ったことはなかったが、自分を覗き込んで賑やかに騒ぐ彼女たちの話に滑り込むタイミングが全くつかめなかった。











「せっかくだから」



「立ち話もなんですし」



「時間ある?」



「よろしかったら、お茶でもいかがですか?」











この勢いにたとえ緊急の用事があったとしても否と言えたかどうか。ナミの返事を待つことなくシンプルだが明らかに女性客を意識したインテリアのカフェに引きずり込まれた。ロングヘアを束ねてメガネをかけているのがたしぎで、ショートボブなのがくいな。彼女たちを前に柄にもなく緊張気味のナミだが、彼女たちに緊張しているわけではない。原因は別にある。ナミからそっぽを向くように長身を横にして座るゾロだ。











「ゾロがデートでもしていると思われましたか?」



「この子にそんなことが出来るわけないじゃない!」



「なぜならゾロだからです」



「ねえ」











けらけらと笑うたしぎとくいな。ナミは横目でゾロを伺いながら「…はあ」としか言えない。普段のどこか悟ったような大人びた雰囲気はなく、日常的に家族にいいように言われているのだろう。そっぽを向いているため表情はよくわからないが、うんざりしていることは確実だった。その空気がイタい。それなのに早くこの場から退散したいオーラありありである弟のことなど全く無視、である。











「学校ではどんなかんじ?」



「家では全く話さないのです」



「彼氏いる?」



「ゾロと付き合っているのですか?」



「スリーサイズ教えて♥」











間髪いれない質問の嵐に「家族におしゃべりな人がいると言葉数の少ない子どもになる」という話を何気に思い出した。無口なゾロに表情筋の具合でも悪いのだろうかと思ったことがあることを、心の中でこっそり詫びた。生まれてからこの状況ではさもありなん。シンプルなカップから漂うオレンジベースのフルーツティーはナミの好きなチョイスだったが、本日の気温とこの状況に暑い位だった。ポットではなくアイスにすれば良かったかもと軽く後悔した。







機会があれば入ってみたいと目をつけていたカフェにゾロといるというシチュエーションは、つまらない休日になりそうだったナミへの嬉しいプレゼントだったが、翡翠色の髪が目に入ったとはいえ思わず声をかけてしまった迂闊さを呪う気持ちがじわじわと足元から浸食してくるようだった。たしぎたちとのおしゃべりは楽しいが、もう少しゾロが態度を軟化してくれればこんな気持ちも薄らぐのに。だが、苦手と感じているらしいお姉さんたちとではそれはなかなか難しいらしく、態度を変えないゾロが恨めしく思えてくる。軽くため息をついてドリンクに付け合せとして出されたクッキーに白い手を伸ばした。マシュマロとチョコがグラハム生地のクッキーに挟まれている。ちょっと塩味の利いたクッキー とさり気ない甘さのマシュマロとチョコに思わず











「あ、おいしい…」











くいなたちもクッキーに手を伸ばすと、彼女たちの嗜好の好みにあったのだろう。大きくうなずきながら











「スモアね。これ」



「そうですね。スモアですね。ちょっと珍しい趣向ですね」










もともとは北米でのアウトドアでは定番のお菓子だが、数年前にアメリカ資本のコーヒーチェーンがサイドメニューとして提供されて以来、日本でも市民権を得ている。スモア初体験のナミは魅力に取りつかれてしまったようで、聞けばそれほど難しいレシピでもない。家でも簡単に作れそうだ。思わぬ収穫に嬉しく笑みを浮かべるナミの前に、すっとスモアがのった小皿押しやられてきた。











「あ、ゾロ。もう行くの?」











くいなの声につられ仰ぎ見ると、立ちあがりながら、横目で腕時計を確認し、コーヒーを飲み干したゾロが頷いた。











「こんないいお天気だというのに」



「これから大学の道場に行くんだって」



「本当に剣道ばかりなのです」



「せっかくの休日に寂しいわよねー」











ゾロが剣道に強いことは聞いていたが、大学にも顔を出しているのか。出稽古に行くと言うことは、そこに進学するのだろうか。姉たちにこき下ろされっぱなしにされているが、反論するだけ無駄と悟っているからか











「とにかく、もう時間だから」











と、ぼそりと一言。











「あ、そうだ。今日は警察の方じゃない?そうでしょ?」











そんなところにも行っているのか。同じ年で同じ学校で同じクラスで同じ授業を受けているのに、ナミよりもはるか先を歩いている。それは感嘆すべきことなのだろうが、誰も受け入れない拒絶感を併せ持った寂しさがあった。











「それならミホークおじさまによろしくお伝えくださいね」



「ほらほら。荷物も忘れずに。ちゃんと家に持って帰ってよね」



「迷子にならないようにね」







包装紙から見てもくいなたちの買い物したものばかりである荷物の数々を両手いっぱいに持たされて不満気な顔をしていたが、この場から解放されることへの安堵感もあるのだろう。ドアベルの音を軽やかに鳴らして出ていく広い背を見送りながら











「ゾロ…ロロノアくん、警察官になるんですか?」











剣道を続ける人たちにはそういう選択をする人も多い。真摯な性格のゾロならいいお巡りさんになるだろう。ただし、道を聞いてはいけないという欠点があるが。











「んんん。本決まりじゃないけれどね」



「それもいいかもしれないという段階ですけれどね」



「そ。で、警察って言ってもね」











そこで教えられたゾロの未来予想図の一つにナミはとても驚いたが、ゾロなら意外にあっているかもとも思った。まだ決めたわけじゃないと、彼女たちは言ったが、たぶんそうなるのではないかという強い予感があった。



そのとき、ふと店内に流れるBGMが耳に入った。好きな曲だ。特にこのフレーズ。コロコロと転がる音に心も楽しくなる。膝に行儀よく置いた手に小さくそのメロディをなぞらせていると











「ところで、ナミちゃん」



「そうそう。ナミさん」











ロングヘアとショートボブにメガネの有無。違いはあるけれど、同じ顔にステレオ放送的に迫られると迫力があるものである。思わず居住まいを直すナミに











「彼氏いるの?」



「好きな人はいらっしゃいますか?」











彼氏はいない。いないけれど、なってほしい人ならいる。好きな人はいるけれど、好意的に思われている自信は全くない。口うるさくて、煙たがられているかもしれない。むしろその可能性の方がはるかに高い。











「あのね」



「お願いがあるのです」











今日初めて会ったゾロの姉たちだが、このまま縁があるといいなあと思うほど、すでにナミの中では好ましく思うようになっていた。だからとびきりの笑顔で











「私にできることなら!」











その返事にくいなとたしぎは目を合わせて大きくうなずいた。











「じゃあね」



「彼女になっていただけませんか?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」











いま、なんと?











「あ、もちろん」



「ゾロの彼女にということです」











豪胆なところがあるナミだが、やはり人間というものは咄嗟のことに対処することが出来ず、言葉もどこか枯れてしまったようで、悲鳴すら出てこない。











「だってねー、あの子ったら」



「ボンヤリしておりまして」



「剣道しか取り柄がないし」



「気が利かないのです」



「気の利いたことも言わないし」



「言えませんし」



「ビジュアルも今風じゃないしね」











いやいやいや。



ゾロは無愛想でも誠実で友達のビビが「Mr.ブシドー」と呼んでいるくらい真面目な面があるし、周囲からも「ゾロであれば」という保証もついていることだってある。優男系ではないが、それでも整った顔立ちで背も高く体育祭などの学校行事では目立つ活躍を見せるし、成績だって悪くない。言葉数は少ないが、話せたことをラッキーに思い、それを羨ましがられることもあるのだ。大会では常に優勝候補、上位常連ということもあって専門雑誌にも載ったことがあるそうなので全国規模でゾロの知名度は、ぽっと出の芸能人など足元に及ばないかもしれない。だが、家族からみれば「残念な弟」なのだろうか。なんだかそのギャップに笑えてくる。











「このあいだのバレンタインだってチョコ貰ってこないしね」



「そうですね」











ナミも本心を言えばきちんとラッピングしたものを渡したかった。渡したかったが、受け取らないことを公言しているゾロに押し付けることにいって不確かな関係のバランスを崩すことが怖く、どさくさに紛れるようなことしか出来なかった。でも、本当に誰のものも受け取らなかったのか。











「でも甘いものは嫌いって…」



「ゾロが食べなくても」



「私たちが食べるのにね」











ねえとお互いの顔を見やっているが、本命チョコだった場合、それはちょっと、勇気を出して渡した女の子にとってかなり切ないことじゃないだろうか。











「今日はホワイトデーだし」



「そうですね」



「ゾロがナミちゃんにそのスモアをあげたってことで」



「それで手を打っていただけませんか?」



「え?これ、ホワイトデー、ですか?」











こうしてゾロの知らないところでゾロの人生を決められてきたのだろうか。あの強面のプライベートの知られざる事実になんだか可愛そうになり、仇を取るつもりもないが意地悪っぽく笑うと











「でもホワイトデーのお菓子って意味、ありましたよね?それだと、スモアはアウトなお菓子じゃないですか?」











いまではほとんど意味をなしていないバレンタインの返事として送るホワイトデーのお菓子の意味。マシュマロは消えてなくなるからNO。クッキーはさっくりと割れることから後腐れのない友達でいよう。そういう意味ではスモアは実に残念な組み合わせである。











「んんん。たしかにそれはあるけれど」



「ゾロがやることに残念なのはつきものなのです」











やることは残念と決めつけられている彼の家庭内でのポジションに憐みを誘われるが、ゾロの意思はかけらも反映されていないのだ。それを責めるというのは筋違いなことだろう。











「それは必ずゾロに埋め合わせさせますので」



「だからお願い!」











自分より年上の女性二人に手を合わせられてしまった。こんな場面、人生で何度もあることではないだろう。思わずニッコリと笑みが浮かぶナミにくいなたちが顔を明るくした。が、











「でもダメですよ。ゾロのいないところで、こんな裏取引」



「私たちは気にしません」



「ねえ」











心から不思議そうな顔を見合わせる二人に、「弟とはいえ、一人の人間なんだから気にしてあげて」と心の中で突っ込むと同時にゾロへ一つ貸しを作ったような気分だった。











「今回はお二人の妹分に認定、ってところで手をうっていただけません?」











いちクラスメートから妹分への昇格だ。卒業するまでまだ2年ある。ちょっとずつゾロの中でのナミのエリアを切り開いていけば、そのうち、いつか…と思うことに罪はないだろう。今日はゾロの家族に会えたことだけで良しとしよう。思いがけない休日の嬉しいサプライズに頬が緩む。笑いのとまらないナミに家族が「また誰かを陥れる計画でも思いついたのかもしれない」とその標的で自分だったらと戦々恐々としていたことは別の話。







そして、大事に持ち帰ったスモアがいつの間にか家族に食べられてしまい、ナミを激怒させたことも別の話。











 



…… attacca


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(2015.07.02)



 

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