耐え難くも甘い季節 〜もうひとつのMy way
            

MOMO 様






第五章



「おっ!ビビちゃーんvv」

金髪の美男が両手両足をばたつかせて、ビビのいる席まで全速力で走る。おもわず周囲の視線が集まった。

「こんにちわ、サンジさん。元気でした?」
「元気なわけないじゃないかっ!ナミさんもビビちゃんもちっともお店に来てくれないんだから!」
「サンジさん、売れてないホストみたいですよ」
「...そう?ま、ぼちぼちやってるけど、あの店はもうすぐ閉めるんだ」
「え?」

理由を聞いていいのか戸惑い、結局無言でいたら察したサンジが笑う。

「夜逃げじゃないよ?もういっちょフランスで花咲かせようと思ってさ」
「ふらんす?」

食べるかい?と気の利いたことにお手製のサンドイッチをバスケットからとりだす。
斜めにカットされたバケットにはローストビーフや海老やらアボカドやらが挟まっていて、まるで料理雑誌の表紙のように眩しかった。

「そ、フランスでフランス料理のコック」
「!そうなんですか?」
「そうなんです」
「なんか・・凄い・・」
「結婚したい?」
「したくないです」

即答で微笑むビビにもう一人の男性が遠くから声をかけた。

「おいビビ、10個しか買えなかったぞ!ホットドック!」

「!!! ルフィ!」
「あ、サンジだ」
「あ、じゃねぇ!いつのまに帰って来たんだよ!」
「昨日」
「へーへーと言うな!その間にどれだけビビちゃんが俺の胸で泣いたことか!」
「泣いてません」
「泣いてねぇって」
「うるせー!本当はそうしたかったんだよ!ね!ビビちゃん!」
「したくなかったです」


ごちゃごちゃと騒いでいるとメインスクリーンではファイナルに出場する企業のCMが止まることなく流れはじめた。もうすぐ試合開始だ。

「サンジさんにもチケット渡したのよ」
「ふーん、でこれもお前が作ったのか?うめぇ!」
「っ!貴様!いつのまに!それは俺がビビちゃんの為に朝から・・!」
「うん、うめえよ!」
「人の話を聞けーーーー!この海猿めが!」

ビビは2人の真ん中でちょっとため息をついて、双眼鏡に大きな瞳をつけた。
ファイナル5戦目、ナミの所属するチームはこれまで順当に進んできたが、相手チームにも女性とは思えない2メートル級の選手が何名かいるので、想像以上に苦戦して4戦目までイーブン。
この試合が本当のファイナルだった。

「何見てんだ、ビビ」
「んー。ゲン先生が来るってナミが言ってたから・・反対側の客席かなと思って・・」

「げ、あいつ来てんのか!」ルフィはサンドイッチを喉につまらせる。

「お、美人」

サンジは相変わらず目ざとく、少し離れたところにひっそりと座っていた長身の色白美人に目をつけていた。


「あ、ロビン先生」
ビビは双眼鏡から目を離すと、サンジと同じ方向に手をふる。
名前を呼ばれて気がついたのか、ゆっくりと白く長いを上げた。


「知り合いかい?」まさに胸躍るサンジ。
「ナミがお世話になっている整体師さんですよ」
「ぐぐっ!なんて神様は意地の悪い運命の出会いを」
「サンジ、お前の言ってることやっぱりわかんねー」
「わかろうとするな、ルフィ」




***





「なんでそんなオファー引き受けてくるんですか!」

長い廊下を大股で歩きながら、ナミは怒り心頭だ。
後ろから逃すまいと追いかけてくる広報の男は、蛇のようにしつこい。

「もうすぐ試合開始なんです。ミーティングもはじまるし!それ断っておいてください!」
「君の承諾を求めてるわけじゃない!本社命令なんだ!」
「私に確認とるのは常識でしょ?!」

ナミは歩くのを止めて、男に真正面から立ち向かう。一瞬男がひるんだ。
さらにクビにかけていたスポーツタオルを床に叩き付けた。まるで決闘のように。

「もう受けたものを簡単に断れないのはわかるだろ?リーグが始まってから君の名前はね、
 WEB検索エンジンのワードTOP50位内にランキングされ続けているんだよ!
 そういうことなんだよ!ここでTVにでて印象つければ、拍車がかかる!」

すれ違う大会スタッフも忙しそうに廊下を走りまわてっいるので、2人の会話など誰も気にしていなかった。
ナミはスタジャンを脱ぐと、腰に巻き、長い髪をいつものようにきつく後ろで縛った。

試合に集中したい。だのに、この男はいきなり今日からTVの取材がはいるから、常に意識しろとトンチンカンなことを言ってきた。一度企画書をみて断った話だった。
『翼の折れたプレーヤー 復活までの軌跡』などという、美化しすぎて卒倒しそうな企画だったからだ。

「嫌です!だいたいあの企画書なんて、美談じみていて鳥肌がたつ!」
「いいんだよ!美談で! 事故の時にかばった子と再会して抱き合うくらいできるだろ!」

頭の神経が今にもブチ切れそうだった。

「あの子には!あの子の人生がある!それを世の中にみせる必要なんてない!
 そっとしておいてあげてよ!」
「今の日本バスケット界を盛り上げる為に協力してもらってもいいじゃないか!
 君の足を再起不能寸前にした本人だろ?!・・・・だっーーーー!」

ナミのバスケットシューズが男の革靴を踏み潰している。

「試合前だからこれくらいにしとく。もう話しかけないで」
「君はわかってない!企業の一社員として何をすべきか!」
男もついに緒が切れたか、大声をはりあげた。
今まで互いに我慢してきたことが、このファイナルを前にして爆発寸前だった。

「・・・・」ナミは深呼吸をすると、あやうく飛ばしそうになった握り拳をぐっと腰元にもどす。
「バスケットをやって金を稼いでいるんだ。仕事なんだよ。部活の延長じゃないことくらいわかるだろ!?」
「わかるわよ!」
「何度でも言うけど、わかってない!うちの社が君を獲得した理由はスター性があったからだ!
 広告塔としての役割を果たしてもらえないなら意味がない!ただうまいだけの選手なら他に山ほどいるんだよ!」

「意味がない?」
「・・・そうだ」ナミの強い視線に男の目線がさがる。

「それじゃ企業の一社員としてすべきことをするまでよ」

ナミの顔は怒りとも悲しみとも区別がつかない冷静な強い表情にかわる。
一歩一歩、男に近づくとちょうど同じ背丈なだけに目線があう。

「勝つことよ」

「それだけじゃ、駄目だ」
「それだけよ」
「・・・・」
「それだけ。これ以上、今何か言うなら本当にぶっ飛ばすわよ」
「そんなことしたら・・」

クビで結構。心の中で悪態をつき、そのままロッカールームへむかった。


廊下の脇で2人の男が何かもめていたが、気にもとめずただ歩き続けた。
とにかく試合のことだけを、それだけを考えたかったのだ。
ただすれ違う瞬間に、微かに潮の香りのようなものが鼻をくすぐったので一度だけ振り返る。

香りはきっとあの長身の男だ。深くキャップをかぶっていてもうこの距離では顔が見えない。
気のせいだと思い、今の怒りの気持ちを静めることに集中する。

それでもなにか、ナミは心のどこかがカタンと動いたような気がしていた。




ーバタン!



キャップの男はナミがロッカールームのドアを大きな音で閉めるのを聞いてから、彼女が去った廊下を振り返る。
言い争っていた男は仕事のファイルを床に叩きつけて悪態をついている。

「ちょっと人の話きいてんの?だからさー、あんた困るんだよ、ここ関係者以外立ち入り禁止なんだから。
 試合直前で忙しいんだ!売店の場所なんて説明できないって!出口はあっち!」
「・・・ホットドックを買いに来たが、どこかで迷った」
「ったく!こんなとこで迷うかな〜。本当は誰かのファンなんじゃないの?
 ちょっと身分証明とかないの?怪しいよ、あんた」
「・・・ない」

男はムスっとして、細々とうるさい警備員を払いのけると出口へと向かった。




観客席でゲンはしばらくの間、帰ってこなかった男からやっとの思いでホットドックを受け取る。
その代物もコーヒーもかなり冷めてしまっている。ちょっと眉をひそめて、不機嫌そうに隣に座る彼をみる。

「おまえは隣駅の売店まで行ったのか?」
「そんなとこです」
「あいかわらずだな・・そんなんでよく世界を旅できるってもんだよ」
「まあ、勘でなんとか」

男は怪しく黄色いマスタードをすこしよけながらかぶりつく。あと2口でなくなりそうだ。






会場はファイナル最終戦ということもあり超満員で、立ち見がでるほどの盛り上がりをみせた。
各企業の応援団が異様なまでの歓声と応援を体育館に響かせるなか、選手たちが入場してきた。

「ナミー!」
「ナミさーん!」

ビビやサンジの声援もあっという間に飲み込まれる、地響きのような歓声。

ナミは大きく胸をはって深呼吸をした。
気持ちが昂る。顔が熱くなり、耳鳴りもする。今まで経験したどの試合よりも大舞台だった。
チームのキャプテンがポンと腰を叩いてくれたので、少しだけ笑顔がもれる。
いくつものカメラのフラッシュがたかれて、両チームが顔を向き合わせた。
相手選手の肩越しに広報の男がカメラクルーと共に待機しているのが見えたが、目をつむり小さく呟く。


ー勝つ





試合は1stクォーターからナミのチームのオフェンスが爆発。3PTSシュート5本を含む34得点。
対する相手チームは速攻などで何とかついていこうとするものの16得点にとどまり、序盤から前者が主導権を握る展開となった。3PTSシュート5本の内、4本はナミが決めたもので
その神がかり的なプレイにリーグ開始当初から常に大きな歓声が沸いていた。

「こりゃいけるな」
「ナミって選手っすか?」
「会社が金をつんで再起させただけあるぞ。マスコミ用にも見てくれがいい」
「なるほど〜、確かにあの胸はスポーツマンにしとくにはもったいないっすね」
「そういうこった。あのカメラクルーも取材だろよ。ブレイク寸前ってやつだ」
「なるほど〜」

目の前の席で交わされた会話にゲンは舌打ちをする。
きっとどこかのヘボスポーツライターだろう。

「好調な時の選手ってのは、本当に神が降りてるんだと思うよ」
ゲンはポツリと呟く。男は黙っていた。

「ナミは今季そんな感じで走り続けている。これからもそうだと、周りは思っているよ」

「本人は?」
「ん?」
「・・さっき見かけましたよ、彼女」
「それで?」
「・・・あいかわらず、ブリブリ怒ってた」

男は深くかぶっていたキャップをとると、広がった視界の中で改めてナミを見る。
無心にボールを追いかけ、小さい身体で大きな選手の間を一人すり抜けて走る。

「昔のお前にそっくりだよ」
ゲンは冷えたコーヒーを水のように喉に流し込むと渋い顔で続けた。

「自分の器の大きさもわからないで、籠の中でもがいている」
「・・・・」
「そして無我夢中で必死に何かを探している」


2ndクォーターに入っても、攻撃の手を緩めないナミのチーム。
しかし相手も外国人並の身長を武器に互角に応戦。このクォーターを22-25、前半終了時点で56-41として15点差まで詰め後半に望みをつないだ。




「そういえばルフィ、忘れ物はみつかったの?」

ビビはハーフタイムで長蛇の列だったトイレからやっとの思いで戻ると
たらふく食べた腹をポンポンと叩くルフィの顔を覗き込む。
試合中は食べ物に一切手をつけずに、なんだか怖い顔でナミをみていた彼だけど
今はいつもとかわらない、飄々とした笑顔だ。

サンジはちゃっかりとロビンの横へと強引に移動している。

「ん?別に探すもんでもない」
「?」

ビビの柔らかいウエーブの髪が傾げた首と共に横に揺れる。ルフィはそれをじっとみつめて、ふいにその長い髪の先を両手で束ねて捕まえた。

「これ」
「・・・・」


「おまえ」

「ルフィ?」

ルフィはゆっくりと大きな口を横に広げてニヤリと笑う。


「すげぇ、でっかい忘れ物だった」


そのまま髪の束をひっぱると彼女の顔をひきよせた。






***






試合は後半に入ると激しいディフェンスに攻め倦むことなく、ナミは走り、ショットを打ち続けた。
相手も焦りからかミスも出始め、このクォーター8得点しかあげられず73-49で最終クォーターを迎えた。
開始直後からナミにパスが集中し、次々にポストのネットを揺らしていく。



「飛べ」

「ん?」

ゲンは男の独り言に聞きかえす。









ナミには会場の歓声が殆ど聞こえなくなっていた。
チームメイトの呼びかけとキュっと鳴るシューズの音にボールの跳ねる音。
それらが時々遠くから聞こえるくらいで、自分以外の選手はまるでスローモーションのようにうつる。

たぶん自分は何本もショットを打ってはきめている。だけどもう何点差なのかがわからない。



ーボールをキャッチした


自分の呼吸 心音 ボールのバウンド音



ードリブルで敵をかわす



あの事故の瞬間 手術台の眩しいライト 



ーポールが見える



ルフィの笑顔 ビビの手のぬくもり



そして




ポンと背中をたたく広い手のー






ー右足に全体重をかけた













「決まったーーーーーーー!」



ビビが立ち上がって叫んだ。
同時に会場の客の殆どが総立ちになり、地鳴りのような歓声が響く。





気がついた時には相手ディフェンスの選手に潰されるように倒れていた。



「ナミ!」
キャプテンがぐっと腕をひろってくれて、はじめてわかった。





飛べたのだと


















ロビーはマスコミ関係者達が携帯電話を片手に右往左往していて混乱していた。

女子バスケット史上初のファイナルでのダンクシュートを5本も決めた選手を記事にする為だった。




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(2005.11.02)

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