『Baby Rush』  ―ベイビー ラッシュ―   −3−
            

真牙 様




その後一騒動も二騒動もあり、ゾロの来訪を告げるベルが鳴ったのは、時計の針が9時を回った頃だった。

「おう。すまねぇ、遅くなっちまった」

「遅くなっちまったじゃないわよ。こんな子供待たせるには、もう十分遅いっての。待ち疲れて子ゾロ少し前に眠っちゃったわ」

「そうか? いつもはまだ起きてんだけどなぁ。って子ゾロって何だ?」

「あの子の名前。ゾロそっくりだし」

「あぁ、そうか」

・・・をい、納得するのか? それでいいのか? 我が子の人生ホントにそれでいいのか!?(←天のツッコミ)

するとゾロは、許しも得ずに勝手にナミの部屋へと入り込んだ。

「ち、ちょっと誰が上がっていいなんて言ったのよ」

「お、いい匂いがすんな。腹減った、あり合わせでいいからついでに何か食わせてくれ」

「だから何で、私があんたの御飯の世話までしなきゃなんないのよ!」

するとゾロは悪びれる様子もなく、持っていたビニール袋をナミに手渡した。
重さと音から察するに、ビン製品のようだ。しかも数本。

「もちろんただとは言わん。今日一日チビが世話になった礼と、俺の飯代だ」

「はぁ?」

促されるまま受け取った袋には、ナミの好きな銘柄の酒が3本入っていた。

「な、何であんたが私の好み知ってるのよ。まさかストーカーしてたんじゃないでしょうね?」

「管理人に聞いた」

と、至極簡単に言ってくれた。

「ったく、油断も隙もないんだから」

ぶつぶつと詰ってはみるものの、好物をゲットした口元は正直に弛んでいる。
決して安い酒ではないし、今日の苦労に見合った戦利品として受け取る権利は十分にあった。

少しポーズをつけて溜息を漏らし、キッチンに立つ。

「そういえば今更だけど、預け先って管理人さんとこって手もあったんじゃない?」

「俺も考えたが、生憎昨日から一週間のフルムーン旅行中だ」

「あっそ・・・」

これ以上の抵抗は無駄らしい。

すぐにつまみになりそうな物もあったので、十数分後にはきっちりと遅い夕食ができ上がった。

「なぁ、もちろんそれもご相伴してくれんだろ?」

さも当然のように指差したのは、ナミの持っていた酒瓶だ。

「私が貰ったのに、何であんたが要求するのッ」

「買って来たのは俺だからな」

確かに相手がいた方が酒は美味しい。
相伴する相手がこのゾロだということが変な気分だが、高い酒に免じていいことにした。

「お、うめぇ。んん、こっちもイケる。お前料理上手いんだな。久し振りだ、こんなまともな旨い飯食ったの」

「はいはい、お褒めに預かりありがとう。それにしたって何? まともな御飯食べてないって、奥さんどうしたのよ? 大体今日だって、あの子の母親差し置いて他人のあたしんとこ置いてくし。普通優先順位違うでしょ」

「あー・・・あれの母親、いねぇんだ」

「え!?」

思わず聞き返してしまったナミに、ゾロは決まり悪そうに続けた。

「バツイチなんだ、俺」

「え・・・?」

「いつもなら夜までやってる保育園に預けてんだが、今年のインフルエンザでガキたちはおろか職員まで全滅しやがってな。少なくとも、大人が回復するまで園閉鎖だと。子供の面倒は各自対応してくれって薄情通告されて、途方に暮れてたとこだったんだ」

「・・・はぁ〜? 何、ゾロもしかして奥さんに逃げられたんだ? あんた強面の上無愛想だし、そもそも結婚できたこと自体不思議だけどさぁ。う〜ん、それにしても奥さん豪気ねぇ。女に子供置いて逃げ出す覚悟させるほど、あんた一体何やらかしたわけ!?」

「まあ、その・・・いろいろだ」

「いろいろって?」

「それは、その・・・ちょっとした事故で、だ」

言い籠ったゾロは、視線を逸らして少し寂しそうに顔を顰めた。
その横顔がいかにもわけありげでひどく興味をそそったが、深く聞かれたくなさそうな目をしていたので質問は呑み込んだ。

「ふーん、いいけどね。どこぞでムラムラッと浮気なんかしちゃったとか、危険で楽しいギャンブルにはまちゃったとか、世の中いろいろよねー。ま、ナミちゃんは優しいから、深〜い理由は聞かないどいてあ・げ・る」

「変な想像してんじゃねぇよ。第一忙しくてそんな暇ねぇ」

ぶつくさ言いながらも、出された夕食はすべて平らげ、あまつさえゾロはおかわりまで要求した。

「こんな時間に一体どれだけ食べんのよ。ブタっても知らないからね」

「昼休みもろくに取れねぇほど働いてんだぜ? 今エネルギー補給しねぇでいつするよ!?」

他所の家計に興味はないが、男手ひとりで子育てしながら仕事と両立するのは、口で言うほど生易しいものではない。
マンションはローンか賃貸だろうし、この年齢の保育料もばかにはならない。時間延長しているならば尚更だ。
少しくらい大雑把な生活パターンを送っていても、この男ならば逆に当然なのかもしれない。

「・・・仕方ないわね。今日だけは大目に見てあげるわ」

「助かる。ついでに、明日はこの倍頼むわ」

「頼むな!!!」



そんな激しいツッコミを入れていたにも関わらず、子ゾロはソファで毛布に包まれたままぐっすり眠っていた。

「んじゃ、明日も早いし、そろそろ戻って寝るか。っと、その前にチビ起こして風呂入れにゃ」

「あ、あんまり汚かったから私がお風呂入れてあげたわ。今日はそのまま寝かせても大丈夫よ。それと、その毛布は貸しといてあげる。せっかくほかほか眠ってるのに、今剥いたら寒くてきっと起きちゃう」

「そりゃ大助かりだ。手間掛けたな。一日大変だったろ?今朝はソッコー行っちまって悪かった。ガキ置いてく時は、泣こうが喚こうが振り向かずに行けって保育士に言われてっからよ。こいつ人見知り激しいから、今日仕事んなんなかったんじゃねぇか?」

「人見知り? 嘘ぉ、一日御機嫌だったわよ? 私はおろか、ビビやウソップにも一杯遊んでもらったし。強いて言えば結構悪戯が激しくて、よくコンセントの類を引っこ抜いてくれるのが困るくらいかな。そうそう、1歳児にしておっぱい星人のセクハラ大魔王のようだから、後で慰謝料考えといてね。私は高いわよ? 3倍返しが基本だからね」

「・・・へぇ。泣くどころかご機嫌だったか。そうか・・・」

ゾロは子ゾロを抱き上げて驚いていたが、ふっと綻ぶように切なげに微笑んだ。それがあまりにも優しい初めて見る表情だったので、ナミは不覚にもほんの少しときめいてしまった。

(こいつってば、こんな表情もするんだ・・・)

だが何か思い直したのか、やがてゾロはニヤリと口の端を上げた。
黙って立っていると無愛想で怖い印象だが、そんな表情をされると妙にいやらしくてまたどきっとさせる。

「あー、そりゃ納得だな」

「な、何が?」

戸惑うナミを尻目に、ゾロは空いている方の手を伸ばして、指先で彼女の鎖骨付近をすいっとなぞった。

「・・・ッ!」

「男を部屋に入れる時は、せめてパジャマのボタンはきっちり閉めとけってな。見せびらかしたいんなら別に止めねぇし、俺の目の保養にゃかなりイイが、誘われてんのかと思っちまうぜ?それともホントは思いっ切り誘ってたか?」

はっと自分を見下ろす。
気づけば、お風呂に入った後かなり熱かったし、子ゾロが脱走するのでナミ自身の身繕いは大雑把だった。
お陰でパジャマは第3ボタンまで開放されたままで、ノーブラの豊満な胸元が甘い誘惑の香りを漂わせている。
ナミは真っ赤になって慌てて襟を合わせた。

「この、エロマリモ! 色欲魔神!!」

「ははは、じゃあな」

子ゾロを抱えたまま背中越しに手を振り、ゾロはエレベーターホールへと消えていった。

驚いた。ゾロがあんな表情で笑うなんて。

まるで子ゾロのように屈託のない、明るい綺麗な笑顔だった。



不覚にも・・・ナミは、結構イイ男かも、などと思ってしまった。








「今日はトラの着ぐるみかよ。好きだな、誰の趣味だ?」

「何をやらかしたのか、奥さんに逃げられてバツイチだそうよ。明日は我が身、ウソップも気をつけてね」

「おおお、俺は大丈夫だ。キャプテンたるもの家庭内の舵取りは万全だし、何より俺は家族を大事にしてるからなっ。もちろん休日の家族サービスもきっちりこなしている! さあ、今日も一日家族のために頑張るぞー!」

「素晴らしいです、ウソップさん・・・って子ゾロ君! パソコンの電源抜かないで〜〜〜!!」

ぷつん。

「いぃやぁぁぁぁぁ!! ようやく打ち込んだデータ、まだ保存してねぇのにぃぃぃぃぃ!!」

・・・本日も破壊工作は全開のようだ。



そして子ゾロが空腹を訴えるアピールと指しゃぶりを始める。

「あー・・・ビビ、そこのバッグ取ってもらっていい? 今日はまともな物が入ってるといいんだけど」

「えーと。これですね、はいっ」

ビビが取り出したのは、あったか御飯で美味しい牛肉の大和煮缶だった。

「「魚の次は肉かい!!」」

ゾロのセンスはツッコミ甲斐があり過ぎた・・・。




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(2004.02.26)

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