それぞれの胸の… 〜Ver.ウソップ〜
プヨっち 様
違和感に気付いたのは、街の大通りを歩き始めてからだった。
このくらい大きな街ならば、ブティックに雑貨屋、靴屋に本屋とあちこちに連れまわされて大量の荷物を抱える羽目になる。
そして小洒落たカフェでケーキセットなんかを頼み、一息つく。
自分の買い物は後回し。
それが、当たり前になっていたのに。
「今日は一人だな…」
誰に言うでもなく、そう呟いて空を仰いだ。
新しい武器の開発のため、金物屋に行って、スーパーに行って…。
まず最初に自分の買い物をするなんて、いつ以来だろうか。
失ったものは、とてつもなくデカイ。
しかしそれは、手放すべきものだった。
そう自分に何度も言い聞かせ、その選択が正しかったのだと確認するのが日課のようになっていた。
「ルフィと一緒に山の探検でも行きゃよかったかもな…」
そうすれば、気が紛れるだろうに。
口に出しそうになって、頭を横に振る。
…ツライのは、俺じゃねェ。
「おー、そこの若いの!ちっと手伝ってくれんかな?」
「おぉ!なんだ、オッサン?」
呼ばれて振り返れば、そこには背中に大きな籠を背負った50歳くらいのオッサンが座っていた。
「いやいや、この籠の中身が重くてかなわんのだ。家までそう遠くはないが、腰を痛めそうでな。運ぶのを手伝って欲しいんだが…」
「ああ、そういうことなら俺に任せろって!この勇敢なる海の戦士:キャプテン・ウソップ、なんせ1トンもある海王類を一本釣りした腕力の持ち主だからな!どーんと大船に乗った気でいろよ!」
「はっはっは、どんな釣竿なんだ?それは」
「万能な俺様にかかれば、10トンまで耐えるアーティスティックな釣竿が出来上がるのさ!8千人の部下たちが半年間、寝る間も惜しんで俺様のために動いてくれた代物だ〜!」
「はっはっはっはっは!!面白い長っ鼻の兄ちゃんだ。それ運んでくれたら、ウチで飯でも食っていきな」
オッサンは日焼けした顔を皺だらけにしながら豪快に笑ってくれた。
「おう、サンキュー!よーし、これだな? …ん?」
籠の中に大量に入っているものはと言えば。
俺がここ最近、食事のたびに苦しめられているものだった。
「オ、オッサン!こりゃキノコじゃねぇか!!」
「ああ、裏山で採ってきたんだ。新鮮な採れたてのキノコ料理をご馳走するよ。さぁさ、こっちを持ってくれ」
「いや、俺はキノコはちょっと…おーい、オッサ〜ン」
籠の中身を分けた袋を持ち、さっさと歩いていくオッサンの背中を追いかけてそう言うが、まるで聞こえず。
仕方なく、料理が出る前に退散しようと心に決めた。
ほどなくしてオッサンの家に着くと、そこには奥さんと娘さんがいた。
「今日も、目ぼしいものは見つからなかったが…面白い兄ちゃんを連れてきたぞ」
「あら、お客さん?いらっしゃい」
「どうも〜。いや、俺はこれにて…」
そのまま帰るべきだと俺の本能が伝えている。
「な〜に言ってんだ、ほら、ここに座れよ。食事の前にビールでもどうだ?」
結局、まったく悪気のないオッサンの笑顔に最後まで逆らえなかった。
奥さんは料理を一通り並べた後、明日結婚式を挙げるという娘さんと一緒に神父の所へ打ち合わせに行くとかで外に出ていった。
残された俺たちは、ビールを飲みながらいろいろな話に花を咲かせた。
「そうかい、ウソップは海賊か。そうは見えねェが…たまにはこんな毛色の変わった海賊もいるもんだな」
「偉大なる海の男をつかまえて、なんて言い草だよ!ま、ウチの船が変わってる
ってのは当たってるけどさ。海
はいいぜ〜オッサン!」
「海賊ってのはみんなそう言うな。俺なんかは、航海は必要最低限で済ませたいが…俺が故郷からこの島に来るときの航海はそりゃあ酷いもんだった」
「え?元々この島の人間じゃねぇのか?」
肩を竦め、しみじみと思い出しながらオッサンは語り始めた。
「生まれも育ちも、南の海さ。20歳の頃から研究するキノコの採集であちこち渡り歩いたけどな。それでも、ちゃんと故郷の島に帰っていたんだが…」
「キノコの研究…オッサンは学者か何かか?」
「あぁ、南の海では植物学者マッシュと言えば、ちったぁ知られた名前だぜ。25の時にな、グランドラインのこの島に探し続けている幻のキノコ…サイノアナダケが存在するって話を知ってこっちに移住する覚悟で海を渡った」
「へぇ…それ、見つかったのか?」
いつもとは違って、俺は話す側ではなく聞く側に回っていた。
「いや、まだだ。しかし必ず見つけてみせる。どの島でも発見されたという情報もないからな、この島が一番有力だし、手がかりも掴んだ。俺の人生を懸けて探すつもりだ」
食事の時のキノコに苦しめられる俺と、まだ見ぬ幻のキノコに人生を懸けるオッサン。
そんな二人がこうして出会い、酒を飲み交わすとはな…。
「奥さんは、この島の人なんだよな?」
「はっはっは、よくぞ聞いてくれた!!あいつは故郷の島から俺について来てくれたのさ。グランドラインの航海…怖かっただろうけど俺を信じて来てくれた」
「へぇ…」
「実を言うと…俺にはその時好きだった女がいて、連れていこうと思ったが出来なくてな」
「……それで、そのまま別れたのか?」
「お嬢様育ちだったから、危険な航海なんぞ出来る人じゃなかったんだろう。その点、うちのカミさんは『あんたの探し当てたサイノアナダケを料理するのが私の夢だ』とか言ってな…あれで一気に惚れた。くぅ…今思い出しても、そのいじらしさに泣けるぜ…」
オッサンはズビィ〜っと鼻を啜り、熱い語りに温くなってしまったビールを飲み干した。
「夢を追う男には、一緒に夢を追える女が一番だ!うちのカミさんみたいにな。はっはっは!」
「オッサン、いい歳して惚気すぎだぜ…」
呆れて突っ込みながらも、俺はオッサンの言葉に大きなショックを受けていた。
今の俺の状況、知ってて言ってるんじゃねぇよな…何だって、今こんな話を。
「でも、リーナは…娘は夢見るのをやめちまって、結婚するってんだ。まぁ、相手はいい奴なんだが…。」
「夢見るのをやめたって…どういうことだ?」
「半年前まで付き合ってた男はカタギの奴じゃなかったが、気のいい、器のデカイ奴だった。そいつになら、どこへでもついて行くって言うほどにな。理由あって別れちまって…。もう他の奴と結婚するってんだから半ば自棄になったとしか思えなくて、親としては心配なんだが…」
ふぅ…とため息をつくオッサンに、かける言葉もなく黙り込んでしまう。
いつの間にか西日が窓から差し込み、ずいぶん長い時間居座ってしまったことに気付いた。
「じゃ、俺はそろそろ帰るよ。買い物もしたいしな。オバサンと娘さんによろしく言ってくれ」
「ああ、長い時間引きとめてすまなかった。しかし少しはキノコ、食べられるようになったようだな。はっはっは」
「ゲッ!やっぱし気付いてたのか…人が悪いぜ、オッサン」
「キノコの研究者としてはそのままにしておけなかったのさ。これ、仲間に土産持って帰りなさい。長い航海でも日持ちがするからな」
そう言ってオッサンは、袋一杯の乾燥キノコをくれた。
俺にとっては、甚だ迷惑な話ではあったがきっと喜ばれるだろう。
俺がキノコを土産にしたら、ビックリするだろうな…機嫌も少しは直るか?
不機嫌が続く親友のコックを思い浮かべ、笑いがこみ上げる。
「サンキュー!コックが喜ぶぜ」
「どうせログはまだ貯まらないだろう?明日の10時、よかったら仲間も連れてリーナの結婚式を見に来てやってくれ。大勢に祝われたほうが…幸せになれそうだからな」
「ああ、誘ってみるよ。色々ありがとな、オッサン」
俺たちはお互いの夢の実現を祈り、強く握手を交わした。
結局買い物もせずに船に戻る道すがら、バランスを取れずに崖っぷちでグラグラしているような気持ちを抑えようとして必死になっていた。
『夢を追う男には、一緒に夢を追える女が一番だ!』
一緒に…夢を追う。もちろん、これからも仲間として。
だが、しかし。
改めて、失った重みを、その宝のような価値を…体中に感じる。
…本当に、このまま手放して、失っていいのか?
まだ、間に合うんじゃないか? …この手に取り戻せるんじゃないか?
それでも、やはり。
遠く離れた故郷の小さな輝きを、このまま忘れられるとも思えない。
目の前の港へ続く道は、二手に分かれて悶々とした頭ではどちらへ行けば船へ辿り着けるのか、判断できずに時間が過ぎていく。
陽はほとんど沈みかけ、辺りはどんどん暗くなる。
「…ウソップ?」
後ろから俺の名前を呼ぶ、その声は。
闇に閉ざされそうな俺を照らす、光のような気がした。
「何してんの?もう帰りましょ」
両手に重そうな紙袋を提げ、勢いよく俺を追い越すナミの背中に慌てて声をかける。
「荷物、貸せよ。…重いだろ?」
「ん、ありがと」
そう言って渡された紙袋はズシリと重く。
この胸の揺れる気持ちを押さえてくれる重石のように、心地良かった。
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(2004.05.19)Copyright(C)プヨっち,All rights reserved.
<管理人のつぶやき>
ウソップ編。
無くして気づく、その大切さ。ウソップもまた、一人で出かけることに慣れなくて戸惑うのでした。
そして、ウソップが出会ったのはなんとリーナのお父さん。
お父さんの境遇が今度はウソップのそれと類似しています・・・。
お父さんは今の奥さんを選んだよ?どうする、ウソップ!
ラストシーンはジーンと胸に沁みました(TwT)。
次回、GM号の仲間達が結婚式に出向きます。それぞれの思いを胸に秘めて・・・。
さて花嫁奪回は成功するのか? オリキャラ達の未来は?