【おみくじ 第7番  運勢 大吉】


幸福が大幅に増えるようになる運です。焦らず騒がず、静かに身を守り進退をよく考えて進めば何事も遂げられましょう。

○願事  迷うことは、いけません。 ○争事  自分の言い分ばかり通すと損をすることになります。
○待人  確実に来ます。 ○求人  ゆっくりと探したほうがよいでしょう。
○失物  出ます。低いところにありましょう。 ○転居  急がないのがよいでしょう。
○旅行  行き先によいことがあります。事故に注意して下さい。 ○お産  安産。子供に注意することです。
○商売  売買ともに利益がありましょう。 ○病気  油断をすると長引きます。
○学問  もう少し勉強しなくてはなりません。 ○縁談  早くまとまります。安心できます。
○方向  南へ進むのがよろしいようです。  


 
「あー、これは・・・」

3月に入ったとある日曜日、ナミが部屋の掃除をしていると、何気なく見たチェストとテレビの隙間に紙切れが落ちていた。

拾ってみると、それは正月にビビたちと一緒に初詣に行った神社で引いたおみくじだった。







Baby Rush 2      −1−
            

真牙 様




「てっきり、失くしたとばかり思ってたのに・・・」

小さく蛇腹に折り畳まれた『大吉』と刻まれたおみくじ。
「ナミさん、大吉なんてずるいです。私一度も引いたことないのに」と、ビビが散々文句を言っていたので記憶に鮮明だ。

「良かった。失くしたら『縁起でもない』って、またビビに怒られるとこだったわ」

そこのおみくじは良く当たるとの評判があるらしい。
ビビも去年心掛けていたことが的中して、小さな幸運をいくつも手に入れたとか入れなかったとか。


その神社は街の南側に位置する小高い丘の上にあり、長い階段状の参道に沿って梅と桜が饗宴するように出迎えてくれる。この季節になればもう、色とりどりの梅が見頃を迎えているはずだ。

町内会だか商工会だかが、こぞってそれらの木々に商店街の名入りの提灯をぶら下げ、ライトアップしてくれるのでこの季節の目玉のひとつなのだ。

「ま、私はあんまり信じてないけど、ビビに免じて取っときますか」

ナミは苦笑して掃除の手を止め、見つけたばかりのおみくじを財布の片隅へと収めた。




月が替わった途端、季節は急速に春めいて来た。

虫たちが頻繁に飛び交うようになり、草花も一斉に芽吹き始める華やかな季節の到来だ。

そんな季節の雰囲気に誘われ、浮き立つようなふんわり気分になるこの時期がナミは好きだった。

「さて、お布団も干したし掃除も済んだ。う〜ん、ナミちゃんて家事上手っ」

と、ひとり悦に入っていると、それを見計らったかのように玄関のベルが鳴った。

「・・・・」

いやな予感に首だけが軋んだような動きで玄関に向けられる。

次いで――。


ぺしぺしぺしぺし。


ノックと呼ぶには中途半端な、あまりにも力の足りなすぎる弱々しい音。

更に――。


ドンドンドンドン!!


先刻までとはうって変わり、対称的と言うにはあんまりな、ごつい拳で力任せに殴りつけるような荒っぽい音。

予感が確信に変わり、硬直したナミの頬から冷や汗が伝い落ちた。

“マーンマ〜〜。”

(子ゾロ、だから私は御飯じゃないって・・・)

ドアの向こうから哀れな声が聞こえ、ナミはがっくりと肩を落とした。

“籠城してるみてぇだな。ちょっと待て、今蹴破ってやっから。せーのっ。”

「た、たんま! ちょっとたんまゾロ! 私の評判まで破壊する気なのッ!? そんなことしたら慰謝料修理代まとめて請求するからねッッ!!」

ナミは慌ててドアに飛びつき、急いで鍵を開ける。そこには子ゾロを抱えたゾロが、してやったりの笑みを浮かべて立っていた。

「やっぱりいんじゃねぇか。よぉ、もう昼時だよな。腹減ったんで、何か作ってくれ」

「あー」

「あーもうッ! 毎度毎度日曜になる度・・・ウチは定食屋じゃないって何回言わせるのッッ!!」

ナミは雄叫びを上げたが、子ゾロは大喜びでナミへと抱きついて来た。

「まー、んま〜」

「あんたって子は・・・」

ナミの拳がふるふると小刻みに震える。

「言わせてもらうが、言い出しっぺは俺じゃねぇぞ? こいつが行きてぇって先に大騒ぎしやがったんだかんな」

「そうやって毎回、わけの判んない言い訳してるのはどのお口かしらね〜?」

「いてッ! いててててッッ! 人の頬抓り上げんじゃねぇ!!」

父の絶叫を尻目に無邪気に笑う子ゾロを見て、ナミは諦めて心の中で滂沱の涙を流すしかなかった。




以前、管理人婦人の目論見で子ゾロの子守を請け負ってしまったのが、そもそもコトの発端だった。

8日間の子守期間を経て、ナミは単なる顔見知りだったゾロの置かれている状況をまざまざと思い知ることになった。

子ゾロが生後1ヶ月の時、母親――ゾロにとっての奥さんを事故で亡くしたこと。
その後保育園をフルに利用して、男手ひとつで子育てして来たこと。
お陰で見事に劣悪な環境ができ上がり、その中で逞しく子ゾロが生息していたこと。
親切で差し出した手を、ゾロにわし掴みにされたこと。

――などなど、数え上げればきりがない。

多少のトラブルはあったものの、ナミもゾロも引きずる性分ではないので今は良好な関係に戻っている。

そして、ナミの面倒見のいい性格を利用するように、ゾロは何につけ理由をでっち上げてやって来るようになったのだ。
日曜など、おちおち留守にもできない。

どうしても出掛けなければならない時は、その旨を伝えると無理強いはしない。
その引き際があまりにもいいので、逆に拍子抜けしてどうしても無下にできないのだ。

結構イイ男かも、などと思ってしまったのも要因のひとつかもしれない。

(もっと厚かましくされるんだったら、あっさり突っぱねられるのに・・・)

充分厚かましいぞ、図々しいぞ!? (←天のツッコミ)

だが最大の原因は、何よりナミ自身がかれらにかなりほだされていることに気づいていないことだ。


「ほらゾロ、好き嫌いしないでちゃんと食べて。親がそういうとこ見せると、子供は真っ先に真似るんだからね」

「んま〜?」

何かを訴えるようにゾロの胡坐の膝を子ゾロが叩く。それを見たゾロは、取り分けられた皿を全部近くに引き寄せた。

「そんなもったいないこと誰がすっかよ。それよりそっちのきんぴら、いらねぇなら貰うぞ?」

「人の分までせしめるな―――ッッ!!」

ゾロのおでこに、ナミの教育的指導の一撃が飛んだ。





「えーと、玉ねぎにピーマン、アスパラとお肉・・・と、何だっけ」

「魚も安いみてぇだぞ?」

――1時間後、3人は近くの大型スーパーへ買出しに出ていた。
ナミ曰く、

「あんたたちの食費だってばかになんないのよ。悪いと思うんだったら、食材くらい提供しなさいよね。当然お代はゾロ持ちよ?」

「あぁ? お前も食ってんのに、何で全部俺が払うんだよ!?」

「当ったり前じゃない」

ナミは張りの良い胸を逸らして轟然と言い放つ。

「子ゾロはともかく、あんたひとりで一体私の何倍食べてると思ってんの? 材料提供して荷物持つのは、男として当然のけじめよ、筋よ。それがいやならもう御飯作ってあげないッ」

「屁理屈以外の何モンでもねぇ・・・」

ゾロはあからさまに顔を顰めたが、それ以上逆らおうとはしなかった。
お世辞抜きで、ナミの作る食事は美味しいのだ。それを取り上げられたら、自分はもちろん子ゾロも逆上するのは目に見えていた。

食欲に勝る敵なし、である。

子ゾロはここへ移動する途中で眠ってしまい、リュック形のおんぶ紐に括られてゾロの胸で揺れている。
すやすや眠る顔はまさに天使なのに、尖った耳に三角の尻尾、蝙蝠の羽のついた黒の着ぐるみはどう見ても悪魔だ。

(こいつの趣味って・・・)

追求はしないが、時々思いっ切りツッコミたくなるのは何もナミだけではないだろう。



「お魚は――あ、あったあった。うん、秋刀魚が安いわねー。冷凍物だけど鮮度は・・・うん、まあまあね」

ナミは並んでいた秋刀魚をトングで挟み、硬さを確認して袋詰めした。

「何やってんだ? 冷凍秋刀魚なんざどれでも一緒だろ?」

「・・・あんた、奥さんと一緒に買い物したことないクチでしょ!? あのね、こうして縦に持ち上げてなるべく曲がんないのが新鮮なの。直立とは言わないけど、エビ反りのUターンしてるようじゃ猫の餌皿にさよならね。もちろん目は澄んでるやつよ」

「・・・おぅ」

「安心しなさい。子ゾロは私がしっかり仕込んであげるから。今のご時世、男だってお遣いのひとつもできないではお話の他よ」

ナミがにんまり笑って手を振ると、ゾロの渋面にますます深い皺が刻まれた。

「さて、冗談はともかく。さっさと会計して戻らないと、子ゾロむずがって起きちゃうわ」

「――だな」

そうして乳製品売り場に差し掛かった時、ゾロは急に足を止めた。

「何ゾロ。どうかしたの?」

「・・・やべぇ。こっち行くぞ」

「ヤバイ? って地雷でも埋まってんの? ねえちょっとゾロってば」

ナミの腕を掴み、大型カートを押しながら急に方向転換する。突然の行動に、ナミはわけが判らなかった。

――と。

「よう、クソマリモ。人の顔見て逃げるたぁ随分ご挨拶だな!?」



背後から掛かる声に、ゾロの足がぴたっと止まる。ナミは困惑しつつも振り返った。

そこに立っていたのは、金髪に碧の瞳を持つ細身で長身の男だった。コックコートを着ているので、どうやら料理に携わる人間らしい。

「・・・やっぱてめぇか、クソコック。何でこの時間でこんな場所にいやがんだよ!?」

「休憩時間に決まってんだろ。ついでに足りない食材を・・・おお、こちらの美しいお嬢さんは一体どなたなんだぁッ!?」

男は素早く歩み寄り、空いているナミの手を取った。放っておいたら甲にキスしそうな勢いで。

「美しいお嬢さん、俺は愛と食の伝道師サンジと申します。宜しければお嬢さんのお名前と住所を・・・」

「あ・・・えーと、ナミと申します」

「ナミさんとおっしゃるんですか、とても素敵なお名前ですね。う〜ん、春に訪れる生命の息吹を感じるなぁ。甘酸っぱいリキュールの香り漂うシャルロットのような、はたまたコクのあるまったりとしたムースのような・・・。あなたの美しさは、俺の創作意欲を何倍にも掻き立ててくれますね」

「はあ・・・?」

立て板に水の勢いで喋り続けるサンジを前に、ゾロは更に苦虫を噛み潰したような顔でぼそっと呟いた。

「ナミ・・・こいつが『ブルー・オール・ブルー』のコックだ」

「え? っていうと、あのガトーショコラのッッ!?」

ナミは正直驚いた。あの深い味わいを作り出しているパティシエが、こんなに若いとは思ってもみなかった。
どう贔屓目に見てもゾロと変わらないくらいだ。細身で柔和な顔立ちを差し引くと、ナミと同い年と言ってもいいくらいだった。

「あぁ? お前先月珍しく俺に頼みごとすると思ったら、あれはナミさんへのプレゼントだったのか――ッ!? それにナミさんのような可憐な人が、なぜこんな野獣と一緒に買い物へ? もしやこのやもめ野郎に強要されてらっしゃる?」

「あー、別にそれは。ただの買出しよ、ゾロは荷物持ちで」

「うるせぇよ、クソコック。買った商品誰に渡そうとてめぇにゃ関係ねぇだろうが」

「関係なかねぇよ。俺の芸術作品は、世にごまんといる麗しのレディたちに食されてこそすべて昇華されるんだ。甘いもの嫌いなお前に貶められる筋合いはねぇ!」

だんだん声高になるふたりの様子に、ゾロの胸元の子ゾロが不快そうに動いている。
ナミは溜息をついた。

「あーはいはい、続きはまた後にしてくれる? 子ゾロが起きちゃいそうだから」

「は〜い、ナミさん。子供にお優しいあなたはまるで天使だ、女神だ」

「うるせぇっつってんだよ、このエロコック。大体てめぇは――」

「はいそこまで! ・・・で、サンジくん?」

「何でしょう、ナミさん」

ナミはサンジを見上げ、にっこりと微笑んだ。


「手、離してもらっていいかしら?」


「ああ、失礼。あまりにも手触りがいいので、離すのが惜しくて。ってクソマリモ、お前こそナミさんの腕を離しやがれ!」

「即行黙る、ふたりとも! その口閉じないと殴るわよ!」

「・・・殴ってから言うか、普通!?」

ゾロは口の中でぼやいたが、ナミに睨まれて閉口した。




帰りの車中でゾロは、口をへの字に曲げたまま不機嫌そうに黙っていた。

「ねえゾロ、あの人サンジくんて言ったっけ? ちょっと軽そうだけど、なかなかイイ男じゃない!?」

「どこがだ。あのぐるぐるステキ眉毛ッ」

ハンドルを握ったナミが言うと、ゾロは更に眉間の皺を深くして口の端を曲げた。

「特に女の子の扱いはあんたも見習うべきね。まあ野生の獣を調教するようなもんでしょうから、あんまり期待してないけど」

「うるせぇ。でっけぇお世話だ!」

子ゾロがくっついているので、ゾロは助手席に座っている。
渋面のまま外を見ながら、ぼそぼそと呟くように文句を言っていた。

だから紹介なんざしたくなかったんだ、と言ったように聞こえ、ナミは吹き出すのを堪えるのに必死だった。




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(2004.03.09)

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<管理人のつぶやき>
真牙さんの投稿第2弾。前作『
Baby Rush』の続編です!
続編への要望が高かっただけに、早速の登場に大喜びの管理人(笑)。
サンジくんの登場がゾロとナミの関係にどんな影響を与えていくのか。
乞うご期待!!

 

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