耐え難くも甘い季節 〜もうひとつのMy way
            

MOMO 様






第七章





小さな小さな港に着いた時はもう夕暮れが近かった。





「今日の海は結構荒れてたが、あんたは平気かね?」

「はい、何故か大丈夫でした」

「そりゃ、素質あるねぇ」

「?」

「島の嫁になんなさい」



10人乗ったら定員オーバーかもしれない小さな船は、港にゆっくりと船体を寄せる。
乗っていた客はナミを含めて5名、春休みを利用してかバックパッカーまがいの学生ばかりだ。
その内の3人が完全な船酔いで、きついガソリンの匂いと波の振動にヘロヘロな様子で下船した。
ナミは年老いた船長の最後の言葉には、二コリと笑うだけにしてコンクリートの地面に足をのばす。
石垣空港に着いた時点でブラウスを脱いで、紺色に白水玉のタンクトップ一枚になった。

想像以上の熱気と蒸し暑さに驚いたのだ。飛行機で乾燥してしまった肌も一気に潤んだ。


空港から港に移り、そこからさらに1時間かけてようやく着いた。
ずっと乗り物に乗っていたので、足元がフワフワとしているのが心地よい。
こじんまりとした待合室の側には青い旗がヒラヒラしている。
ナミはその旗を眺めながら、グーンと両手を揚げて背伸びをした。

『ようこそ波照間へ』




港には客を待っていたミニバンが2台。学生達を乗せて早々と姿を消した。
ナミはスーッと深呼吸をすると、リュックを背負って歩き始めた。
空港で貰った波照間のガイドマップは本当に島の簡素な地図と民宿の連絡先がのっているだけでしかも道といっても島を一周する海岸線沿いの道と東西南北をつなぐ道が数本あるくらいだ。
緩やかな坂道の両脇は芋の葉やガジュマルのようなツタが密集した木々があってまさにここが南国であることをより強調している。夕方だというのに風は生ぬるいし、ビールでも飲みたい気分になっていた。


ーププッ!


背後からのクラクションはさきほどの船の船長だ。ナミは邪魔になっているのだと思い、道路脇に立つ。

「迎えはないのかね〜?」やさしいイントネーションだ。
「ええ、大丈夫です。」
「ここは日が暮れると真っ暗だかんらね。気をつけてな〜」

きつい煙草の匂いを残して、船長は車を走らせて去っていく。
軽トラックの後ろには荷物と共に若い男の船員が乗っていて、こちらに手を振っていた。

ナミも思わず手を振って、そのままオレンジ色に染まってきた空を仰いだ。



それからどれくらい歩いただろうか。民宿や民家を抜けて、長い海へ向かう道を歩く。

だだっ広いサトウキビ畑と草原だけ、遠くに風力発電であろう白く綺麗な風車が回っている。
道ですれ違ったのは牛だけだ。

「気持ちいい」

ポツンと呟くと再び黙々と歩き続けた。海に落ちていく夕陽を目指して。
まっすぐな、まっすぐな道。地平線と水平線がごっちゃになって、
まるで自分1人しかこの島にいないような感覚になった。
そして沖縄についてから不思議なことがナミのなかでずっと起こっている。
ゾロに会いに来たのだけども、海をみているうちにどうしても浜にいきたくなった。

ーなぜなんだろうか。海を眺めていると懐かしいと思えるのだ。


ふと目に入った小さな看板に「←浜」とあったので、そこに向かっていくと間違いようがない道筋で浜の入り口にぶつかる。



「わ・・」




思わず声がでた。
長い長い真っ白な砂浜と夕暮れ時なのにいまだ蒼さも透明感もある海。
ポツポツと夕陽を見に来た人がいるけれど、湘南などに比べたら居ないも同然の静けさだった。
なぜか嬉しくなって急ぎ足で砂浜に足を入れると、リュックを置いてホーキンスのサンダルも脱ぐ。



ー本当に初めてきた場所?



ナミがぼんやりと立ち尽くし景色にのまれていると背後から自転車が数台停まる音がした。
音がしたと思った瞬間、振り向く寸前の不意打ちだった。

「ぎゃっ!」


尻を3回3人に触られて、腰元を小さな子供達がすり抜けていったのだ。

「何すんのよ!クソガキ!」

「ひひ!何すんのよ!」
「何すんのよ!」
「なーにすんのよー!」

ああ、こういう子クラスに1人はいた・・と思わせる、タンクトップと短パンの日焼けした少年達。
ナミのセリフをオウム返しすると、再びケタケタ笑いながら砂浜を走っていく。
その1人はゾロに良く似た少年だった気もした。

その彼がもう一度こちらをふりかえり、まさかのセリフを言ったのだ。



「にほんばしーーー!はやく来いよーー!」





ナミはその名前にポカンと口を開けてしまう。そしてニャーと鳴きながら足元を
フラフラと歩く猫を凝視した。



「に、日本橋!?本当に?なんでここにいんの?」

しばらく会っていなかったけど、ふてぶてしい感じはちっとも変わっていない。
間違いないと思ったのは彼女が紅いミサンガ風の首輪をしていたから。
自分がアメリカ土産に日本橋に買ってきたものだった。ルフィにつけてもらったのを覚えている。
突然の意味不明の再会にナミは日本橋を抱こうと必死に追ったが、ゾロ似の少年がひょいと拾い上げてしまった。
そして高々と日本橋を両手で持ち上げると、なんとそのまま海へと投げたのだ。

「ぎゃーーーっ!」漫画のように両手を頬にあてた。

「わっ!びっくりしたー、姉ちゃんうるせえぞ!」ナミの悲鳴に少年達が慄く。

「何やってんのよ!猫が泳げるわけないでしょーー!」

「あーー!姉ちゃんーー!あぶねえよ〜!」


ナミは子供達の制止を振り切り、急いでジーンズの裾をたくし上げて海へと走る。
ずっと遠くまで浅瀬だと思ったのだ。それでも日本橋はバシャバシャと激しく溺れているように見えた。








ガクンッ







足元が落ちた瞬間。またあの夢の続きなんだと思った。

























クスクス









クスクスクス









「?」



その小さな声たちで目が覚めた。
けれど目の前は緑色で何も見えない。





「くくく、こうするとチュラカーギーだな」

「しっー。ヤナカーギーが起きるだろ」




なにか話しているけど意味がわからない。
というよりも自分はどこにいるのだろう。いつ寝たのだろう。
もしかしてファイナルの試合中に選手とぶつかって脳震盪でも起こしたのだろうか。
長い長い夢をみていたのかもしれない。

それともロビンの医院?近所の子供達?
ああ、きっとそうだ。また治療中に・・・寝て・・









「おら、アホなことすんな」









その声で現実に引っ張られた。


ナミはガバっと上半身だけ起き上がると、自分の手元にハラリと落ちたクワズ芋の大きな葉を見つめる。
ゲジゲジまゆげに平べったい目の落書き。葉のお面をかぶらされていたらしい。
ナミがいきなり起きたので、少年達はもの凄い悲鳴をあげてゲラゲラ笑いながらどこかに行ってしまった。



ナミは自分でその葉のお面をもう一度かぶる。
そしてもう1人の声の主に顔をむけた。



「チュラなんとかって?」

「・・・美人」

「じゃあヤナカーなんとかは?」




「・・・ブス」

「それ逆でしょ?」





ゾロは優しい溜息をついた。






***





朝ごはんはピンク色のごはんと、海草のようなものと豆腐が入った味噌汁、そしてゴーヤの漬物だった。

「お米がピンクなんだけど・・嫌がらせ?」
「赤米っつって、白米にちょっと入れて炊くんだよ」
「これ・・・藻?」
「・・・アオサって海藻だ。ここじゃそこらじゅうにある」

「このお豆腐、なんか東京と違うけど美味しい・・」
「・・・」

「ゴーヤって初めて食べたけど・・」
「てめぇは黙って食えねぇのか?」

「・・・・」
「・・・・」

やっぱり悔しいのでご飯を2杯、味噌汁を1杯おかわりしてやった。


ゾロは文句も言わずに、黙々と給仕をしているけど怒っているのかなんなのか表情がいまいちだ。「まずは飯だ」と言われたので大人しく別の部屋についてきた。
そこで初めて、ここが民宿であることに気がついて、食堂の椅子に座ったのだ。
そして窓の外の朝日を見て、自分がすっかり一晩寝てしまっていたことも理解する。

冒頭の会話以降は古い木の大テーブルで向き合って黙々と朝食を食べた。
起きて何がどうなってこうなったのかを聞いたのは、ナミがたらふく食べた後だった。




「浜で人が溺れれば、あっという間に島中に広まる。で行ってみりゃ、お前がびしょ濡れで寝てた」
「寝てた?気絶の間違いでしょ」

ナミは冷たいお茶をグイグイと飲みながら咳き込む。漬物を食べ過ぎた。


「ガーガー寝てたぞ」
「擬音が余計だわ」
「・・・で島のお婆達がここで着替えさせて、そのまま置いてった」
質問される前に言ってやったという風にゾロは腕組をして椅子の背もたれに仰け反った。


「それは・・・ご迷惑を」
「まったくだ」

偉そうに、とボソっと言ってからナミは続ける。

「でも日本橋がなんでここにいるのよ?」
「学校で世話する奴がいなくなったらしいから沖縄につれてけって、ルフィが・・ あいつから何にも聞いてないのか?」
「なにを?」

ファイナル前日に突然合宿所に現われてニヤニヤしていたルフィを思い出す。
そういう用事だったのか。

「もしかして・・ルフィと旅してたの?」
「ある時期な」
「?」
「おそろしい偶然でバリ島で会ってな、しばらく一緒に歩いたが、はぐれた」
「ありえるわね」

うるせぇと頭をポリっと書く。その仕草は職員室にいた頃のままだ。

「だいたい、深さを確かめもせずに飛び込む馬鹿がいるか」
「だって!日本橋が溺れていたから!・・・って、あれ?そういえば日本橋は?」
「あれはガキ達が面倒みてる。それに奴はここについてすぐに港で海に落ちて度胸がついてんだ」
「泳げるってこと?」
「気に入ってるらしいぞ」

「猫泳ぎ・・・」
「ついでに言うと、お前を助けたのはガキ達だからな」
「ふん・・おケツ触ったんだから当然よ!」

相変わらずのへらず口にゾロがブッと笑う。
ナミが上目でゾロを覗き込むと、一瞬目が合った。
ルフィ同様にしっかりと日焼けして無精ひげも生えている。髪は相変わらず黒のような緑だ。

けれど、あの夏プールで出会った時から変わらずに涼やかな顔で時々眉をひそめながら自分を見ている。



「・・・考えてみれば、寝てなかったのよね」
「?」
「ファイナルの前日も昨日も、だから2日徹夜だったのよ」
「お前、徹夜してあのプレーか?」
ゾロは思わず口にしてしまったので、咳払いをした。わかりやすい。


「そ、おかげさまで飛べました」
「べつに・・」

「へんなモメゴトも見られたわね」
「・・・・」

「泡盛もごちそう様でした」
「・・・・」


しばらく黙ったままだった。

ゾロは戸惑った様子もないけど、喜んでいる風でもない。
ただ、ナミが何かを言い出すのを待っていた。

窓の外には自転車や徒歩で海に行く様子の観光客がパラパラと見える。
どこかで三味線のような音も聞えてきた。

チリンと縁側の風鈴がなったので、ふと自分の家のオレンジ色の風鈴を思い出してナミがふっと笑う。



「ひさしぶり」




ナミの笑顔にゾロは大きな溜息をついて肩の力を抜いた。
そしてやっぱり怒っているような眉で少しだけ笑った。


次の一言を聞くまでは。




「お別れをしにきたの」




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(2005.11.25)

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