夢の果てに - 3-
panchan 様
レッドラインに到着後、さっそく二人はナミの情報を集めた。
到着したところまでは見かけたと言う人がいて間違いなかったが、
そこから先の足取りがまったく掴めなくなった。
ロビンの言うように、変装でもしていたのだろうか。
ナミのような特徴の女の情報が無く、陸ではゾロやウソップも目立つと厄介なため
あまり派手に動けず、到着したのが夜だったこともあり捜索は難航した。
結局、そこからどのルートでナミがウエストブルーへ向かったのか、
突き止められないうちに次の日も1日終わってしまった。
「とにかくおれ達もウエストブルーへ行ってから探しゃいいんじゃねェのか?」
面倒臭がりのゾロが投げやりに言い始め、ウソップは口を尖らせた。
「お前なぁ・・ウエストブルーっても、めちゃくちゃ広ェんだぞ!
何の手がかりもナシって、広ーい原っぱでアリンコ一匹探すようなもんだぞ!・・・あっ!」
「・・・なんだよ?」
急に何か思いついたようなウソップに、ゾロは片眉を上げて尋ねた。
「いやいや、大事なこと思い出した。・・・アレを忘れてた。」
「はァ?アレってなんだ?」
ウソップがロビンのモノマネをしながら、人差し指を立てて言った。
「勘、よ。」
バコッ!ゾロの拳がウソップの頭にヒットする。
「イッ!イッテーーーーッ!!!じょ、冗談だっ!冗談!
とにかくゾロ君、ナミを探すのに重要なことだから、おれについて来なさいっ!」
頭にメロン大のタンコブを作り涙を流しながら、ウソップはグッと親指を立てた。
「テメェ、ふざけてたら次は容赦しねェぞ。・・・で、どこに行くって?」
「ナミを探す前に、大事なモンを取りに行くぞ、ゾロ!」
「なんなんだよ?大事なモンってのは。」
「あー今は説明できねェが、行けばわかる。」
なんだかスッキリしないながらも、自分もどこへ向かえばいいのか皆目見当がつかないので、
ウソップの向かうままに、一緒に数日かけて陸路を抜け、船を適当に調達して、海へ出た。
陸よりもやっぱり海は広々、快適だ。
そして、久しぶりに惰眠をむさぼった。
こんな風に大の字で昼寝をするのは、やっぱり最高だ。
気を許した仲間がそばにいるだけで、こんなに穏やかに昼寝ができるとは。
その感覚が素直に嬉しくて、昼寝しまくった。
早くナミを見つけねェと、という気はあったが、おれ一人でどうしようもないので、
考えても仕方ねェ、と欠伸をしてはまた眠りの世界に旅立っていた。
「ほんと、よくこんだけ寝れるよなぁ・・・。前より酷くなってねェか?」
ウソップのボヤキも耳に届かず、ゾロは深い眠りの世界の住人になっていた。
**********
「おい。・・おい!・・・おーーーーい!ゾロ!いいかげん起きろ!・・・着いたぞ!」
ウソップが体を揺すって起こし、ようやく目が覚めた。
「アァ・・・もう、朝か?」
起き上がって伸びをしながら、大きな欠伸をして目をこする。
「お前なア!朝って何日目の朝だっ!朝も夜も関係なく寝てただろ!
たまに起きて操縦手伝ったのは最初の2日くらいだけで、あとの
丸3日くらいは寝っぱなしだったぞ!!」
「あァ?そうなのか?・・・通りでよく寝たぜ・・・」
「いや、寝すぎだろっ!まったく・・・それより着いたぞ。ほら、見てみろ。」
ウソップのその言葉で、ようやくゾロは寝ぼけマナコのまま、前方に広がる景色を見た。
「・・!!ウソップ!・・こ・・ここはっ・・・・!!」
頭が一瞬で目覚め、鳥肌が立った。
目を見開くゾロの前に広がるのは、全く予想もしていなかった場所だった。
「ここで間違いねェか?」
「・・・こりゃ一体・・・どういうことだ?!
・・・おれ達はウエストブルーにいたんじゃなかったのか?」
「おおっ!・・とんでもねェ方向音痴とバカが合わさるとそんなミラクルが起きるとは・・・。
お前、今までここがイーストブルーだと気付いてなかったのか?!」
「・・・・?!」
海岸に広がる松林。
深い緑の山々。
山間にちらほら見える瓦屋根の家。
見間違えるはずのない、故郷シモツキ村の景色。
「間違いねェ・・・ここはおれの故郷、シモツキだが・・・。何しにここへ来たんだ?」
あまりに突然の状況に、ゾロは呆然としていた。
そんなゾロにウソップが呆れながら言う。
「何しにって・・・。お前が初心を見つめなおすのと、大事なモンを取ってくるためだ。」
「初心?・・・おい、余計なお世話だ。なんでンなこと・・」
「いいから!どうせあれ以来、帰ってねェんだろ?久しぶりに里帰りしてこい!」
「里帰りって・・・そんな場合か?!ナミを早く探すんだろ?こんなとこに来て、どうすんだ?」
「ナミを探す前に大事なことなんだ。だから早く行って来い!」
「???」
ウソップのあまりの勢いに負けて、背中を押され、渋々ゾロは船を降りた。
「おれはノンビリ待ってるから、ゆっくりでいいぞーー。」
そう言って笑顔で手を振るウソップをジロっと睨んでから、背を向け歩き出した。
「まったく・・・一体何企んでんだ?」
頭をガシガシかきながら松林の方へ歩き始めた。
空は雲一つないくらいに晴れ渡って、眩しいほどいい天気だった。
松林の中を進むと、久々の故郷の澄んだ空気に体が洗われていくように感じた。
不思議と体が軽く、頭もスッキリしている。
そういえば何日も寝っぱなしだったおかげで、酒が抜けていた。
ずっと酒ナシではいられなかったのに、今は全く飲みたいと思わない。
寝てる間に無理やり連れてこられたが、来てよかったと思い始めていた。
目に入る田園風景や山の景色、鳥の鳴き声、のんびりと穏やかな空気。
懐かしさに自然と心も表情も穏やかになっていく。
初心を見つめなおし、大事なモンを取ってこいと言ってた。
思い当たるものは一つ。和道一文字だ。だがそれがナミとどう関係あるのか。
道場の方へと足を進めながら、思いをめぐらせる。
くいなとの約束を果たしたからと、くいなの墓に置いて行った。
その後手にした刀はどれも和道一文字の代わりにはならず、違和感ばかり感じた。
いかに和道が体に馴染んでいたのか、しみじみ実感した。
どれほど険しい道を共に歩んできたか。どれほど多くの戦いを共にくぐり抜けてきたか。
常に傍らに携え、いかに愛着を持っていたか。
仲間との日々も、汗も涙も、くいなの思い出も。
約束以外のものがたくさんあの刀には詰まっていた。
今思えばそれらもすべて、あの時手放したようなものだ。
くいなは、刀を返されどう思っただろうか。あんときゃ、そんなこと考えもしなかったが。
あいつに勝つために、あいつより強くなるために、この道もよく走ってたな。
目指すものにまっすぐだった頃の自分が羨ましく思えた。
ゆっくり歩き続けていると、竹林にさしかかった。
生いしげる竹が風にざわざわ揺れている。
伸びた竹が覆い被さってトンネルの様に薄暗くなった道に、葉の隙間から木漏れ日が射す。
その光を見上げながら、思い出とともに竹林の道を進んだ。
ひんやりとした空気が気持ち良い。
遠くの方に明るい場所が出口のように見えていて、まっすぐな道をそこに向かって歩く。
よくこの竹林の竹を敵に見立てて、刀で斬っていた。
この辺りは、毎日走り回った。
あの頃が懐かしい。
足を止め、立ち止まった。
ざわざわと竹が風に揺れて笹の葉が舞い散る。
「おい。付いてくるんなら、出てきたらどうだ?」
呼びかけに反応は無かったが、しばらくじっと待った。
程なく、少し離れた竹やぶの中からカサッカサッと何かが道へと出て来て、姿を現した。
振り向いて見ると、ほんの小さなガキだった。
道場の道着を着ている。それで懐かしい感じがしてたのか。
「道場のガキか?さっきから付いてきてただろ。おれになんか用か?」
ガキはじっと黙って立ったままこっちを見ている。
何も言わないので、ほっといてまた前を向き歩き出した。
すると、また後ろからカサッカサッと足音をさせて付いてくる。
ゾロが止まると、足音もカサッと止まる。
また歩き出すと足音がし始めて、止まると同じように止まる。
その足音を聞いていてゾロはあることに気付き、もう一度振り向くと話しかけた。
「おい。お前、足怪我してんのか?」
「うん。」
あっさりガキが答えて、ちょっと拍子抜けして笑えた。
「でも歩けるんだろ?」
「うん。おれな、なかなかったぞ。」
そう言うと、片足をちょっと引きずりながら、ゾロの方へと近づいてきた。
見るとまだ背丈が1メートルくらいの本当に小さな子どもで、背中に自分の背よりも長い、
竹刀袋を斜めに背負っている。
ゾロの近くまで来ると、得意げにズボンの裾をめくって傷を見せた。
膝に擦り剥いた大きめの傷があった。
「かえる、とろうとして、たかいとこからおちた。
いたかったけど、ひとりであがれたぞ。おれ、つよいんだ。」
嬉しそうに言うガキを見下ろし、意地悪く片方の口角を上げて言った。
「そうか。じゃあ、道場までしっかり歩けよ。」
「うん。」
笑顔で素直に頷く子どもに、ゾロは苦笑した。
大抵のガキはビビっておれに寄ってこなかったが。なかなか根性の据わったガキだ。
「なあ、けんもってるけど、けんしなのか?」
「あ?ああ、そうだ。」
「ふーん。・・いっしんどうじょうに、いく?」
「ああ。」
「じゃあ、ついてっていいか?」
「??・・お前、道場のガキだろ?自分で帰れるだろ。」
「いつもはな、ここまでこねぇ。
せんせーにいくなっていわれてんだ。
いっぱいはしってたらな、かえるみつけて、とろうとしたら、がけからおっこちたんだ。
それで、あがったら、しらないとこ、いってた。
いっぱいあるいたけど、かえれなくて・・・。
だから・・ついていっていい?」
「なんだお前、迷子か。」
「まいごじゃねェよ!かえりみちがな、きえたんだ。」
「それが迷子っつーんだ。しょうがねェな。・・・じゃあちゃんと自分で歩いてついて来い。」
「ついてっていいのかー?よかった〜!おじちゃん、ありがとな。」
「!!」
おじちゃんと言われて、さすがにゾロも眉をしかめた。確かに老けて見られるのは認めるが、
まだ20代としては正直ショックだった。
「・・・おれはゾロだ。」
「おれ、ジュン。ここまできてたの、せんせーには、いわないでくれる?ゾロ?」
「黙っててやるから、早く歩け。」
「うん。」
こうしてなぜかガキと一緒に行くことになった。
ガキは脚が短い上に片足を引きずっているため、少し進んでは待ってやらないといけない。
なんでおれがこいつのペースに合わせなきゃいけねェんだと思いながらも、
自分で歩いてついて来いと言ってしまった手前、担いで行くわけにもいかない。
担いで行った方が数倍早いのに、それを我慢するのは結構苦痛だった。
待つ間腕を組んでガキを見ていると、おれもガキの頃はこんなだったろうか、と
ぼんやり思ったりした。
背中の竹刀袋が地面スレスレで、時々道に落ちてる石に当たっている。
なんであんな長い竹刀使ってんだ。
しばらくしてようやく竹林を抜けたが、こんなに時間がかかるとは。
おれはかなりイライラし始めたが、ガキが必死でついて来ようとしているのを見て、
仕方なく何度も待ってやった。
「おら、遅ェぞ。がんばって早く歩け。」
追いついてきたガキに言うと言い返してきた。
「がんばってるだろ!ゾロがはやいんだよ!おれ、すげェはやくあるいてるぞ!」
「なにッ?!何度も待ってやってんだろうが!ほっといて先、行っちまうぞ!」
「くそー!はしれたらもっとはやいんだけどなー。いそがないと、あめがふるのに・・・」
急にガキがそんなことを言ったので見上げたが、空は晴天だ。
「晴れてんだろうが。」
怪訝な顔で見下ろし言うと、「すぐふるよ。」とサラッと言って、おれを追い越した。
怒ってさっきより早足で歩いていくガキの後姿を、しばらく立ち止まって見ていた。
こんな小さいガキのくせに、自信満々で雨が降ると言ったことが、気になった。
「おーい!ゾロ!おせーぞー!」
振り向きおれに叫んだ。
「うるせーよ・・・。生意気なガキだ。」
後ろから見ていると、長い竹刀袋がさらに気になる。
道がデコボコした場所で、竹刀袋を何度も石にぶつけては引っ張り上げていた。
「なんでそんな長い竹刀持ってんだ?もっと短いのあるだろ。」
声を掛けると、嬉しそうに振り向いた。
「へへっ。これ、しないじゃねェぞ。おれのたからものだ。」
そう言ってこちらへ引き返そうとしたので、舌打ちして急いでこっちから近づいた。
ガキが背中から袋を前に回し、中から引っ張り出そうとして手間取る。
「おい、もういいぞ。んな事やってるといつまでたっても・・」
言いかけて、言葉を失った。
チラッと袋の口から見えた白い飾りの束。
間違いない。和道一文字。
ついさっき思いをめぐらせていた刀とこんなかたちで再会するとは。
さっきから感じていた親しみと懐かしさは、こいつだったのか。
まさかこんなガキが持っているとは思わず、気付かなかった。
ようやくガキが引っ張り出し、全体を現したその姿に言葉もなく目を奪われていた。
「すげェだろ!きれいだろ!たからものなんだ。きずは、いっぱいあるけどな。」
嬉しそうにガキが見せる。
「なんでお前が、これを・・・」
「せんせーがおれにくれたんだ。でもほんとはな、これ、そとにもっていったらだめなんだ。
あっ!・・・ゾロ・・・せんせーには、いわないでくれる?」
「あ?・・ああ・・・・・・って、お前、さっきから聞いてりゃ全然言うこと聞いてねェじゃねェか!
早くその刀、袋に直せ。道場に急ぐぞ。」
「なんだよー、せっかくみせてやったのに。」
また手間取りながら和道を袋に直し、背中に掛けて歩き出した。
今はこいつが主人ってことか。
和道一文字を譲られるとは、よほど素質があるのか、コウシロウと何か縁があるのか。
一体何者なんだ、このガキは。
宝物だと言ってた。
和道を取りに来たつもりだったのに、さてどうしたものか。
ようやくおれが歩き始めると、山の方からゴロゴロと雷の音が響き、
みるみる黒い雲が現れて空を覆い始めた。
「マジか・・・」
空の様子を見ていると、「へへ。すごい?」と得意げな笑顔をゾロに向けてきた。
ポツポツ雨が降り始める。当てやがった。
他にこんなことができる奴は、おれは今まで一人しか知らない。
ガキのイガ栗みたいな頭も、同じオレンジ色の髪。
オレンジ髪の奴は、天気がわかる種族なのか?
雨が本格的に降り始める前に、道場へ急いだ方がよさそうだ。
このペースだと日が暮れちまう。
「おい。お前の言う通り雨が降り出したから、仕方ねえ。負ぶってやる。」
「・・・えー、いいの?」
「しょうがねェだろ。早く乗れ。」
前にまわってしゃがんでやると、飛びつくように首にしがみついて来た。
手で軽く支えて立ち上がった。刀の重さを足してもチョッパーより軽い。
乗ってるのか乗ってないのかわからねェくらいだ。
「わあ、たけえ!」
「しっかり掴まってろよ。」
背中で喜ぶガキにそう言って、おれは道場に早足で急いだ。
ようやく自分のペースで歩き出せて、すっとした。
「なあ、ゾロってつよそうだな。」
「そうか?」
「うん。おれのとうさんもな、けんしなんだ。つえェんだって。せんせーがいってた。
ゾロとたたかったことある?」
脚をブラブラさせながらしゃべる。
「さあな・・おい、脚動かすな。」
「おれ、あったことねェけどな。
でもおれも、とうさんみたいに、つよいけんしになるんだー。
かあさんもな、ちいせェときからあってねェ。
おれはおぼえてねェけど、ちいせェときに、かあさんがおれをあずけていったんだって。
せんせーがいってた。」
「へえ。」
おれの背中からいろいろ話しかけてきた。よくしゃべるガキだ。
道場はあともう少しで見えてくる。
「かあさんはな、ふねにのって、ちずかいてるんだって。」
・・・地図?!
ドキッとした。まさかな・・・。
急に立ち止まったおれにガキは不思議そうに呼びかける。
「ゾロ?」
視線を巡らしながら、動悸が速くなっていく。
「お前・・・今いくつだ?」
「おれ、5さいになった。」
・・・5歳。
まさかと思いながら、記憶をたどり、あまり詳しくない知識で頭の中で計算する。
自分自身に、心当たりは間違いなくある。
あいつと同じ、オレンジの髪。当然のように天気を言い当てた。
船に乗って地図を書いている母親。
父親は剣士だと言った。
小さい頃からここの道場に預けられている。
そして、背中に和道一文字。
背中に伝わるガキの温もりと重みを、急にはっきりと感じ始めた。
心臓がバクバクととんでもないスピードで跳ねる。
そんな訳ないという思いと、絶対そうだという思いが相反して、動けなくなった。
突然降って湧いた衝撃に、体が金縛りにあって滝のように汗が出る。
だけどあの時、あいつは何も言わなかった。まさかあの後、わかったってのか?
もしこの考えが合ってたら・・・こんなにでかくなるまで、おれは知らなかったのか?
いや、有り得ない。まさかそんな事あるわけがない。
「ゾロ?どうしたの?すごいあせ、でてる。」
「・・・お前・・・まさか・・・」
引きつった顔で立ち尽くしていたら、傘を持ちこちらへ歩いてくる人影が視界に入った。
「あ。せんせー!」
呆然と見ると、相変わらずの穏やかな微笑みがあった。
「ゾロ。久しぶりだね。・・・待っていたよ。ジュンも一緒だったか。」
「先生・・・」
大粒の雨がザーッと強く降り始め、コウシロウが黙って傘を差し出す。
片手で背中の子どもを支え、傘を受け取って、促されるまま無言でゾロは道場へと向かった。
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(2011.08.18)