夢の果てに  - 1 -

            

panchan 様


 シャボンディ諸島 42番 GR 海岸沿い。



盛り上がった巨大なマングローブの根の上。

ゾロはそこに座り、海を見ていた。


腰から刀を抜いて、体の横に無造作に置く。

三代鬼徹と秋水。

今や腰に携えるのは、すっかりこの二本だけになった。

和道一文字に代わる刀を探して何本か使ってみたが、どれもしっくり来なかったり、
すぐに折れて駄目にしてしまったり。
いつのまにか探すことを諦めて、すっかり二刀流に落ち着いた。

手に持った酒を飲み干すと、胡坐をかいた足元から新しい瓶を手に取り、封を開ける。
そしてそのまま、肩の傷口にトクトクと酒をかけた。

「つっ!・・・ハァ・・・今度は肩か・・・」

最近、戦いの度に傷を負う。


久しぶりに請け負った船の護衛だった。

その船の行き先がシャボンディ諸島。

それほど厳しい航海でもなかったが、遭遇した海賊をいくつか撃退したら、
最後船を降りる時、思った以上の報酬を弾んでくれた。
こんなに懐が潤ったのも久しぶりだった。

さっそく酒を買いに行こうとブラブラし始めてすぐ、ゾロに勝負を挑む輩に絡まれた。
オイオイ、いきなりか、酒くらい買いに行かせろよシャボンディ、
と思いながら一瞬で勝負を決した。


剣の腕はまだ確実に上がり続けている。

近頃は相手が攻撃を始める前に、どういう太刀筋で来るかわかる。
それなのに負傷するのは、相手の攻撃を避けることや、剣で受けることすら、
億劫になっているからだ。
人間というのは攻撃に出たときが一番隙だらけだ。
相手の攻撃をギリギリまで引き付け、体に受けながら最小限の一太刀で倒す。
その替わり自分の体が傷つき痛むことになっても、何とも思わなくなっていた。
前回は腕。その前は頬。どれもそれほど深くない傷だ。
だがまともにメシも食わず酒ばかり飲んでいて、
そしてさすがに若くないということなのか、昔に比べて傷の治りが遅い。
昔なら、一日寝れば治っていた。


あれから何年くらい経ったのか。

シャボンディに来るのも一体いつ以来だか覚えていない。
運び屋の船に乗っていた時にも来た事があるはずだが、その記憶は曖昧だ。
はっきり思い出せるのは一味に居た頃のこと。
昨日のように覚えているが、もう随分前のような気がする。
仲間と過ごしていた日々自体が遠い感覚だ。
すっかり一人でさすらう生活が馴染んでしまった。

「あいつら・・・元気でやってんのか。」

口に出して呟いてから、感傷的になった自分に苦笑して酒を煽った。



**********



数年前ルフィ達の元を去ってから、始まった運び屋の船での生活。

飲食は保障つきだと、好きなだけ酒を飲み適当に昼寝をして過ごしていた。
積荷を奪おうとする海賊の敵襲があれば、ちゃんと働いた。
しかし自分の信念に照らし合わせて戦う相手じゃないと判断したときは、
周りがなんと言おうと戦いには参加せず、関わらなかった。
命令されることは嫌いだし、従う気もなかったので自由にやっていたら、
いつのまにかそれでOKになったのか何も言われなくなった。
そしてクルー達とも酒を酌み交わすうちに打ち解けて、だんだん居心地も良くなって行った。
運び屋の船に乗るクルーの大半は、貧しさから出稼ぎに来ている、
素朴な気のいい奴らだった。

約束の二年が過ぎた時。

もう一年一緒に航海しようぜと、クルー全員から熱烈な引止めにあった。
長髪男からも正式にそんな申し出があった。
相変わらず虫の好かない相手だったが、奴の剣の腕は認めていたし、
一流の剣士同士としてそれなりに妙な親近感も感じていた。

居心地のいい場所ではあったが、ゾロはきっぱり断った。
約束は二年。それ以上そこにいる理由は無い。

最後の航海を終えた島で、クルー達と別れ、船を降りた。
断ったのだが長髪男が一人、ゾロの見送りにとしばらく付いてきた。

船が見えなくなったところで、男の真意を確かめようとようやく向き直り、
話しかけた。

「のこのこ付いてくんのは、最後にどっちが強ェかケリでも着けようってのか?」

そう言うと男はフッと笑って答えた。

「そうだな、それもおもしろそうだが。まあ止めておくさ。近くでお前を見て、
 自分が敵わないってことはよくわかったんでね。
 付いてきたのは、おれが個人的にこれを渡したかったからだ。」

そう言って男は懐から袋を取り出し、ゾロに差し出した。

「金が入ってる。謝礼金はお前の申し出通り無しってことだが、これは
 おれからの餞別と、詫びだ。・・・あの時、二人の邪魔した事へのな。」

そう言ってイヤらしい笑みを見せた。その顔に、眉をしかめた。
こいつのことはやっぱり最後まで嫌いだ。

二人の・・と言われ、あの島でナミを抱いた濃厚な一夜が記憶に蘇った。
その後すぐ、シロップ村で最後に見たナミの拒絶するような表情が脳裏に浮かび、
もう取り戻せない虚しさを思い出させられて、イラっとした。

「えらい昔の話だな。余計なお世話だ。
 だから・・あいつとは何でもねェし、そんな気遣いならいらねェってんだ。
 じゃあな。」

「待て。」

金を受け取らずに去ろうとしたゾロの腕を掴んで、男は無理やり袋を手に持たせた。

「じゃあ、餞別だけってことでいい。これから無一文じゃあ、酒にも困るだろ。
 どこへ行くにも何をするにも、金はあって困らんさ。拾ったと思って受け取れ。」

「・・・・・」

男が熱心に食い下がったので、確かに酒も買えない無一文の自分の身の上を
ようやく自覚して、ここはありがたく受け取ることにした。
そして去ろうとすると、さらに男がゾロを引止め、話し始めた。

「・・・もしも戻るつもりなら、泥棒猫含む麦わらの一味は今、双子岬にいる。
 どのルートを選ぶかはわからんが、岬へ行けば、後から追うことはできるはずだ。」

それを聞いてゾロはギロッと男の顔を見返した。

「まさか・・あれからもずっとナミを見張ってやがったのか?」

男は笑って頭を振った。

「あの時、あの女のそばには海賊王と仲間が居たじゃないか。
 手出し出来るわけが無いと、見張りは諦めたさ。
 それに、お前という男を信用していたからな。安心しろ。
 今の話は、お前が船を降りるに当たって、おれが独自に手に入れた情報だ。」

なんだかよくわからないがこの男はずっとゾロに好意的だった。
さらにナミとのことに、いまだ引け目を感じているらしかった。
すんなり二年でゾロが船を降りられることになったのも、
おそらくこの男が手を回してくれたのだろう。

最後に少しだけ感謝の気持ちも湧いた。そして、ルフィがまだ健在なのと、
何よりナミが今もルフィ達と一緒にいることを知れて、安心した。

「そうか、そりゃよかった。おれも一つ最後に聞いときてェことがある。」

「何だ?」

「あの時、どうやっておれ達があの無人島にいるとわかった?」

「ああ・・・・・あれは、あの海域でおまえらが前日だかに立ち寄って、
 一晩泊まった島があっただろ?」

確かにフーシャ村を出た後、シモツキまで一日以上かかる行程のため、
その日の夕方、とある島に立ち寄った。
イーストブルーではどこへ行ってもゾロ達は有名人で、
見つかると人だかりができたが、その島も例外では無かった。
ゾロとナミの二人だけだとわかると、
「あんたらそういう関係なのか?」
と何度も聞かれて、鬱陶しかったことを思い出した。
結局適当にメシだけ食ってゾロは早々に船に戻り、ナミは街の宿に一泊して、
翌朝またシモツキへ向けて出発したのだった。

「そこでおまえら二人がいたという情報を聞きつけて、近くを探してたんだ。
 そして偶然、ひどい嵐に巻き込まれた後、たまたま姿の見えた無人島に
 上陸しようと思ったら、聞いていた特徴にピッタリのおまえらの船を見つけた。
 ・・・・・そういう訳だ。」

ずっと気になっていた。
もしやシモツキ村から付けられていたのか、と。
その心配がようやく晴れて、ほっとした。

「・・・なるほど。そうだったのか。・・・・さて、約束の二年は終わった。
 この金はありがたくもらって行く。じゃあな。」

「ああ。達者でな。ロロノア。また戻ってくるなら、その時は大歓迎だ。
 しかし、お前の方向感覚でこれからホント心配だが、大丈夫か?」

「うっせェよ!」

こうしてゾロは運び屋の船を降りた。



**********



仲間がどこに居るのかもわかったし、自由の身にもなった。

しかし、もう仲間の元に戻る気は無かった。

シロップ村から去った時、もう戻ることはないと決意していた。
ルフィには認められなかったが、それでも問題無いと思った。
正式に一味を抜けていようがそうで無かろうが、結局状況は同じだ。

そうして始まった一人で当ても無くさすらう生活。
それは挑戦者の相手と深酒の日々だった。

昔の自分のように世界一の最強を目指す剣士達が、やたらと戦いを挑んできた。

どんな相手にも負けるわけにはいかない。

おれは、海賊王に恥じぬ、大剣豪であり続ける。

もう目指すものも戻る場所も無くなったが、その誇りだけが生きる支えだった。

戦いは好むものなのでいつでも大歓迎だった。
しかし剣士に限らず色んな輩に狙われたので、
滞在していた島の住民に迷惑をかける事もしばしば起きた。
そしていつからか、一ヶ所に長くは留まらない放浪の生活を始めた。

そんな放浪の旅をしながら、前にも増して酒を飲むようになった。

餞別としてもらった金は、実際あの後、役に立った。
食うのは、海や川があれば魚を獲ったり、山や森があれば動物を獲ったりして
しのいだが、酒は金がないと手に入らない。
100万ベリーあったその金は、結局ほとんどが酒代に消えた。
金が尽きるとしばらく酒が飲めなくなったが、用心棒や船の護衛で稼いだり、
人助けで礼をもらったりして、金が入ってはまた酒に消えるのを繰り返していた。

酒に金を使うので、飢えをしのぐ程度にしか食わなくなった。
その分、以前より体はほんの少し薄くなった。
鍛錬は続けているので剣の腕は鈍っていない。
それどころか以前よりも精神が研ぎ澄まされ、さらに強くなっていた。
顔は前にも増して人相が悪くなったようだ。
ちょっと目が合っただけで泣き出すガキにはいつも困った。


それなのに、なぜか「色気がある」と、酒場や街でやたらと女には誘われた。

「アンタ、あの海賊狩りでしょう。やっぱりいい男ね。」

「一人で飲んでるの?隣、いいかしら?」

「今夜、うちへ来ない?」

その気になれば、腐るほど女は抱けたと思う。
だが、抱きたいと思う女には一人も出会わなかった。

強引に腕に抱きついて胸を押し付けてきたり、やたらと体にまとわりついてきたり。
どんなに誘惑されても鬱陶しいだけで、まだ一人で処理する方がマシに思えた。

やっぱりおれは女にあまり興味が無いのだろう。

思い返してみても、今まで女を抱いたのはほとんどルフィと出会う前。
賞金稼ぎ時代の、まだ自分の強さを過信し若いエネルギーを持て余していた頃。

男に襲われそうになっていた女を助けたら、お礼にと家に招かれた。
腹が減っていたのでメシを食わせてもらって、そのまま泊まって欲しいと言われ。
男に襲われかけてた時、肌蹴て見えていた女の体を思い出し、成り行きでそのまま。
その時初めて女とヤッた。
女の体は柔らかくて、細かった。
これなら当然、男に力で敵わないはずだと思った。
その女の事は、長い髪の女くらいにしか印象に残っていない。
すでに両親を亡くし、一人で暮らしている同い年くらいの女だった。

それから何人か女を抱いた。
基本は強くなることに常に意識が向いていたので、ほぼ女に興味は無かった。
だが若さゆえ精神をコントロールしきれず、当時は無性にヤりたくなる時もあった。

ルフィと出会った頃も女に対する認識はそんなもんだった。
だからその後ナミが仲間になった時、女を仲間にすることに多少不安はあった。
でもそれ以上にルフィに対する信頼が上回って、ルフィを裏切るようなことは絶対に
したく無くて、自然とナミをそういう目で見ることは無くなった。

そして、鷹の目に味わった屈辱の敗北。生ぬるかったおれの意識を変えた。

もう意識は強くなることのみに集中し、女に対する興味など一切消えた。
女をそういう対象として見なくなり、ナミのことは一人の人間として見た。
仲間として、友として、信頼し心許せる、大事な存在になった。
ほかの仲間達と変わらぬ、人間同士としてナミを認めていたはずだった。


ところがあの時。

目標が無くなり、心にぽっかり穴が空いたように緩んだ状態で。

最初は勢いで始めたことだった。
でもすぐに気付いてしまった。
実はずっと前から、ナミを女として求める自分がいたことに。
堰を切ったように、ひたすら女としてのナミの体を求めた。


そして。

あれから女を抱かなくなった。
ナミ以上に抱きたいと思う女が、いなかった。



ある島で、助けた女がいた。

最初の女を少し思わせるような、長い髪の女だった。
庇って怪我したおれの世話を何かと焼き、メシを食わせて、家に泊めた。
最初の時と同じ流れだ。
料理上手で控えめな、キレイな女だった。
女は食堂を営み、酒も自由に飲めたので、居心地はよかった。
放浪ばかりしていたおれが、少しだけ息抜きできた場所。
ナミ以来、唯一、その髪に触れてみたい、その体を抱き締めたいと思った。
だけどこの女に手を出したら、おれはきっと堕ちていくと確信していた。
この女と一緒にいたいと思えば、おれは普通の男に成り下がる。
もう、きっと世界一の剣豪ではいられなくなるだろう。
おれの精神を支えているすべてが崩れ去って、楽にはなるだろうが、
結局おれを探しに来た挑戦者や刺客みたいな奴らに負けて、
この女も巻き込み、死ぬのがオチだ。


どこまで行っても、おれは修羅の道しか生きられない。


そんなおれと一緒にいられる度胸の据わった女なんて、
結局ナミしかいないのかもしれない。

そう、思った。

今更気付いても、遅すぎた。
もうどうしようも無いだろ、と自分に呆れた。

髪の長い女の所を後にした。

ムシャクシャしてヤケになっていたおれは、
酒場で声を掛けてきた女の誘いに衝動的に乗り、すぐに宿屋へ連れ込んだ。

部屋に入るや否や腕を掴んで強引に引き寄せ、激しく口付けると、
女の方も積極的に抱きついて来て舌を入れ返してきた。
壊しそうなほどめちゃくちゃに女の体を撫で回し、口を貪った。
口付けながらその女は自分で服を脱ぎ捨て裸になり、おれの胸倉を掴んで
そのままベッドになだれ込んだ。

そこで、一気に冷めた。

服の胸元を掴んでいた女の手を引き剥がし、女に乗り掛かっていた体を起こした。

「悪ィ・・・。気が変わった。」

女は呆然としていた。

目の前に女の裸体があったが、触れる気にもならず。
ベッドから立ち上がり離れると、自分の服の胸元を直し、
そのまま女に背を向けドアに向かった。

部屋から出ようとして、後ろから女の「最っ低!!」という罵声を聞いた。
肩越しに振り向いて、一言「すまねえ。」と言って去った。

言い返す言葉もなかった。あの女の言う通りだ。おれは最低だ。
激しい自己嫌悪に陥った。

無性にナミの顔が見たくなった。

額を手で覆い、フラフラ街をうろついた。

人気の無いところへ行き、ナミを思いながら、堪らなくなって自分で抜いた。

さらに大きな自己嫌悪に襲われて、浴びるように酒を飲み、
初めて意識を無くすほど酔い潰れた。


おそらく、それからだ。

体に傷を創るようになったのは。

傷の痛みで、生きていることを実感した。
その痛みで意識を保っていないと、酒に呑まれそうだった。

剣の勝負には負けない。それが自分の生き様だ。
戦いになると、本能がむき出しになって相手に向かう。
だから、自分が死ぬとしたら戦いではなく、きっと飲み過ぎで行き倒れだ。

そのくらい、酒に溺れていた。



**********



あれからまた時は流れ、今は少し落ち着いた。
あんな風に荒れていた自分は情けなかったと恥じて、心を強く持ち直した。

しかし相変わらず傷は絶えず、酒も飲み続けている。

久しぶりのシャボンディ諸島。

海を眺めていると、確かこんな所から魚人島へ向け再出発して行ったと、
懐かしく思い出した。

仲間達の懐かしいあの雰囲気。懐かしい空気。懐かしい気配。

ルフィは元気でいるだろうか。

仲間達は相変わらず、楽しくバカやってるだろうか。

そして・・・。

ナミは・・・相変わらずあの気の強さで仲間達をあしらいながら、
明るい笑顔で、笑っているだろうか。
おれにはいつも怒ってばかりだったが。

あいつの夢も、もう叶ったか。



今日は傷があってよかった。
金もあるし、久しぶりに深酒になりそうだ。


自嘲気味に考えていたら、段々とその懐かしい気配が強く漂い始めた。




いやいや、まさか。

まだ酔っ払うほども飲んでねェ。


まだ信じられない自分が居ながらも、自然と口元がほころんでいく。


二人だ。

誰かは、気配で嫌というほどはっきりわかる。

一人は間違いない。
そしてもう一人も、間違えるはずがない気配の男。
しかし、知っているはずのそれよりも、随分弱い。

もう程近い。

胡坐で座りじっと海の方を向いたまま、背中で気配を感じながら待った。

こんなドキドキワクワクするガキみたいな気分は久しぶりだ。




来た。






「久しぶりだな。ウソップ。」

自分が予想していたより、弾んだ声で呼びかけていた。



「!!・・・・ああ!!
 ・・・脅かしてやろうと思ってたのによ!気付いてたのか。へっ!
 ゾローーッ!!久しぶりだな〜〜!!!
 お前・・・!!やっっと見つけたぜ!!何年ぶりだ?
 しっかし、ひでェツラしてんなあ〜〜、さらに人相悪くなってんぞ!
 世界一の大剣豪がよォ!」


今おれは自然に笑顔になっているはずなのに、それでも酷いツラらしい。
まあ、仕方ねェ。こんな顔だ。

「お前は変わらねェなァ、ウソップ。」



シャボンディは良くも悪くも、いろんなことの起こる場所だ。

ゾロはつくづくそう思った。




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(2011.08.07)


 

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