夢の果てに - 9-
panchan 様
「なんっつーか・・・・・・スーパーァそっくりだな。・・疑う余地がねえ。」
「あら、そういうことになってたのね。そこまでは聞いてなかったわ。」
「うっうううぁ・・・ぞ、ぞんなぁ・・ナミずわぁ〜ん・・・まざかぁ、ぞんなぁ・・」
「そういうこった・・・・・・諦めろ、サンジ。」
「ヨホホ。お若いって、いいですね。」
「・・・髪の毛がオレンジの、小さいゾロだ!」
(タヌキがしゃべってる・・・へんなやつ、いっぱいだ・・・がいこつ、こええ・・)
みんなの視線を浴びるジュンは、ナミの左脚とゾロの右脚を抱えるように持ち、
二人の脚の間で固まっていた。
上を見ると虹色に光るシャボンが、たくさん空中に浮かんでは消えていく。
シャボンディ諸島は今日も、遠目からは一見平和に見えた。
その海岸沿いに停泊する伝説の船、サウザンド・サニー号の船上。
久しぶりに帰った仲間達を迎えるため、全員が集まった芝生甲板で。
約半年振りに、ナミとウソップが帰還した。
そして、彼らとともにあった懐かしいもう一人の仲間の姿。
まず6年ぶりに戻ったゾロに視線が集まった後、
その後ろからひょっこり姿を現した小さな影に、皆の視線が集中した。
「ゾロとナミがこいつを新しい仲間に入れてやってくれとよ」とウソップが言い、
ウソップの言葉を受け固い顔をしながら、ナミが「ただいま、みんな」と挨拶した後、
「あの、サプライズっていうか・・・・今まで隠してたんだけど、実は・・・子どもがいたの。」
と、ジュンを紹介した。
見事に両親の特徴を受け継いだ外見に、その説明だけで仲間達には大体の事情が伝わった。
ゾロとナミにとっては永遠に続くかと思われた、息の詰まる沈黙の後。
口々に述べられた仲間たちの反応に、ゾロもナミも気恥ずかしさで微妙な表情をしていた。
そんな中、空気を全く気にせずに、軽い足取りで近づいてくる男が一人。
「え〜〜〜、なんだよ〜〜〜、ナミ!サプライズって、食いモンじゃねえのか〜〜?!」
口を尖らせながら、男が文句を言っている。
「んん?」
それから興味深々な顔で、その麦わらを被った男が近くまで来てジュンの顔をのぞき込んだ。
「ほ〜〜、おもしれえガキ連れてきたんだなあ〜〜。
髪の毛はナミみたいにオレンジで顔はゾロにそっくりって、
まるでお前らの子どもみてェだな〜〜。おもしれ〜〜!」
ししし、としゃがみこんで顔を近づけたので、ジュンはゾロの後ろに隠れた。
「あのね・・・・・!だから、子どもなの。それがサプライズなのよ、ルフィ・・!」
ナミがルフィの鈍感さにイラだって、言いながら拳を握り締める。
「ええ〜、このお前らの子どもみてェなガキを見つけたことがか〜?」
どこまでものん気に言い、ジュンを指差しながらルフィがナミを見上げる。
それまで黙っていたゾロが、青筋をたてているナミをチラッと横目で見てから、
ルフィを見下ろしようやく口を開いた。
「ルフィ。”みてェ”じゃなくて、こいつは本当におれとナミの間にできた子どもなんだよ。」
キッパリ言い切ったゾロに、関係ないサンジが泡を吹いて倒れた。
しっかりしろー、サンジーー!とチョッパーとウソップが介抱を始める。
「なあんだ、やっぱりお前らの子どもかぁ、どおりでゾロによく似てるな〜。」
ルフィは感心したように言って、ゾロの脚の横からジュンを覗こうとして固まった。
「・・・・・・え?」
目をまん丸にしてナミとゾロを見上げ。
「「ええええェェェェ!!ゾロとナミの子どもぉぉーーー??!!」」
どうやらもう一人気付いてなかったらしいチョッパーと同時に叫び、飛び上がった。
それに驚いて、ゾロの服を掴むジュンの手がビクっとした。
「ええぇーー??!どういうことだ?!
ナミ、お前ウエストブルーで地図かいてる間に、子ども産んだのかーー??」
これにはさすがのゾロも呆れた。ナミがルフィに怒鳴る。
「そんなわけ無いでしょ!!だいだいこんなに大きいし!ずっと前に産んでたのよ!」
「え・・ええー?一体、どうなってんだ〜?ずっと前って、いつだよー?おれ知らなかったぞ〜〜?!」
頭の上にハテナマークをいくつも飛ばしているルフィに、急にナミが言葉に詰まる。
ナミが言い辛そうにしているのを見て、ゾロが説明を始めた。
「こいつは今、5歳だ。つまりナミが5年前に産んだ。
おれとナミがそうなったのは、お前がフーシャ村に残って、二人でおれの里帰りをした時だ。」
ルフィに説明するゾロの横で、ナミはうつむいた。
黙って目を見開き驚いているルフィの顔を、ナミは見ていられなかった。
「え?!・・・・・・お前らあの時、ケンカしたから別々に帰ってきたんじゃなかったのか・・・」
ルフィの勘違いに、ゾロは呆れて笑っていいのか、それとも男女の仲に疑いなど持たなかった
その純粋さに感心していいのか、複雑な表情をした。
「ああ、そんなんじゃねェ。
無人島で一泊した後、おれを狙ってた賊にその島で襲われたんだ。
・・・賊相手におれがヘマをして、ナミは一人船ごと流された。それで、そのままはぐれた。
だからあれは、こいつを守れなかったおれのせいだったんだ。」
ルフィは驚いた顔でゾロを見ていたが、徐々に真剣な目でゾロを見つめ始めた。
「じゃあ・・・それなのにあの後、お前は出て行ったのか?」
「ああ。」
「なんでだよ?ナミに子どもが出来てたんだろ?なのに・・・・」
「ナミとはぐれた後おれも遭難して、命からがら助けられてたんでな。
おれを助けた命の恩人との約束があって、あの時、おれは行かなきゃならなかったんだ。」
沈黙が流れ、ルフィと仲間達からの厳しい視線がゾロに向けられる。
倒れて横たわっていたサンジが体を起こし、軽蔑を込めてゾロに吐き捨てた。
「・・・最低だな、テメェ・・!」
6年ぶりに戻ってきたのに、ゾロを責めるような重苦しいムードが甲板を支配した。
それに耐えられなくなって、ようやくうつむいていたナミがルフィに言った。
「違うのよ。ゾロは知らなかったの。子どもが出来てたことは、私が言わなかったから。
何も知らないまま、ゾロは出て行ったのよ。知ってて見捨てて行ったわけじゃないわ。
私が一人でなんとかしようとして、ゾロにもルフィにもみんなにも、言わなかったの。」
サンジが苦い顔で横を向きチッと舌打ちしてから、「”言えなかった”んだろ」と、
みんなには聞こえないくらいの声で小さく呟いた。
「それから・・・あの時、ゆっくりしたいなんて嘘ついたけど、
本当は内緒で子どもを産むために、2年ココヤシへ帰ってた。
ココヤシでこの子を産んで、この船に戻る少し前から4年半、ゾロの故郷で預かってもらってたの。」
ルフィは真顔で、ただ黙ってナミの話を聞いていた。
他の仲間達も黙って話に耳を傾け、横に並ぶゾロとナミを交互に見ていた。
「・・・そういうことなの。ルフィ・・・・みんな・・・今まで黙ってて、ごめん。」
話を聞きようやく全てを理解したルフィは、
チラッとゾロの後ろに隠れるジュンを見て、
帽子を前に深く被りなおし真剣な顔で真正面にいるゾロの目を見た。
腕を組んで黙っていたゾロも、そのルフィの視線をまっすぐ受け止める。
強い視線でつながったまま沈黙している二人に緊張感が漂い始め、
ナミはルフィがゾロに殴りかかるんじゃないだろうかと思い、息を呑んで見つめた。
張り詰めていた目線の会話は、ルフィがうつむき帽子で視線が隠れたことで、終わった。
「・・・なんだよ・・・お前ら・・・」
ルフィの声が低く響く。
その声は怒りを含んでいるのに、どこか寂しそうで。
「ルフィ・・・ごめん。」
ナミはいつかこの時が来ることを覚悟していたが、
それでもルフィのこの反応を目の前にして、胸が切なく苦しくなった。
「なんで・・・・・!」
帽子で目は隠れているが、ルフィがギリリと奥歯を噛み締めたのはわかる。
そして両手は強く拳を握り締めている。
甲板にいる全員が一言も口を開かず、この何ともいえない状況に暗い表情を浮かべ、ルフィの様子を見ていた。
すると突然ルフィが顔を上げ、耳をつんざくような大声で叫んだ。
「なんでもっと早く言わねえんだーーーーーッ!!!」
ルフィ以外の全員が、その叫びに目を剥いて固まった。
「ゾロとナミの子どもなんて、すんげぇ〜おもしれえじゃん!!
そんなの喜んで仲間にするに決まってんだろ!お前らもっと早く教えろよ!!バッキャロウ!!」
さっきまでの緊張感を一気にぶっ壊して、笑いながらルフィはゾロの後ろを覗き込んだ。
「すんげ〜!ほんとゾロにそっくりだな〜。アッヒャッヒャ!お前、名前なんてェんだ?」
「・・・え・・・・・・ジュン」
ゾロの脚にしがみ付き、急に話しかけられ怯えながら小さな声で答えた。
「ジュンってのか〜!おれはこの船の船長の、ルフィだ。よろしくな!」
そう言ってズイっと顔を近づけるルフィに、ジュンは困ったように今度はナミの後ろへと逃げた。
ナミはルフィの展開に頭が追いつかず、クラクラしながらも一応ジュンを庇い言う。
「・・ちょっとルフィ。急に近寄るからジュンがびっくりしてんじゃないの。」
「ああ、そうか〜?ワリィ!じゃあよ、新しい仲間も増えたことだし、ゾロも戻ったことだし、
ナミの地図完成の祝いも合わせて、久々にみんな揃ってパ〜〜ッと宴で盛り上がろうぜ〜〜!!なっ!!」
ルフィはそう言ってピョンっと立ち上がると、
「サンジ、豪華なメシ頼むぞ〜〜!肉、大量にな〜〜大量〜!」と明るく言いながら歩き出した。
一瞬ルフィの反応に胸が押しつぶされそうになったのが嘘みたいで、
ナミはホッとして小さく溜息をついた。
ずっと言えなかった事を打ち明けたのに、意外に簡単に受け入れられて、安心もしたが同時に拍子抜けもした。
でも離れていくルフィの背中がなんとなく寂しそうに見えて、ナミの中にも寂しい思いは残った。
そんなナミの手をジュンがそっとつかんだので、ナミはジュンを見下ろし、優しく微笑んだ。
「おい、ルフィ。」
背中を向け歩き出していたルフィをゾロが呼び止めた。
「・・先に、落とし前をつけさせてくれねェか?それからすっきり宴を楽しみてェんだが。」
立ち止まったルフィが帽子を手で押さえ、ニヤっとしながら振り向いた。
「そうだったなあ。まだ落とし前が残ってたな、ゾロ。」
ゾロも口の端を上げニヤっと返す。
「ああ。ケジメつけねェとおれも戻り辛いからな。さっさとやってくれ。」
「・・もう今やっていいのか?」
「ああ、構わねェ。いつでも来い。」
ナミが戸惑いながら、何か始めようとしているルフィとゾロを交互に見る。
「ちょっと、落とし前って、何を始める気?」
「お前、ジュン連れてあっち行ってろ。」
「ああ、あっち行ってろ、ナミ。」
目線は互いに据えたまま、ゾロとルフィがナミに言った。
何だかわからないがきっと巻き込まれると危ないと感じて、ナミは手招きするウソップ達の方へ移動した。
「ねえ何すんの、あれ。」
「まあ、見てろって。ゾロが戻るための儀式だ。あと、ルフィのうっぷん晴らし。」
ウソップがそう説明した。
ルフィが脚を開いて踏ん張り、拳を握って構える。
「思いっきりいくぞ、ゾロ!!」
「ああ、いつでもいいぞ。遠慮なく来い。」
ゾロは仁王立ちでルフィを見ながら、歯を食いしばった。
もしかして・・・と皆が眺めていると、
「ギア・・!」
ドゥルルンとルフィの拳から煙が上がり始める。
「「「「 え?! 」」」」
まさか仲間相手の落とし前にギア?!と呆気に取られていると、
どうやらゾロも予想外だったみたいで。
「え?まてっ・・ルフィ!」
「ゴムゴムの〜・・・・・・ ”JET銃 ”!!!」
ドゴォン!!!
「ガハァッ!!!!」
強烈な一撃を腹にくらったゾロが、そのまま吹っ飛んで女部屋の壁をドォン!!と突き破り、
奥の壁にめり込んでからドサっとガレキに紛れて部屋の床に倒れこんだ。
「・・・・・・・・・」
ガラガラとガレキの落ちる音が続き、
大きな穴が開いた埃の舞い上がる女部屋をみんなしばらく見上げていた。
少ししてゲホッ!とゾロの咳が聞こえた後、ガタッと動き出すような音がしたので、
ハァ〜やれやれ、とみんなの緊張感がとけた。
無事儀式は終わり、これでゾロはまた一味に戻ったのだ。
「オイオイ、テメェら!!そういうことは丘でやれ、丘で!船を壊すな、このバカヤロー共!」
フランキーの怒声が飛ぶ。
「ルフィ!ギアはまだダメだぞ!」とルフィの体を心配しダメ出ししながら、医務室へ向かうチョッパー。
「さて、宴のメイン料理は何にするかな・・・」とタバコをふかしながらキッチンへと向かうサンジ。
「かわいいわね」とジュンに興味を移しているロビン。
「これからナミさんのパンツの色はゾロさんに聞いてもよろしいんでしょうか?」
と呟いてナミに回し蹴りをくらいながら鼻血を垂らしているブルック。
「ルフィったら・・・・・・あんなに回復したのね。よかった!」と涙ぐんでいるナミ・・・・・・に、
「いや、お前くらいはちょっと旦那のこと心配してやれよ。」と一応ウソップはツッコミを入れた。
「え、誰?」
「だから、アレ。」
ウソップが女部屋の方を指す。
「ああ。アレはそう簡単にくたばらないから大丈夫よ。
それより私のお気に入りの家具の方が心配だわ。あ〜大丈夫かしら。
ハァ・・・長旅だったし、なんだか緊張して疲れて、喉が渇いちゃった。」
唯一ゾロのことを心配して女部屋のほうを何度も振り返っているジュンの手を引き、
ジュースでももらいに行こっか、とナミはロビンと一緒にキッチンへ去って行った。
ウソップはルフィがゆっくり女部屋の方へ向かうのを目で追いながら、
「おれも久々にウソップ工場でくつろぐかな〜。」
と言って甲板を後にし、みんなそれぞれの過ごし方に戻った。
「ガハッ!・・オェッ・・・ゲホッゲホッ!」
(クソ・・・あいつ、本当の本気でやりやがったな・・久々に効いたぜ・・!)
ガレキに埋もれていたゾロは何とか上体を起こし、口に溜まる血をプッと吐いた。
そしてズリズリと這いながら壁際へ行き、脚を伸ばした状態で座り壁にもたれた。
腹部への衝撃がまだ全身に響いていて、ままならない呼吸で痛みに顔をしかめながら、目を閉じた。
「ハァ〜・・・・」
ようやくここへ帰って来れた。
目を閉じたまま大きく息をついて、イテテと腹を引きつらせつつようやくその喜びを噛み締めた。
近づいて来る気配を感じて、ゾロは目を開けた。
「ハァ・・やってくれたな。ゲホッ・・ギア使うか、普通?!」
話しかけると、薄っすら笑いを浮かべるルフィが寄ってきて、隣で同じように座り込み壁にもたれた。
「お前は普通じゃねえもん。あれくらいじゃねェと、落とし前にならねえだろ?」
そう言ってシシシ、と邪気の無い笑顔で笑う。
「あァ・・・ハァ、恐ろしく効いたぜ。」
「やっと帰ってきたな〜、ゾロ。やっぱりお前がいねェとな。」
そう言って笑うルフィに、ゾロは片方の口角だけ上げて答えた。
「ルフィ・・・・・・お前・・・随分、体良くなったみてえだな。」
「ん?ああ、まあな。だけど・・・おれは別にいつ死んでも、悔いはねえ。」
ルフィがフッと笑う。
そんなルフィに、ゾロは微笑んでフンと鼻息で答え、目を閉じた。
ゾロが自分の腹をさすっていると、ルフィが前を向いて低い声で言った。
「なあ、お前・・・これからはもう、ナミを泣かすなよ。
おれ風車のおっさんと約束してんだ、だから。・・・・・・忘れんな、ゾロ。」
ゾロが横目で見ると、真剣な表情のルフィの横顔があった。
「・・・覚えとく。」
そう答えてゾロも正面に目をやった。
でかでかと壁に開いた、もはや穴というには大きすぎる開口部から、
青い空とフワフワ浮かぶシャボンが見えている。
「なんか・・・おれの入れねえモンができちまったのは、ちょっと悔しいけどよ・・・」
ポツポツと話すルフィを横目で見ると、うつむき拗ねた子どものように口を尖らせている。
しばらく沈黙が続き、ゾロが黙ってルフィを見続けていると。
うつむいているルフィの口元が少しずつ上がって、急に顔をゾロの方へ向けニカっと笑った。
「ま!でも、お前ら結局おれの仲間でおれのもんだ!なっ!ゾロ!」
「!!!」
いたずらにバンっとゾロの腹を叩き、ルフィはヒャッヒャと笑いながら飛び跳ねるように去って行った。
(思いっきり痛めつけといて、よく言うぜ・・!)
声にならない声で悶えながら、残されたゾロは歯を食いしばりしばらく一人苦しんでいた。
←8へ 10へ→
(2011.10.27)