夢の果てに  - 8-

            

panchan 様


 「じゃあ改めて、私の夢に乾杯。」

 「おう、乾杯。」


酒さえ飲めりゃ乾杯の理由は全てめでたいとばかりのこの男。
しかしさすがにいつもより上機嫌で酒を飲む男の様子に苦笑しつつ、ナミは酒の瓶を煽った。
上を向いて酒を煽ると、空にはクッキリ輝きを放つ満月。
月に照らされ、満開の夜桜がナミの視界の大半を占めるように頭上に広がる。

「月見酒、花見酒ね。」

「ああ。」

ウエストブルー最後の目的地は、満開の桜が咲き乱れる場所だった。
ナミをゴールへ歓迎するように島の3分の1ほどが桜の花で白く彩られ、
最初はその美しさにただ圧倒されていたが、徐々にナミの中に色々な感慨が込み上げて、
ひらひら舞い散る桜の花びらを見ながら、島が近づくにつれナミの頬を涙が流れた。

たった3人だけの祝福の宴は、ぐるっと周りを桜並木が囲んだ、だだっ広い芝生の上で開かれた。
酒と料理を並べ、桜を見ながらナミの世界地図の旅完了を祝って乾杯したのが数時間前。
それから、一人妙なテンションで泣きながら飲んで騒いでいたウソップがすぐに出来上がり、
もともと酒豪二人について来れるはずはなかったが予想以上に早く夢の中へ旅立ってしまったので、
ナミとゾロは芝生に転がるウソップのそばから少し離れ、もっと月がよく見える場所へ移動した。
そして今のが、改めて二人だけでした二回目の乾杯。

シャボンディを出てから4ヶ月。
これでようやく全世界の海を自分の目で見たことになる。

ナミは不思議とあまり実感が湧かず、上陸前に桜を見ながら流した涙も一瞬で引いていた。
なんだかグランドライン全域制覇の時のほうが、もっと感慨にふけれたような気がした。

せっかく長年の夢が実現したというのに。
一つの仕事が終わったくらいの感覚で、なぜか心は別の気がかりで埋め尽くされていた。

あまり浮かない顔で桜越しの月を見上げ、黙って手に持った酒を煽る。

ルフィは無事だろうか。
あれからちゃんと養生しているのだろうか。
ルフィがきちんとチョッパーの言うことを聞いて、じっとおとなしく寝ている姿とか。
騒いだり走り回ったりせずに、静かに座ってロビンの横で読書に没頭している姿などを。
想像してみたがあまりにも無理がありすぎて、想像なのに、
これはナイナイ、と眉間に皺が寄った。
明るく元気に走り回りニッと太陽のように笑う姿が、ルフィには一番合ってる。
その姿を見るとこちらも明るく元気になれる。
またそんなルフィに戻っていてほしい。
宴の場にルフィがいるのといないのでは、やっぱり気持ちの盛り上がり具合も違うのだな、と思った。
そんなこと考えてると知ったら、横で黙って酒を飲んでいるゾロは気を悪くするだろうか。
そう思ってチラっとゾロ見た。
ナミの横に並んで胡坐をかき、ゾロも同じように月を見上げながら黙って酒を飲んでいる。
その表情はいつもの眉間に皺を寄せた怖い顔ではなく、わりに上機嫌そうに口元が微笑んでいた。

「なんか機嫌いいわね。酒が飲めてうれしい?」

ゾロに尋ねてみると、

「いや、ルフィがいたら、もっとドンチャン騒ぎしてんだろうなあと思ってよ。」

月を見たまま、フッと笑いながらゾロが答えた。

なんだ。
同じようなこと考えてたんだ。

二人でいてもこうやってお互いルフィのことを想っている、自分達はやっぱり不思議な関係だと思う。

「静かに落ち着いて酒を飲む宴も悪くないわよ。」

なんとなくゾロに気をつかって言ってみた。
ゾロは月から視線を下ろして、横目でナミを見ながら片眉を上げた。
ナミはゾロの視線に少し口元で微笑んで答えた。
ルフィみたいに楽しく騒ぐのも好きだが、しっとり静かに酒を飲むのも本当に悪くない。
事実こうしてゾロが隣にいてくれるだけで、じわじわと満足感が溢れてくるのを感じていた。

「そうだな。悪くねェ。」

ナミに微笑んでそう言うと、ゾロは上を向いてゴクッと酒を飲み干した。
手の甲で口元を拭うと、空になった瓶をその辺に転がした。
ゾロの仕草を見ながら、ナミも残りの酒を飲み干す。
ゾロは横目でナミの様子をじっと見ている。
ナミもゾロの目を見たまま口元を拭い、空き瓶を足元に転がした。

「来いよ。」

ゾロの腕が伸びてきてナミの細い腕を掴み、自分の方へ引き寄せた。
ゾロの体に乗っかったと思うとそのままグルンと横に転がって倒れこみ、
あっという間に芝生の上で組み敷かれる。
至近距離でナミを見下ろすゾロの顔は影になってよく見えなかったが、
それでもなんとなく悪い顔で笑っているのがわかる。
月の光を反射して、ピアスがキラキラ光っていた。

「ウソップがいるわよ。」
「ここは船じゃねェだろ。相当酔い潰れて寝てるから起きねェよ。心配すんな。」
「だからって・・・今ここでするの?」
「あんま声出すなよ。」

そろっとゾロの頭が下りて来て目を閉じたら、予想と違って首筋に唇が触れた。
口付けじゃなくて少し落胆しながら目を開けると、大きく輝く月が視界の真ん中にあった。
ゾロが首筋に吸い付きながら、手でナミの脇腹を撫で始める。
ゾロの手の熱さが、ナミの冷えた体を温めていく。

ゾロと再会して2ヶ月。

ゾロの体の感触は、もうすっかりナミの体に馴染んでいた。
船ではしない約束だったので、航海中はお互いの体に触れることすらほとんどなかったが。
そのかわり島に上陸した時には、宿の部屋に入るや否や、ドアが閉まると同時に始まり、
朝まで絡み合ってるようなすごし方になった。
2ヶ月の間、そんな風にすごしたのは10回にも満たないが、
ゾロと体を合わせるのは、いつでもナミの心と体を最高に幸せな感覚にさせてくれた。

ゾロの愛撫や体温、上に圧し掛かる重みなどを心地よく感じながらも、
今のナミはそれにいまいち集中できないでいた。
それを感じたのか、ふとゾロの頭が首から離れ、再び上からナミの顔を覗き込んだ。

「あいつ、迎えに行ってやらねェとな。」

ナミはその言葉にようやくふっと心がほぐれた気がして、ゾロに微笑んだ。

「そうね。」

ゾロも同じことを気にかけていたと安心した。
ようやく、迎えに行ける。しかもゾロと一緒に。

「早く会いたいわ。」

ナミの言葉にゾロは口角を上げてフッと笑った。
この男との間に子どもがいるんだと改めて思って、なんだか恥ずかしくなった。
照れ隠しにイタズラを思いついた。

「会ったら思いっきり抱き締めてやるの。こんな風にね!」

ゾロの頭をガシっと抱え込んで、ナミは自分の胸の間にゾロの顔を押し込めた。

「ウぶッ!」

油断していたのか、突然のナミの攻撃にまんまとはまったゾロは、情けない格好でもがき苦しんでいた。
しばらくもがいた後、ゾロがナミの腕をタップし始めたところでようやくナミはゾロの頭を解放した。

「ップッ・・・ハァッハァッ・・なにすんだお前・・殺す気か・・」
「あはは・・幸せな死に方じゃない?世界一の剣豪さん。私の胸で窒息死なんて。」
「アホ・・・情けなさ過ぎて、死にきれるか。」

そう言って、お返しとばかりに乱暴にナミの腹をくすぐり始めた。

「きゃ〜ッ!ちょっと、や〜ッ、やめてよ!イヤ〜ッ!」
「でかい声出すな。ウソップが起きるぞ。」

そう言いながら、意地悪な顔をしてくすぐり続ける。

「って、起きたらあんたのせいでしょ!イヤ〜ッ、ほんと、ゾロ、もう勘弁して〜ッ!」
「しょうがねェな。でもお前が最初に始めたんだろ。」
「ハア、ハア、私は子どもを抱くまねをしただけよ。」

ようやくゾロの手が止まり、くすぐられて涙目になっているナミを見て笑いながら言った。

「まあ、ガキに会ったら窒息しねェ程度に抱き締めてやれよ。」

らしくないゾロの言葉になぜか胸がキュンとなった。
ゾロはちゃんとあの子のことを自分の子として愛情を持っている。
そして、ナミが子どもに対して深い愛情を持っていることや、
子どもと離れて辛かったことをわかってくれている。

「うん。」

改めてゾロが好きだと思った。

「ナミ」

ゾロの顔が近づいてくる。
ようやく今日初めて唇が合わさった。フッと軽く触れて、またすぐ離れる。

「夢、叶ってよかったな。」

まっすぐ目を見て言うゾロに、鼻の奥がジンと痺れて、目が潤んだ。

私は幸せだ。

「ゾロ、ありがと。」

ゾロはフンと鼻で笑って答えると、再びナミに顔を寄せた。
目を閉じると期待通り唇が重なって、キスが始まる。

そして、ゾロの手はまたその先の行為を思わせるような怪しい動きに戻った。
だんだんとナミの体も温められて、そういう気分になってきた。

ゾロがまた首筋に顔を埋めたのでナミは薄っすら目を開けた。
月を見ながら、シャボンディに帰ったらロビンに故郷の場所を聞いて地図に書き込んであげよう、
とチラっと思った。

そんなナミの心をこの場に引き戻すように、ゾロの愛撫がナミの体を高め始める。
あぁ、と吐息がもれて、ゾロの首に腕を回した。

首筋から戻ってきたゾロの唇に深く口付けながら、その感覚に酔いしれる。

ナミは目を閉じて、後はゾロに抱かれることに夢中になった。





**********




イーストブルー、とある海域。

晴れ渡った空の下、一隻の船がシモツキ村の海岸に着いた。

その船から下り立った、目立つ頭髪の男女。



ウエストブルーから陸路を通り、イーストブルーへと戻った後、
まるでゾンビの様に”先におれを帰してくれ〜”と訴え続けるウソップをシロップ村に降ろし、
ゾロとナミの二人でシモツキ村へと向かった。
ウソップがいなくなったことで船は二人きりの空間になった。
島に上陸すると野次馬に囲まれるので、船に乗っている方が居心地がよく。
島には燃料と飲食料補給のため一度寄ったきりで、
あとはずっと船の上ですごしたので、予定より早くシモツキに着いた。


ゾロとナミは二人揃って、海岸から道場へと向かった。
少し前を行くゾロの背中を見ながら、ナミは松林を抜け、竹林を抜け、歩き続けた。
自分達の子どもを迎えに行くというのが、不思議な状況だった。
こういうのは世間的に夫婦に見えるのだろうが、自分達の関係はちょっと違う気がする。
一人で子どもを預けるため来た時のことを思い出していると、いつの間にか道場に着いた。
なんとなく照れくさくてお互いあまり話もせず歩いてきたが、
門の前で立ち止まったゾロがようやくナミの方を振り返った。

「行くぞ。」

そうナミに声を掛けて、またすぐに前へ向き直り門をくぐった。
ゾロに続いてナミも道場の門をくぐる。
建物に沿ってゾロについて歩いていると、奥の庭の方から
大人から子どもまで色んな声質の威勢のいい掛け声が聞こえてきた。
あの中にあの子の声も混ざっているのだろうか。
威勢のいい声を上げながら元気に稽古をする子どもの姿を想像すると、
ドキドキしてきてナミの足が止まった。
ゾロはそんなナミを振り返り確認すると、そのまま何も言わず一人で声がする方に歩いて行った。
ゾロが一人で建物の角を曲がり、姿が見えなくなった。
でもすぐにゾロの声だけはっきり聞こえてきた。

「先生。」

聞こえていた威勢のいい掛け声が静まり、一時の間を置いて、おおーと言うどよどよした歓声に変わった。
道場生たちにとってはヒーローのお出ましだ。そりゃあ歓声も上がるだろう。
何だかそこに顔を出しづらくて、ナミはじっとしていた。
このままゾロがあの子を連れてくるのだろうかと心の準備をしながら、手持ち無沙汰で待った。
しばらくして、ゾロと師匠の先生が角を曲がって現れた。
ゾロの腰の辺りに注意して視線をやったが、子どもの姿は無かった。
先生がナミを見て、話しかけてくれた。

「やあ。久しぶりですね。二人揃って来てくれて、とても嬉しいですよ。」

相変わらず優しい笑顔に、ナミの緊張も少しほぐれた。

「お久しぶりです。長い間面倒見ていただき、本当に助かりました。ありがとうございました。」

本当に心からの感謝だった。この人に預けることが出来てよかったと、何度救われたことか。

「いや、とても素晴らしい時間をすごさせてもらいましたよ。
 でも、子どもは両親の元にいるのが一番だからね。さあ、あの子のところに案内しましょう。」

そう言って歩き始めた先生の後について歩き出し、その後ろからついて来たゾロをチラっと振り返った。
ゾロは何も言わず、口元を少しだけ上げてナミに笑った。
ゾロのさらに後ろ、建物の影からたくさんの顔が覗いて、興味深々な感じでこちらを見ているのが見えた。

先生についてまた建物の周りを歩いていくと、別の角を曲がって小さな庭のある場所へ出た。

「ああ、あそこで昼寝をしているようだね。」

そう言われて建物側に目をやると、縁側にオレンジの髪をした小さな子どもが寝転がっていた。
そこに居たのはナミの記憶にある赤ん坊ではなく、もうしっかりとした子どもだった。
しかしその穏やかな寝姿は、まるでナミが去ったときからずっと眠っているかのように思えた。
母が居なくなって寂しい思いなどすることもなく、ずっと楽しい夢でも見ながら。
穏やかなそよ風に吹かれて気持ち良さそうに眠っている姿に、ナミは心底救われる思いがした。
ただ眺めているだけで涙が込み上げてきて、堪えるため手で口元を覆った。
ゾロも先生も黙って見守ってくれていた。
子どものそばに近寄って、そっと顔をのぞき込んだ。
そのかわいい顔にうれしくなって涙が溢れた。

「ううっ・・・ゾロにソックリ。」

「一言目がそれか。」

苦笑しながらゾロが言った。
でも本当に驚くほどゾロに似ていた。
もう父親を隠す必要もなくなった今となっては、素直に喜べた。

「大きくなってる・・・」

子どもの横に腰を下ろして、そっとそのオレンジの髪を撫でた。
赤ん坊の頃そうやっていたのを思い出し、涙がボロボロこぼれた。
こんなに大きくなったけど、紛れもなくあの子だ。
泣きながら髪を撫でていると、子どもがふと目を開けた。

「んー・・」

トロンとしながらも、子どもはぼんやりとナミを見ている。
ナミも涙に濡れた目を拭い、優しく見つめ返した。

「・・・ん・・ナミ?」

子どもに突然名前を呼ばれ、驚いてドキっとした。

「そうよ・・・目が覚めた?私がわかるの?」

「んー・・かあさんはこんなひとかなって。ゆめにでてきたのとそっくりだから・・。
 なまえはまえに、ゾロにおしえてもらったんだ。ふあぁ・・・あ、ゾロもいる。
 ・・・むかえにきたの?」

目を擦って起き上がりながら、子どもが言った。
ナミは次々溢れる涙を拭いながら、笑って話した。

「そう、迎えにきたの。今まで、待たせてごめんね。
 ・・・・・・こんなに、大きくなって・・・!
 ・・・ごめんね・・・ごめんね・・・!
 もう、これからは一緒にいるからね・・・!」

泣いているナミを子どもは不思議そうに見ていた。
言いながら、ナミは涙が止まらなくなった。

「ずっとずっと・・・会いたかったわ。
 私の都合であんたを一人にして・・・ほんとにごめん。」

泣きながらそう言うと、急に子どもが恥ずかしそうに下を向いた。

「・・おれ・・・せんせーやみんながいたから、ひとりじゃなかったよ。」

小さな声でそう言って、そうっと上目遣いでナミを見た。

「ああ・・・ジュン!」


勝手に体が動いて、ナミは思い切り小さな頭を抱き締めていた。
かわいくて仕方なくて、ギュウと強く抱き締めた。

もう離さない。私のかわいい息子。
柔らかい髪に鼻を埋めると、赤ん坊の頃と同じ太陽の匂いがしていた。
ああ、この匂い。
ナミは赤ん坊のころのジュンを思い出して、我が子を再び胸に抱けた幸福感に浸った。


目を閉じて幸せそうに小さな頭に頬擦りするナミの胸で、
ジュンは「ウぶっ!」っとなって胸の谷間に顔が挟まり窒息しかけて苦しんでいた。

「おい、苦しんで暴れてんぞ」とゾロに声を掛けられて、
ようやく気付いたナミはジュンを抱き締める腕を緩めた。



それからジュンの少ない荷物をまとめ、コウシロウ先生に3人できちんと礼を言った。

ジュンは口をへの字に曲げて、目を潤ませながら必死で泣くのを我慢していた。
実の親とともに行くとはいえ、今まで親のように慕ってきた先生と別れるのは、
こんな小さい子どもには辛く、寂しくて泣いて当然だった。
それなのに必死で泣かないよう耐えているジュンの姿に、かわりに涙腺の緩んだナミが泣いていた。

「ジュン、遠く離れても君のことを想っているよ。
 会いたくなったら、またここへおいで。
 私はここで、いつでも待っている。・・・元気で、しっかり前を向いて行きなさい。
 生きていれば、またいつでも会えるから。
 父さん母さんの言うことを、よく聞くんだよ。」

「せんせー・・・おれ・・・またあいにくるよ・・うう・・・うわーーーん!」

先生の言葉にようやく泣き出したジュンの頭を、ゾロがクシャクシャと撫でた。

それから道場の人たちにも別れの挨拶をしていると、
ゾロの昔の道場仲間らしき男達に、あのゾロがまさかこんな美人をなあ・・と冷やかされた。
うるせェ放っとけ、と怒りながら耳を赤くして慌てているゾロを見て、
ようやくナミの涙も止まり笑いが漏れた。

道場を後にして、ゾロが船に戻る前に行くところがあると言った。
ナミには見当がついた。それは予想通り、墓参りだった。
真剣に墓に手を合わせるゾロに目を奪われている隙に、ジュンがいなくなるハプニングが起きた。
二人で手分けして探したいところだったが、ゾロもはぐれると厄介な人なので、
仕方なく二人で一緒になんだかんだと口論しながら探した。探し回ること30分、
ようやく見つけたジュンは嬉しそうに捕まえたバッタを見せたので、二人は同時に溜息をついた。
船に向かいながら、もう勝手に行かないのよ、とナミはジュンの手をつなぎ、
迷子癖はあんたのせいよ!とゾロに怒っていた。
ゾロは、ガキはそんなもんだろ、お前が目を離すからだ、といいながら後ろからついて歩いた。

あーだこーだ言いながらケンカしているナミとゾロを、
ナミに手を引かれながらジュンは不思議そうに交互に見上げていた。




**********




穏やかな海を進む船に、一組の親子の姿。


「やーーっ!おりゃーーっ!」
「もっと思いっきり振り下ろせ。」

樽に腰掛けて片手に酒の瓶を持ち、短い棒切れで打ち込みの相手をする緑髪の父親と、
竹刀で必死に一太刀浴びせようと、かかって行っては簡単に跳ね返されているオレンジ髪の息子。

「はあ、はあ、くそー!ぜんぜんあたらねえー!」
「当たり前だろ。そんな簡単にお前にやられてたまるか。」

チャンバラしながらじゃれているような二人を、少し離れたところからオレンジ髪の母親が見ていた。


「あんたさ、子ども相手なんだからちょっと負けてやったらどうなの?」

そう声を掛けると、同時に二人が振り向き言った。

「たとえフリでもおれは負けんのが嫌いなんだよ。」
「そうだぞー、ナミー。おれ、うそでかってもうれしくねえぞー。」
「お、そうだろ。言うなァ、お前。なかなかいい根性してんじゃねェか。」
「へへ・・・なあ、ゾロ、もっかいやろー!」
「おっし、来い!」

子どもにまで言い返されて、あんたのために言ってんのにっとガックリきた。

「・・・まあ好きにすればいいけど・・」

微笑ましい父と子の光景なのだが、ナミはなんとなく複雑だった。
まだ照れがあるのかナミにはあまり寄ってこないジュンが、
ゾロとは楽しそうに笑顔で話したり遊んだりする姿を見て、羨ましく思った。
子どもとはいえ、同じ剣の道を志す者として共通の世界があるのだろう。
そこに入れないナミは少し寂しかった。



夜。


食事も終わって、船室で3人まったりしていた。

ナミとジュンはダイニングテーブルの椅子に座り、ゾロはソファでくつろいでいた。
あくびをし始めたジュンに、ナミが尋ねた。

「もうそろそろ寝る時間かしらね。いつもはどうやって寝てたの?」
「う〜ん・・・せんせーのよこのおふとんでねてた。」
「じゃあ一人で寝てたんじゃないのね。うーん、それじゃあ・・・」

船のベッドは狭く、ナミとゾロ二人でもかなりきついくらいだった。
そこに子どもを入れて3人添い寝はどう考えても無理だ、と話を聞きながらゾロは思った。

「ジュンは、私とゾロ、どっちと一緒に寝たい?」

急に選択を迫られて、困ったようにジュンが下を向きもじもじし始めた。
その様子を黙って見ていると、チラチラとゾロの方を見て、椅子から下りて近寄ってきた。
おれか、と思いながらジュンを見ていると、ゾロのそばへ来て、そっと耳打ちした。

 ”ナミといっしょがいい ”

それを聞いて、ゾロは吹き出した。なんだよ、照れてんのか。
そりゃあそうだろう。おれだってあの柔らかい体と一緒に寝たいからな。
いやいや、そうじゃなかった。ま、つまり結局は母親がいいってことか。
ゾロはジュンに言った。

「自分でナミに言えよ。」

そう言ってナミに目線をやると、なんとも寂しそうな顔をしていた。
ホラ、とゾロはジュンの背中を押して、促した。

「ん・・おれ・・・ナミといっしょがいい」

うつむきながら小さな声で言ったジュンを、ナミはすぐに飛んできて抱き締めていた。
その光景を微笑ましく見ながら、ゾロはジュンをちょっと羨ましいと思った。
そんな自分が恥ずかしくなって、あさっての方を向きガシガシ頭を掻いた。



暗い海を眺め、ゾロは船縁の柵にもたれて酒を飲んでいた。
静かにドアが開いて、船室からそうっと出て来たナミに目をやる。

「疲れてたのね。すぐに寝ちゃったわ。」

微笑んで言いながら、ゾロの横へ来て柵にもたれた。
優しい母の顔になっているナミに、なんとなく戸惑いを感じる。
シモツキに着く前までは、さわれる体がここにあるとばかりにやたらとナミに触れていたのだが。
微妙に手を伸ばしづらくて、泳ぐ手でゾロはとりあえず柵をつかんだ。

「で、おれ達はどうやって寝るんだ?寝入ったあいつをソファに移すか?」
「バカねえ。そんなの決まってんじゃない、ソファはあんたよ。」
「ハァ?!なんでおれが・・・」
「あの子が寝返り打ってソファから落ちたらかわいそうでしょ。」
「・・・じゃあ、ソファでヤんのか?」

ゾロは憮然として言った。ナミが目を見開く。

「やっ・・!子どもがいる横でヤるわけないでしょ!」
「じゃあどうすんだ?!・・・・・・おれは別に、ここでもいいが?」

ニヤっとして、引いているナミの体を強引に抱き寄せた。
ようやく体に触れたと思ったら、胸を強く押し返されナミがするっと腕から抜け出した。

「だめよ。ジュンが起きてくるかもしれないじゃない。・・・とにかく、また船ではナシよ、ゾロ。」

そう言い放つナミの顔を、呆然と眺めた。
たった1日でいきなり女から母になってしまったナミに、ゾロはついていけなかった。




「ハァ〜〜・・・」

ベッドでくっついて眠るナミとジュンを、ソファから眺めてゾロは溜息をついた。
クソ、やっぱりガキは羨ましいぜ。
また船では禁欲かよ・・・と思いながらあくびをして、目を閉じて寝ようとした。
そこでとんでもない事実に気付き、また目を見開いた。
ウソップの時ならそれでよかったが。
よく考えりゃ、あいつこれからずっと陸でも一緒に寝ることになるんじゃねェのか。

・・・・・・チーン。

「一体、いつまで我慢しなきゃなんねェんだ。・・・6年よりマシってか・・」

自分で呟いてさらに虚しくなった。
いなけりゃ別に我慢もできるが。
薄いキャミソールと短パンで眠るナミの、白い肌が見える。

「ハァ〜〜・・・」

手の届く場所にいるのに手が出せないから、余計厄介なんだよ。
一旦そういう関係になるとこうもヤりたくなるのかと、ゾロは悶々としていた。

そして、この後また仲間との共同生活に戻ることなどを思い出し。

「ぐあァァ!」

もう考えたくもなくて、ガシガシ頭を掻きながらゾロは頭から毛布を被った。




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(2011.10.09)


 

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