『Baby Rush』 ―ベイビー ラッシュ― −4−
真牙 様
大したトラブルもなく、順調に一週間が経過した。
ちなみにゾロの趣味なのか、子ゾロは毎日着ぐるみで登場した。
月曜日のゴジラで始まり、トラ、ライオン、犬、ヒョウ、そして土曜日はクマだった。
子ゾロはナミを“美味しい御飯をくれる人”と認識したのか、「マーンマ〜」と連発するようになり、ビビたちの失笑を買った。
そんなこんなで日曜日。
今日はゾロが休みなので、彼自身が子ゾロを見ることになっていた。
「天気がいいから出掛けてぇとこだが、少し掃除せんとな」
もっともである。
あんなに朝から晩まで仕事をしている男所帯なので、手が回りきらないだろうとナミには察しがついた。
(後で差し入れでもしてやるか)
結局一週間、ナミは子ゾロのお風呂の面倒まで見ていた。
ゾロの帰宅時間を見かねたのもあるが、何より薄汚れた格好で室内を這い回られたくなかったのだ。
合理的と言って欲しい。
肩を竦めて外を見る。
確かに上天気だ。風もなく穏やかな日和なので、ナミも布団でも干そうかと思い立った。
「あ、昨夜子ゾロに毛布貸したまんまだったわ」
せっかくだから、ついでにそれも干してやろう。ふくふくの寝顔はほんわか気分の特効薬だ。
天気につられ気分も上々。ナミは階段で9階へと降りた。
ナミの部屋の真下にあるゾロの部屋。表札を確認してベルを押す。
がさがさという異様な物音に何かが倒れる音、そこへ子ゾロの歓声が被っててんやわんやの気配がする。
ゾロが顔を出すまで、悠に2分はかかった。
「おぅナミか、どうした?」
「んん、大した用じゃないんだけどね。昨夜子ゾロに貸した毛布を干してあげようかと・・・」
だが、ドアを全開にしたゾロの横から覗く室内が視界に入った瞬間――ナミは凍った。
「ふ・・・」
「あぁ? ふ?」
「腐海の森が・・・!!」
「あぁ、今大方片づけ終わったとこだ」
(これで? “これ”のどこが!!)
ナミのヘイゼルの瞳に映ったのは、ゴミと放置された衣類その他に埋もれてもがいているトラ猫のお尻だった。
「おぉ? おいこらチビ、何やってんだ。そこは先刻片づけたとこだろうが」
・・・・・・?
・・・・・・・・!?
・・・・・・・・・・!!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
「ち、ちょっとゾロ! とっとと発掘しないと子ゾロが死ぬわよ!!」
ナミは真っ白な世界からはっと我に返ると、玄関の通路に丸められていた毛布を奪い取り、階段から我が家へと猛ダッシュした。
速攻で毛布をベランダに掛け、そのままの勢いで階下へ取って返す。
ドアを蹴破る勢いで戻って来たナミを見たゾロは、発掘した子ゾロを抱えたまま目を丸くしていた。
「何だ、まだ忘れモンか?」
「どいてゾロ! 邪魔!! 子ゾロと一緒に玄関退場!!!」
「あぁ? お前朝っぱらから何人んちで命令してんだよ!?」
「黙れそこ! 仮にもまだミルク飲んでる乳幼児を、こんな劣悪な環境に放置する父親がいるかーーーー!!」
ナミは襟足に掛かる髪をバレッタで止め、腕捲りして室内を見渡した。
キッチンの壁には様々なツールが、これまた埃を被って鍋ごと並んでいる。
「・・・オーケイ、そういうコト」
ナミの口元がひくひくと歪む。
キッチンの主がいつ出て行ったかは知らないが、相当間放置されたであろう室内の様子から、この家の食事事情は露骨なほど明らかだった。
「よし! 頑張れ、私!!」
ナミの気合いが爆発した。
「燃える! 燃えない! リサイクル! 燃える、燃える、燃えない、燃えない、燃える、燃えー・・ない!!」
「汗臭い! カビ臭い! 埃臭い! 染み! 埃! 涎! 汗臭〜〜〜い!!」
「腐ってる! 黴生えてる! 期限切れ! 芽が出てる! 根っこ生えてる! 期限切れ〜〜!!」
「白カビ! 黒カビ! 赤カビ! 黒カビ! って何これ、通り越して水になってる!? 信じらんな〜〜い!!」
「ゾロ! ぼーっとつっ立ってないで、これ全部持って1階のコインランドリー行く!漂白剤柔軟剤もちろん洗剤もケチっちゃ駄目だからね! 乾燥は十分しっかりやんのよ、生乾き厳禁! ついでに子ゾロにおやつとミルクやっといて!!」
「だから、人に指図してんじゃねーよ! 大体何でお前が・・・」
「男が細かいことつべこべ言わない! 財布持ってとっとと行け、行かないとコロスわよ!!」
・・・5分後、一番大きなランドリーが回るのを眺めながら、ゾロはぽつりと呟いた。
「おっかねぇ女・・・」
穏やかな日曜の昼下がり、マンションの1階にあるコインランドリーには他に人影はなかった。
稼動中のランドリーはあるので、暇つぶしにどこかへ行っているのだろう。
「ったく、調子狂うぜ・・・」
広い室内の片隅に設置されている自動販売機でポカリを買い、柔らかな陽射しの注ぐベンチに掛けて一気に半分飲み干す。
巨大なランドリー郡を探検し終えた子ゾロが、ゾロの姿を見つけて急いで這い寄って来た。
どうやらゾロが持っていた飲み物が目についたらしい。
「何だ、欲しいのか!?」
「あー」
ペットボトルの口をつけてやると、無謀にも口一杯に頬張って飲もうとしている。
そのまま傾ければ惨劇は目に見えていたので、一度引き離そうと力を入れる。
だが小さいながら全身で抵抗し、取られまいと必死につかんでゾロを睨んでいた。
「・・・判った。好きにしろ」
本体だけ手を添え、そのまま容器を傾ける。
「んぎゃ〜〜〜っ!」
案の定中身がどっと口へと流れ込み、半分以上零してべそをかく羽目になった。
「おら、言わんこっちゃねぇ」
苦笑しながらタオルを探し、一緒にランドリーで回っていることに気づく。
ゾロは溜息をつき、着ていたシャツの裾で拭いてやった。
「しっかし・・・お前が、あの女に人見知りしなかったとはなぁ・・・」
「あ〜?」
事情を説明し、中途で半ば強引に入れてもらった保育園。
保育士に預けて仕事に行こうと背を向けた瞬間――子ゾロは正に絶叫する勢いで泣き出したのだ。
それは半月もの間続き、投げ出さずにつき合ってくれた職員によくよく感謝した。
なのに、ナミにはそれがなかったという。
「・・・もしかしてお前、ナミが気に入ったのか?」
「マーンマ〜」
「そうか。散々旨い飯食わせてもらったんだろ!?」
「ンマ〜」
「そうか・・・」
ゾロは得心して綻ぶように笑った。
陽射しが眩しくてむずがっていたので、自分の身体で影を作ってやる。子ゾロはじっとゾロの顔を見上げ、不思議そうな表情だ。
「けど、生憎だったな」
くしゃっと子ゾロの頭を撫でる。次いで高い高いをして。
「あの女は、俺が先に気に入ったんだ。お前にはやらねぇぞ」
――瞬間、ゾロの顔面に子ゾロの蹴りが決まった。
「シメんぞ、うぉら!!」
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(2004.02.26)Copyright(C)真牙,All rights reserved.