夢の果てに  - 2 -

            

panchan 様


一体、何年ぶりだろう。

ウソップとの再会に顔がほころびつつも、一緒に気配を感じたルフィの姿が
見えないので、気になった。


「ルフィは?」

「あっと、っそうだ!!あいつ、動けねェんだった!」

そう言ってウソップが、さらに小高く盛り上がった方を振り返った。
ゾロもウソップが振り返った方へと視線をやる。


「ゾローーーーッ!!!」


辺りに響く懐かしい声。

見ると、盛り上がった根の上で番号を振った巨大なマングローブの幹をバックに、
シャボンから頭と手足先だけ出し、ボヨンボヨンと跳ねて笑っているルフィの姿が。

「おーーい!ずっと探してたけど、やっと見つけたぞーーーー!!」

そう言って、シャボンで跳ねながら坂をこちらへと下り始めた。

「ルフィ・・・なんだそのカッコは」

自然と口角が上がり、ゾロは懐かしさで胸が熱くなった。
探してくれてたのか。おれは勝手に出て行ったってのに。

「まったく、ゾロはいつまでたっても酷ェ迷子・・った、って、うわっ!
 うわぁ!ぎゃーーーッ!跳ねるーーーーーッ!!」

坂の途中からコントロール出来なくなったのか、でかいボールのようにポンポン
跳ねながら、シャボン玉ルフィが転がり下りてくる。

「うわーーーーッ!ヤベェェェ!死んじまう〜〜〜〜!!
 でも、すんげェおもしれぇ〜〜〜〜!!アッヒャッヒャッヒャ!!」

「ギャーっ!!テメェ、何やってんだーーーー!!死んじまうぞーーー!!」

ウソップが目を飛び出させて叫び、二人でギャーギャー言っている。

「何を騒いでんだ、お前ら・・・。なんでそれで死ぬんだ・・・。」

おれが何年も一人で過ごしたと思っていたのは夢だったのだろうかと思うくらい、
昔と何も変わっていないルフィとウソップに呆れた。

「シャボン、割れば止まんだろ。」

ウソップに言うと、

「ダメだ、シャボンのまま止めてくれ!」

そう答えたので、転がってきたシャボン玉ルフィをウソップと二人で掴んで止めた。

「ひゃ〜〜〜、助かった〜〜〜〜!でもおもしろかったなぁ!もっぺんやりてェ!」

無邪気にルフィが笑う。

「アホかッ!お前、ホントに死んじまったらどうすんだ!!もっと体のこと考えろ!!」

ウソップが必死で怒っている。

「アッヒャッヒャッ、あー悪ィ悪ィ。ハァ・・・・・・やっと会えたな、ゾロ。」

シャボンを片手で支えるゾロの顔を、ルフィが真っ直ぐ見た。

「・・・・久しぶりだな、ルフィ。」


約6年ぶりの再会だった。


「よくおれがここに居るってわかったな。」

「ああ、おれとゾロだからな!ししし。」

昔と変わらぬ邪気の無い笑顔で、ルフィはそう言った。
理由になってない理由だが、ルフィが言うとなんとなく納得できた。

「お前・・・体、悪ィのか?」

深刻そうには全く見えないが、さっきから死ぬ死ぬ騒ぐので一応尋ねた。

「ああ、ちょっとな。あんま動かねェんだ。」

「動かねェだけの問題じゃねェだろ、ルフィ。動かすと命の危険があるんだよ!」

ウソップが説明を付け足しながら、安定した場所にシャボンに入ったままのルフィを移動させる。
その真剣なウソップの顔を見て、本当にそうなんだろうと思った。
そしてもう一度ルフィの顔を見たが、余裕そうに笑っている。
相変わらずだ。こいつは笑って自分の死を受け入れるような奴だった。
ウソップがルフィの横で地面に座り込み、ゾロもルフィの正面に座って胡坐をかいた。
ルフィが笑顔でゾロに話しかける。

「イヤー、何年ぶりだー、ゾロ?おまえが出て行ってから。」

「さあな。おれも覚えてねェ。」

「元気そうだな。」

「まァな。」

「すっげえ探したぞ。」

「そうか。」

「そんなことより、ゾロ。」

ヘラヘラした笑いはもう消えて、ルフィがはっきりとした声で話す。

「お前、おれを納得させられるだけの理由は見つかったか?」

いきなりルフィが本題に入る。
ウソップは黙って腕を組み、向かい合ったゾロとルフィを見ている。

「理由?」

「ああ。一味を抜ける理由だ。おれはお前が抜けるのを認めてねェからな。
 あの時、もっと納得できる理由を持って来いって、言っただろ。」

「ああ、そう言えばそうだったな・・・」

そう言って、目線を落とし溜息をついた。
本当は忘れてなどいなかった。
だがたとえ言い訳のためでも、他の理由を探す気など最初から無かった。
なぜなら、もう会うことはないと思っていたから。

「・・いや。他に理由は、ねェ。今もあの時も、おれが一味を抜ける理由は一つだ。」

「・・なあ・・・・・その理由って、一体なんなんだ?」

それまで黙っていたウソップが口を挟んだ。
チラッとウソップを見て、ゾロが言った。

「もう、お前らと一緒に、旅を続ける理由が無い。それが理由だ。」

ウソップは言葉が出ないといったような顔をしてゾロを見た。

「・・・・ゾロらしい、っつーかなんつーか。
 ・・・だけどな、それにはおれも納得がいかねえ!
 お前・・ナミの世界地図を一緒に完成させてやろうって気はなかったのか?
 自分の夢が叶ったら、それでさようならで、よかったのか?」

ゾロを指差しながらだんだんと声を荒げ、ウソップが睨んだ。

自分の夢だけを考えていたわけじゃない。
それが叶った時点でさようならできるなら、もっともっと前の段階で一味を抜けている。
叶えたい夢は自分のものだけじゃ無くなってた。
仲間みんなの夢がいつしか自分の夢になっていたし、そして夢のためだけに、
仲間達と一緒にいたわけでも無かった。
なのに・・・。
結局、中途半端なことをしたおれには、それを主張する資格はない。

ウソップを横目で見ながら言った。

「おれがいなくても、お前らがいただろう。
それであいつの夢は、叶えてやれるじゃねェか。おれは別にいらねェだろ。」

「!!・・・テメェ!!一体どういうつもりで・・」

「ウソップ!」

拳を握り締め立ち上がろうとしたウソップを、ルフィが声で制した。

「・・・ゾロ、じゃあ他に理由はねェんだな。」

ルフィが真っ直ぐゾロの目を見る。

「なら、もう時間切れだ。一味に戻れ。もうこれ以上勝手な事は、おれが許さねェ。」

「・・・・・」
「・・・・・」

ゾロもウソップも、黙ってルフィを見ていた。

「いいな、ゾロ。」

念を押すようにルフィがゾロに言う。
ゾロは溜息をついて、首の後ろを手で擦りながら言った。

「今更・・・どのツラ下げて戻るってんだ・・・。
 おれはお前に従わずに、勝手に出て行ったんだ。
 そんな奴を、わざわざ許して戻さなくてもいいだろ。
 そんなことすりゃ、船長であるお前の威厳が無くなるぞ。
 おれも中途半端な覚悟で出て行ったわけじゃねェ。
 そんな締まらねェことは、おれもお前もするべきじゃない。」
 
ルフィは途中からうつむき気味で聞いていた。前髪で顔が半分隠れ、表情は読めない。

今更戻れない。おれはルフィに逆らったんだ。
偶然再会したのは素直に嬉しかったが、一味に戻るのはまた別の話だ。
情に甘えるほど、落ちぶれちゃいない。

心と裏腹に、男としての建前を通す。
そんなゾロの心に、ルフィの言葉が深く入り込む。
 
「・・・威厳がなくなる?
 だから、どうした。・・・おれの威厳なんて、んなモン、どうでもいい。
 ・・・じゃあ、こう言えば、わかるか?
 お前に一味に居る理由が無くてもよ、おれ達にはお前が必要なんだ!
 おれも、ナミも、ウソップも、他の奴らも・・みんなお前に居て欲しいんだ!
 お前は今でも、おれ達の大事な仲間なんだよ!!ゾロ!!」

ルフィの心からの叫びが、ゾロの全身に響いた。

「・・・それで、十分だろ。・・・・・もう、戻って来いよ。」

ずっと心の奥底に押し固めていた何かが、溶け出すように広がった。
ルフィの言葉と、ルフィという存在のオーラそのものが、ゾロを包み込む。

「・・・グッ・・!」

うつむき、歯を食いしばった。
そして、フッと鼻で自分を笑った。

ずっと続くだろうと思っていた。
この一人きりの孤独な旅が。
終わる時は、死ぬ時。そう覚悟していた。
それが・・・・・ここで終われるのか。

目を閉じると、ゾロに笑いかける仲間達の顔が浮かんだ。

ナミ。
一際見たいと思わせる、その笑顔。

・・・会いてェのか。おれは。

そう思った途端、胸の奥がギュッと締め付けられる感覚がした。

息苦しくなって、服の胸元を自分で鷲掴みにして耐える。
”だめだ、おれはもう戻れねェ。”その言葉を発することを、体が拒否する。
内なる葛藤に、歯をくいしばり、苦々しく顔をしかめた。

目を開け、ふと視線を上げると、黒く輝くルフィの瞳が心を見透かすように向けられている。


認めろ、と。 本当は戻りてェんだろ、と。


参ったな。


気付かぬうちに、我ながら精一杯だったみてェだ。


ゴクッと唾を飲んで、ついにつまらない抵抗を諦めた。
苦笑して溜息をつき、目を細めて微笑みながらルフィに答えた。


「お前には、敵わねェな・・・。」

「ゾロ・・!」

「・・・わかった。船長の命令に、従う。」

「「ほんとかーーーーっ?!!」」

ルフィとウソップの顔がパアっと晴れやかな笑顔になった。
まったく、こいつらの無邪気さに、おれはなんて弱ェんだ。

「ああ。・・・だが、そうあっさりと戻るわけにはいかねェ。だろ?」

「そりゃあ、もちろん。落とし前はつけねェとな!ゾロ!」

ルフィがニカッと笑う。
こうなりゃどんな落とし前もつけるつもりだったが、その満面の笑みになんとなく冷汗が出た。

「で、何をすりゃいい?」

「一発本気で殴らせろ。」

意外にあっさりしたものだった。
もっとみんなの前で土下座とか、そんなのを想像していた。
まああっさりとは言っても、ルフィに本気で殴られれば普通は即死レベルだが。

「それだけでいいのか?」

「ルフィの一発がそれだけって・・・さすがゾロ・・化けモンだ。」

ウソップが感心したように言う。

「いんや。おれは今動けねェからよ、それはおれが回復してからの落とし前だ。」

「・・・ってことは、まだ他にもあんのか?」

「おう。そっちのが、今すぐお前にやってもらいてェことだ。」

「何だ?」

「・・・ナミを追ってくれ。」

ゾロは混乱して、眉間に皺を寄せた。

「・・・どういうことだ?お前らと一緒にいるんじゃないのか?」

ウソップが説明を入れる。

「それが、一人でウエストブルーに向かって行っちまいやがった。」

ゾロの顔がさらに険しくなる。
確かウエストブルーの治安が荒れているという話は、聞いたことがあった。

「状況がよくわからねェ・・。なんでナミは一人で行ったんだ?」

「おれが行けって言ったからだ。」

ルフィの言葉に、ゾロの眼差しが一瞬鋭く向けられる。

「お前・・・あいつに一人で行けって言ったのか?あいつはお前のそばにいたがっただろう?」

ゾロの怒りを含んだ低い声に、ウソップが慌ててなだめに入った。

「お、おい、誤解すんな!よく聞けよ!
 ルフィはしばらくこうやって動けねェから、後もう少しのナミの
 地図完成を遅らせたくなくて、自分だけ置いて行けって言ったんだ。
 なのに、ナミが勝手に一人で行っちまったんだ。
 ・・・まあ、あいつなりに、ルフィを一人置いてく訳にはいかなかったんだろう。
 だから、ルフィがナミ一人で行ってこいっつった訳じゃねェ。
 ・・・つーかゾロ、・・・今のお前の態度見て、おれはちょっと安心した。」

「はァ?何の話だ?・・・・それにしてもあのバカがっ!」

ウソップの話を聞いて、怒りの矛先が今度はナミの方に向いた。

「そういうことだからよ、ゾロ、ナミを頼む。早く追ってくれ。」

ルフィの言葉に、ゾロは複雑だった。

「・・・それが、落とし前か?」

「そうだ。・・・頼んだぞ、ゾロ。」

「・・・あいつを連れ戻してくりゃいいんだな?」

「いや。そのままウソップと付いてって、あいつの地図完成を見届けてやってくれ。」

「・・・それをおれに行かせていいのか?あいつは・・・」

そんなこと望まないかもしれない。そう思った。
シロップ村でのナミの表情がよぎる。

「おれの体がこんなだからよ、安心して任せられるのはお前しかいねェ。」

ルフィが諭すように言い、その真っ直ぐな視線でゾロの目を捕らえている。
昔から、なぜかそんなルフィの頼みにNOと言えた事はなかった。
ゾロは心の不安を吹き飛ばすように、一つ大きく息を吐いた。

「フゥーッ。仕方ねェ。落とし前だからな・・・それに文句を言えた立場じゃねェ。
 わかった。今すぐナミを追う。」

どうせ一味に戻るなら、ナミともいつかちゃんと向き合わなきゃならない。
ゾロは決心した。

ゾロの言葉にルフィも安心したのか、ホッと溜息をついた。
その笑顔がさっきまでと違って急に弱々しくなり、ホントは体、無理してんだろうな、
とゾロは複雑な表情でルフィを見つめた。

「よかった!・・んじゃさっそく、ウソップ、案内頼むぞ。」

「おう!任せとけ!」

「で、ナミを追う見当はついてんのか?ウソップ。」

「いや、それは・・・これからだ。」

「これからって・・・。」

「ナミの行方より、先にお前を探しに来たからよ〜、な、ルフィ。」

「おう、そうだな〜。ゾロを見つけりゃ何とかなると思ってた。」

ゾロは呆れて腕を組みながら、溜息をついた。

「あのな・・・んで、ナミはいつ出て行ったんだ?」

「今朝おれと話してからだ。」

「じゃあ、出てってからまだ数時間か?!今日の話かよ。
 まだシャボンディにいるんじゃねェのか?」

ルフィとウソップが顔を見合わせているのを、こいつら相変わらずアホだと思いながら
見ていたら、突然、どこからか声だけが聞こえた。

「残念ながら、ナミはもうシャボンディを出てしまったようよ。」

それと同時に、ウソップの背中辺りで花びらがヒラヒラと舞うのを確認して、
ゾロは目を見開いた。


「「おおーーー!ロビーーーン!!」」

ルフィとウソップが叫ぶ。
程なく、ルフィが最初に登場した小高い場所に、突然ロビンが姿を現した。

「フフ・・・久しぶりね、ゾロ。顔つきがさらにワイルドになって、素敵よ。」

「・・・・!」

言葉が出なかった。このおれが、まったく気配を感じ取れなかった。
相変わらずおそろしい女だ、と心の中で焦って冷汗が出た。
いつから話を聞いてやがったんだか。

「ああ、そうだ、ゾロを探してる途中でロビンに会ったんだった。
 ナミは、もう出ちまったのか?!」

ルフィがぎこちない動きで帽子を被り直しながら、のん気に言う。
ロビンが話しながら坂を下りて来る。

「ええ。シャボンディは広いから、調べるのも一苦労だったわ。
 ここからウエストブルーへ行くにはレッドラインを超えなきゃならない。
 その方法は2つ。レッドラインに上陸して陸路から行く方法と、
 海底を通って一旦新世界へ出る方法。ナミ一人なら、陸路の方が可能性は高い。
 そう思って調べたら、案の定、レッドライン行きの船で、昼前に発ったみたい。
 今からナミを追うなら、レッドラインへ向かう必要があるわ。
 陸では目立たないように変装している可能性もあるけど、早く見つけられるよう、
 祈ってるわ。そこで見つからないと、後はアレに頼るしかないから。」

「おい・・・アレってなんだ?」

ようやくゾロはロビンに声を掛けた。
するとロビンはゾロを見て、フフッと意味深な微笑を浮かべた。

「勘、よ。」

嫌な汗が背中を流れた。コイツは絶対、ナミからあの事を聞いてるに違いないと直感した。
案の定、「ナミをよろしくね。」と言ってきたので、あさっての方を向きながら
「あァ」と無愛想に頭を掻いてると、フフッと笑われた。

「おい、ウソップ。行くぞっ!」

そう言って大股でロビンの横を通り過ぎた。

「待てよ、ゾロ!」

ルフィの声で坂を上りかけた脚を止め、振り向いた。

「ちゃんと、ナミと仲直りしてこいよ。
 おれは仲間同士、なんかわかんねえけど気まずそうなのはヤだぞ。」

ゾロはドキッとして顔を引きつらせた。ルフィにまで言われるとは。
苦い表情を浮かべながら頭を掻いて答えた。

「ああ・・・そうだな。わーったよ。」

その答えにまたルフィの表情が明るくなり、ロビンは含み笑いをして、
なんだか知らねェがウソップまでニヤニヤしていたので、居心地が悪くなって眉をしかめた。
もしかして、みんな知ってやがんのか?
アイツ、人には忘れてくれとか言っておきながら・・!

大股で坂を数歩上ったところであることを思い出して立ち止まり、
背を向けたままルフィに言った。


「おい、ルフィ・・・・・・・・・今まで勝手して、悪かった。」

「・・・ああ。もう一個の落とし前、覚悟しとけよ。」


了解と挨拶の意味で、振り向かずに軽く手を振った。


ルフィをロビンに任せ、ウソップを引き連れてそのままそこを立ち去ると、
ゾロとウソップはその後レッドライン行きの船に乗り、ナミを追って出発して行った。




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(2011.08.16)


 

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